※ウチのくの子は、幸村を普通に好きですが、そーゆー意味では好きではないかもしれません。
甲斐もくの子も巻き込んでの現パラです。

 

 

 

なんかさ、会うたびにいっつも出る話題って、あるじゃない?
親戚のおばちゃんに「お父さん、元気?」って聞かれたり、隣の席の子に「あたし、今日数学当たりそうなんだよね」って言ったりする、アレ。
あたしもいつか、友達に聞かれたいと思う。彼氏元気?仲良くやってる?って。
 
けど、あたしにも、目の前でもう空になった烏龍茶のストローを未練がましく咥えているこの娘にも、そんないい人いないから、せめて話題に出して面白そうな人の名前を挙げる。
これって、ごく自然な会話の流れなんだと思う。幸村様達、どうよ?
 
達、って聞いたのは、一応あたしの気遣いだけど、幸村様と不愉快な義の仲間達って意味じゃなかった。
大体、今朝直江だかいう五月蝿い奴には会ったし(会ったけど、挨拶の一つでもしたら面倒そうだったので話し掛けなかった)彼に盛大に絡まれてる三成って人も見た(その姿を見て、あたしは直江さんとかいう人に、声を掛けなかった判断を正しいと思った)。
いや、幸村様達だってクラスが違うってだけで、目にする機会はあるんだけどね。まあ、常套句みたいなもんよ。
くのいちは普通に幸村様と仲、良いんだし。
 
「あー、元気元気。無駄に元気。相変わらず仲良しらぶらぶで、結構なことです〜」
 
達、に込められた正確な意味をすんなり飲み込んだくのいちはそう言って、手の代わりに、空の烏龍茶のパックから飛び出たストローに新しい歯形をつけながら、目の前でぴこぴこ、数回振ってみせた。
 
「仲良し過ぎて見てらんない。あんなお子ちゃまの何処が良いんだか」
「ねえ」
「だよねえ」
「とか言いつつ、あたし、実はあんまし覚えてないけど。どんなんだっけ?格好良かったっけ?」
「うそ!あんた、初対面でいきなり噛み付いた癖に!そんなことゆってるからモテないんだよ〜。顔忘れないのは基本でしょ、キホン」
 
じゃあ、あんたはモテてんのか。顔忘れないのがモテる鉄則なんて、それ、遊んでると勘違いしてる男の台詞じゃないの?
 
どっちに突っ込んでもあたし達が寂しい状況なのに変わりはないし、空のジュースのパックを前に年頃の乙女二人がどんより落ち込む様はとっても悲しいことのような気がしたから、あたしはそんな台詞を飲み込んだ。
途端に訪れた沈黙から目を逸らすように、くのいちは窓の外を見ながら、も一回、同じことを呟く。ねえ、何処が、いいんだか。
 
お昼時の喧騒の中でぼそりと投げ付けられる、答えを期待してない疑問は何だかすっごく寂しいんだけど、そう、問題はそこなのだ。
何処が、いいんだか。
恋に恋してる(笑うところじゃないからね!)あたし達には、逆立ちしたって分かんない。
身を震わせるほどの大恋愛も、一晩でも二晩でも泣き明かせるような大失恋もしたことのないあたし達には、それに答えがあるのかなんてことも、分からないんだ。
 
まだまだ子供だったあたしは、一度だけお館様に聞いたことがある。ねえ、奥さんの何処が好きなの?
幼さ丸出しだったその問いに、お館様は真面目な顔で言ったんだ。
「知るか。そもそもなんで手前に、んなこと言わねえといけねえんだ」
 
酷いと思わない?
心底、白馬の王子様の襲撃(襲撃?ん?なんか違う?)を夢見てる可愛い少女に、本気で答えることないじゃんね?
 
