※政宗と恙無く結婚させたかったので(正直者)幸村をにょたにしました。
甲斐とくの子と幸村は、ちょう仲良しさん設定で、私は正甲斐が好きです。
幸村様って呼ばせるのがおかしかったので、呼び捨てさせてます。すまぬ!
「四ヵ月後の日曜日の予定?そんな先のこと、今分かんないわよ」
予想通り、四ヶ月先のあたしのスケジュール帳は真白だった。
くるくるとペンを回しながら、だから何?と聞こうとしたのだけど、慣れたはずのペン回しはちっとも上手くいかず、指を離れたペンは、喧騒に包まれた土曜深夜の呑み屋の清潔過ぎる床に、乾いた音を響かせて落ちた。
隣に座ってたくのいちも、唖然とした顔で幸村を見上げる。だって、こんなこと言うから。
「結婚式の日取りが決まりましたので」
「はあ?ケッコン?!誰の?」
あたしはペンも拾わずに、くのいちは叩きつけるようにテーブルに置いたジョッキから跳ねたビールの飛沫を物ともせずに、大声で尋ねる。噛み付くように。
勢い余って二人揃って立ち上がったのと、叫んだ言葉、一字一句まるで同じだったから、近くのテーブルで談笑してたデート中の見知らぬカップルが怯えたように此方を見た。
大丈夫だっつの。
けど傍から見たら「悪い男に騙されている親友に別れなさいよと大きなお世話を焼いた挙句、説教している友人の図」に見えるんだろう。
はにかんだように小さく笑って自分を指差す幸村を見て、あたしは、何故か見知らぬカップルに心の中で言い訳した。
大丈夫だってば、ケンカじゃない。
あたしもくのいちも、すごくすっごく、祝福、してるんだって。
やっとケッコンか、そんな思いを呑み込んだ祝福は、少々荒っぽいものなのよ。
「ケッコン?何処で?白無垢?それともドレスですかー?」
「あたしはドレスがいいと思うんだけど!新居は?新居は何処よ!」
妙に達筆な宛名の招待状が届けられたのは、それから丁度一ヵ月後。
幸村の筆跡では決してない、その招待状を見ながら、あたしは何だかくすぐったい気持ちで思い出す。
どんな式なのか、何処に住むのか、結婚祝いは何がいい?
あの時、散々話し、矢継ぎ早に質問を浴びせてあの子を困らせた癖に(実際、あたしとくのいちは、新婚夫婦の帰宅風景なんかを酔った勢いで熱演し、幸村から止められた)招待状の宛名を一つ一つ丁寧に書いた新郎様のことは、そういえば一言も触れなかった――でもそれが、祝福してるってこと。
結婚式の当日は、綺麗に晴れ上がった、ほら、アレよ。新緑が目に痛い、みたいな(少し早いか?まあいいや)正にそんな日で。
あたしは着慣れない晴れ着に足をとられながら、うらやましいなあ、小さく呟いた。
急に結婚なんて聞かされたから、驚いたのは本当。けど、まさかそんな、ありえない、なんてきっとあたしもくのいちも思わなかった。
いつも一緒にいる二人。寄り添ってさ、他人の心底幸せそうな顔なんて滅多に拝めるものじゃないけど、なんとなく分かるじゃない?
