炬燵の上は見るも無残な状態で、つまり、政宗が適当に作ったつまみや幸村お手製の酒の肴や、ついでに三成が気を利かせてコンビニで買ってきた菓子の包みが散乱していた(勿論人に気を遣うなんてことを知らぬ兼続は、手土産を持ってきたことなど一度もない)。
 
知り合った年数を数えれば両手を使ってもまだ余りあるのだし、三成と兼続にとっては友であった幸村が政宗にころっと落ちてからの時間を数えたって、それはきっと片手では事足りない。
 
二人の関係に目くじらを立てていた三成が、溜息と共に生温かい目で見守るようになり、政宗と幸村、二人が喧嘩する度に「今度は幸村にどんな不義を働いたというのだ!この山犬め!」と飽きもせずに掴み掛かっていた兼続が、今ではすっかり穏やかになった。いや、顔を付き合わせれば諍いが起きるという意味では穏やかでも何でもないから、政宗殿と喧嘩しましたとむくれて報告する幸村に「そうか、そなたは分かりにくい我侭を言うからな!山犬もあれでなかなか大変だろう!」とこっそり政宗の肩を持ち、仲直りに持ち込むくらいには、ということだ。
 
今では、一緒に暮らす政宗と幸村の元に、こうして飯を食いにくる。
 
暇な学生が気心知れた友人宅に入り浸る、そんな雰囲気がびしびし漂うこんな集まりであるから、勿論飯だけで終わる訳はなく、幸村はいそいそと台所の流しの下から酒を持ち出すし、三成はつまみになりそうな菓子を選んで買ってくるのだ。
文句を言ってる政宗も冷蔵庫を開けて「何かあったか?」覗き込むくらいだから、別段苦になどしていないのだろう。
政宗の後ろから一緒になって冷蔵庫を覗き込み、三成や兼続が普段聞いたことないような少しだけ甘えた声で
「先週作ってくださった、あれ、また食べたいです」
と幸村が囁いても、それに相好を崩した政宗が客人を放っておいて、恋人の為に足りぬ食材の買出しにいそいそと繰り出しても、別段誰も気にかけない。
今、こうして炬燵を挟んでそれぞれ対面に座っている四人のバランスがいつしか崩れ、少々酔いが回りだした幸村の身体が徐々に政宗の方に傾きつつあることも、アルコールが回ってかなり良い塩梅になった政宗が、肩がくっつきそうなほど幸村の傍に座り直したことも。
 
きっと云年前の三成だったら顔を顰めたであろうに、全く、慣れとは恐ろしいものである。
 
 
 
幸村が政宗と二人だけの時にそっと尋ねたのは、つい先日のことだ。
薀蓄とも御託とも付かぬ話をするのが実は好きな政宗と、何につけても一家言ある、どころか兎角申さねば気が済まぬ三成が、案外仲が良いということも、言い争いしかしないようで兼続と政宗が実はいがみ合っていないことも重々承知で、それでも幸村は少しだけ思っていたのだ。政宗殿、もしかしてお二人の頻繁に過ぎる来訪を嫌だと思ってないでしょうか。
 
学校も、バイトも用事も付き合いも、生活していれば免れ得ないものだけど、残る全てを一緒に過ごしたいから自分達は共に暮らすことを選んだ訳で、幸村に会いに来たと言い訳しながら玄関をくぐる二人の友に、政宗は内心、快く思ってないんじゃないか、なんて、幸村はふと不安になる。
 
「今更ですが」
真顔の幸村につられるように、政宗も真顔で返した。
「本当に、今更じゃな」
 
けどそれは少しも非難めいたものが含まれない声音であった上、そんなことを真面目に尋ねた幸村を揶揄う為に真剣な表情をしたのだろう。直後の政宗が見せた投げ出されるような笑みに、幸村もほっと息を吐く。
だって、でも、二人だけで居たい時だってあるでしょう?と再び聞こうとして、流石にそれには口を噤んだ。
 
言える訳ないじゃないか。私ともっと一緒に居たいでしょう?なんて。
傲慢すぎる気がする上に、お主はどうなんじゃと質問を返されたら、多分死ぬ。恥ずかし過ぎて。いや、政宗の方からもっと二人きりで過ごしたいと言って貰うことについては吝かではないのだけど。
 
急に無表情になった幸村に、政宗は色々と思うところがあったらしい。にやにやと笑いながらもそれ以上は追求しなかった。
 
「そなたがそう言うなら、儂は儂で勝手にやらせて貰うわ」
 
何のことだろう?を首を傾げた幸村が真相を知るのは、その後の話。
 
 
 
