またこっちを見ていない、そう思うと幸村はおかしなことだが、何だか嬉しいような面映いような気持ちを抑えることが出来なくなる。
 
普段は鬱陶しいほど話し掛け付き纏ってくる一方で、偶に――それは本当にごく稀に、なのだけど――政宗はこうして、まるで幸村がその場にいないかのように自分のことに夢中になっていることがある。そんな彼に結局堪え切れなくなって、構ってくださいと言うまでの時間が、幸村は好きだ。
笑われるだろうか、迷惑がられるだろうか、でも。逡巡の末、やっとのことでそう口に出した幸村に、政宗は嬉しそうに笑いかけこそすれ、嫌な顔など一度もしたことがないから、幸村は安心して、そんな身勝手な可能性に思いを馳せることが出来る。
政宗が自分のことを無碍に扱う訳はないという自惚れを自覚しながら、様々な憶測を心の中で繰り返すのは、とてもとても心地良い。
 
 
 
それでも簡単にこちらを向かせることなどしてやりたくはないから、幸村はゆっくり政宗を観察する。
 
幸村が両手に抱え込んでいるお茶から立ち上る柔らかな湯気越しに、懸命に文字を追っている政宗は何だか面白い。別に何処がどう面白い、ということではないのだが。
政宗が一瞬視線を止めて、本の頁を逆に捲る。
何事か納得できないことがあったのだろう、政宗はちっともその表情を変えないのだけど、傍近くで観察している幸村には彼が本をざっと読み直した末やっと合点がいったことが手に取るように分かる。
 
可愛いなあと思うのだ。こんな無防備な政宗は三成も兼続も知らない。
 
彼らが知らないことならいっぱいある、と幸村は思う。
 
格好をつけるのが大好きな割に本当は甘えたがりのところも。料理が上手いのは知ってるだろうけど、機嫌の良い時には鼻歌を歌いながら食事を作っていることだとか。今とは逆に幸村が何か別のことに一生懸命になっていると、政宗の独り言が増えることだって。それらの独り言は言外に「此方を見ろ」と何より饒舌に幸村に物語っている気がするのだ。
そうならそうと、素直に言えば良いのに。
自分のことを棚に上げてそう考えつつも無視を続ける幸村に痺れを切らした政宗が飛び掛って、結局はまんまと彼のペースに乗せられてしまう。
待ち侘びた飼い主が帰って来た時の犬のように無邪気な振りをした政宗が段々とその表情を変えて、今度は自分が政宗の玩具にさせられてしまうまでのその過程も――当然ながら、そんなこと自分しか知らない。
 
「どうした?」
 
政宗が本から目を上げずに尋ねる。一瞬、不埒なことを思い出していたのがばれたかと思ってぎくりとしたが、政宗は事も無げに「暇か?」と言葉を繋げただけだった。首を振りながら幸村は心の中でこっそり返す。
 
暇なんかじゃありません、むしろ忙しいくらいです。
 
 
 
政宗と一緒に居るようになるまで、こんなこと考えたこともなかった。勿論心の中では色々なことを考えていたつもりだったけれど、何でそんなことを考えるのかについて考えたことなど一度もなかった。
そこまで思ってやっと幸村は気付く。
自分しか知らない政宗を観察するのが楽しいんじゃない。それを見ながら色々なことを反芻するのが嬉しいのだ。
政宗がいつも大事にしてくれる自分の気持ちをこうしてゆっくり確かめられることが嬉しくて仕方がないのだ。
 
やっぱり限界みたいです、こっちを見てください。
 
心の中で念じてはみるけど、やはり伝わる訳はなく、政宗が頁を捲る音がかすかに聞こえるだけ。私のことなら誰よりも知ってるとあなたは思っているんでしょう。幸村はそっと政宗の背後に忍び寄る。
 
でも今、私がどれだけあなたの視線を欲しているのかなんてあなたには分からない。
 
「だけど、そんなところも好きです」
 
政宗の背中から腕を回しながら幸村はそう笑う。
なのに政宗は振り返ってくれないので、幸村からは斜め後ろからの横顔しか見えない。
 
でも彼の耳は珍しいことに真っ赤に染まっていて、微かに見える顔には少し怒ったような表情が浮かんでいて、頁を捲る音はそれきりぱたりと途絶えてしまった。はじめて見る顔だ。そんなことに気を良くした幸村はそのまま政宗の背中にそっと耳をつけ目を閉じる。
 
だから政宗が、何かを誤魔化すように今はもう読んですらいない本をぱらぱらと大仰な音を立てて弄りつつ、幸村を振り返って大層優しげな笑みを浮かべたのを、幸村はずっとずっと知らないでいるのだった。

 

 

6月くらいから(だっけ?)11月までの拍手だったものを収納。
政宗の、知らない幸村と、幸村が思いもかけない政宗。は、すてきだとおもいました。
(09/12/14)