※直江がお船さんと結婚してます。(でもさしたる問題ではない気もする)
「只今帰ったぞ、お船!私だ、兼続だ!
直江山城守兼続の堂々たる御帰還だぞ、お船、おーせーん!
…はて、これは面妖な。最近は、いや昔から遍く義に即して清く正しく暮らしているというのに、また何かお船を怒らせ締め出された、という訳か?お船のうっかり屋さんめ!私には全く心当たりがないぞ!
今朝も義と愛の素晴らしさについての慎ましやかな私の意見を変わらず笑顔で聞いていてくれたではないか!
『あなた様の声は耳栓など物ともせずに貫通してきて、朝っぱらから聞くと少し不快です』
と冗談めかして誉めてくれたのは嘘だったのか?一体何故だ、何故なのだ、お船!
いや、待てよ。耳栓の話の後でお船は何かを言っていなかったか?
ええと確か『今日は私、用事があって帰宅が遅くなりますから』なりますから…なりますから!
そうだ!お船はそう言って私に鍵を渡してくれたのだったな!
私の帰宅を出迎えられぬと嘆くお船に、そなたが帰るまでこの直江家は私が守る、心配するな!と大見得を切ったというのにすっかり忘れてしまうとは!これは私の不徳と致すところだ。
すまない、本当にすまない!
全くうっかり屋さんはお船ではなく、この兼続だな!このうっかり屋さんめ☆
おっと!自らの拳で額をこつん、などとして己を罰している場合ではなかった。まずは鍵を探さねば!
ふむ!この鞄の中が怪しいと言えよう。早速探ってみるぞ!
ええと、これは私が通勤途中に読んでいる史記だ!幼き頃より累算するともう六十回は読んでいる!
こちらが…、これは明日までに経理に提出せねばならない仕事の書類だな。うっかり持ってきてしまうとは!鍵を探すのには大層邪魔なので一先ずこれらは玄関の脇に置いておくとしよう。
そしてこれは…弁当箱か。今日もお船の弁当は美味であった!全く私は良い嫁を貰ったものだな!
その嫁が渡した鍵が見つからなくてこうして寒空の下、鞄を漁るはめに陥ったのであるがな。ははは、それもまた一興であろう。
おっと!これか?
間違いない、薄暗がりの中でもこうして燦然と輝き、その存在を私に知らしめているものは、紛う事なき我が家の鍵であろう!
ようし、これを鍵穴に差し込めばよいのだな!
ええい、ままよ!私の義の力の前に鍵穴よ、屈するが良い!がちゃり!
しまった!叫ぶのに夢中で鍵が解除されたかどうかまで注意が行き届かなかったではないか。ふむ、名残惜しいが暫しお口にチャックといこうではないか。
………ぶはー!
今確かにドアの向こうから微かにかちゃり、という音が聞こえた気がしたが…おお!鍵が開いている!お船、見ていてくれているか!私は!この兼続、ついに我が家への帰還を無事果たしたぞ、お船!
さて、靴を揃えないとお船にしこたま叱られるのでな。このように靴を揃え…ううむ、人気のない家というのはなかなかに寂しいものだな。
ん?何だこの紙切れは。この筆跡はお船!
そうか!一人ぼっちの家に帰ってくるというこの私の寂寥感を慰めようとこのような粋な計らいをした、という訳だな。
なになに『この手紙をご覧になっているということは無事ドアを開けられたということですね』
そう誉めるな!さすがの私も少々照れくさいぞ!
ええと『ご飯は焚けております。カレーがありますので出来るものなら温めてから召し上がってくださいませ』
ぬう…何ということだ。この兼続、幼い頃より書に親しみ少々の学を身につけたと思っていたがまだまだだ…お船の言うことが全く分からぬ!
謙信公の薫陶を受けた私、などと吹聴していた自分が恥ずかしい!不義!
や、しかしここで投げ出してしまっては私に期待を寄せているお船をも裏切ることになる…これ以上の不義を重ねても良いものだろうか、いや良くない!
じっくり一つずつ考えていけば私に解けぬものなどない!
まずはご飯だ。これは夕食のことであろうか。
確かに私が帰宅するとお船は何処からともなく見事な夕飯を魔法のように作り出してくれたものだ。
そしてカレー…カレーと言えば老若男女に大いに愛される、まるで私のようなあの食べ物のことではないか?!
だとしたらお船は、本日の夕飯に、私にカレーを用意してくれた、と読み解くのが妥当であろう。さすが私!
だが、だとすれば何故、今、私の前にほくほくのカレーが存在していないのだ?!食卓につけばカレーが出てくるという訳ではないというのか…?
お船はいつも『あなた、今日もご苦労様でした』そう言いながらカレーを目の前に置いてくれたものだ。ふむ、もしかしたらその言葉に何か秘密が?正にキーワードという訳か…ようし、私も声高にその言葉を叫んでみよう!
あなた!今日もご苦労様でした!
…ぬう、違うようだ。よし、ならば!
私!今日もご苦労様でした!義!
これも駄目か…とすると言葉ではないのか…ぬ?何だこの箱は?
面妖なスイッチのようなものが上部に見受けられるが、これを押すとどうなるというのだろう。まさか爆発物という訳でもあるまい。不義の匂いもしない…開けてみるぞ…!
