何だかいつもいつも一緒にいたから、そのまま傍に居続けるなんて当然のことだと思っていた。
握り慣れたまだ幼い手。それを先に引っ込めたのは政宗の方だったように幸村は記憶している。
自分は只々政宗のことが好きだった。一緒にいたいと子供心にも思っていたのだろう。
「もう餓鬼ではないのだから手を繋いで出掛けるなぞ馬鹿らしい」そう言われてひどく悲しかったのも覚えている。
だからそれから暫く時を置いて。
繋ぐことはなくなっても見慣れていた筈の彼の指先が、今度はおずおずと此方に差し出された時、恐らく自分は既にそこに親愛以外の別の感情が宿っていることを直観していたのだ。
既に節くれ立ち始めた、記憶の中にあるものとは違う政宗の指のその先が、僅かに震えているのを見て、これは無知や無邪気さで片が付く類のものではないと分かった上で自分は、彼の指を絡み取ったのだから。
手を差し出した政宗より、受け取るだけの自分の指先はずっとずっと震えていて。
そうして手を取り合って顔を見合わせて二人同時に笑ったのだった。
いつしか掌から伝わる互いの体温にも慣れ、隣に座ることが自然になり、寄り添い眠る相手の香りに安らぎを感じるようになった頃。
幸村は大変なことに気付いたのであった。
「三成殿!お付き合いとはどのような手順を踏んで行うものなのでしょうか?」
三成は含み掛けていた茶を盛大に噴出した。
珍しく幸村に相談があると呼び出されたと思ったら開口一番にこれだ。全く、幸村は見ていて飽きない。
と同時に、それを俺に聞くか?とも思う。
手順も何も既にお前にとっては一旦通った道、それを思い返せばいいではないか。
そんなことは政宗に聞け、政宗に。それこそ喜び勇んで再現してくれる筈だ。それが嫌なら、唯一彼女持ちの兼続にでも聞いたらどうだ。
ここまで考えて三成はがっくりと肩を落とした。
今更気付くのもおかしいが、この四人の中で俺だけ独り身とは、屈辱だ。
あまりのショックに下を向きそうになる顔を気合で前に戻すと、そんな切ない心中知らず幸村がじっと三成を見ている。
そんな顔で見詰められたら、横柄が服を着て歩いていると評される三成といえど、無視するわけにはいかぬ。
…さすがだ、幸村。
よく分からない賞賛を胸の裡で呟くと、三成はぽつりぽつりと語り出した幸村の言葉に耳を傾けた。
幸村がたどたどしく、一時間近くもかけて語ったことは。
「実は政宗どのに自分の気持ちを伝えたことがないのです」
何だそれは。
この二人が付き合ってどれくらいになるのか、細かいことを三成が知っていよう筈もない。
しかし、こんな五秒で済むような内容を真っ赤になって口ごもりながら話すほど浅い付き合いでもないだろうことも分かっている、くそう、だから幸村は可愛いのだ。政宗なぞに呉れてやるのではなかった、今度会ったらせめて鉄扇で張り倒してやる。
「三成殿?」
しかし如何な内容であれ、幸村に相談されるのは嬉しい。
やはり俺は幸村の頼れる兄であるのだな(何処からともなく「いつ兄になったんですかい」という左近の声が聞こえた気がしたが、三成は当然無視した)ならば出来得る限り親身になって己の素晴らしさを見せ付けてやるのが上策というものだろう。
「で、幸村はどうしたいのだ?言いたいのか?言いたくないのか?」
「分かりませぬ。しかし言わねば政宗どのがお疑いになられたり、あ、そのようなことで疑われるような狭量な方では勿論ございませんが」
今度は惚気か。
「要らぬ誤解をなされたら、私も悲しく思うのです」
政宗どのは賢い方ですので誤解などされませんし、私の気持ちも分かっておられるとは思うのですが、などとのたまう幸村。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「しかしやはり言わないのは余り良いことではございませんよね」
疑われないと確信しているならそのままで良いではないか。
だが幸村はどうも三成に「気持ちを告げたほうがいい」と言って欲しそうなのだ。それは何故かは三成には分からないのだが。
「しかし言えば政宗とて満更でもあるまい。言ってやったらどうだ、幸村」
幸村の笑顔見たさにそんな返答をうっかりしてしまった三成は、それからしばらく幸村の更なる惚気に付き合わされる羽目になったのだった。
さて、やっと幸村から解放された帰り道、三成がばったり出会ったのは政宗だった。
先程まで幸村から政宗とのあんなことやこんなことを(具体的な話ではなかったがそれでも気分的には)腹いっぱい聞かされた三成、ついつい鉄扇で殴り倒すことなど忘れ、揶揄いたくなっても仕方あるまい。