互いに触れる手の感じと体の距離。二人が交わす、所々が端折られる言葉は、まるで暗号のよう。
「政宗殿、あれ」幸村が何かを指差すけど、あたしには何を言ってるのか分からない、みたいな。首を傾げるくのいちの後ろで、政宗さんだけが笑うのだ。「ああ、あれか」そう言って。
疎外感じゃないけど、上手くいってるなあと安心もするのだけど、それすら大したことじゃないみたい。やっぱりあたしは思うのだ。うらやましい。うーん、何か違う気もするけど。
あたしは、あの子のこれまでの恋を全て知ってる訳じゃない。
けど、あの子がした、色んなことを知ってるんだもん。
好きだって上手に伝えるにはどうしたらいいか、くのいちと三人で教室の片隅で懸命に相談したっけ。
すったもんだの末、政宗さんとあの子が付き合いだしたのは、あたしが当時のカレシに振られた翌日だったらしくて、なかなか打ち明けてくれなかった。(当のあたしはケロっとしてたのだけど)
自分の方が好きな気がしてずるい、と少しだけ愚痴を聞かされた。
二人が大ゲンカして、なんとかしなきゃって、あたしとくのいちは、あの子を引き摺るように飲みに連れてって、正直、途中から記憶は途切れてるんだけど。
そんなこと、付き合ってれば絶対、あること。
それを一生懸命一つずつ、こなしていったあの子が、羨ましいと思うのだ。勿論あたしだって、それなりのことは経験してきたつもりだけど、ああ、そう、羨ましいんじゃなくて、誇らしい。
二人が自分達の手で、いっこずつ何かを積み上げてきたことと、あたしがそれをきちんと知っていることが。
普段は意識しないそんなことをわざわざ思い出す、しかもシチュエーションは親友の結婚式。
こういうことは酷く涙腺を刺激することなのだ。
式は厳かに進んで、指輪の交換の後、幸村のヴェールに手をかけた政宗さんと目が合った。あたしたちが泣きそうなのが分かったのかもしれない、いつものように口の端だけで笑って見せようとしたんだろうけど、明らかに失敗したのが分かった。
そうよね、花婿が泣いちゃいけないなんて法律、ないもんね。
俄かにぼやけてきた視界でそんなこと考えてたら、隣からくのいちが盛大に洟を啜る音が聞こえて、涙と笑いを堪えるのに、あたしは相当の努力をしなきゃいけなかった。
ゆっくりヴェールを上げてもらった幸村は、一瞬政宗さんを見上げると、きょろきょろと会場を見渡した。
あの子らしいような、らしくないような、そんな仕草に苦笑いをすると、あたし達を見つけた彼女が笑顔を返す。
その余りに邪気のない笑顔にたじろいだあたしに、もう一度目だけで笑って、今度は政宗さんをおもむろに振り返って、自分の目をごしごし擦った後(あたしは少しだけ、化粧のことを心配した)そっと政宗さんの目の下を拭った。
多分、世の中には、泣いてしまう花嫁と、その涙をそっと拭う花婿の方が多いんだろう。
けど、そんなこと、もうどうでも良かった。
世界で一番綺麗に着飾った花嫁が、極上の笑顔と共に、こぼれる寸前の花婿の涙をすくう。こんなこと、簡単に出来っこない。
涙も乾かないまま悪戯っぽい笑みをそっと交わした直後、真面目な顔に戻って誓いのキスなんかしている二人だけど、そんなキスよりずっとずっと二人は色んなことを誓ってきたんだって思った。
似合いの二人になるための努力を忘れない、ってゆう誓い。
あたしの涙腺は、もう限界だ。
用意された相手なんて、いない。
鼻水出てるよ、くのいちが小声で耳打ちする。あんたもね、って返すけど、どうやらそんな軽口ではあたし達の涙は止まらないらしい。
自分の選択が正しいかなんて分からないし、死が二人を別つ前にするべきことはすっごく多いんだけど、そんなことにちっともたじろがないから、彼らは幸せそうに見えるんだ。
今度こそ、本当に羨ましいって思った。
あたしも、たじろがないで、いられてるのかな。
「ケッコン!あーケッコンかあ」
二次会はもう気心しれた友人ばかりで、その会場に向かう道すがら引き出物を振り回しながらくのいちが叫ぶ。
同じ台詞はもう四度目だし、一回なんか歩道橋の上から大声で叫んだものだから、いくらあたしでも結構恥ずかしかった。
けど何も言えなかった。気持ちは痛いほど分かるから。
ケッコンかあ。
くのいちの真似して、あたしも心の中で叫ぶ。
あーケッコンかあ。
いいな、とか、したいな、じゃなくて。
そんな言葉なんかより、脱力しきった声に愉快な喜びを滲ませたくのいちの言葉の方が、ずっと正しい感想だって思った。いい式でした、お幸せに。そんな当たり前のことは言わなくっていいから。
慣れない晴れ着とお酒とで足元も覚束ないあたしの引き出物を、代わりに持ってる奴が、あたしの後ろをゆっくり歩く気配がした。
「あーケッコンかー」
折角なので、あたしが作れる最高の笑みで振り返りながらそう言ってやった。
あいつは馬鹿だから、今頃自分の貯金の残高とあたしの年齢のことなんかを考えているに違いない。あたしが、結婚、そのものを羨ましがってると思い込んで、焦ったり、妙な決意を固めてみようとしたり、するんだ。
馬鹿じゃないの?