おお!これはご飯!愛する民が手塩にかけ育てた義のご飯がふっくら炊けているではないか!このようなところに秘密が隠されていたのだな。このご飯を使って自らカレーを作成してみせろ、ということか。これは面白い。
だが手詰まった時にはこういった周囲に目を向けるのも大事ということだな。いい教訓を得た。
早速このチラシの裏にでも書きとめておこう!
ま、わ、り、を、みよ、と!
よし、上手く書けたぞ。このチラシはお船への贈り物にしよう!
さて早速この義のご飯を皿に移せばよいのだな!私には何とも退屈な戦だ!いくぞ!…っ熱!
何だこの暴力的なまでの温度は!不義!
この私の白魚のような手が真っ赤になってしまったではないか!私はいつもこのような危険な仕事をお船にやらせていたのか!なんということだ!
しかし、ここで背を見せてはお船に合わす顔がない。よし、私も覚悟を決めて…くっ、やはり熱いな。
掌に張り付いた飯粒の一粒一粒がじわじわと私の皮膚を蝕んでいくようだ…正に一寸の虫にも五分の魂があるように、一粒の飯粒にも食われまいとする意地のようなものがあるのだな!敵ながら天晴れ!
この者達を美味しく、そして全て平らげてやることこそ私に出来る唯一のことであろう!
ふむ、そうこう言っている内に皿には見事にご飯が山盛りだ。少々手は痺れ爛れているが美味そうなことこの上ないな。
いただきます!
ん?いや待てよ。確かお船の伝言にはカレーという単語が入っていたはずだ。
言われてみれば確かに我が家の台所にはカレーの香りが漂っている…くんくん…この鍋か?!
おおっと!勢い余って鍋の蓋を投げてしまったがまあ大事なかろう。それよりも私がカレーの在り処を見事に暴き出したことに着目して頂きたいものだな。
さて、常に余裕を持った行動を心がけている私は、今回もまず一旦お船からの手紙に目を通し確認作業をしてみようと思う。
『カレーがありますので温めてから召し上がってくださいませ』
温める、とな。ふうむ。まるで想像がつかぬな。なになに
『それからカレーは焦げ付きやすいので気をつけてください』
焦げ付くのか!それは恐ろしい!焦げ付くということ、即ち火を使うということ!
私もなかなか冴えてきたな!
ようし、早速細心の注意をもって鍋を火にかけようではないか…緊張するな…ふう、火がついたぞ!謙信公、この私の義の行い、天も嘉しましょうぞ!
さてこれを先ほどのご飯にかければ、見事私とお船による夕食作りという共同作業が完成を迎えることになる。ようし、早速カレーをかけるぞ!
っと危ない危ない。再び手でも突っ込むと思ったか、不義の輩め!
そのようなことをしたら、手にご飯粒だけでなくカレーまでもが付いてしまうではないか!
この鍋からカレーを取るには…このスプーンだな!お船が食卓の上に出しておいてくれたこのスプーン!このような意味があったとは!
ようしこれでカレーを掬うのだ…こうか?なかなか難しいな…えい、あ、じゃがいもを落としてしまったではないか。よそうカレーの量に対してスプーンが小さすぎるのだ。
そうだ!このスプーン、もう少し大振りのものを作成したら重宝されるのではないだろうか。一気によそうことも出来、台所仕事がぐんと楽になるであろう。待てよ?柄の部分も長くすることで火傷の危険性も減るのではないだろうか!
全く私の義の智恵には、他の誰でもない私自身が一番驚かされる。
早速特許を出願しようではないか!この発明が世に出ればノーベル義賞ものだな。
『私の妻が丹精込めて作ってくれた義の料理を盛り付けようとして思い付いた!』というコメントと共に私とお船と謙信公の名は一気に世界に躍り出ることになるであろう、だがそれに驕ることなく私は日々を慎ましく生きていこうと思う!おお、何と素晴らしい私の義!
そうこうしているうちにカレーも適量が皿に乗ったようだ。早速いただこう…ん?何だ?玄関から不審な音がするぞ!大丈夫、いざとなったら私の義の力で何とかなるだろう。お船が帰るまで家は死守すると約束もしたしな。なあ、お船。
ってお船ではないか!早かったな!全く今日はそなたがいなかったので色々大変だったり興味深かったり、とても一口に言い表せない義の大スペクタクルがこの家で展開されていたのだよ。
おお、玄関に書類と史記と弁当箱が置いてあっただと?すまない、私のだ。ん?手が赤いのはご飯をよそったときに少し、な。敵ながらなかなか見上げた奴らだったぞ!
だが今まであのような危険な仕事をさせていたことは本当に申し訳なかった。不甲斐無い私を赦してくれ、お船!
そのおかげで、と言ったらおかしいが、私は特許どころか世の中がひっくりかえるような大発明もしたのだ!聞いてくれるか?!ああその前に。私としたことがうっかり忘れていたよ。
おかえり、お船。さて一緒に夕飯を食おう!そなたの作ったカレーは今日もやっぱり美味しそうだぞ!」
1月半ばから6月頭までの拍手お礼だったもので、すいません(謝った!)
直江とそれ以外の人との決定的な違いは、生活IQの数値だと思うのです。
余りの上げ膳据え膳ぶりに、書いている私が一番きれそうでした。
(09/06/06)