三成や兼続の前で寄り添うのは些か抵抗があるけれど、この程度だったら問題ない、くらいに、二人の身体は近い。
勿論友としての範疇を超えた密着振りだけど、そもそもが友ではないのだから、まあ良いではないか。そのくらい図々しいことは幸村とて思うのだ。
 
見る者が一人も居らぬというのに付けっぱなしになっているテレビ。
そこに映るキャスターの滑舌が宜しくない、ようし私自らテレビ局に電話して指導してやろう、そうそうテレビと言えば私の大河が僅か一年で終わったことが信じられん、無論その旨を認めた書状を日本何とか協会とやらに送りつけてやったがな、と酒瓶振り回して叫ぶ兼続に、大河はそもそも一年と昔から相場が決まっているのだよと目を逸らして放置したまま、三成は先程まで無駄に熱心に「こども手当」の是非について語っていた。
それがいつしか、地デジが本格的に始まったら左近の部屋のテレビを処分するのが面倒だという話になり、現在は、偶然買い物途中に正則とばったり出くわしたが、カゴの中は菓子ばかりだった。あいつはきちんと飯を食っているのか、まさか毎日コンビニと定食屋を往復しているのではないだろうな、と随分ご立腹である。かと思えば「飯といえば一日三回も飯を食わんといかんとは、実に面倒だ。食事を摂らなくても良いサプリメントはいつ出来るのだ?二十二世紀か?ところで今は何世紀だ?」と癇癪を起こす三成に、いくら正則とて食生活が乱れている云々は言われたくないだろうが、そこは酒の席。
 
自らを棚に上げるのがもともと得意な四人にしこたま酒が入れば、自分本位だわ話題は飛ぶわ、絵に描いたような酔っ払いの完成である。
 
身体の健康だけでなく、心の健康も考えねばならん、即ち現代人に必要なのは愛サプリである!馬鹿か、サプリメントにしては名前がおぞまし過ぎるわ。ええ、こう言っては何ですが媚薬みたいですよね。媚薬?何だそれは、幸村。三成殿は本当に純粋な人ですね。成程、媚薬か、媚薬はファンタジーだな!私もいつか手に入れてみたいものだ!俺が純粋だと?馬鹿な、そんなことより今は何世紀だ?
 
いつもとちっとも変わらないそんな飲み会の途中で、何気なく炬燵布団に左手を突っ込んだ幸村が途端に身を硬くしたのは、右隣の三成も対面の兼続も気付いていない。
「何世紀か、だと?!ところで二十世紀と言えば梨だ、三成!」
「ふむ、俺も梨は好きだ。そうだ、梨の酎ハイを買ったんだった」
ふらふらと席を立った三成の所為で炬燵布団が捲れ、幸村が一瞬ひやりとしたのは、決して冷気の所為ではなかった。
 
今は二十一世紀じゃぞーと、三成の背中にどうでもいい回答を投げつける政宗の横顔を、ちらりと睨んでみたくもなる。
なのに当の政宗は知らぬ存ぜぬの涼しい顔で、だがその口の端に浮かんだ笑みだけは、昨夜幸村が布団の中で見上げた彼の表情にそっくり同じだったから、ダメージを受けたのは幸村の方だったのだけど。
 
正直言って、今更、手を繋ぐことに抵抗があるわけではない。
政宗を真似て言うなら、手以外のところもがっつり繋いどるじゃろうて、ということになるのだが。
 
そこまで考えて幸村は勢い良く首を振った。こんな状況でわざわざ不埒なことを考えて自分を追い詰めなくても良いだろうに。
「どうした、酔ったのか?」
溢した酒の雫を指で辿って炬燵机の上に「義」と書いていた兼続に顔を覗き込まれ、酎ハイの缶を開けながら戻ってきた三成にも首を傾げられて、幸村はやっと我に返る。
そう、今更手如き。
こっそり手を繋いだまま散歩したことだってあるし、人前で繋いだことは皆無だなんてとても言えないのだけど。
 
 
 
気心知れた友に隠れて、炬燵布団に潜り込ませた左手の指は、政宗の右手に絡め取られている。
 
 
 