うん、本気だったんだ。如何にも子供っぽい質問を、煙に巻いて誤魔化すでもなく、お館様は結構本気でそう言った。
あたしには、聞かせられない話だったんだ。その時のあたしは、オトナってそんなもんかと思っただけだった。
 
 
 
 
 
あたしも、くのいちも、時々はどこぞの誰がなかなかに良い、そんな話をする。
 
「え?あの人?何処がいいの?!」
「何処って…顔よ、顔!格好良いじゃん!」
「うわ、趣味わるいー」
「何ですって!あんたこそ、どうなのよ!」
「やっぱさあ、男は顔より中身だよ。優しそうじゃない?」
「そう?優柔不断なだけに見えるけど」
 
恋の話は好きだけど、あたし達は別に惚れっぽいわけでもないから、そんなザレゴトが本当になるなんて、思ってない。
ちょっと格好良くて優しそうってだけで、付き合ってくださ〜いなんて言いに行けたら、そもそもあたし達、今こんな話してない。
 
 
 
 
 
本気じゃない、ってことなのかな?
お館様に聞いてみたい気も、ちょっとはするけど、多分聞いたら鼻で笑われるだけだから止めとく。
本気になったことないから、何処が好き?なんていう質問に答えがあるのかも分からないし、あの時のお館様の言葉が刺さったまま、忘れられないんだ。
 
あたしの脳内の王子様は(絶賛大募集中!)きっと、「甲斐の可愛いとこが好きだよ」って褒めてくれる。
 
そんな妄想にうっとりしながら、可愛いとこ?そりゃ具体的に何処だ?!って結構本気で悩む自分がいる訳で。
我ながら悲しい、です、ハイ。あたしって可愛いか?なんて悩む暇があったら、素直に幸せ妄想全開で浸ってればいいのにね。
馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。馬鹿馬鹿しいけど、楽しくないわけじゃない。ああ、なんて複雑なオトメゴコロ。
 
けど思う。幸村様なら、なんて言うんだろ。
 
政宗(うん、確かそんな名前だった)だかいう奴の、何処に惚れたの?聞いたら困ったように笑うんだろうな!
あー畜生!幸村様、格好良いのにな!笑うと可愛いし、守ってあげたくなっちゃうのに、実は強いし、優しいし。文句ないのにな!
 
 
 
 
 
だからさ、丁度腹ごなしに行った屋上で、二人が弁当広げてたから、こりゃチャンスだと思ったのよ。どれどれ、じっくりお二人のアツアツぶりを見せてもらおうじゃありませんか、ってなもんだったのよ。(実際くのいちはそうゆった)
お弁当広げてる他のグループも結構いたし、話し込んだりしている人たちも大勢いるから、二人が吃驚するくらいいちゃいちゃしはじめることを期待してたわけじゃないけどさ。
 
「お、やりますなあ。お弁当、あれ、幸村様の手作りですぜ?」
 
くのいちとあたしに気付いたらしい幸村様が、こっちに向かって小さく手を振った。
無邪気な笑顔でそれに答えながら、当のくのいちはそんなこと言って、にへへ、と笑う。
こんなこと言われてるなんて、幸村様、想像もしてないんだろうなと思いながら、あたしは、心のメモ帳に大きな文字でお弁当、と書いた。成程、手作り弁当ね。そりゃ男が喜びそうだ。
ちっとも思いつかなかったわ、あたし。
 
「お弁当くらい思い付いとこうよ…」
「でもさ、自信ないのよね。いきなり腹痛起こさせたら感じ悪くない?」
「ああ、そりゃ悪いね…悪いどころじゃない、むしろうっかり殺人未遂だよ」
 
はあ?殺人未遂ってどういう意味よ?!拳を振り上げたあたしを放っておいてくのいちは、件の二人に駆け寄る。
何してるんだろうと遠巻きに眺めるあたしのところにも、言い争う言葉が幾つか聞こえて
「物欲しそうな顔してもやらぬぞ!幸村が儂の為に作ってくれた飯じゃ…ってこら!馬鹿め!何をする!」
政宗だかいう奴の怒号を背中に受けながら、それでも涼しい顔で戻ってきたくのいちは、小さな卵焼きを指先で摘みながら笑った。
 
