これは所謂デートなのだ。そう思い当たり、幸村は一気に自分の頬が熱くなるのを感じた。
最早数え切れぬ程こういった逢瀬は重ねてきているのに、しかし、改めて言葉で認識するのはやはり慣れない。
「どうした?幸村」
なんでもございませぬ!とばかりに勢い良く頭を振り、そのまま隣を歩く政宗を見やる。
女子供ではあるまいに、と思うのだが、政宗はこうして出掛けた帰り道、幸村をきちんと家の前まで送っていくことが多い。


「わざわざここまで送って頂くのは気が引けるのですが」
何故そのようになさるのですか、との疑問を(少し反抗心も入っていたように、今にしてみれば幸村は思う)やんわり主張して彼の人に聞いてみれば。
「お主を女扱いしておる訳ではないぞ」
といきなり釘を刺された。少し前の、だが最近の話だ。
どういう意味ですかと幸村が食って掛かり、最後には笑いを堪えながら家から出てきた兄に止められるまで玄関先で大声を張り上げて喧嘩した…恥ずかしい話だ。


今思えば、政宗との関係においてどちらかと言えば受け入れる側である自分を慮って言った一言であるということは分かっている。分かっているのだが。
冗談とも本気ともつかないその言い草がずるい、と思う。毎回自分の感情を(色々な意味で)尽く揺さぶっておいて、それで涼しい顔をする、彼は。
ふとそんなことを思い出していたら、いつの間にか政宗のことを自分は睨んでいたらしい。
「これは儂の我侭じゃ。僅かな時間だが少々遠回りしても共に居たいだけ。まあ許せ」
苦笑と共にそう、言われた。
本当にずるい。幸村は思う。
何もかもを見透かしているようなそのタイミングもずるいし、そう言われたら頷くしかないではないか。多分政宗は全部分かって言っているのだ。
それも、ずるい。
「機嫌は直ったか?明日まで会えないのじゃから、笑うてくれねば離れられぬではないか」
騙されては駄目だ。頬をなぞる指がどんなに優しく、まるで切なく労わるようでも。ほら、そう言ってあなたは笑う。でも
「本当はもう絆されてやっても良いと思っておるのだろう?」
やっぱり。自分がもういいかなと、許してあげようかなと思う瞬間を分かっているのだ。
わざわざ自分を怒らせるような言葉を選んで遣って、なんてずるい。幸村はそっぽを向く。
「いいえ、まだそんな風に思えませぬ」
「ならば儂も暫くは帰れぬな」
「帰らなければ良いではないですか。そうやってここで勝手に喋っていてください」
「儂はここで大立ち回りを演じても良いぞ?が、またお主の兄に仲裁させるのも、のう?」
ずるいずるい。あなたの言葉に毎日毎日一喜一憂する私と、何も言わない私のことを何でも分かっているあなた。
「それならば、兄上に迷惑がかからないように、行きましょう、政宗どの」
そう言うと突如政宗の腕を掴んで幸村は歩き出した。
「ま、待て!何処へ行くのじゃ、幸村!」
「何処でもいいです!ここに居るのが不味いなら散歩です!デートの続きです!」
閑散とした夕暮れ時の住宅街にその声は思った以上に響き渡り、幸村は呆気にとられる政宗の手を引いたまま、全速力でそこを後にせねばならなかった。


恥ずかしさには耐えかねたが、それと引き換えに政宗をあっと言わせたような気がして、実は大分機嫌が直った幸村である。
ふと、まだ自分が政宗の腕を掴んでいるのに気付いて、周囲をきょろきょろ見回した後、手を繋いでみた。
「ゆ、幸村?」
そういえば、いつも手は政宗から握ってくれていたのではなかっただろうか。
「たくさん遠回りして帰りましょう?政宗どの」
待ち合わせ場所も行き先も、決めてくれていたのはやっぱり政宗だ。
抱き締められてもキスをされても動けないまま、自分はずるいずるいと言っていただけだったのだから。
「そしたら、今日は私が政宗どのを送って行ってあげます」
「…家まで来られると帰しとうなくなるんじゃがのう」
「何か仰いましたか、政宗どの?」
聞こえない振りをしながら、てくてく歩く。
…別れる前に、もしも私からキスをしたらあなたはどんな顔をするのでしょう?そんなことを心の中で思いながら。


結局、幸村の企ては実行に移されることはなかった。
先程までは多少テンションも上がっていたのだろう、が時間も経ち冷静になると突然いたたまれなくなり、手を離そうとしたところを「何じゃ、もう終わりか」と揶揄われた。
「でも!今日は私が政宗どのを送っていくと決めたのです!」
「分かった分かった。好きにせい」
決して不快そうではないのだが、やれやれと顔を背ける政宗がやけに可愛らしく見えて、ついつい顔が綻んでしまう。
政宗の家の玄関先で手を振り別れても、暫く顔は戻りそうにない。
振り返ると、政宗の部屋らしき所に電気が点るのが見えた。そこに政宗がいるという事実に胸の辺りがほっこり温かくなる。
想い人のことを考えながら家路を急ぐこの感覚を、私に内緒で楽しんでいた政宗どのは、やっぱりずるいです。
そう心の中で文句を言って。
いつか本当に伝えてみようか、どのくらい私があなたのことをずるいと思っているのかを。




いじられているうちに、いじる楽しさをやっと覚えた幸なのでしたー(黙れ)。
大坂夏の陣にあわせて、ものっそらぶらぶで幸せなダテサナを書こうとしたのに、サナダテちっくになってしまったという罠。
いや、ダテサナのつもりなんですけど。

うちの幸は我侭だわ気分屋だわで、政宗も苦労なさいますなあ。って他人事かよ。
(08/05/07)