兼続が、新しい携帯を買った。
そんな他愛も無いことが、幸村と政宗、そして三成の間で話題になったのには理由がある。
「諸君!私はついに携帯を新調する事と相成った!
ついては今日の金曜日午後四時より二日間、つまりこの週末中だな!私の携帯に連絡を入れることを禁ずる!
電話は勿論メールも駄目だぞ!緊急の場合は、自宅か三成に連絡するが良い!」
「何故俺を緊急連絡先に指定するのだ、兼続」
「ふん。頼まれても貴様に連絡なぞするか、馬鹿め!」
三成の疑問も政宗の罵倒も、兼続には何処吹く風。それは今更どうでもいい。
「では私はこれから携帯屋に向けて進軍する!月曜に又会おう!達者でな!」
そう叫んで教室を飛び出して行った兼続の姿を見送って、幸村が首を傾げた。
「最近の携帯は、買い換えると二日間も繋がらなくなるのでしょうか?」
それはどう考えてもおかしい。
そんな話聞いたことないし、第一、携帯を新調したらあの兼続のことだ『私の義の携帯が心機一転(*≧m≦*)新しくなったぞ!皆私の義に感じ入り言葉も無いであろう!(~▽~@)ギギギ』などというメールが引っ切り無しに送られてきそうだ。
「理由は分からぬが、この週末はあ奴と連絡が取れなくなると思うとせいせいするな」
「だが何故二日なのだ?」
兼続のことなどどうでも良さそうに鞄を掴み、ついでに幸村の手も掴んで教室から退散しようとしていた政宗に、三成の疑問が飛ぶ。
「知るか。本人に聞け、本人に」
どうせ下らぬ理由じゃろう、そう言い放つ政宗に頷いてみせると、三成ものろのろと帰り支度を始めた。
予告通り、その週末は兼続からの連絡はなく、心なしかゆったりとした休日を満喫した三成。
珍しく鼻歌交じりで登校してみれば、既に兼続は自分の席に姿勢正しく腰掛け、「義!不義!義!不義!」と発声練習(何の為にしているか三成は聞いた事ないし、これからも聞くことはないだろう)に余念が無い。
「お早うございます、三成殿、兼続殿」
三成から少し遅れて、政宗と共に教室に入ってきた幸村が声をかける。
発声練習に集中している兼続にまでわざわざ声をかけてしまう幸村は、人がいいのかそれとも何も考えていないのか。三成は前者だと信じてはいるが。
「うむ!お早う、諸君!」
「兼続殿、新しい携帯の調子は如何ですか?」
ああ、そんなわざわざ自ら火に飛び込むような真似を、そう言って政宗が頭を抱えたのが、三成の視界の隅に映った。全くもって三成も同じ気持ちで、やれやれと首を振る。
が、兼続の演説の被害を幸村にだけひっかぶせる訳にはいかぬ。どこまでも幸村には甘い二人だ。
「良い質問だな、幸村!今朝からこの携帯を使い出したのだが、謙信公を思い起こさせる白を基調にした色合いといい、少々丸みを帯びたフォルムといい、私は大変に満足している!」
何故丸みを帯びているから謙信公なのかという質問をぐっと飲み込む三人である。兼続にはそう見えたのだろう、理由はそれで充分だ。
「私の指にまるで誂えたかのようにボタンが馴染むのも良いものだ!名前も付けた!『義こえる君』だ!
どうだ?義と聞こえるを掛け合わせた私の義のセンスは素晴らしいだろう?!」
三成と政宗は微動だにしない。幸村が、そうでしょうか?と言わんばかりに首を傾げたが、政宗が慌てて止めた。
「幸村、いいから何も突っ込むな。通り雨と同じじゃ、じっとしておればその内おさまる」
「あ、はい、すみません。黙っていれば良いのですね?」
「この携帯『義こえる君』は、これまで私が使っていた携帯とは一味も二味も性能が違うことが分かった!
全く最近の科学の進歩には頭が下がる!私もこの週末、寝食を惜しんで説明書を読み続けた甲斐があったというものだ!
その間は皆も私に連絡が取れず大変心細い思いをしたであろう?もう大丈夫だ!『義こえる君』の使い方は完全にマスターしたぞ!」
そう叫ぶ兼続に、うっかり尋ねてしまったのは三成。
「まさかこの週末連絡をするなと言っていたのは…?」
「うむ!説明書を熟読せぬ内に携帯を使用するなど不義の所業!
第一章『こんなことにはご注意ください』から第十二章『故障かなと思ったら』まで全二百三十六頁をみっちり読ませてもらった!」
「携帯の説明書ってそんなに長いんですね」
呑気に感心する幸村に、兼続の檄が飛んだ。
「幸村!そなたは携帯の説明書を読んだことがないのか?!」
兼続は大袈裟な身振りで驚いてみせる。普通ならここで怯んでしまうところだが、さすが幸村は無駄に度胸が据わっている。
「余り読みません。困ったことないですし」
なんたる不義!と叫ぶ兼続。それを無視して説明書談義に花が咲く。
「ものにもよるが、携帯は最低限読まぬと困らぬか?」
そう尋ねる三成も、実はしっかり読まないクチである。辛うじてメール送受信に支障が無いくらいにぱらぱらと見ただけだ。
「何となく勘で動かせますよ?それにどうしても困ったら政宗どのに教えていただけるので」
当然のように政宗の名を出す幸村だが、二人の携帯は同じ機種ではない。
「政宗、お前幸村の携帯の操作まで詳しいのか?」
「ええい!黙れ貴様ら!私の義の話を聞けい!」
兼続の身体からビームが出たような気がして、三成は思わず一歩後ずさった。
「取扱説明書は正に電化製品の戦いの歴史!
