※自分でも吃驚するほど暗いです。
兼続好きな方、色んな意味でイっちゃってる兼続が嫌いな方にはお勧めしません。
わたしは好きですよ、直江さん。
「教えてくれ武蔵。何故皆が私を語る」
戦は終わった。目の前には炎に包まれた江戸城。
鎮火にはまだまだ時間がかかるだろう。
「何を言ってるんだ、あんた?」
それはあんたのことを皆認めているからだろう?―――そんな慰めにもならない台詞を武蔵は呑み込んだ。
咽喉が痛い。何かひっかかるような。
城全体をまるで舐めるように覆った炎の所為だ。それは風下にいる武蔵達に容赦なく火の粉を降らせる。
「三成殿は私の弱さを語った。慶次殿も、そうだった。人に寄りかかるなと。
まるで己の志を語れぬ者に価値はないと斬り捨てるようだった」
その三成が関ヶ原で敗死して何年経ったのか。あの時自分は宇喜多の殿様の下で働いて。
必死だった、生き残る為に。多分、自分が、生き延びる為に。
「あったのだ、私にも。志とやらは」
徳川の天下を磐石なものにしようと満を持して大坂に馬を進めた家康がまさかの討死。
秀忠を新しい柱に徳川方の忠臣が江戸に篭城したとの報を受け、幸村が秀頼を擁して出兵したのがおよそ一ヶ月前。
「ただ机上で語られるような志ではなかった。槍を振るいたかっただけだ。私が認めた者の為に」
秀忠は、討った。徳川の将兵も尽く散った。
兼続もあの城の中で炎に焼かれた筈だ。いや、その前に誰かが討ち取ったと聞いた。
幸村がやったのかどうかは武蔵には分からない。
この戦が何だったのかすら、武蔵には分からない。
「そして私を認めてくれる者の為に」
幸村はこの場所からぴくりとも動かない。
酷い火傷を負っているのだ。刀傷も。槍を握る幸村の両手は真っ赤で、具足は返り血に染まっている。
いや、多分返り血だけじゃねえ。武蔵の背筋が凍った。
「いっそ義も誇りも燃しておしまいになるがいい。私には分からないのです。皆、私にどうあれと言っておられたのですか?」
ねえ、まさむねどの。
江戸城小天守で政宗は幸村を待った。
秀吉がその手中に収め徳川が掠め取った天下が、今再び宙に浮く。
この戦で残るのは江戸城の残骸と、天を戴くには小さ過ぎる豊臣家、犬に成り下がった各地に散らばる嘗ての梟雄共。
乱世が再び幕を開けるのだ。
ここで伊達が潰れる事は許されぬ。既に自兵は引き払った。
「幸村、お主にも分かっておるじゃろう。豊臣の天下は来ぬ。お主は故太閤への義理は果たした」
頼む、その先を見ようとするな。
「儂と共に来い、幸村」
「兼続殿がこの先に居られるのですね」
「………」
そうだ、分かっていた。幸村はきっと先に進む。苛立たしい。鋭い舌打ち。優しい苦笑。
「行くのか、兼続の下へ」
「参ります」
「何故じゃ!もうあ奴には何も見えとらん。何も聞こえぬ。何故お主はいつもいつもっ!」
自ら、知らずともよいことを確かめに行くのだ。
政宗どの、私達の為に泣いてくれるのはあなただとずっと思っておりました。
忌々しそうに顔を覆った政宗に、幸村は小さく頭を下げた。これ以上この人に近付いてはいけないような気がした。
「ここまで来たということは政宗は逝ったか、幸村」
「いえ、政宗どのは兵を引かれました」
「所詮は利の伊達ということか」
「政宗どのは利などで動いてはおりませぬ。兼続殿がずっと義のみを見詰め続けた訳ではなかったように」
「もうどちらでもよい。そのようなこと最早意味を成さぬよ」
「よくありませぬ。私はせめて分かって頂きたい。私のことも、政宗どののことも」
「私は、幸村、そなたの義を分かっているつもりだ」
いいえ。あなたが欲しかったのは義ですか?
