両の手で数えてもまるで足りない程長い長い付き合いではあるのだが、未だに幸村が無精なのか何なのか、とんと分かりかねる。
 
そんな自分の胸中を知っているのかいないのか、幸村は寝室から持ち出してきた枕を最大限に活用しつつ、器用にも炬燵に首から下をすっぽり埋めて、ぬくぬくの真っ最中だ。炬燵の中でもぞもぞ動いている幸村を横目で見ながら、彼の妙な器用さと無精ぶりに思いを巡らすのは、最早冬の恒例行事のようなものだ、なんて馬鹿らしいことを思う。
 
 
 
「政宗どのの湯呑みの所為で、テレビの左半分が見えません」
 
あー、それは悪かったのう。そう言って湯呑みを少し動かしたら、余計見えなくなったと叱られた。
そんなの知るか。
 
自分だって決してマメな方ではないし(マメではないですが、変なところ口煩かったり拘ったりして困ります、と幸村は言う)寒いのは苦手ではないが好きでもない。
 
結露がびっしりの曇りまくった窓ガラスの向こうに、ご丁寧にもっと曇った如何にも寒そうな雲が、雪まで降らしおる。そんな日にこうやって炬燵に入りまくってうとうとするのは、さぞ楽しいじゃろうな。
だが、こうして長身を無理に屈めている幸村のその皺寄せが、此方まで来ているのだ。いい加減、無理に炬燵内の領地を主張した足が痺れてきた。
 
 
 
「儂も足、伸ばしたいのじゃが」
 
そう言ったら、何とも可愛げのない目で睨みつけてきやがった。
この野郎、押さえつけて思う様口でも吸ってやろうか。
そう言ったのは勿論、冗談のつもりだったのだが(いや、寒いから自分も炬燵から出とうはないし)炬燵の中で金的を喰らって、暫く息が出来なかった。
ぐだぐだして居る筈なのに、何じゃ、この反射速度。
炬燵の中が狭かった所為で手加減出来なかったらしく、一瞬、「しまった」という顔をしたものの、それは本当に一瞬だった。儂の呻き声なんか聞こえぬ振りして、再びテレビに視線を戻す。
この仕打ち、酷くないか?
 
使い物にならなくなったら責任は取ってくれるのだろうな。「少し使い物にならないくらいで丁度良いです」何じゃそれ、どういう意味じゃ。
 
 
 
未だ納得いかない顔でぶちぶち文句を言っている自分を見事に無視して、幸村は「よし」とか何とか呟くと、思い切り良く炬燵を飛び出した。
だから思い切り良く出るなと毎度毎度言うておるじゃろう。
 
お主は良いかも知れぬが、中の空気がいっぺんに飛び出すから、儂が寒いのじゃ。と言ってやりたかったが、下腹部をさすっていたおかげで反応が遅れ、タイミングを逃してしまった。
 
ぱたぱたと寝室に走っていった幸村は、毛布を片手にすぐまた戻ってくる。
儂が入っているというのに、炬燵の位置をテレビの真正面にきちんと据えると、ついでに儂と儂の座椅子まで移動させようと躍起になっている。だから口で言え、口で。
座椅子の背もたれを懸命に引っ張る姿は、可愛いといえば可愛いのだが、少々足りないというか何と言うか、そう、でも糞、やっぱり可愛いのだ。余所でそういう顔をするでないぞ?
 
「はいはい」
如何にも受け流しました〜という返事を投げつけ、また走り去ったと思ったら、今度はたっぷりのお茶と、かごいっぱいの蜜柑を持って再登場した。
 
「冷蔵庫にシュークリームもあるぞ」
「本当ですか?政宗どの大好きです」
 
…心の全然篭らぬ台詞じゃが、有難く受け取っておく。
儂も好きじゃぞ、と言ったのだが、疾風怒濤の勢いでシュークリームを持ちに向かった幸村の耳には届いておるまい。大丈夫じゃ、儂は慣れておる。悲しくなんぞ、ないわ。
 
後はあれよという間に毛布を肩から掛けられて、腹に枕を乗せられた。炬燵から丁度人一人分の間を空けて座らされている儂の足の間に滑り込んで、そう丁度抱かれた格好で、そう言えば聞こえは良いが儂を敷布団にして再び炬燵に潜るのだ。
座椅子に凭れ掛かった儂の腹の上に枕を乗せて寝転がると、高さが丁度良いのだと幸村は言う。
毛布だって、儂が寒くないように配慮してくれているというのでは全然なくて、炬燵布団ではカバー出来ない幸村の上半身をぐるぐるに包む為なのだ。
 
温さも食べ物も準備は万端で、本当にこうやって巣作りをする幸村は、マメなのか無精者なのか全く分からぬ。
分からぬが満足しきった顔で此方を見上げる顔は、なかなかに良いと思う。幸村が肘掛けのように使っている足は正直少し痛いのだが、それくらい我慢してやろうと思うくらいには。
 
 
 
阿呆みたいに口を開けていたので良かれと思って指摘したら、また叱られた。どうやら蜜柑を御所望だったらしい。
炬燵の上から一個取って目の前に置いてやったのだが、相変わらず口を開けっぱなしなので、此方が根負けして結局綺麗に剥いて放り込んでやることになる。
美味いか?と聞いたら、白い筋は取らなくて良いから、もっと早く剥けと言う。全く我侭な奴じゃ。雛鳥か、と言うたら、今度は政宗どのは親なんかじゃございませんと偉そうだ。
 
「はー上からも下からも温いです」
政宗どのも暖かいですか?
 
自分にとっては最高の状態を炬燵と毛布と儂で作り上げておいて、なのに、いけしゃあしゃあとそんなことを尋ねてくるのだ。
しかも此方の返事を待ちもせずに、シュークリームを強請って御満悦ときた。
 
この状態で食うのか?こぼすなよ?あと詰まらせるなよ?
顔を覗き込むと、うんうん、と嬉しそうに何度も頷く。そんな顔をするでない。
 
毎日毎日一緒に居って、毎日毎日これでもかって程構っていじくりまわしているというのに、今儂がお主の方を向いているというだけでそんなに嬉しいのか。もう寒くなっても知るか。
肩から毛布を引っ剥がして、幸村をぐるぐるに包んで思い切り抱き締めてやったら、けたけた笑いながら器用に炬燵から這い出て抱き付いてくる。
冬はくっつく大義名分があって良いのう。
そう言ったらまた叱られるかと思ったのだが、そうですね、とか何とか笑うものだから、結局幸村が丹精込めて作った温い巣は、儂の手で呆気なく崩れてしまうことになったのだった。

 

 

 

1月半ばから6月頭までの拍手お礼だったもの。
幸村が甘えっこだったら可愛いのにって思っただけです。
(09/06/06)