大体、人か、それに良く似た生き物が一晩の内に世界中の子供にプレゼントなど配れる訳がない。
そんな疑いを持ちつつ迎えた去年のクリスマスイブに、家の納戸の中から近所のデパートの名が入った包みを発見してしまい、且つ添えられたクリスマスカードの文字が、もうどう考えても父親の筆跡で、そんなことがあったから、梵天丸はサンタなど信じていない。
信じてなどいないが、半信半疑ながらも、さんたはいるのだ!おれはそうおもう!と断言する佐吉や、サンタの存在を疑いもせずに、さんたさんはことしはなにをくれるおつもりか!と手を叩いてはしゃぐ弁丸に真実を告げてやる気にもならない。
そんなことは下衆のすることじゃ。儂は、サンタを心から信じとる弁丸が可愛いと思うし。
 
 
 
クリスマスイブに、自分以上にそわそわしている両親にそっと苦笑し、それでも目覚めてみれば枕元にきちんと置かれたプレゼントが嬉しくて、さて、今日も自分が目覚める前に慌しく出勤していった両親に、いつ何と礼を言えばいいか(しかも直接的にはサンタに向けて礼を言わねばならぬので厄介だ)そう考えていた梵天丸は、ベッド脇に蹲っていた物体に肝を抜かした。
 
「な、何じゃ弁丸か。驚かせるな」
 
いつもだったら何度も何度も呼び鈴を鳴らすか、そうでなくても玄関先から「ぼんてんまるどの、あそびましょー!」と声を掛ける弁丸が、まだ寝ている梵天丸の枕元に蹲っていたことにも驚いたが、弁丸は寝巻きのまま。
がさがさと耳障りな音がするのは、弁丸がまだ包装紙のままのプレゼントを抱えているからで、冬の朝の寒さに震えながら弁丸は泣き声でこう言った。
 
「ぼんてんまるどの、さんたさんなど、おりませんでした…」
「どうしたのじゃ、急に」
「さんたさんは、ちちうえだったのです…」
 
そう言って、貰ったばかりのプレゼントの包装紙が濡れるのも構わず、大粒の涙をぽたぽたと落とす。
さんたさんをつかまえたら、あしたも、あさっても、くりすますだとおもったのです。だからべんまるは、よなかにおきて、さんたさんのうしろから、なぐりかかったのです。
 
「な、殴りかかったか…」
「はい、なぐりかかったのです」
 
毎晩毎晩プレゼントを貰えたら夢のよう、そう考える子供は多いだろうが、まさか本当に実行するとは思わなんだ。
 
恐らくは昌幸も予想だにしていなかったに違いない。急に起き上がった、いやそれどころか襲い掛かってきた息子に驚き、声を上げ、あっさり正体がばれた、というところなのだろう。梵天丸はそう考える。
さて、どうしたものか。
まさか泣くほどのショックを受けている者に、一晩にサンタと言えどプレゼントを配りまくるのは無理だから、昌幸がその下請けをしていたのだと再度騙すのも気が引けるし、かと言ってサンタは心の中にいるのだと、掴みどころのない馬鹿みたいな言い訳はしたくないし。
逡巡する梵天丸には目もくれず、弁丸は涙で濡れてしまった包装紙をそっと拭うと、呟いた。
 
「べんまるは、さんたさんがちちうえだったなんて、しらなかったのです」
 
嘘を吐くのはいけないことだ。
梵天丸も、恐らくは弁丸も(今はどうでもいいが佐吉も、与六だって多分)そう言って育てられた。嘘を吐いてはいけません、吐けば、必ずその報いがありますよ、と。
 
「ちちうえは、べんまるのために、さんたさんだったのに」
 
子供にとって親に叱られることは一大事だけど、報いって、別に叱られることじゃない、梵天丸は思う。嘘を吐いて叱られたことがないなんて到底言えぬが。
大体弁丸だって、一昨日辺りだったか、もう食べてしまったおやつを自分は食べていないと言い張って昌幸に叱られていた。
で、美味かったか?と昌幸に尋ねられ、弁丸は口を押さえながら、こくこくと頷いたのだ。
 
馬鹿じゃのう、これで完全にばれてしまったではないか、そう思う梵天丸を余所に、弁丸を抱き上げた昌幸は「嘘を吐くならもっと上手く吐かぬか」と小言を言ったけれど、でも確かに笑っていて――あれは嘘の罰なんかじゃなかった。
嘘を吐くのはいけないことだ。それは本当かもしれないけど、上手く吐けない嘘は、もっといけないことだ、なんて梵天丸はぼんやり納得して――弁丸がぶしっと小さなくしゃみをした。
 