「彼のお人は、私がずっとお慕い申し上げてきた方です」
兼続が幸村と視線を合わせる。薄く笑ったような、しかし眸には驚愕の色が浮かんでいた。
はじめてみる顔だ、槍を構えながら幸村はぼんやり思う。まるで目の前に、はじめて、自分がいることに気付いた顔。
至極当然だ。そんな簡単なことすら、あなたはご存じなかったのだから。
三成殿は私を勝手に語られた。そして兼続殿は私の周りを勝手に語っていただけだったのですね。
「ああ成程、あの山犬はずっと幸村に焦がれていたのだな」
違う。焦がれていたのは自分だ。
「その幸村を、私が連れて逝く訳か。面白い」
天守を炎が包んだ。
「共に、死んでくれ。幸村」
「だから言ったじゃろう。気は済んだか、幸村」
轟々と燃えさかる炎の中にあって、それでも自分の耳がその声を違えることはない。
何故。戻ってきたのです、何故。
「幸村、これは儂の獲物ぞ」
「…何のつもりだ、政宗」
「間も無く上杉の家名を懸けた総攻撃がはじまる。本陣が危うい。お主は守れ」
身体から力が抜けた。
刃を携え友と睨み合い炎に焼かれて尚、私は安堵することが出来る。
あなたの只一つの眸が、私を見ているというその一点のみで。
「それで幸村を守ったつもりか」
「……」
「可哀想ではないか。幸村は乱世に生きるには無垢に過ぎた。
あの子に大局は見えぬ。見えても己を曲げることは出来ぬ。ならばせめて」
「己と共に消す、か」
兼続は、政宗が嫌いだった。ずっとずっと。その眼。ねめつけ見下すような。嫌い?いや、違う。
この、胃の腑の底から這い上がるような震えは恐怖に似ている。山犬如きに恐怖だと。そんな筈はない!
「違う!違う、違う!
私は只守ってやりたかった!三成も、幸村も!何故邪魔をする!」
「あ奴の声も聞かず、そう叫べば本当に守れると貴様は思っているのか?
信念を大声で語る者が信念を持つ者か?強い者は涙を流さぬか?!それが幻想だと、何故気付けぬ!」
「もとより貴様との話し合いなど望んでおらぬ。そこをどけ、山犬。私は幸村の下に戻らねばならぬ」
兼続は剣を真一文字に斬り結ぶと、左手を刃に当てた。
「直江山城、天に代わりて不義を討つ!」
「ふん。それが貴様の矜持ならそう吼え続けよ。ただ、戻れると思うておるのか?儂も貴様も」
本当に、この火の海から。
幸村は本当にこの場所からぴくりとも動かない。
「おい、なあ幸村」
手当てを、しないと。せめて。火の粉がかからない場所に移動するだけでも。
その一言がどうしても武蔵には言えない。
熱い。物凄い熱気に視界は歪み、咽喉は悲鳴を上げている。熱い。
辛うじて背中に乗せた者は、最早生死も分からぬ。いつの間にか、銃も何処かへやってしまった。
ゆきむら。天下は、どうなる。伊達家は。無事か、幸村。
傷付いた刀身で二人分の身体を支える。
こ奴を連れ帰ったら、幸村はどんな顔をするのだろうか。もうそれすら分からない。
それで、よいではないか。嘗てあれのことを分かった振りをして、本当に救われた者がいたか?
そして儂は救われたい訳ではないのじゃ。
のう幸村。
一瞬、陽炎の向こうに陽の光が、明らかに炎とは違う光が見えた気がした。
うっわ、暗!
一旦下された人からの評価というものは、結局、決定的な何かが無い限り(あっても)こちらがつぶされるまで消えないのだ、と実感した時、
じゃあ幸は一体どうだったんだろうとぞくぞくしました。
三成や直江に没人格を強要される辺り、幸は貂蝉ちゃんみたいですね。
政宗が救いになってくれれば、いいです。死にネタではないつもりですが、どうだろう…?
ちょっと幸村争奪戦?(笑)
(08/04/25)