別に同じ人間になりたいと思っている訳ではないのだ。
例えばいっそ、ファンタジーな物語チックに、自分が政宗の身体の一部になってぴったり貼り付いたまま一生を終えるとか。そうでなくても、数十センチの体長になって、彼のポケットの中を定位置にして安穏と暮らすとか。
いつだったか、二度寝の最中、彼の腕の中で(多分、だ。寝ていたから腕の中だったかどうかは分からない)そんな夢を見た。夢の中の自分は退屈を持て余しながらも至極幸せそうで、目覚めた時には何と言う悪夢を見たものだと思った。
かと言って「違う人間だから抱き合うことも出来る」というのとも違う。そんなことをいちいち有難がるほど暇ではないのだし。
寂しい時は自分ですら思いつけない鬱屈を紛らわせてくれる魔法のような言葉が欲しいと思うし、そうでない時は空気のように存在を消して欲しいとすら思う。正直、邪魔だと思うことだってある。それを我侭だと感じたことはない。
恋人にそんな感情を抱いたことのない人間など、この世にはいないとさえ自分は思っている。
「あー暇ですね」
「そうじゃな、寒いしのう」
空調の効いた快適な部屋の中で寒いも糞もないのだが、一先ず気温の低さを口にするのが冬の礼儀だと言わんばかりに政宗は適当な言葉を返す。そうしてぐだぐだしたまま会話は終了するのだ。
終了と言ったって、政宗も自分も思いつくままにどうでもいいことを口にしたりはするし、勿論相槌を打ったりもする。暇だから何かしようとか何処かへ行こうとか、そういう提案を待っている訳でもないから今日はこうして終わっていくのだろうと思う。手持ち無沙汰は嫌いだ。物寂しくなるから。でも動くのも寒いから嫌だ。
結局退屈は解消されぬまま、幸村はこっそり頭の中で一人遊びを始める。
これは最近思い付いた遊びで政宗に言うときっと怒るだろうから、なるべくこっそり考える――いつか訪れる別れのことを。
別れと言っても現状、何らかの危機に直面しているわけではないから自分の妄想は実に信憑性がない。
例えば、徒然に考えるのは政宗のことを泣きながら思い出す自分。二度と会えない事態(まあ、物理的にそれは難しそうだけど)に半身をもぎ取られたような気分になって、もしかしたら彼のことを恨めしく思うのかもしれない。なのにきっと政宗は、さも愛おしげに自分に注ぎ込んだ睦言や、頬を、髪を辿った指をそのまま、今度は自分の知らぬ誰かに使うのだ。
なんて薄情な人。私はきっと死んでしまう。
間違っても本当には死なないから(そんなことで死んだりしたら命が幾つあっても足りやしない)、安穏とそんなことを思って悦に浸るのだ。
「はあ」
切な過ぎる自分の妄想にうっかり嘆息したら、政宗が此方を見た。
何じゃ、と目だけで尋ねるから、幸村もゆっくり首を振って、もう一度溜息を吐く。はあ、死んでしまうかもしれません。
何を馬鹿なことを、そう叱られるかと思ったのだが、政宗は暫く何も言わなかった。
もしかしたらちっとも本気じゃないことを見抜いていたのかもしれないし、本当に怖いことをそうやって誤魔化していることが分かったのかもしれない。
本当に怖いこと――ゆるゆるとなくなっていくものはちっとも怖くない。もっと別の、急激に訪れる、暴力のような喪失は――慌てて幸村は首を振ってその考えを追い出すように妄想に励む。
度重なる喧嘩に愛想を尽かして出て行った自分のことを、夜更けに一人、思い出す政宗だとか。
それは酷く酷く物悲しいことだけど、物悲しいってことは優しいってことだ。
「腹が減っておるからじゃ。それか寒いからそんなことを思うのじゃろうて」
どちらだ、と政宗は無表情のまま口にする。だから幸村も真面目腐って「腹の空き具合の所為かもしれません」なんて答える。
無言で部屋を出て行った政宗の後を追おうとしたが、廊下を遠ざかっていく足音も台所のドアを開ける勢いもいつも通りだったから立ち上がるのは止めた。
代わりにごろりと畳の上に転がって、自分達の為に冷蔵庫を開ける政宗の姿をなるべく鮮明に頭の中に描き出そうと頑張ってみる。
先程の夢物語のような妄想と違って、今自分の脳内の政宗にあるのは限りない現実感。別れを考えるのは、つまりその為。
自己憐憫の後に襲い来る現実の幸せは眩暈を起こしそうな程なので、下らぬと分かっていてもやめられない。
明日も彼が何事もないような顔をしてフライ返しとか持っていますように。
きっと自分はその手元を覗き込みながら言う。上手ですね。美味しそうです、と。
明日も明後日も同じように。飽きもせず。
ああ、飽きることなどありませんように。
それは誰に祈ったらいいのか全く分からぬので。台所から美味しそうな香りがして、計ったように腹の虫が鳴った。
夕ご飯には少し早かったが政宗が作ってくれた炒飯は、適当だがなと言い訳した割に、ぱらぱらで香ばしい匂いがしたので、幸村はさっきまでのことなんかすっかり忘れてしまっていた。
「どうじゃ、まだ死にそうか?」
政宗が苦笑しながらそう尋ねた時だって、一瞬何のことか分からなかったくらいだ。
死にそう、じゃなくて、死んでしまうかもしれません、って言ったのになあ。けど幸村はわざわざ訂正なんかしない。
どうせ同じことだから。間違っても死んだりなんかしないから。
あんまり馬鹿げたことを言うな。皿を片付けようとする幸村の手を制しながら政宗がぼそりと呟いた。
「儂も似たようなこと考えたりするから人のことは言えぬがな」
同じ人間になりたい訳でもないし、一生べったりくっついていたい訳ではない。物悲しい妄想の後、ああよかったと胸を撫で下ろすことに何の意味もない。
政宗が仮令同じことを考えていたとしたってやっぱり何の意味もないのだけど。
そうですか、と事も無げに答えた筈だったのに、政宗は笑い出す直前の顔をしていたから、きっと自分はすごく嬉しそうに見えたのだろうと思った。
なんだこれ。
去年の12月から今年の6月まで拍手にのっけてましたけど、放置すまんかった!
(10/10/22)