それは政宗からすれば何てことない、唯の戯れかもしれないが、手の甲に軽く爪を立てられたり指の腹を擦られたり、下らぬ会話の合間に「なあ、幸村」といつも通りの笑みを作る下で掌を硬く握られたりすることは、何だかすごく情欲を掻き立てられる気がするのだ。
先程まで政宗の右手にあった猪口が、彼の左手に移動したこととか、手を繋いで以来、箸を使えぬ政宗が全くつまみを口にしてないこととか、そういう一つ一つの些細なことに気付く間にも頬が上気するのは止められぬのに、頭の中は段々と冴えていき、あれだけ飲んだ酒が何処かに消えて行ったかのような心持ちがする。
いや、逆に凄く酔っ払っているのかも。
こうしているのは楽しいのに、早くこの場がお開きになれば良いなんて思ってしまうなんて――そこまで考えた瞬間、政宗の指先が計ったように幸村の爪先をそっと撫でて、幸村はうっかり大きく息を呑む。
 
「幸村、本当に酔ったのか?」
「しゃっくりか?変なしゃっくりだな」
 
何も知らぬ友二人に慌てて片手で手を振り(だって両手は使えない)それでも不信感が完全に拭われたのでないことは嫌と言うほど分かっていたから「炬燵の温度が熱いのです」と蚊の鳴くような声で言い訳をしたら、政宗が笑い出し、三成が盛大に炬燵布団をばさばさと扇ぎ出した。
 
「ふむ、炬燵内の換気という訳か。だが炬燵の温度を下げたらどうかな、三成。酒が零れるぞ」
「貴様も時々は良いことを言うのだな」
 
炬燵にはスイッチがあるということすら忘れるほどに酔っ払った三成の奇行に笑ったのは兼続と政宗だけで、勿論幸村は固まったまま動けない。
そのまま中を覗きこまれたら自分達が何をしていたかは一目瞭然で、いやいや、何を、って手を繋いでいただけでそんなに大したことじゃないんですけど。
 
変な力を腕に籠めて、ともすればうっかり政宗の方に引き寄せられそうになる左腕を何とか自然な感じで保とうと試みたのだけど、上手くできているか非常に自信がない。正面切って見詰められるような状況ではなかったから、こっそり横目で政宗の姿勢を窺ったら、幸村の手を弄んでいる筈の政宗の右手は、如何にも普通に炬燵の中に入れてます、という感じだったので、幸村は少しだけ安堵の息を吐いた。
政宗はまだ素知らぬ顔で、三成に炬燵のスイッチの場所なんか教えている。
 
「そうそう、その横じゃ、三成」
「ん?これかな?よし義をもって温度を弱に設定しよう!おや?どうしたことかな?!」
「もう弱になっているではないか。どうする?切るか?」
 
幸村が先程吐いた安堵の溜息が、今度こそ盛大に呑み込まれたのはその直後のこと。
 
「そういえば熱いのだったら手を離せば良いのではないか、幸村?」
 
「て?!てですか?!」
思わず声が引っ繰り返ったが、そんなこと構っていられない。
 
「そうだ、手だ」
「そうだな!山犬、幸村が火照っているぞ!気持ちは分かるが手を離してやれ!」
「ほ、ほてっ!ほてってなど!」
「嫌じゃ」
「な、なんで分かって!いつから!」
「梨の話くらいか?」
「お、なかなかやるな、三成。じゃが幸村は分かり易いからのう」
「うむ、確かに梨の話をしていた辺りな気がするな!」
俺は梨が好きだ、と話がまた戻りそうになったのだが、今の幸村にはそれどころではない。
 
「分かっておられたのなら、何で早く言ってくださらなかったのですか…」
「すまんすまん、面白くてな!つい観察してしまった!」
「悪戯が過ぎると政宗を止めようとしたが、お前が嬉しそうな顔をしていたから俺も知らぬ振りをしてみた」
 
ならば最後まで知らぬ振りを貫き通して欲しかった。
 
「だがそれでは肴も摘めぬだろう、山犬!」
「儂の酒の肴など幸村で充分じゃて」
「成程、正にオカズという訳だな!これは山犬ながらに上手いことを言う!」
 
急に下品な会話に花を咲かせ始めた二人は、まあ、仕方がないとして。未だに握られたままの左手をぶんぶん振りながら、せめて三成に幸村は弁解する。
 
「別に嬉しそうな顔などしてませんから!」
「そうか?その割には楽しそうだぞ。別に喜んでも良いのではないか?」
「それは…その、違うのです!」
 
三成殿や兼続殿が私に会いに来てくださるのは嬉しいのですが、政宗殿は無理してこうした場に付き合っているのではないかと思って。けど、手を繋ぐくらいで政宗殿が楽しんでくださるなら良かったと思っただけで。
「右手が使えぬなら幸村にあーんして貰えば良いのではないか?儂、天才じゃな!」
「それはいい!さあ幸村やってやれ!ついでに食わせる前にふーふーしてやれよ!」
「そうじゃな!それは大事じゃな、兼続!」
相変わらず悪乗りし出すと奇妙な意気投合をする二人はそんなことを言っているが、幸村は勿論無視した。
手を繋がれているのがばれた挙句、あーんまでさせられては堪らない。品のない結婚式の二次会ではないのだし。せめて一番まともそうな三成だけは味方にしなければ。
 