「こっちに、入れ」
 
自分がまだぬくぬくと布団に包まっていた事実にようやく気付いた梵天丸は、布団を少しだけ捲りながら枕元に立つ弁丸に呼びかける。
布団の中に朝の冷気が入り込んで、次の瞬間、もっと冷たいプレゼントの包装紙が押し付けられた。
遠慮なんてちっともせずに、もぞもぞと布団に潜り込んだ弁丸の身体がどれくらい冷えていたのかは、彼が抱えたままの大きなプレゼントに阻まれて梵天丸には分からなかったのだけど、きっと肌に当たる冷たい包装紙の感触と同じか、それ以上に冷え切っていたのだろうと思った。どうしたら温めてあげられるかなんて、梵天丸には、まだ分からない。
 
「あのな」
 
けど梵天丸は、弁丸を布団に潜り込ませた自分の選択の正しさに、内心で拍手喝采をした。
無理矢理頭まで布団を被ってみれば、内緒話にこれほど適した空間は、ない。
 
「儂には吐かんでいいぞ、嘘」
 
嘘を吐くのはいけないことだ。上手く吐けない嘘をつくのは、もっといけないことだって昌幸は言う。
でも、そんなことより、もっともっといけないこと。去年のクリスマスに自分が覚えたあの感じ。
 
毎日がクリスマスだったらいいのにと弁丸が思ったのも、何処にもいないサンタの代わりに昌幸がプレゼントを用意してくれたことに罪悪感を感じたのも、本当のことだろう。
けどそれを言うなら、もう一個、まだ言っていない本当のことが弁丸には(勿論梵天丸にだって)あるのだ。
弁丸がそれを口に出さずに呑み込みっぱなしにしてしまったら、それはいつしか忘れられてしまう。サンタの正体は父親で、その父親はサンタを無邪気に信じている不肖の息子の為にサンタに化けてプレゼントを贈り続けていた、それだけが弁丸にとって本当のことになってしまう。だから嘘は良くない、って。
難しいことは梵天丸にだって良く分からないけど、それは、悪いこと、だと思う。だって弁丸はまだ泣き止まないのだから。
 
「………ほんとうは、さんたさんなんか、いないんじゃないかとおもったのです」
「じゃろうな」
「ちちうえだったので、べんまるは、ちょっと、うれしかったのです」
 
顔も知らぬサンタに枕元を探られるよりは、そっちの方が安心するに違いない。いつだって子供の関心事は親に好かれているかどうか、そのことなのだから。いい子にしてたご褒美としてのクリスマスプレゼントは、強ち嘘ではない。
縁もゆかりもないサンタだか言うおっさんより、正体を隠した親が枕元にそっとプレゼントを置く、その事実の方がずっとずっと大事なのに。けど。
 
「けど、べんまるは、ちょっと」
 
弁丸がゆっくり息を吸い込んだのと、梵天丸が毛布の中で冷たくなった弁丸の手をやっと探し当てたのは同時だった。
 
「ちちうえのこと、ずるい、と、おもいました」
「…儂も、それは少し思った」
 
氷のように冷たいのに、少しだけ汗ばんだ弁丸の手を強く握りながらそう言ったら、弁丸は泣きながら、ふひーと変な笑い声を立てた。
 
 
 
 
 
そうそう、ずるいよな。儂も確かにそう思うたのじゃ。
いつしか聞こえ始めた弁丸の寝息に誘われるようにまどろみつつ、梵天丸は考える。
 
いい子にしていないとサンタさんは来ないよ、大人はいつだってそう諭す。
子供の目の届かないところに隠したプレゼントの事を思い出し、ほくそ笑みながら。嘘をついてまで秘密にしたい楽しみがどれだけ大きいか、子供だってそれは充分知っているのに。
ふとまだ開けていない枕元のプレゼントを思い出して、目を擦りながら寝床を抜け出す。
そっと、弁丸を起こさないように静かに広げてみたら、欲しかった玩具と、如何にも手作りらしいお菓子の包みが、四つ、出てきた。
 
『大好きなお友達と食べなさい』
 
ここまでやっておいて、あの親はまだ正体がばれていないとでも思うておるのか。
ずるい、と思う。
仕事帰りに閉店間際の玩具屋に駆け込むこと、子供が寝静まった夜中にせっせと菓子を焼くこと、明くる朝、素知らぬ顔で「サンタは来たかい?」なんて尋ねてしまうこと。
ずるいけど、その無邪気さに免じて気付かぬ振りを続けてやろうとも思う。
 
