※ある意味いつも通りですが、酷いです。私は左近が大好きですってば。

 

 

 

「山犬!お待ちかねのものが出来たぞ!」
 
兼続は、いつも五月蝿い。
その五月蝿さに加え、コントとかに出てくるマッドなサイエンティストよろしく、右手にどどめ色の液体を入れた瓶なんて掲げて、しぱん!と快音と共に襖を開けたものだから、悪目立ちにも程があるほど目立つ。
とりあえず名前を呼ばれた政宗は、係わり合いになるのは御免とばかりに慌てて席を立とうとしたが、兼続の言葉に足を止めた。
 
「いつも幸村に冷たくされている可哀想な山犬に、お誂え向きな薬を作ってきてやったぞ!」
「何じゃと!儂は別に冷たくなぞされておらぬわ!」
 
とは言いつつも、政宗の隻眼は、兼続の持った液体をガン見である。
 
余すところなく想いを伝え合い、情も交し合い、なのに幸村ときたらちっとも甘えてくれぬし、いちゃいちゃしようとしたら昨夜は遂に鬱陶しいと罵られ拳で殴られた。そんなところも好きだけど、偶にはしおらしいところを見せたとて罰は当たるまいて!
そんな煩悩渦巻く政宗が兼続の術中に嵌ったのは最早必然と言えよう。
 
「…冷たくなぞされてはおらぬが一応聞く。何じゃ、これは」
「よくぞ聞いてくれた、山犬!これはな、私が開発した惚れ薬だ!」
「…惚れ薬だと…兼続、貴様段々何でもありになっていくな…」
「そう褒められると悪い気はせんな!」
 
俺は褒めた訳じゃない、がっくりと肩を落としたのは三成である。
大坂城内の三成の部屋で政宗と幸村が寛いでいたところに、何の予告もなく兼続が登場したことは、既に彼の中では問題になっていないのだ。だっていつものことだから。
 
「惚れ薬…?政宗どのはそんなものを私に飲まそうとなさっておいででしたか」
「いや、違う!それは誤解じゃ、幸村!儂はそんなこと思ったことなど全く無くて…ええい、兼続め!そんな良いものがあるんじゃったら幸村にばれぬように持って来ぬか!」
「やっぱりあんな気持ち悪い薬を飲ませるつもりだったんじゃないですか!」
「気持ち悪いとは不義だな!私の薬はいつだって義だぞ、幸村!」
 
心外です、と頬を膨らませていた幸村を、これはこれで可愛いわ、なんて思ってしまった政宗は、上手い弁解も出来ずに、更には後半、本音を駄々漏らしたばかりに、再び幸村の拳を浴びる羽目になった。
力の加減を知らない幸村が殴れば、政宗を吹っ飛ばすことくらい朝飯前である。
 
幸村には殴られ慣れている政宗だったが、狭い室内でのこと。咄嗟に受身を取れず足で襖を突き破った挙句、衝撃で外れた襖が、三成の隣の部屋で仕事をしていた左近の脳天に直撃した。
 
「政宗、襖は貴様が弁償しろよ。おねね様にお説教されるのは、嫌だ」
「いや、そんなことより左近じゃろ!仮にも家臣じゃろ!もっと大事にしてやれ!左近、大丈夫だったか?」
 
そんなことより幸村に吹っ飛ばされた自分の身体こそ大丈夫なのか、仮にと言えば貴様だって仮にも大名だろう、と三成は心底思ったが、そこは幸村にだったら何をされても嬉しいと豪語する、ある意味天晴れな心意気を持つ政宗。
ちっとも堪えた風はなく、床に突っ伏した左近を揺すっている。
 
「大変じゃ!左近がぴくりとも動かんぞ!」
「左近殿、大丈夫ですか?!」
「糞、左近の癖に気絶なんて生意気だぞ」
 
「む!気絶とな!これはいかん!ようし、そんな時には気付けの一杯だ!」
「あ、兼続殿、それは」
 
まるで「駆け付け三杯」のような気安さで瓶の蓋を外し左近を覗き込んだ兼続は、手に持った液体を左近の顔目掛けて思い切り良く垂れ流す。幸村が止める間もなかった。
薄気味悪い液体は、左近の口にしこたま流れ込み、やがて。
 
「ぶぼばっ!な、何が起こったんですかい?って、あれ?兼続さん、いつの間に…」
 
来てたんですかい。
奇妙な薬で顔中べたべたにしながら(三成は少し顔を顰めた)呑気にそんなことを呟いていた左近の言葉が途中で止まる。
いや、止まったのは左近の言葉だけではなかった。
 
暫く兼続の顔をまじまじと凝視し、やがて娘のように頬を染めると、ごつい指で顔を覆ってさも恥ずかしげに俯く左近。
 
あり得ぬ光景に、三成も政宗も幸村も、凍ったように動きを止めた。心なしか、この炎天下に元気良く鳴いていた蝉の声まで止まったような。まあ、つまり、部屋中の空気という空気が止まった訳だ。
 
