もしかして儂が色々期待し過ぎているのか。
政宗は目の前でテレビを熱心に見ている幸村を見詰めた。
「政宗どの。今日の『今日のスイッチ』は何でしょうね」
ピタ○ラスイッチを見ながら、嬉しそうにはしゃぐ恋人に暗澹たる気持ちを抱きながら。
そう、政宗と幸村は先日やっと、というか晴れてというか、まぁ恋人同士になった、多分。
政宗からすれば人生の四分の三くらいは幸村に恋焦がれていた訳で。
結局思い余った政宗が幸村への慕情を口にし、それを受けた幸村もこう答えた筈だった「ええ、私も政宗どのをお慕い申し上げております」と、確か。
幸村が己を見て可愛らしく眼を伏せるのを目の当たりにして、一瞬我を忘れかけた政宗だったが、いやもしかしてこれって夢オチ?と色々不憫だったそれまでの半生を振り返るとどうにも素直に喜べず、まず自分の頬を抓り、続いて思い切り自分で自分を殴って鼻血を出したところを幸村に止められた。痛かったから現実だとおもう、おそらくは。
…いちいち、語尾に「多分」だの「おそらく」だの付けずにはおられない自分が憎い。
いや、そうさせているのは目の前にいる最愛の恋人に他ならないのだけれど。
政宗だって頑張ったのだ。
告白後、鼻血を噴いた自分を心配して、せっせと鼻栓を作り続ける幸村の手を握ってみたり。休日には二人で出掛けてみたりもした。
だが普段から変に無茶をする政宗を心配して、あれこれ世話を(例えば鼻栓作りなど)焼いてくれるのは幸村だったし、付き合う前から休日は、むしろ平日だってほぼ毎日一緒に過ごしていた二人。
もしかしてそれがいけなかったのか、これでは普段と変わらぬではないか。
儂はもっともっと恋人気分を満喫したいんじゃ!簡単に言えば、そう、いちゃつきたい!
政宗が拳を握り締めながらそう思ったのも無理なかろう。
一昨日など自分の持てる力を振り絞って、最高に切なそうな声で幸村の名を呼びながら愛しい恋人の頬を撫でてみた。あり得ないくらい顔も近付けてみた。
少々必死過ぎるだろうと、自分でも頭の何処かでせせら笑いそうになったが、これで幸村に意識してもらえれば万々歳ではないか。必死で何が悪い。
さあ、眸を閉じろ!閉じてくれ!ついでに首をちょっと傾げてくれ!
それで返ってきた反応が「ほっぺたに何かついておりました?」だ。泣きたくもなる。実際政宗は、その場にへたり込みしばらく立ち上がれなかったのだから。
今日こそは。
自分の斜め前に座り、未だテレビに夢中な幸村を見詰める、というか睨む。
まずは真横に移動して手を握り、こちらを向かせてキス、これじゃ。
真横に移動して手を握る、真横に移動して手を握る、呪文のようにぶつぶつ唱えながら移動してみたものの、幸村の視線はテレビから外れない。
今まではこういった幸村の反応の薄さに撃沈していたのだが、今日の儂は一味違うぞ、本気じゃぞ!
いそいそと真横に滑り込む。
正座をしている幸村の手は彼の膝の上できちんと重ねられているので、手を握るにはこちらから手を伸ばすしかない。
少しだけ体勢を変えてはくれぬか、政宗は心の中で祈る。いや、祈るだけでは駄目だ、呼びかけたらこちらを見てくれるだろうか。
「幸村」
「はい、政宗どの?」
どうせテレビに釘付けでこちらなんか見る筈もない。
そんな政宗の予想は見事に外れ、幸村が真っ直ぐ政宗を見る。しかも何とも幸せそうな、かつ無防備な美しい笑顔付だ。
更にはこちらを振り向いた拍子に、幸村の右手も膝から離れ、政宗の手との距離は僅か数センチ。
「…その、幸村」
「はい?何でしょうか?」
今こそ、竜が風雲を得、天に昇る時だ。儂は…儂は、独眼竜・政宗じゃ!
「……………咽喉が渇かぬか?」
竜は、天には昇れなかった。
テレビを消し正面に座った幸村を見ながら、心なしかしょっぱいお茶を啜る政宗。
もう良い、儂は天に昇れず地を這うのじゃ。幸村とのいちゃいちゃはどうせ暫くお預けなのじゃ。
鬱陶しいくらい後向きになってしまった政宗の耳に、信じられない言葉が聞こえた。
「…いくじなし…」
湯飲みを思わず取り落とし、声の主を見て固まる政宗。
視線に気付いた幸村の口から信じられない言葉が再び洩れる。
「いくじなし」
「な!」
「二人になったら、そう言ってみろと兼続殿に言われたのですが、どういうことですか?