「幸村様の愛がたんまり篭ったお手製の卵焼き!奪取ミッション、成功です!」
「きゃー!ひとくち!一口頂戴!」
「よしよし、そう急くでない。ここはきちんと半分こしようではないか」
 
半分こ、って言いながら、くのいちは卵焼きを割るでもなく目の前に差し出したから、あたしは綺麗に半分、齧り付く。
ふわふわで、出汁の匂いがぷうんとして、ええと、正直塩と醤油くらいしか調味料の名前なんて知らないあたしには、一体何でどうやって味付けてあるのかさっぱりだったんだけど、それは兎に角美味しかったの。
愛の味ね〜なんて言おうとして隣を見たら、卵焼きを頬張ったくのいちが変な顔をしている。
 
「どしたの?」
「甘くない…甘い卵焼きかと思ったのに…」
 
卵焼きが甘いかどうか、って目玉焼きに何をかけるかと同じくらい大事な命題だ。
 
あたしはご飯のおかずなんだから、しょっぱい卵焼きが最高だと思ってる。(しょっぱい?ちょっと違うか?甘くないって意味ね!)
因みに目玉焼きには醤油をかける。塩とか、信じらんない。ケチャップとか、それだけで、うえーって思う。
ウチは代々醤油なの!いや、両親が醤油かけてるとこしか知らないけどさ。
 
「いいじゃん、しょっぱい卵焼き、あたしは好き」
「だって幸村様が作った卵焼きだから、甘いと思ったのにい!」
 
まだ口の中に残るふわふわの食感に、なんで急に泣きたくなったのか、あたしはさっぱり分からなかった。
隣を見たら、くのいちも変な顔してる。
泣き出しそうに見えるのは、あたし自身そうだったからなのか、それすら分からなかったけど、顔を見合わせて何だか小さい子みたいに手を繋いでみた。
 
女友達って、こういう時、便利だ。
 
くのいちの手を握りながら、あたしは未だ絶賛募集中の王子様のことを思う。「甲斐の卵焼きは美味しいよ」そう言って笑ってくれる、まだ見ぬ王子様のことを思う。
その卵焼きは、あたしの好みとは全然違う、甘い甘い味付けがされているのかなあ。どうやって玉子を巻けばいいのか、ちょっと想像出来ないんだけど。
「甘いもの食べたくなった」とくのいちが不満を洩らした瞬間、唐突に予鈴がなった。
 
 
 
 
 
だるいだるい午後の授業が終わると、あたしとくのいちは、いつもぶらぶら、街を歩く。
女の子らしくドーナツを頬張ったり、お茶をしたりも、する。
 
相変わらずストローは噛むものと勘違いしているくのいちが、今度はミルクティーの入ったコップのストローをぐにぐに噛みながら言った。さっきと違うのは、彼女が口にしているコップの中身と、今度ははっきり、笑っていたってことだけで。
 
「本当に、ねえ、何処がいいんだか。幸村様も」
 
あたしは急に、黄色くてちっちゃくて可愛い、けど何の変哲もない卵焼きのことを思い出す。
きっとくのいちも、思い出してるんだと思った。
 
何だかあたしもつられてストローを噛む。
 
「なーんてさ、聞けないこともあるんだねえ」
 
くのいちと幸村様はずっと昔から、ちっちゃい頃からの知り合いだ。
あたしですら、くのいちは目玉焼きにケチャップをかけるのが好きって知ってるから、きっと幸村様の卵焼きが甘かったことを、くのいちはちゃんと知ってるんだって、思う。
 
なのに、もう甘くない幸村様の卵焼き。
 
幸村様は、自分が子供の頃は甘い卵焼きが好きだったこと、覚えてるのかしら。
あんなに嬉しそうに幸村様の卵焼きを頬張っていたあの男は、幸村様の卵焼きが甘くないのが当然って思ってるんだ、きっと。うん、あたしには確かめられないけどね。
 