神様よりも通帳よりも、まずはあたしに誓ってくれればいいのに。
そしたらあたしだって、幸せの為の努力を惜しまないことについて、やぶさかじゃないのに。
「本当、馬鹿じゃないの?」
「うるせー、俺だって考えてるんだよ、バーカ」
「考えてるってあたしにばらしたら駄目じゃんか、バーカ」
それぞれの口から出た言葉は、本来の意味にそぐわない香りが纏わりついていて、あたしが少し慌てている間に前を歩くくのいちが振り返った。
「またケンカ?」
ケンカじゃないわよ。
その言葉を呑み込みながら、あたしは思い出す。
他人に疎外感も安心感も与えないほどの、自然な遣り取り。二人ぼっちの、所々が端折られた、言葉。
「馬鹿馬鹿って言い合ってさ、なんでこんな日にケンカなんかするかねえ」
くのいちには分からない。ああ、まるでそれは、暗号のよう。
玩具みたいなちっちゃな鞄を提げた自分の手を見ながら、あたしは思う。きちんと、自炊でもしてみようかな。
目指すべき幸せなんて、すぐそこに見えてるんだけど、その為にやるべきこともやりたいことも、まだいっぱいあるんだ。
この手が料理を覚えたら、それはあんたの幸せに繋がるの?
いつか、この馬鹿の大好物が上手く作れるようになったら、そう聞いてみるのも悪くないと思うんだ。今はね、今は。
「ああ、着いた。二次会、この店だって」
引き出物を振り回す手を止めて、くのいちは、にんまり笑う。
あたしの少し後ろを歩く馬鹿にはきっと分からないんだろうけど、あたしもやっぱりにんまり笑う。
あたし達が「ケッコン?!」って一番最初に叫んだ場所。
大喧嘩した後のあの子が「もうあんな人知りません!」って日本酒を一気飲みした場所。
男の好みのことで(特定の男じゃないところが今考えれば情けない)くのいちとケンカになって、あたしがビールを引っ繰り返し、くのいちが空揚げの皿を引っ繰り返し、幸村から説教された場所。
「ここだろ?中、入らねえのかよ」
扉を開ける馬鹿の背中に隠れるように、あたしとくのいちは、もう一度だけ顔を見合わせて、にやにやする。
「ね!」
「ね、また何かあったらここに連れてこようね!」
「ビールのつまみに惚気話をね!」
「ケンカしたら日本酒と空揚げ頼んでさあ」
「…何だよ、お前ら気持ち悪いな」
きっとこれは、この馬鹿には分からない。政宗さんにだって分からない。このお店で働いている店員さんですら知らない。
それはあたし達三人の、所々、肝心なことすら端折られた、これからも増えてく、まるで暗号のよう。
あたしのケッコン式の当日は、見事なまでのどしゃぶりで、
「甲斐パパの涙雨ってゆうかさ、これは、あれだね。甲斐たんのダンナのね」
「夫婦喧嘩で血の雨が降るっていう暗示じゃろ」
「旦那様のこと、あんまり殴ったら駄目ですよ?」
結構な言われようだったけど(間違ってなさそうなのが悔しいところだ)、親友二人とそのダンナが口々に紡ぐ、夫婦とか旦那とか、そんな言葉がこそばゆくて、あたしは重くて苦しいドレスの裾を踏みながら泣き出しそうなくらい笑ってる三人に抱き付いた。
あたし達が同じような顔をしてるって気付いたのは、きっとあたしと、ドレスの所為で転びかけたあたしを支えた馬鹿だけだったんだろうな、ってこっそり、こっそり確信したから、あたしはとっても真剣に明日の自分達の幸せについて、誓うことが出来たのです。なんてね。
甲斐のお相手が正則だとは、きちんと書いてはないですが、正甲斐が好きで好きでしょうがないです。困ります。
恋の話ばっかりしてますが、そんなのも簡単に出来る土台が三人にはあるんだろうと勝手に思ってます。つまりは妄想です。
いつの間に甲斐がこんなに好きになったのか、自分でも面白いくらいですな。
(10/04/01)