テレビの中の女が言った。
「あなたとこうなることはきっと運命だったの」
こたつに入り、何とはなしにそれを見ていた幸村だったが、ふとその台詞に小首を傾げると、台所に向かっておもむろに声を掛けた。
「政宗どのー、こうなることはきっと運命だったのですねー」


微妙に遠くに向かって言葉を投げつけた所為で、少々愛の囁きとは趣を異にする雰囲気が漂いまくってしまった。
どころかそもそも、幸村の台詞には全く感情が篭っておらず、所謂棒読みという奴だが、当の本人は気にしていないらしい。
それに対する応えは暫くなく、やがてすぱんと小気味良い音と共に襖が開かれた。
右手にお茶の載った盆を持ち、左手には持てるだけの蜜柑を抱えている政宗の登場である。


「儂がじゃんけんに負けて茶を運んでいるのが運命だと!馬鹿め!」
「政宗どの、足で襖を開けるのは良くないですよ」
「ならばお主も手を貸せ!」
「寒いので、嫌です」
政宗の仏頂面に怯むこともなく、幸村は早速蜜柑を剥き始めた。
「で、何が運命じゃと?」
と、こちらは茶を啜りながら政宗。勿論あのような言い合い、本気で怒る筈も無い。


政宗を一瞥した幸村は、無言でテレビを指差した。
おそらく口に蜜柑を詰め込みすぎて喋れないのだろう。
テレビからは相変わらず、運命だの出会いだの、恋を語る女の台詞が聞こえてくる。
「運命の出会いじゃと?馬鹿め。そんなものが運命なら何もかもが決められていることになるではないか」
暫くは政宗の言葉に頷いたり考えたり、蜜柑を咀嚼したりしていた幸村だったが、やはておもむろに口を開いた。
「逆、ではないでしょうか」
「逆?」
「余りにもしっくりしすぎる関係は不安だと思いませんか?」
無論、幸村も運命なんて信じていない。
政宗が言うことも最もだ。なぜだろう、そう思いながらも自分は政宗に反論したいと思っているのだ。
「もう二度とこんな相手には巡り会えないかも、と思うのです。失ってしまったらどうしようと。
 運命って簡単に覆らないものでしょう」
だったら今の関係を運命と名付けてしまえば永遠にそれが損なわれることはない。
ああそうだ、きっと自分は不安なのだ。
「そういう願いが込められているような気がするんです。ただの思い込みですけど」
言いながら、幸村の声はどんどん小さくなった。政宗はじっと幸村を見ている。
「…えっと、私も馬鹿馬鹿しいとは思いますが」
しまった。
もしも政宗が、自分のことが信じられぬのかと怒ったらどうしよう。
そんな言葉には何の意味も無い、ただの幻想だと笑われたらどうしよう。
(そうしたら、私は少しだけ政宗どのに失望してしまうかもしれない)


蜜柑の存在もすっかり忘れて、俯いてしまった幸村の顔を覗き込んで政宗は言った。
「お主、本当は物凄く儂のことが好きだったんじゃのう…」
からかうような政宗の言葉に勢い良く顔を上げた幸村だったが、すぐに言葉を飲み込んだ。
政宗が余りに真剣、というより呆気に取られた顔をしていたからだ。
怒ったり笑ったりしないのかとか、何故そんな結論になるのだとか、そんなに自分は変なことを言ったのだろうかとか。
たくさんたくさん聞きたいことはあったのだけど、幸村はどうしてもこれを確かめたかった。
「もしかして、政宗どのは私に好かれている自信がなかったのですか?」
政宗がいつも自信有り気に振舞っている様を幸村はずっと見てきた。
それは幸村に対しても同様で、だから幸村は少しだけ政宗に後ろめたい気持ちをずっと抱えていたというのに。
「悪いか」
苦笑交じりに、しかし余りに優しく幸村の髪を撫でながら、そんなことを言うものだから。
「いえ、何だか嬉しいです」
それから。
「だいすきです、政宗どの」


にこにこ笑う幸村に、もしかして息をするのも忘れているのではないだろうかと心配になるほど固まったままの政宗。
たっぷり数分は向き合っていた二人だったが
「っ茶を煎れてくる!」
そう叫んで政宗は部屋を転がるように出て行った。
まだお茶はたっぷりありますのに。幸村が掛けた言葉は耳に届いてないらしい。
台所からは政宗らしくもない派手な音が聞こえてくる。
すみません、政宗どの。でもやっぱりちょっと面白くて嬉しいです。
幸村はそう呟き、笑みを浮かべると、政宗の手伝いをすべく立ち上がった。




なんだこいつら…。らぶらぶじゃんか(お前がなんだ)
政宗はきっと何でもゆっちゃう人で、
幸は他人を語るようにだったら割合素直に感情を表現できるのではと思ったのです。
それにしてもやることやってるだろうにこの初々しさ。見習いたいものです…。嘘です。
(08/04/01)