本当に甘やかし甲斐がない。そう言うと「それで結構です」などと宣う。その言い方がまた小憎たらしい。
ただ目を背けて頬を膨らませている様は良い。文句なしじゃ。だがそう伝える訳にはいかぬ。前にも似たようなことがあったが、うっかりそれを素直に口にしたら槍で刺されかけた。
いつもは自分を棚に上げ「素直じゃない」と儂を好き放題詰る癖に、素直になったらこれだ。全く訳が分からぬ。
馬鹿め、儂に一体どうしろと言うのじゃ。今日はお主の誕生日なのだぞ、分かっておるのか幸村。


「おい、政宗。幸村も。いい加減にしろ」
儂と幸村に挟まれる形となった三成がオロオロと取り成しを始めた。いや実際、儂と幸村は隣り合って座っているので、挟まれるというのは只の言葉の文に過ぎぬ。そんなことはどうでも良いが。
幸村の誕生日。他の誰でもない、幸村の、誕生日なのだ。
なんとなく共に誕生日を祝い始めて何回目か数えたことなどないが、それでもこの日だけは特別だ。誰よりも祝ってやろうと思う。儂がそう思ったからとて何の不思議があろう。
それと同時に毎年繰り返される会話。「何か欲しいものはないか」と聞けば判で押した様に同じ返事が返ってくる。「特にありません」何じゃ、それは。興味もへったくれもないアンケートの解答欄か、お主は。
謙遜も遠慮もやり過ぎれば只の嫌味だ。だがそう怒ることも出来ぬ。多分幸村は本当に「特にない」のだ。物欲がまるで無い。
その辺りは儂も似たようなものかも知れぬが、儂はもしも幸村がそう尋ねてくればきちんと答えてやるぞ。幸村の財布事情も手間も全て計算して、完璧な回答を叩き出してやるわ。
毎年毎年同じことで悩むのだ。もうそれは分かっていたから、今年の幸村の誕生日には揃って街中に繰り出した。店を回れば一つくらい何かめぼしい物があるだろう。何なら飯を奢ってやってもいい。そういう目論見だった。
儂としては二人でゆっくり祝いたかったのだが(不本意ながら)三成と(もっと不本意ながら)兼続も誘ったのは、それで少しでも幸村が喜んでくれれば良いと思ったからだ。
なのに儂のそんな一途な気持ちも知らず、幸村は何を見せても困ったように笑うだけ。
本屋に連れて行ってもCD屋に行っても、只眺めるだけで手に取ろうともせぬ。興味が無いのは端から分かっていたが服屋も連れ回した。もしやと思って玩具屋まで入った。ゲーム売り場は兎も角、高校生の男四人で幼児用の玩具を眺めるこの空しさ。なのに幸村ときたら「最近のポ○モンは色々な動物が参加しているのですなあ」などと呑気に笑っておる。幸村はポケットなモンスターを何と勘違いしておるのじゃ、日本語が所々おかしいぞ。
で、結局歩き疲れてマックに落ち着いた、という訳じゃ。正直こんな所でやりとうなかったが「儂が奢ってやるから好きなだけ食え」と言ってやった。なのに幸村は「奢って頂く理由がございませぬので」と尻込みする。
理由?誕生日だというだけでは儂は何もさせて貰えぬのか?マックのカウンターで、儂がそう叫んだのも無理はないであろう。まあそこは兼続が儂より大声で儂らを諫め、その場は何とか収まった。ふん、兼続めも十年に一回くらいは役に立つのだな。
後はあれだ。もうハンバーガーを齧りながら「欲しいものはないのか?」「ないです」の繰り返し。
お主も大概にせい。余りしつこいと儂も本気で怒るぞ?
「しつこいのは政宗どのの方です」
畜生。だから口いっぱいに頬張りながらそっぽを向いても可愛いだけじゃ。いっそその口で「政宗どのが欲しいです」とか言うてみよ。いや、それは本当に今言われたら儂もちょっと困るがな。
「幸村、本当に何もないのか?」
三成が儂の代わりに尋ねる。その顔にはありありと風向きがおかしくなってきたと書いてあり、それが忌々しい。が、今は三成に喧嘩を売っている場合ではないのじゃ。
「ふむ!では幸村!山犬が欲しいとでも言ってやれ!
 まあこんな所で今言われたら山犬といえどちょっと困るだろうがな!」
人の思考を読んだかのようなその台詞は何だ、兼続め。ウザいわ。机の下から思い切り兼続の向う脛を蹴り飛ばす。
不義だの何だの烏賊が叫んでいたが、何の謂れがあってこの政宗が軟体動物の言葉に耳を傾けねばならぬ。
「では何か必要な、ああ丁度切らしているものとかは無いのか、幸村」
あ、その聞き方は不味い。その聞き方は絶対良くないぞ、三成。幸村のことじゃ、馬鹿正直に切らしたもののことを話すに決まっている。シャンプーとか醤油とか、いくら何でもそういうものを誕生日プレゼントで渡しとうない。
「あ、はい。シャーペンの芯がもうすぐなくなりそうです」
しゃーぺんのしん。余りのチンケさに一瞬頭の中が真っ白になった。
今一番幸村が喜ぶ贈り物がシャーペンの芯、じゃと?巫山戯るな!天下の伊達男が恋人に贈るプレゼントがシャーペンの芯。こんな屈辱があるか。
「もうそれでいいではないか、政宗」
ストローを噛みながら最高にやる気の無い態度で言うな、三成。撃つぞ。まあその脱力具合には正直同感だがな。
「あの、ではシャーペンの芯が欲しいです。政宗ど…」
「嫌じゃ」
「…でも他に特には」
「それはお主が本気で喜ぶものか?!馬鹿も休み休み言え!」
儂はお主の誕生日を祝いたいのじゃぞ。そう叫び拳で机を叩くと、そのまま店を出た。幸村が何か呼びかけたが振返りもしなかった。