だが三成の答えは何とも簡潔なものだった。
 
「そうだな、あーんしてやれ。幸村」
 
含み笑いまでしながら、そんなことを言うのだ。
 
知り合った年数を数えれば、両手を使ってもまだ余りあるのだけど。
まさか三成殿にまで裏切られるとは、と呟く幸村を眺めながら三成は思う。
幸村をこんな風にしたのは、きっと政宗だ。昔の兼続はもっと五月蝿かったし、俺はもっと頑なだったが、幸村はもっとずっとふわふわしていた。三成や兼続を友と慕いながら、慕っている自分の姿さえ見えてないようだった。友であれ何であれ、好くことは分かっていても、好かれている自覚のようなものがまるでなかった。そもそも他人の気持ちのベクトルが自分に向いていることすら分かってなかった。
それは自分への過小評価とか卑下とかではなくて。今の三成になら、何となく分かる。
あの頃の幸村には、自意識のようなものが殆どなかったのだろう。なのに、その幸村が。
 
「自分」に会いに来る友を嬉しく思い、「自分」に付き合う政宗に申し訳なく思いつつ、それに報いられるだけの価値が「自分」にはあると考え、それどころか「自分」を庇ってくれると思ったのに裏切られたと呟くなんて。
こんなこと、昔の俺達の中で、一体誰が想像しただろうか。
やっぱりこれは何だかんだ言って政宗の力なのだろう。兼続が愛愛叫ぶのは頭がおかしい所為だと思うが、強ち間違っていないのかもしれない。
 
「あーんくらい良いではないか。日頃の思いを篭めてやってやれ」
「そうじゃそうじゃ。ほれ、あーん」
本当は愛を篭めてやれと揶揄い半分に言うつもりだったのだが、愛部分は友人に託すことにした。
 
「そうだぞ、幸村!そなたの愛、存分に見せ付けてみろ!なんなら熱々のおでんを用意するか?!」
「はあ。おでん、ですか?」
「ならば玉子だな」
「はんぺんも悪くない!」
「馬鹿!玉子とはんぺんは止めろ!貴様ら鬼か!」
「あ、それなら、あーんするのも吝かではないです。むしろ、したいです」
 
いざや、とコンビニに走りおでんを買い込んできた兼続から、台所を占拠した三成が玉子を受け取り熱々に熱する。玉子を手に取った幸村は、何とも言えぬ楽しげな笑みを浮かべた後で、それでもこっそり政宗に「本当に熱かったらちゃんを吐き出してくださいね」と耳打ちしながら玉子をふーふーしていたし、「儂はな!もっと可愛らしいあーんが良くて、なんでこんな熱々の玉子を!何処で間違えたのじゃ!」と喚いていた及び腰の政宗の手は、幸村のそれを握ったままだった。
そんなことに安心してた三成は、直後に政宗から噴出された玉子の残骸と、ついでに「口の中が痛い!熱いというよりむしろ痛い!」と騒ぐ政宗に大笑いした兼続が噴出した白滝を綺麗に顔で受け止め、後で事の顛末を知った左近に「もういい年なんですから、羽目を外し過ぎないようにしてくださいね」と諭されるのだが、それは、やっぱり後のお話。

 

 

現パラの義トリオ&政宗は、普段きっとこんな感じだと夢見てます。それにしては、君たち、仲いいなあ…
仲良い四人と、炬燵の中でこっそり手を繋ぐダテサナを書きたかったんだろうと思うんですけど。
三成が何世紀だ?とか言い出して焦りました。現パラだけど如何にも現代です!って明言するのはちょびっと憚られたのと、(言ったけど)
今何世紀か、本気で分からなかった自分が居たことに焦りました。

良くも悪くも自意識が薄いのが2の幸村な気がします。3は結構、主張も押しも強そうだ。
(10/02/10)