あの、こう言えばきっと政宗どのが面白いことになると…」
「か、兼続めが!」
あの義馬鹿め!一体幸村に何を吹き込んだのだ!イカの分際で生意気じゃ、いい加減に海に帰れ!
幸村へのもやもやを事もあろうに兼続如きに見透かされた挙句、幸村本人の口から(知らぬこととはいえ)最も屈辱的な台詞を聞かされたのだ。政宗の怒りは留まるところを知らず。
「あの、面白いことになるというのは…?」
おろおろする幸村の発言が政宗には可愛いやら歯痒いやら苛つくやら。忙しい男である。
「面白くなぞないわ!他に何を言われた!吐け、吐くのじゃ、幸村!」
吐けと言われても、もともと幸村に隠す意志などない。詰め寄る政宗の迫力に呆気に取られながら全て話してしまう幸村。
「ええと、兼続殿に言われたのはそれだけです。三成殿は、政宗どのにはくれぐれも気をつけるようにとしか」
「三成風情が!」
「あ!でも、あの、政宗どのは気をつけなければいけないようなお方ではないと申し上げておきました故!
三成殿は何か誤解なさっておいでなのかと…」
誤解も六階もない。むしろ誤解しまくっているのは幸村である。
「幸村も幸村じゃ!何故分からぬ!あ奴らに言われたことを考えもせずそのまま口にするな!」
「は、はい、申し訳ございませぬ。しかし政宗どのが面白がってくださるかと思い」
「だから誰が面白がるか!大体幸村は儂と兼続ら、どちらの言うことを信じるのじゃ!」
「そんな!政宗どのに決まっているではありませぬか!」
「ならば奴らの、特に兼続の言うことなぞ鵜呑みにするでない、馬鹿め!」
折角幸村がそれらしい台詞を言ってくれたというのに、激昂してうっかりスルーしてしまった政宗である。それどころか彼はもっと大変なことまで叫び出した。
「そもそも幸村が儂の部屋でそんなに寛いでおるのが悪いのじゃ!
いいか?お主は儂の恋人ぞ?!こんなところまでふらふら上がり込んで儂に何をされてもおかしくないのじゃぞ?!」
上がり込んでも何も、付き合う前からずっとこうしてきた二人である。
幸村の警戒心が無さ過ぎるのは今に始まったことではないし、政宗の家で二人で過ごすのも幸村にとっては自然なことなのだ。
というか、自らの劣情を大声で宣言する政宗は大変に痛々しい。
だが、何が幸いするか分からない。政宗の言葉を聞いていた幸村の顔がみるみる真っ赤に染まる。
「こ、こいびと?」
「何じゃ、違うのか?!」
「いえ!違いませぬ!…こ、恋人なのです、よね?」
火照った顔を冷まそうとするかのように両手を頬に当て上目遣いでこちらを見上げる幸村に、思わず息を呑む政宗。
「…そ、そうじゃ。その、怒鳴ってすまなんだ」
「私も、あの、申し訳ございませんでした」
訳も分からず謝っているであろう幸村の眸が潤んでいるように見えるのは、自分の気の所為か、いや、違う筈、違うと思わせてくれ。
多分、これが最後のチャンス。いや最後かどうかは知らないが。
今度こそ、竜が天に昇る時ぞ!
「幸村」
「はい、政宗どの」
「……………茶のおかわりは、いるか」
そう言ってしまってから、独眼竜はがっくり膝をついた。
驚いた幸村が、呼びかけたり目の前で手を振ったりしたが、暫く彼はぴくりとも動かなかったという。
動かない政宗の変わりに、お茶のおかわりを持ちに来た幸村が
「あー…だからいくじなしって」
台所でそう呟いたことは、政宗の与り知らぬところである。
700を踏んでくださいましたチキ様に。
「付き合い始めたばっかで初々しい天然幸村とヘタレ政宗」でございます。
ちょ、これ、ヘタレ過ぎ?なんというか政宗、アンタもう、みたいな?あああ、ごめんなさい。
幸も読み方によっては黒いですよね?そして出て来ないのに兼続ってば!
…でもヘタレ独眼竜は無茶苦茶楽しく書けました(笑)。ああ、ヘタレ攻、だいすきだ。また書きそうな予感。
あ、ピ○ゴラスイッチはわたしがすきなだけです…。
どこまでリクエストにお答えできたかどうか分からないのですが、
チキ様、こんなものでよければわたしの愛も一緒に(うわあ)お持ち帰りくださいませ。
(08/05/11)