夜半過ぎ。政宗のベッドに潜り込み、更に布団を頭から被った幸村は思案に暮れていた。
はじめはちょっとふざけただけのつもりだったのに、段々引っ込みがつかなくなり。
「…すまぬ、幸村」
腕を自分に回して、まるでしがみつくような姿勢で謝罪を口にする政宗の声にも何だか徐々に熱が篭ってきた、ように聞こえる。
幸村が背を向けている所為で、表情までは分からないが。
怒っていないと伝えて、身体を政宗のほうに向け抱きついてでもみたら、先程の続きをしてくれるだろうか。そう考えて幸村は慌てて首を振った。
恥ずかしい、そんなことは出来っこないではないか。
幸村が大きく頭を振ったのを、自分への素気無い返答だと勘違いしたらしい。政宗は幸村を抱く腕に力を込めると、再び耳元で恋人の名前を呼んでみた。
幸村の顔は真っ赤で、そこには既に怒気など欠片も無く。それさえ目にすれば一目でどういう状況か分かろうというのに、政宗からは幸村の顔が見えない。おそらく――大丈夫だとは思うが、それでも顔も見せなくないほど怒らせてしまった可能性も無いわけではないと思うと、覗き込むにはタイミングが悪すぎる。
幸村が言う先程の続き。政宗がそっと幸村の髪を撫で、何度もキスを落とす。幸村が差し出した指を絡め、飽くことなく見詰め合って。
首筋に頭を埋めた政宗に腕を回そうとした時、政宗が突然立ち上がった。
「糞!鬱陶しいわ!」
驚いてそのまま固まった幸村の頬に軽く触れながら「少し待っておれ」と囁くと、そのまま政宗はばたばたと部屋を出て行った。
戻ってきた時には両手に何やら色々抱えている。
蚊取り線香に虫除けスプレー、どうやら家中の殺虫剤をかき集めてきたらしい。
「か、じゃ」
「か?」
それでも、政宗の言う「か」が「蚊」だと認識されるまで、幸村には随分時間がかかった。
幸村とて、まあ大抵の人間がそうであるように蚊が大好きということは、当然ない。
耳元で羽音が聞こえれば手を振って追いやろうとするものの、それだけのことだ。
あのぶーんという独特の音が聞こえると、政宗などは真夜中だろうが飛び起きてそのまま臨戦態勢に入ってしまうのであるが。
何故か蚊に食われやすい人というのがいて、幸村は多分その部類に入る。多分、というのは、比較対象が政宗しかいないからである。
少なくともこの二人に関していうと、政宗が一つ蚊に食われている間に、幸村は凡そ三箇所は刺されているくらいの違いがあるのだ。
血が美味しいのか隙が多すぎるのかは知らないが、それはそれで仕方が無いことだと思っている幸村は、わざわざ蚊ごときで目くじらを立てる政宗の気持ちが時々分からない。だって被害を受けるのは概ね自分であるし。
それはそうと、憎き蚊を撃退する方策を満遍なく執り行った政宗は、未だ横になっている幸村の枕元に腰掛けると頭を撫でた。
「すまぬな、中断してしまって」
言外に、続きをやるぞ、と含まれているような気がして思わず背を向ける幸村。だって仕方ないではないか。
一度蚊の存在を認めようものなら仕留めるまで本気でかかる政宗である。今度も絶対そうだと幸村は疑ってもいなかったし、そうすると多大な時間がかかってしまうだろう。
今日はこのまま大人しく寝ようと、本当は少々がっかりしつつ諦めていた矢先だったのだ。それを見透かされたようで何だか物凄く恥ずかしい。
「幸村?」
くるりと身体の向きを変えた幸村を、政宗の声が追いかける。ついでに後ろから抱きすくめられ。この姿勢が幸村は一番好きだ。
「寂しかったのか?」
「………」
「何じゃ、拗ねておるのか?幸村」
幸村は何と答えれば良いのか分からない。寂しくなかった訳ではないが、待てない程でもない。本気ではないが少し拗ねてみせたい気持ちもある。
「はい」と返事するのもおかしい気がするし、かといって「いいえ」とは言いたくない。
黙ったままの幸村に少し焦ったのか、軽い調子で語り掛けていた政宗の声が段々低くなってくる。
「幸村、許してくれ」
そう言われても、やはり幸村には答える術が無い。怒ってはないのだけど。
怒った振りをしている自分のご機嫌を伺う政宗は、何だかいじらしくて愛おしい。でもそれでは駄目だ、早く謝らなくては。決して怒っている訳ではないのだから。
ふるふると小さく頭を振る幸村の髪に顔を埋めると、政宗は何度も名前を呼ぶ。
こんなことくらいで幸村が本気で怒るとは、政宗には思えないのだが。今頃幸村の頭の中は既にぐちゃぐちゃで、少しだけもやもやしながらこちらを振り向くタイミングを掴もうと困っているのだろう。恥ずかしさも相まって余計に。
そう思うと自分の腕の中に納まっている幸村が余計に可愛らしい。
幸村の指がおずおずと政宗の腕にかかる。いつまで経ってもこういうことに慣れてはくれぬ、と政宗は幸村に気付かれぬよう苦笑しながら顔を近づける。
そろそろ、いいだろう。
「幸村」
耳元でぴちゃ、と水音が聞こえ、顔を上げるのと同時に耳を舐められた。
思わず政宗の腕に爪を立てたが、すぐに我に返って手を離す。かなり痛かっただろうと思うのだが、政宗は頓着しない。
「…幸」
耳を噛まれ、吐息と共に自分の名前を注ぎ込まれる、たったそれだけのことなのに。
思わず自分の指をきつく噛もうとした幸村の腕を政宗が押さえた。
「駄目だ」
幸村の眸が一瞬不安そうに揺れる。
「ま、さむねどの?」
声くらい、出ても良いではないか、それがどうしても嫌なら儂の指にしろ。
「儂以外の者が幸村に痕をつけるのは許さぬ」
それがたとえお主自身でも、蚊でも。
政宗の言葉が終わるか終わらないうちに、綺麗に笑んだ幸村が政宗に振り返った。
ちょ、ごめ!ぬるいわ中途半端だわ本当すいません。精進します…。
うち、蚊が多いので、ちくしょうそれで何か書いてやると思ってこのザマだよ。あはは。笑い事じゃないですよ!
(08/05/26)