「って何じゃあれは―――!気色悪いものを見せるな!」
「頭の打ち所が悪かったのかも知れんが、おっさんが頬を染めて俯いたら只の変質者だぞ。気をつけろ、左近」
「違いますよ、三成殿!きっと兼続殿の薬で…」
 
尚も辛辣な言葉を投げかける三成に、さすがに幸村が助け舟を入れる。
 
「あの薬はお前と政宗専用ではないのか?」
「でもあの反応はどう考えても変ですよ。ほら、何だかもじもじなさっておいでですし」
「儂、悪いが直視出来ぬわ…うわ…また兼続見て真っ赤になっとるぞ…目が潰れそうじゃ」
 
と、眼帯の上からもう無い筈の目玉をさすりながら、政宗。
 
「一個しかないんですから大事にしてくださいね」
「うむ、分かっとる、冗談じゃ。お主は優しいのう」
 
結構酷いことを言われていると思うのだが、幸村に心配された!と喜ぶ政宗を尻目に三成が尋ねる。
 
「兼続、つかぬことを聞くが、その惚れ薬とやらは政宗に対する幸村のみに効果が出るものではないのか?」
「ん?何を言い出すのだ、三成!」
 
兼続の無情な応えに三成は勿論、幸村も政宗も重い溜息を吐いた。
 
「薬を飲んで最初に見た者に懸想することこそが惚れ薬のセオリー!即ち義!使用する時には用法・容量を守って、また細心の注意と共に二人きりの時に使うようにな、山犬!」
 
さっき細心の注意を払わずに左近の顔にぶちまけた癖に、そんな尤もらしいことを言える者は誰一人としてこの場にはいない。
 
 
 
「政宗どの、もう帰りたいですね」
「儂もそう思うが、何と言うか怖いもの見たさというか。微妙に儂にも責任があるしのう」
 
三成の部屋で肩を寄せ合い政宗と幸村は囁き合う。
 
恥ずかしいのかそれとも単にそういう性分なのか、いっそ好きは好きだけど(やることやって今更好きも嫌いもあるまい)面倒臭いとでも思っているのか、幸村の真意は量りかねるが、普段は決して必要以上にべたべたしない彼が、政宗の耳に口を寄せてそんなことを言うのは、決して広くない部屋に男五人が集まっているが故ではない。
怖いからだ。
 
ひょんなことから兼続に惚れてしまったらしい左近は、暫く兼続をぼやっとした顔で眺めたり一人で赤くなったりしていたが、やがて姿勢を正し手を付くと、蚊の鳴くような声でこう言ったのだ。
 
「兼続さん、殿、と呼ばせて頂いても宜しいでしょうかね…?」
 
それは三成に仕官することを決めた時の台詞と似たようなものだったのだろうが、少なくともあの時にはそんな風に気味悪い科を作って言った訳ではないだろう。
 
「ふむ!私は二万石も出さんぞ!」
 
分かっているのかいないのか、兼続はそんな風に笑い飛ばしたが、「禄の多寡ではありません」と応えた左近に「それは義だな!よし、共に義の世を作ろう!」と宣言までしてしまった。
 
「あばたも笑窪か…惚れ薬とは恐ろしいものだな。まあ、あばたどころではないが」
 
何を考えているのか三成は、兼続と元家臣(元、で良いのかどうか、政宗にも幸村にも分からない)の遣り取りにそんな感想を述べた後、振り返りもしないで黙々と仕事をこなしている。
一度幸村が声を掛けたが、「左近は兼続のところに仕官するのだろう?奴の仕事を片付けておかなければ困るではないか」とあっさり呟いただけだった。
 
普段であれば左近には容赦なく怒り殴り、我侭も言いたい放題の三成が、怒気をおくびにも出さずにそんなことを言うところが、もう怖い。
 
「では早速だが、私の屋敷に参ろう!義の世築く為、働いてもらうことは山とあるぞ、左近!」
 
そんなことを叫びながら元気良く兼続が、そしていそいそと左近が出て行った時にも三成は「達者でな、左近」と言っただけだった。それも微笑のおまけ付で。
 
「幸村、あ奴絶対怒っとるぞ…儂が襖を蹴破って左近に直撃させたことを謝った方が良いじゃろうか」
「それは政宗どのを殴り飛ばした私も同罪だと思いますけど、今何か言ったら火に油ですよ…」
 
「おい、貴様ら、聞こえているぞ」
 
部屋の隅でこそこそ相談していた二人の背後に、筆を握ったままの三成がゆらりと立っていた。
 
「あの、三成殿、この度は誠にご愁傷様ですというか何と言うか」
「馬鹿、幸村!言葉が違う!あのな、三成、左近のことじゃ、腹でも空かせたらその内ひょっこり帰ってくると思うのじゃが」
「そんな!政宗どのこそ、飼い犬が逃げたみたいな言い方をなさって!」
 