その特性をよく掴み、操作方法を熟知することによって自ずと気心知れた仲になっていくというものだ!」
「電化製品の気心とは何だ、兼続」
三成の突っ込みを省みることなく、兼続は次々ポーズを変えて話し続ける。
「いいか、三成!敵を知り、己を知れば百戦また危うからず!電化製品を知れば、その物の義も志も分かるというもの!
それだけではない!電化製品を作っている会社の理念も理解することが出来るぞ!」
「儲けたい、みたいな気持ちですか?」
幸村が真顔でちょっと酷いことを口にした。聞かなかった振りをする三成に、聞こえていない兼続。
「それにだ!我々人類がこの地球上に生まれてからというもの、常に傍らには科学があった!
科学の進歩を知ることこそ、我々の歴史への造詣を深めること、それすなわち義!
この夢と浪漫が、僅か全十二章、二百三十六頁の説明書に込められているのだ!」
「兼続、貴様、科学信奉者だったのか?」
「進歩史観って誰でしたっけ?」
「私はこの説明書を読んで泣いた!」
思わぬ兼続の激白に、さしもの幸村と三成も目を丸くして顔を見合わせた。
「特に三章!『メール送受信について』は正に人と科学の戦いの歴史を色濃く反映した名文である!
私は目頭が熱くなり、いや、目頭が熱くなるどころでは済まぬ!思わず声を上げて泣いた!」
「…な、泣かれてしまいましたか…」
「…そ、そうか、お前も色々大変なのだな…」
最早乾いた笑いと共に、そのくらいのコメントしか返せない二人。
いつもは真っ先に反論する政宗が大人しいがどうしたのだろう、と幸村が振り返った丁度その時。舌打ちと共に政宗が呟いた。
「…兼続、五章はどうだ?儂は五章の方がキたぞ」
「おお!第五章『各種設定について』だな!そこに目をつけるとはさすがは山犬!
私も知り合いとして鼻が高いぞ!確かにあそこは感動に咽び泣くポイントの一つだな!」
「ま、政宗どの!携帯の説明書如きで泣かれたのですか?!」
幸村の言い方も大概だが、あの兼続と自分の恋人が同じ感性だと知れば、心配の余りそのような口調になってしまうのも致し方あるまい。
「誰が泣くか、馬鹿め!…ただ、携帯の説明書は燃える。その気持ちは糞忌々しいが分かる…」
五章などと、兼続と同じ穴の狢的なことを言いながら、それでも何処か苛々した様子の政宗。
兼続の気持ちが分かることがそれほど嫌か。まあ、普通は嫌だろうな、三成は思う。
「よりにもよって、兼続にこんなところで共感するとは…儂は…」
「政宗どの、お顔を上げてくだされ。確かに正直ちょっとマニアックで気持ち悪いですが」
真顔で追い詰める幸村に、本気で泣きそうになる政宗。
「政宗どのは、この幸村の携帯の操作もお手のものではないですか。あれで私は随分助かったのでございますよ?」
それは、純粋な愛をもってフォローしているのか、それとも利用価値が高い故ここで励ました方が得策だと考えているのか。
幸村の真意は分からなかったが「幸村!」と感極まった様子で幸村に抱き付く政宗を見ると、そうも指摘できない三成である。
「はっはっは!これにて一件落着だな!」
どういった出来事が何処にどう帰結したのだ。大混乱している三成を置き去りにしたまま、始業のベルが鳴り響いた。
実際、三成は「一件落着」から程遠い状態にあった。
「殿、何をお探しですかい?」
「ああ左近、丁度いいところに来た。俺の携帯の説明書を知らぬか?」
帰宅後、左近に説明書を探して貰った三成、早速、件の第三章とやらに目を通す。
「………?」
書かれているのは当然、メールの送受信の仕方、文字の切り替え、センターへの問い合わせの方法。
では第五章はどうだ?兼続も政宗も推していたではないか。
「……………くそっ」
五章には勿論、各種設定の方法が記されている。ディスプレイの色、光、着信音。
「こんな物の何が面白いのだ!あ奴らの言うことなど当てになるか!」
癇癪を起こし放り投げた説明書を、左近が拾う。
「あーあ、殿。それ左近の愛読書なんですから丁寧に扱ってくださいよ」
無論、左近は冗談のつもりで言ったのだったが、それは三成の逆鱗に触れ。
左近は訳も分からないまま、三成に暫くの間激しく罵り続けられることとなったのだった。
電化製品の説明書への態度って性格が出ると思うんですが。
まあ、実はそれは後付けの理由で、兼続は携帯の説明書とか読んで泣きそうだと思っただけです。
説明書に懸ける情熱は、兼続>政宗>>>左近>(越えられない壁)>三成>(もっと越えられない壁)>幸村くらいです。
…いや、兼続も政宗も絶対マニアだと思うんですよ…。
あ、わたしは読まずにさっさと捨ててしまったので、携帯の説明書が何頁くらいあって、章立てされているかとかは知りませんよ?
(08/05/20)