きっとこれは、いい嘘に違いない。
 
だって自分は同じようにほくそ笑みながらお菓子の包みを一つ、弁丸の枕元にこっそり置いてしまったのだし、どうせ今日か、遅くとも明日には遊びに来るであろう佐吉と与六には、サンタから預かったと言ってその残りを渡すのだろう。
何より、大人達の愚かで可愛らしい嘘をずるいとこっそり耳打ちしあった弁丸は穏やかな寝息を立てていて、その顔にはもう、涙の痕すらないのだし。
 
 
 
眠りに眠りこけて(昨夜、碌に眠れなかったのだろう)お昼を少し回った頃、やっと起き出した弁丸は、枕元に小さなお菓子の包みがあるのを見て歓声を上げた。
その隣でまだ毛布に包まったまま、素知らぬ顔で欠伸を噛み殺しながら梵天丸は、さて、何と説明すべきか考える。
 
そんな梵天丸の耳元に口を寄せて、弁丸は小声で囁いた。
 
「さんたさん?」
「そうじゃ」
 
声だけは真面目なのに、弁丸の目は悪戯っぽく笑っていて、初めてだ、梵天丸は目を見張る。
おやつは食べてないとか、宿題はもう終わったとか、そんなあまりよろしくない嘘を吐く弁丸は、きっと生まれて初めていい嘘を口にしたのだろうと思った。
 
布団から出してお菓子を握り締める手はもう冷たいけど、もう片方の手はしっかり繋がれていて、誰にも言えなかった本当のことをこっそり話したり、初めての嘘を大人に内緒で吐いたりするのには、二人で潜り込んだ布団の中は、やっぱり最適だ。
 
 
 
 
 
「弁丸は、サンタからプレゼントをもらったか?」
 
冬休みの初日、大掃除の手伝いを逃げ出して梵天丸の家に遊びに来た佐吉は、部屋に入ってくるなり、そう聞いた。
 
「はい、いただきました!」
 
少しだけ考えて弁丸は答える――さんたさんから。
弁丸はまるでいつもの調子だったから、佐吉は気付かない。答える前にちょっとだけ梵天丸の方に視線を移し、目の端だけで笑ったことも、多分梵天丸しか気付いていない。
弁丸が一生懸命に吐いた、二度目の嘘。
次の嘘も、出来れば自分の前で言って欲しいと、梵天丸は居もしないサンタに願う。
 
「なあ、サンタはほんとうにいるのか?」
 
プレゼントを貰うだけ貰っておいてその言い草はおかしいが、恐らくは、彼もおかしいとは思っているのだろう。
人か、それによく似た生き物がたった一晩で世界中の子供にプレゼントなどやれる訳ないこと。
何よりも、イブの夜、佐吉が寝室に行く前に、両親達が、左近達が漂わせていたあのそわそわした空気。
 
「そのサンタから預かり物じゃ」
「おれのプレゼントがどうしておまえのところにとどくのだ?」
「さあな、サンタも色々忙しかったんじゃろう」
 
ひらひらと手を振って答える梵天丸に弁丸は声を上げて笑ったが、佐吉はふうん、と首を傾げただけだった。
やっぱり薄々は分かっているんだろうな、そう思うが、上手く言えなくて黙ってしまったことと、口に出せぬまま忘れてしまうことはきっと別だから、それでも良いんじゃないかなんて梵天丸は思う。
 
「皆!今日はクリスマスだ!プレゼントは貰ったかな?!勿論義の子である私は、サンタ殿からごっそりプレゼントを頂いたぞ!」
 
玄関先からけたたましい声が聞こえ、今日くらいは普通に出迎えてやるか、と歩き出した梵天丸のすぐ後ろを、まだくすくす笑っている弁丸が、とてとて、付いて来た。
 
 
 
 
 
あれから随分経って、良い嘘も悪い嘘も、お互い気付けないような巧みな嘘も(気付かないので分からないが、自分と同じように幸村もいけしゃあしゃあと嘘を吐いてるんだと思う)自由自在に吐けるようになったし、クリスマスだからってサンタなんて単語を使うことはそうそうなくなった。
寒いと口を尖らせる幸村を温める方法も、嫌というほど知っている。(勿論嫌なことなど何一つないが)
 
けど、温かい布団の中で子供みたいに手を繋いで眠りにつくことだけは、なんだか恒例みたいになってしまって、しかも離すのが勿体無いので、政宗は寝息を立てる幸村を抱き寄せる代わりに、起こさないくらいの力を篭めて、今日も幸村の手を握るのだ。

 

 

折角のクリスマスなのでハートフルに!と念じてみました。
子供が布団に潜って内緒話をして大人になってく(いや、そーゆー意味じゃないよ!)のは、素晴らしいと思います。
(09/12/25)