もさもさ。もさもさ。
最早小山と言っても強ち間違いではなさそうな大きな緑の物体が、よろよろと近付いて来る。濡れ縁に腰掛けて冷たい麦茶を飲んでいた幸村と三成だったが、その大きな緑の物体の下に、銀色に光る見覚えのある兜を認めると、思わず顔を見合わせた。
また、何かに巻き込まれそうな予感がするし、その予感は十割方正解だ。
なにせ今ここで二人揃って茶なぞを啜っているのは、兼続その人からこの場所に集合しろという呼び出しがあったからで、問題の兼続は
「三成、幸村!いるのだろう!手を貸してくれ!」
塀の向こうから只でさえ朗々とした声を嬉々として響かせている。幸村は立ち上がると、兼続の抱えてきた荷物を受け取る為に、通りへと駆け出していった。


「笹ですか?」
「笹、だろうな」
笹の葉といえば、さらさら流れるように軒端に揺れたり、大変に風流な印象をもつ植物なのであるが、兼続の持ってきた笹は、まず大きさから何だか間違っていた。真っ直ぐ立てたら二階の窓からでも手が届くほどに、丈が高い。それに伴って、全体を支える幹(幹と言っていいのか、だが幸村には適当な言葉が思い付かないくらいなのだ)も太い。涼しげに風に吹かれているなどとはお世辞にも言えず、がしゃがしゃと全体が痙攣しているように見える。
梅雨の最中の七月七日、今日は辛うじて太陽が顔を覗かせてはいるが、あちこちに厚い雲がかかっているこんな時期、この手の植物を見たらそれはもう七夕の笹に間違いないのであろうが、それでもうっすら疑問系でこの植物の正体を尋ねてしまうのは致し方ないことであろう。
「どうした、二人とも!この私の義の笹の大きさに言葉を失ったか!この正直者め!」
しかも兼続は、どうもこの笹の笹らしくない様子を幾分か誇りに思っている様子なのである。
「私の義の心がこの笹との出会いを生んだのだ!義の世を作る為の七夕の願い事に使われれば、この笹も本望であろう!」
「兼続、余り細かいことにこだわりたくはないのだが、これは竹ではないか?」
「何を言う、三成!竹の何が悪い!竹を蔑む、そんな態度は義士に相応しいとは言えんぞ!まあこれは笹だからいいのだがな!」
「こうも大きい笹(?)ですと、ここに飾るのには少々不都合があるのではないでしょうか?」
庭を見渡しながら幸村が遠慮がちに声を掛ける。決して狭い庭ではない、むしろ日本の住宅事情からすれば反則なくらい広い庭ではあるが、こんなものを入れたら絶対怒られるに決まっている。兼続に言っても無駄だとは思うが、この庭に笹のようなものを置くことに、一応の抵抗はしておきたかった。
「ふむ!私の家でも良かったが、ここの方が広かったのでな!何、気にするな!私は気にしないぞ!」
駄目だ、何も伝わっていない。幸村はあっさり兼続の説得を諦めた。
「この笹で皆の七夕への浮かれ気分が高まって私も嬉しいぞ!ではこれより本日のメインイベント、笹の飾り付けと短冊書きに入ろうと思う。皆、準備は良いか?!」
良いも何も。まるで護符を構えるように短冊を指に挟んでポーズを決められては、嫌だとは言い出し難い。幼稚園児でもあるまいに七夕如きで誰が浮かれるか、と三成がこっそり呟いたが「言いたいことがある時には、はっきり言うものだぞ、三成!」との声に黙らざるを得なかった。
一方の幸村は大人しく短冊を貰って、もうペンまで取り出している。やる気があるのかないのか全く分からない。
「ふむ、幸村は何と書いたのだ?!」
折り紙で作った様々な飾りや、「義」「毘」「愛」と書かれた短冊を大量に括りつけながら兼続が尋ねる。尚、大き過ぎる笹は立てることが出来ず、そのまま地面に横倒しなので、見栄えは非常に悪い。
「はい、家康の首が欲しいと書きました」
にこりともしないで答える幸村。冗談とも本気ともつかないその口調に背筋を凍らせる三成である。何でこんな平和な現代社会で、しかも長閑な行事の真っ最中に「首」などという単語が出てくるのだ。「世界征服」とでも書く方がどれ程マシであろうか。
「では幸村の短冊はこの辺りに飾ろう!願いが叶うと良いな!」
良くない、良くないと思うぞ。俺は無難に普通に欲しいものを書くのだ。ああそうだ、プ○ステ3が欲しい。もうそれでいいではないか。
面倒臭そうに短冊を括りつけようとした三成に、兼続の厳しい声が飛ぶ。
「三成!何だこの願い事は!私は情けないぞ!七夕とクリスマスを一緒にするな!」
「何だ、突然。何か間違っているか?」
「大間違いだ、三成!物欲はサンタ殿、それ以外の欲は彦星・織姫御両人と昔から相場が決まっている!
 例えば身長が伸びますように、字が上手くなりますように、そういった叶いもしないような願いを、僅かな可能性にかけて願うのが七夕の醍醐味だ!
 ふむ、三成の願いは僭越ながら私が書こう!」
「兼続、貴様勝手に俺の名を書くな!」
三成の制止も空しく、兼続は「恋人ができますように!愛! 石田三成」と、目立つ色の短冊に一際太いマジックで大きく書き上げた。叶いもしないような願いなのか、それは。思わず拳を握り締める三成。
そんな三成には目もくれず、幸村は何だか楽しそうだ。
「兼続殿、宝くじが当りますように、というのはアリですか?」
「そうだな、それも悪くあるまい!」
「肉が食べたいというのは如何でしょう?」
「幸村!それはいかん、いかんぞ!肉はサンタ殿の領分だ!」
肉は物欲なのか?食欲ではないのか?肉欲…それは違うか。そんなことは兎も角、さっさと自分で買えばいいのではないか?そうも思ったが、この場のルールブックであるところの兼続がそういうなら仕方があるまい。
と、「朝、左近に頼らず一人で起きれますように 石田三成」という短冊(勿論書いたのは兼続だ。三成にはもう止める気力もない)を飾り終えた兼続が、幸村を振り返って言った。
「幸村は山犬とのことを願わなくて良いのか?ずっと一緒にいられますように、と書くのは、七夕のお約束のようなものだぞ!」
「な、そ、それは…あの、別に…」
「書き難ければ私が書いてやるぞ、幸村!」
そのような願い事をこんな大きな悪目立ちする笹に飾られたら、もう恥ずかしさの余り自害するしかない。何とか兼続を止めようと幸村も必死だ。
「それは!短冊にわざわざ書かなくても大丈夫です!叶う可能性が低い願い事なんかではございません!」
思わずそう叫んだ幸村が、自分の言った内容に気付いて口を押さえた瞬間、背後から殺気と共に地を這うような声が聞こえた。
「…か―ね―つ―ぐ―、貴様、人ん家の庭先で何をしておるのじゃ!馬鹿め!」
そう、ここは政宗の家の庭。兼続がここに集合するように三成と幸村を呼び出したのだ(幸村はもともと政宗の家にいたのだが、それは今はどうでも良い話だ)。
「何だ、この無闇にでかい気色悪い竹は!人の庭を荒らすな、むしろ儂が留守の隙に入ってくるな!もう犯罪じゃぞ!」
「政宗どの、お帰りなさいませ」
「利に敏い山犬が何を言う!これは笹だ!山犬は笹と竹の区別も付かんのか!それに私がしているのは犯罪行為などではない、七夕だ!」
「何だ、政宗。いないと思ったら貴様、買い物に行っていたのか」
「ええい、全員ばらばらに喋るな!あ、幸村、今帰ったぞ」
怒鳴ったり恋人に微笑んでみたり、政宗も忙しい。大きな笹を挟んで始まった政宗と兼続の罵り合いは、結局日が翳るまで延々と続いたのだった。