甘くないけど、それは確かに楽しげな味だった。
じゃなかったら、幸村様も、政宗っつー奴も、あんなにぱくぱく食べてないと思うんだよね。幸せそうな、顔しちゃってさ。
 
「聞けないけどさ、何かいいよね」
「ねえ、いいよねえ」
「お弁当の一つも作れるようになりたいなあ」
「弁当の前に、まずは男を作りなよ」
「弁当で釣るってのも、ありじゃない?」
「いきなり弁当で?あんた、そりゃ気持ち悪がられて捨てられるお弁当が可哀想だよ」
 
もうくのいちは、卵焼きのこと、少しだけ忘れた振りしてる。だからあたしも真似する。
けどきっと、同じこと考えてるんだと思う。
 
明日――は無理でも、あと三ヶ月…いや、もうちょっとユウヨはあった方がいいから、いっそ十年。
十年経って大人になったあたし達は、どんな味の卵焼きを作ってるのかってこと。
 
忘れちゃうのかな?
卵焼きはしょっぱい方がいいよって言った自分のことも、くのいちがケチャップをぐにぐにかけて目玉焼きを食べてたことも。忘れちゃったから、お館様も答えられなかったのかな。英単語とか公式とか忘れたら大変だけど、そーゆーの忘れちゃうのは悪いことなの?悪くないの?
でもさ、誰かの為だったら、忘れちゃっても、いいかな。
何処が好きかなんて上手く言ってくれなくても、あなた好みに味付けした卵焼きを美味しそうに食べてくれれば、あたしはそれで、みたいな?きゃー!なんか可愛くない?!
 
けど、あたしの中の冷静なあたしは思うんだ。
あなた好みの味付け、なんてわざわざ思わないくらい、幸村様のあの甘くない卵焼きは自然だったって。きっと幸村様、もう忘れちゃったんだ。些細なこと忘れても困らないくらいの幸福。
 
そのくらいになれたら、あたしの未来の王子様は、優しく笑ってくれるかなあ。
「甲斐は可愛いよ」いくら馬鹿馬鹿しい妄想でも、あたしはまだそれに上手く答えられない。
 
けどさ、自然な愛情たっぷりの卵焼きを作れるようになったら、そんな台詞にも上手く返せるようになるのかなあ。
顔とか、優しそうとかじゃなくってさ、何処が好きかなんて言えないよ、ってあたしも誰かに嬉しそうに話すんだろうか。
 
「明日休みだよ、どーする?」
 
如何にも、あんた休みの予定なんてないでしょ、って感じに言われた。あんたもだっつーの。
 
泊まりにくる?
あたしは言う。
泊まりにおいでよ。今日は甘くない卵焼きを一緒に焼いて、明日は目玉焼きにケチャップを思いっきりかけて食べよ?
いや、まあ、そこまでは言わなかったけど。いーよ、一旦家に帰ってからそっち行く。事も無げに答えたくのいちを、あたしはいい子だって思う。
「美味しい卵焼き、食べたくなっちゃった。すっごい甘いヤツ」
ぼそりと付け加えられた返事に、あたしと同じくらいいい子だって思う。
ああ、やっぱり女友達って、こういう時、いいよね。
 
未来の恋人を唸らせるような美味しい卵焼きはまだまだ先だけど、とりあえずあたし達は、そのことを知ってるんだよね。
幸村様も知らない、そのこと。
 
じゃああたしだって幸村様と五分五分じゃん、ってほくそ笑んだら、くのいちが、まるで可哀想な子を見るような怪訝な目でこっちを見たから、やっぱりこの子、いい子だけどまだまだだな、ってあたしの緩んだ頬はしばらく、元に戻らない。

 

 

甲斐くのとか甲斐幸のつもりはないですが…女の子っていいよね!ってことですよ。本当にくの子と甲斐は書いてて楽しいvvv
弁当を作る幸村、というのは、どうもしっくりこないのですが、まあそれはそれで。伊達が作ると思うが。

甲斐たん、あんなことゆってますが、彼女の将来の王子様は、白馬でも何でもない、
普通の馬に乗ったヤンキーくずれの武将だといいです!正甲斐は萌える!!!
(10/02/19)