二度あることは三度あるとか、三度目の正直だとか。
兎角、三度目というのは、人に特別な感じを与えるものらしい。

数えるまでもなく、今日が三度目だということは分かっていたのだけど、幸村はもう一度順番に指を折って確かめた後、それが結構恥ずかしいことであることに気付き、一人ぶんぶんと首を振った。

逢瀬の回数を数えるなんて、どうかしている。

いや、どうかしているのはずっと前からだとしても(そもそも政宗に惚れてしまったことがある意味どうかしているのだから)、政宗とのあれこれを期待しつつ指を折る。そのこそばゆさに耐えかねて、一人きりの自室で、まるで誰かに言い訳でもするように、幸村は無駄に掌を閉じたり開いたりしながら、もうすぐやって来るであろう政宗のことなんか、考える。



一度目の時には、二人揃って関係ない話に花を咲かせ過ぎてしまった。
自分でも知らぬうちに緊張していたのだろう。幸村も政宗も随分と多弁で、酒に濡れた口はやけに滑らかに動いたものだった。
当たり障りのない噂話の後で、ふいに幸村が「そういえば」と口にする。
そういえば、という簡素な出だしにも関わらず、その後続いた幸村の語りは、それまでの他愛ない会話とは少し趣を異にしたもので――父や兄と過ごした日々や、おぼろげに記憶している武田の話、初めて上杉に身を寄せた時のことや、豊臣に来た時の驚き。何故自分がそんな話を急に初めてしまったのか、その時はさっぱり分からなかった。

今思い出してみると、唯々聞いて貰いたかったのだと思う。
自分を形作ってきたどうでもいい思い出にすら、頷いて欲しかったのだ。

幸村の生い立ちなど疾うに知っていたであろう政宗は、それでも自分の拙い話を随分楽しそうに聞いてくれた。

それは、決して愉快なだけの過去とは言えなかったが、己のことを誰かに話す――しかも相手は、曲がりなりにも想いを交わし合った人である――という滅多にないことに興奮し、同時に思った。
例えば根底に無力感や絶望、もしくはそこまでいかずとも何らかの侭ならぬ思いが隠されていたとしても、過去は確かに優しくて、それは目の前の人が本気で耳を傾けてくれた時に、もっともっと優しくなるのだ。

実しやかに囁かれる政宗の過去も、勿論ある程度は心得ていたが、幸村は、彼の口から語られる話をせがんだ。

一瞬、その申し出を持て余すかのような笑みを浮かべ、しかし幼子にそうするように幸村の頭を撫でた政宗の手の温度は優しくて、幸村は安心する。少しずつ言葉を選んでの、しかし流暢な彼の語り口は心地良かった。
時折、これ以上言えば愚痴になるとでも考えるのだろう、口を噤み此方の様子を窺い見る。

幸村に生々しい話を聞かせるのを躊躇していたのか、内容に比べ随分さらりとした話ではあったが、そこには確かに彼らが築いてきた、或いは築こうとしてきた愛情や、捨て去れなかった憧憬が垣間見られて、幸村は嬉しかった。
この人はちゃんと過去すら愛せる人なのだ。
そんな政宗が自分を見つけてくれたことを、誇らしくすら思ったものだ。

自分にはもう二度と会うことの出来ぬ、少年の頃の彼の幸福を願い、またその相手が自分の前で作ってくれる表情には、相変わらずの傲岸さに加え、打ち解けた雰囲気が見え隠れしていて、ああ、夜が明けなければ良いというのは当然の願いであったとすら考えた。

いつしかそんな話を肴に酒が進み、いや進み過ぎてしまって、結局何もせぬうちに朝を迎えてしまったのだけど。



だから二度目の逢瀬で、随分不貞腐れた顔で「儂は話をする為に来ておるのではないのじゃぞ」と政宗が豪語した時、思わず幸村は噴き出した。

半分くらいは自分も同じことを後悔していたし、しかし内緒話のような、だが内緒話にする価値もないような互いの昔語りは確かに楽しくて、そのような宣言でもされないと、今夜も何かお話を、とせがんでしまいそうだったのが伝わっていたのだと愉快になったから。不貞腐れた顔をしている癖に、先の夜の過ごし方への不満など欠片も覗かせぬ政宗が愛おしかった。
ひとしきり笑いが収まった後で「では何の為にいらしたのですか?」と分かり切ったことを尋ねたら、彼は一瞬怯んで、何事かをごにょごにょと呟いた。聞き取れなかった幸村は首を傾げる。
「何ですか?」
「…まさか、お主からそんな風に誘ってくれるとは思わなんだ」
 
幸村の笑いはもう止んでいたけれど、何の為にと尋ねた声音には、僅かに政宗を揶揄うような響きが含まれていた。
言われてみれば確かにそうだ。自分は、友である三成や兼続にすら、そんな口を利いたことなどない。

己よりずっと高位のこの若者に、敬意と憧れを抱いているものとばかり思い込んでいた幸村は、多少なりとも焦った。
意識的に誘ったつもりなどなかったが、まるで自分が優位に立っているかのようなその物言いは、相手が己に惚れ抜いていることを自覚した上で繰り出されたものであって、自惚れと、何より自分の恋情がそんな台詞を言わせたのだと今更ながらに自覚した瞬間、幸村は慌てて両手を振った。
「そんな、誘ってなど」
「だが、そういうのを世間では誘っておると言うぞ?」
 
そのまま素直に頷いてしまうか、或いはいっそ問答無用で抱きすくめられれば上手くいっていたのかもしれない、と後になって幸村は思う。
羞恥に耐えかねた幸村が「誘ってなどおりませぬ!」と強固に主張し、政宗がそれに釣られて「いや、だからな!」なんて反論し始め、話がおかしくなったのだ。
でもあれは、政宗殿が悪い!と幸村は一人思い返しながら、じたばたする。

 

 

お試し読み用です。以下続きます〜。