散々政宗の家の庭を荒らした兼続は、その後元気に「今日は夕方から七夕デートだ!」と叫ぶと帰っていった。笹だか竹だか知らぬが持って帰れ!と叫ぶ政宗を完全に無視して走り去ったので(途中で三成まで逃げた)、巨大な笹は伊達家の庭に放置されたままだ。
「どうしましょうね、これ…」
笹の前に佇んだまま幸村が呟く。
「まあ良いわ、今日は七夕だしな。暫く放っておけ…幸村は何と書いたのじゃ」
大量の葉っぱに埋まりそうな短冊を手で掬いながら政宗が聞く。
「家康の首とか、ええと宝くじとか、肉…は書いてはいけないと言われたんですっけ」
さすが政宗、今更家康の首、なんていう願い事くらいでは驚かない。
「何じゃ、儂のことは書いてくれなんだのか?」
先程自分が叫んだ内容を思い返し、咄嗟に政宗の顔色を窺う幸村だが、悪戯っぽくこちらを見上げるその表情からは真相は分からない。
「…聞いてました?」
「何のことだ?」
言いよどむ幸村の手を取ると、政宗はそこに軽くキスを落としながら事も無げに言い放ったのだった。
「大丈夫じゃ。叶う可能性が低い願い事、などではないからのう」



〜おまけ〜


「何だ、この短冊。三成が書いたのか?」
兼続が代筆(?)した三成の願い事を見つけて、腹を抱えて笑う政宗。あ奴は朝も一人で起きられぬのか、と幸村に言うと、幸村は目を逸らして「ええとそうでしょうね」などと気のない返事をする。
三成本人が書いたものではないとすぐに政宗にも分かったが、それにしても幸村の態度はどうもおかしい。
その目線を辿ってみると。
「何じゃ、これは!」
そこには「幸村より身長が伸びますように 山犬」「義の心が理解できますように 山犬」と認められた短冊。
「兼続め!糞、こんな竹今すぐ燃やしてやるわ!」
三成の切ない(?)願いが書かれた短冊には大笑いしていた癖に。嘆息する幸村の遥か頭上では、天の川が静かに輝いている。




兼続が自由すぎます。現代パラレルなのに兜着用ってどういうことでしょうね!
(08/06/27)