わたわたと言い訳する二人に、三成は知らず笑いを噛み殺した。
正直、多少面白くないとは思う。だが意外と人のことは分からぬものなのだな。
 
もしも政宗が俺の立場で、幸村が左近のようになったら、或いは逆だとしても、お前らだって取り乱したりはせぬだろう?自分と左近の関係と、幸村と政宗のそれとは全く違うかもしれないが、薬なんていずれ効力が切れるものではないか。
その後に左近がどちらを選ぶかなんて分かり切ったことなのだよ――だが、もしも自分が今の幸村や政宗のように当事者でなかったら、それこそ慌てふためくかもしれん。
 
肩を並べて自分を見上げる政宗と幸村を見比べ、今度こそ三成は堪え切れずに噴出した。そうだった、ちっとも進展しないこいつらの関係を、俺だって、それこそ傍観者ながらもじりじりと、多分こんな顔で見守っていたんだった。
 
「もう俺のことはいいから、帰れ」
 
爆笑がひとしきり収まった後、再び文机に向かいながら三成はひらひらと手を振る。左近の分の仕事までやっておかねばならんという言葉に嘘はないようだ。
追い出される形になった二人の背後に三成の声が飛ぶ。「襖は忘れず弁償しろよ」やっぱり笑いを噛み殺しているような口調に首を捻る政宗と幸村には、三成の真意なんて分からない。
当然、彼が自分達の恋路をこっそり応援しながら悶々としていたことだって。
 
 
 
 
 
全く得心がいかないという顔で左近が三成の部屋の前まで戻ってきたのは、夜半過ぎのことだった。
こんな時間に主の部屋に参上するのは礼を欠くことかもしれぬが、あの主ならばまだ文机に向かっているだろうと左近は確信しながらそっと中を窺う。
 
「左近か」
「ええ、何だか分からないんですけどね、気が付いたら俺は兼続さんのところでこき使われていたんですが」
 
自分でもどういうことか見当も付かぬが、無断で長時間三成の元を離れたことを叱られるかと思ったら、背を向けたままの主からは「こき使われたか」という応えが至極上機嫌な声音で返ってきただけだった。
 
「義の世の為には草むしりからだな、ってごり押しされましてね。一日中庭先で草をむしっていたことしか覚えてないんですよ」
 
そうか、楽しかったろう、今度佐和山に戻ったら好きなだけ草を抜いていいぞ。そう言えば、腰が痛いんで勘弁してください、ときた。
 
「あ、それ、俺の仕事じゃないですかい。それは明日俺がやっておきますから、さっさと寝たらどうですか?」
「貴様が急にいなくなるから、俺がやらざるを得なかったのだよ」
「だからすみませんってば!…で、何がどうなって俺はあんなところにいたんですかね?あと、頭も少し痛むんですが」
「頭は、幸村と政宗に謝ってもらえ。明日の朝にはまた、血相変えて飛んでくるだろうからな」
「いや、答えになってませんから」
 
何となくこうなることは予想していたが、それでも少々むかついたのは本当なのだよ。結果的に仕事も押し付けられる形になった訳だしな。真相も知らずに精々不安がってると良い、と三成はほくそ笑む。
明日になれば、兼続か幸村か政宗か、兎に角誰かが笑い話にしてくれる、そう、これは唯の笑い話だ。
 
「とーのー」
 
それでも心底困ったように自分を殿と呼ぶ左近が面白かったので、ついつい絆されてしまった。
 
お前は俺の家臣だった、それだけの話だ。そう言うと左近は、何当たり前のこと言ってるんですか、頭でも打ちました?と阿呆面で答える。頭を打ったのはお前の方だ。けど。
 
「政務も出来る、軍備もお手の物、戦の才もなかなかだし縄張りだって出来る、俺の家臣だろう?」
「ええ、まあそうですが急に褒められると気持ち悪いですよ」
「二万石じゃ、安かったな」
 
禄の話を出すと、左近は決まって少し嫌そうな顔をする。禄の多寡で自分に仕えていると思われたくはないのだろう。
そんなこと三成にだって充分分かっているからこそ、あえて言ってやっているのだ。
 
「禄の多寡ではないんですけどね」
いつも通り、左近がそう呟くのは分かっているから、その禄にはこれから俺の家の草むしりも含まれるのだぞと言ってやろうと、三成は少しだけ笑った。

 

 

なにこれ…佐和山がいちゃいちゃしてるだけで、イカが結構大人しくなっちゃったじゃん!(わたし的には)
まー左近と三成はカプ云々じゃなくても、いちゃいちゃしてるくらいが丁度いいです。
しつこいようですが、私は左近が好きですよ!
(09/09/05)