馬鹿め、馬鹿め。足早に歩き続けるうちに幸村に向けた怒りはあっという間に解け、頭の中は文字通り後悔の渦だ、ぐるぐるだ。本当に情けない。許されるならこの場にうずくまってしまいたい。
幸村に欲しいものをあげて喜ばせたいなぞ儂の押し付けだ。もっとプレゼント然としたものを贈りたいなど儂の自尊心に過ぎぬ。幸村は本当にシャーペンの芯が欲しかったのかもしれん。
というか、恐らく幸村は人にねだることができぬのだ。
誕生日だけではない。そうだ、いつだったかそう言っていた。飯は何がいいと聞いた儂にやはり困ったように「何でも良いです」と答え。張り合いが無いと叱ると言ったではないか、本当に何が良いのか自分でも分からぬのです、と。
その癖他人には気を遣う。今日も一日儂にずっと何が欲しいか聞かれ続け、本当に辛かっただろう。自分の欲しいものが分からぬ、かといって適当なことを言えば儂が怒る。八方塞ではないか。
折角の誕生日なのに儂が幸村を追い詰めてどうする。儂は幸村を祝ってやりたいのじゃ、誰よりも。
…そうと決まれば話は早い。シャーペンの芯を買って幸村の許に戻って、誕生日のやり直しだ。


それ程時間は経ってない。先程のマックに戻ると、幸村はまだそこに所在無さ気に座っていた。
「幸村」
後ろから声を掛けると肩を震わせる。ああ、お主は何も悪くない。
「あ奴らはどうした?」
「…あの…か、帰られました…」
嘘だ。儂の姿を見つけて二人で隠れたな。ここで儂が怒鳴りでもすれば何処からともなく鉄扇やら護符やらが飛んで来るという寸法だ。
幸村にわざわざ嘘を吐かせたのは忌々しいが、まあ奴らが居らぬのは好都合なので、騙された振りをする。
「幸村、誕生日プレゼントじゃ」
そう言って袋を差し出す。幸村は受け取ろうとしない。
「すまぬな、本当は綺麗に包んで貰いたかったが、時間がかかると思ってやめた」
「………」
「儂が開けてやろうか?」
幸村が俯いたまま黙って頷く。頼む、儂を見てくれ、幸村。シャーペンの芯を贈るごときでこんな気持ちになるとは思わなかった。
「手を出せ」
おずおずと差し出された手の上にそうっと乗せてやる、一つずつ、一つずつ。片方しか出していなかった幸村の掌から、シャーペンの芯がケースごと、ことん、と滑り落ちた。
「…こんなに…」
「こんなに、って五つしかないぞ?」
専門店ではなかったからそれほど数がある訳ではなかった。それでもそこに置かれていた全ての種類を引っ掴んで買うてきたのだ。これがHBでこれが2B、こっちがHで、ともう一度ゆっくり掌に乗せてやる。
「これで色々な濃さの字が書けるな、幸村」
「…こんなにあったら使い切れませぬ」
幸村が儂を見て笑う。眉根を寄せて、まるで泣いているみたいな顔で、シャーペンの芯を両手で抱くように。すまなかった、と謝ると、只々頭を振った。
幸村、お主が欲しいものは全部儂が呉れてやる。欲しいものが分からないのだったらせめて必要なものを。もう急かさぬからゆっくり考えよ、儂も一緒に考えてやる。
「もうこんなに頂きましたのに?」
くすくす笑いながら幸村が答える。
ゆっくり考えろと言っただろう、この先誕生日は何度も何度も巡ってくるのだ。つまり、少なくとも毎年一回は儂にしつこく聞かれるのだぞ、欲しいものを。
「では来年に頂きたいものを今日から考えます。きちんと用意してくださいますか?」
「儂を誰だと思うておる。お主へシャーペンの芯を五つも贈った男じゃぞ?」
恐らく来年の誕生日には幸村は何をねだろうか途方に暮れるのだろうし、儂は幸村の欲しいものに不満を抱いたり文句を言ったりするのだろう。だが、それでも。
「さて、帰るか」
「えと…あの。三成殿と兼続殿が…」
「もう帰ったのであろう?先程お主がそう言うたのだぞ?」
少々含みをもってそう聞くと、気付いていたんですね、と幸村も笑う。当たり前じゃ、儂らが帰ると言うのも嘘。四人でお主の誕生日の続きをするのだろう?
「はい!」
それでも。髪を撫でられ安心したように目を閉じる幸村が、いつかねだることに慣れて儂だけに我侭を言うてくれれば良い。そう願わずには居られなかったのだ。




幸の誕生日がいつかは兎も角(2月2日説を見たことがありますが)思いついたので誕生日ネタです。
人に上手くねだることができない、かつ気にしやすい人は大変そうです。
政宗一人称、難しかった…これじゃあ三成だーと何度も書き直しました。
「じゃ」の頻度が分かりません。今更ですが。
(08/06/08)