「おい政宗、幸村が何か悩んでいたようだぞ」
無論幸村との話の内容を己の口から告げるつもりは無かったが、三成の言葉を聞いた政宗の様子がおかしい。
「…そうか…あー、幸村は…まあよいわ」
「何かあったのか?」
政宗のことだ「馬鹿め!幸村の悩みなど儂が解決してやるわ!」と声高に叫んで走り去るものと思いきや。
「後で幸村に聞いてみる」呟く声にはまるで覇気というものが感じられない。
一見尽く冷たく見えるがその実意外に情に脆い三成が、政宗の心中を慮ってしまったことは仕様の無いことであろう。
「あー」とか「うー」とか意味を成さない声を暫く出した後、政宗が語ったことは。
「実は付き合ってから幸村に好きだの何だの言うたことがないのじゃ」
だから何だそれは。本日二度目のこの台詞。
貴様ほどの達者な口と手の早さがあれば思いを口にするなぞ屁でもあるまい。
ここにきて政宗を鉄扇で叩くという己の志を思い出してしまった三成である。
「そんなものさらりと言えばよかろう」
「ああそうじゃな、儂が早く言うべきであった。幸村はあんなに儂のことを好いてくれておるというのにこの体たらくじゃ」
待て。幸村だって言ってないのだろう。貴様のその自信(間違っていないことが余計に腹立たしい)は何処から来るのだ?
「さぞ幸村は不安に思っていたであろう。幸村と一緒に居れるというだけで浮かれていた儂が愚かだったわ」
浮かれていた?三成の頭の中に花畑でスキップする政宗の図が浮かび、思わず大きく頭を振る。恐ろしい。
花畑で佇む幸村なら可愛いだろうが、政宗では洒落にならぬ。
「ただ一度タイミングを逃してしまうと中々言えぬのだ」
そんなタマか、貴様が。己のキャラクターをもう少し見極めろ。
大混乱している三成を尻目に「言うだけ言ってしまうと何だかすっきりしたわ」などとあっけらかんと笑う政宗。
「世話になったな、三成」
とてもあの政宗の口から出てきたとは思えない台詞の数々に、耳鼻科に行くべきかどうか本気で悩む三成をその場に残して政宗は去っていった。
「何がどう気に入らんのだ、三成。私には微笑ましい話に聞こえるが」
「いや、そういうことは付き合う前に言っておくべきではないか?
俺には何故今更奴らがそんなことに悩んでいるのか、まるで分からぬ」
分からぬなら放っておけ、と言ったところで三成の機嫌が更に急降下するのは自明の理だ。
それに分からぬから怒っているのではあるまい。要するに、幸村と政宗の話に付き合わされた挙句、中てられた、という奴だ。そこに一番腹を立てているのだろう。
本人すら気付いていないようだから、怒りの原因をわざわざ自分が指摘して三成を益々怒らせる必要はない、と兼続は苦笑する。
「なんだ、三成は愛の言葉とは相手の安心の為に伝えるものだと本気で思っていたのか?」
「…そういう言い方はやめろ。というか言わねば分からぬのではないか?」
そんなことはない。言葉で伝えられることなど高が知れている。
単純な気持ちになればなる程、口に出さねど手に取るように分かることもあるのだ。
「ならば言わずとも良いではないか。弊害は無い訳だし」
三成は義に篤い良い友と言えるが、少々頭でっかちなところが玉に瑕だな。
「ただ伝えたいものなのだよ。如何に自分が目の前の人を愛おしく思っているか。
相手が不安がるかどうかだなんて、言い訳に過ぎぬ」
お前ももう少し愛を知れば分かるだろうよ、三成。
だからそういう言い方はやめろと言いながら繰り出された三成の拳を見事にかわして、兼続は止めの台詞を言ってやった。
「さて、三成に付き合ってやりたいのは山々だが、私もこれから最愛の人との約束があるのでな」
悠々と去っていく兼続の背後には、ぽつんと佇む三成。
俺は絶対に貴様らが歯軋りをして悔しがるような可愛い彼女を作ってやる。
そんな三成の固い決意が実を結ぶ日が来るのはどうかは、彼自身にも分からない。
今回も被害者は三成でした!次の日の伊達と真田はきっと眼も当てられないくらいらぶらぶですなあ…。
まさかあの伊達が思いを口にしてなかったとは考えられませんが、いっそ段階をきちんと踏まないお付き合いもいいなあと。
「付き合ってください」「はい」という契約を結ばなくても好きなものは好きだし。というか近い人程結ばない気がします…。
あと直江のかっちょよいとこを書きたかったのです。私は全力で兼続×お船さんを応援したいと思います(笑)
(08/04/22)