※幸村が普通に伊達家の嫁です。婿殿と舅(だから…)大活躍です。許して。



今日は父が遊びに来るそうです。予定の何もない長閑な筈の休日、いつもより遅めの朝食を口に運んでいた政宗は、共に暮らす恋人の台詞を聞いてたっぷり数秒は固まった後、盛大に咳き込んだ。
「ま、政宗どの?!大丈夫ですか?」
「…だ、大丈夫じゃないわ…鼻に入った…」
隻眼に涙を溜め、げほげほと咽る政宗の背中をおろおろと擦る幸村は、勿論政宗が動揺の余り米粒を気管に流し込んだなどとは夢にも思っていない。
単純にむせたのだと勘違いして、にこにこしながら説明を続ける。
「丁度こちらに来る用事があるとかで。夕食を一緒に食べようと思うのですが宜しいですか?」
「う、うむ、構わぬが」
「政宗どのと一緒にお酒が呑めるのを楽しみにしているそうです」
政宗どの、どうしたのですか?前髪が味噌汁に浸かっておりますよ?そう尋ねる幸村の声も届かず、政宗はその後暫くぴくりとも動かなかった。


幸村の父・昌幸と政宗は、決して仲が悪い訳ではない。政宗は昌幸の智謀や度量、それに加え息子達への愛情深さを好ましく思っているし、昌幸も政宗の気概や才気を高く評価している。
現に、幸村と共に暮らす許しをくれと、まるで嫁を貰うかのように(まあ実際限りなくそれに近かったのではあるが)頭を下げた政宗に、最終的には幸村を頼むと頷いたのは昌幸である。それまでには筆舌に尽くし難いすったもんだがあったのだが、結局昌幸のおかげで二人こうして幸せに暮らせているのだ、政宗が昌幸を嫌う理由がどうしてあろうか。
それでも嫁(嫁ではないが、似たようなものだ)の父親というのは無条件に恐ろしいものなのである。それがあの真田昌幸であれば尚のこと。好き嫌いという感情と、本能的に恐れを抱くというのは、全く別物なのだ。
しかも敵、もとい昌幸は、政宗を子供の時分から見知っている相手。これは政宗にとって圧倒的に不利である。幸村に構って欲しくてつい苛めてしまったことも、ケンカの後泣き腫らした目で互いに仲直りしたことも、どきどきしながら手を繋いだことも知っているのである。いやいや、そこまで知る訳はない、と思うのは甘い。ガムシロップに砂糖を混ぜたよりも甘過ぎる。
積年の思いが実って幸村とあれやこれやなことをした次の日、幸村が学校に持ってきた弁当はなんと赤飯だった。慌てて問い詰めてみたが「理由は分かりませんが、父が突然炊きたくなったそうです。あ、こちらは政宗どのにお裾分けだと父が」と弁当箱をもう一つ渡された時には、死ぬにはまだ早い筈じゃが儂の一生もここまでかと目の前が真黒になった。幸い、政宗用の赤飯にも毒の類は入っていなかったので、今でもこうしてのうのうと生きていられるのである。
そうだった、いちゃいちゃしていたら幸村の携帯に「今日は泊まってきても良いぞ」というメールが入ったこともあった、何の前触れもなく。二人で暮らし始めてからも、何というかこちらの事情が筒抜けすぎる、というか。それでいて肝心なことや深刻な内容には触れてこない辺りも怖い。つまりそれは全てを把握しているからこそ、黙っていてくれているということではないか。


そんなこんなで昌幸と聞くとすっかり怯え癖がついた政宗である。だが表には出せない。嫁(だから違うが気持ち的にはもう嫁だ)に向かってお主の父親が怖くて堪らぬ、などとどうして言えよう。ここは持ち前の矜持を振り絞って何とかするしかないのである。
あとあれだ、できるだけ幸村に間に入って貰おう。あの親父と二人っきりという状況はなるべく避けるのじゃ。
早速矜持も何もかも崩れ出した独眼竜である。
だが事態はそう甘くなかった。「ちょっとお使いに行ってきますね」政宗が止めるのも聞かず幸村は出掛けてしまい、その直後まるで謀ったように玄関の呼び鈴が鳴ったのだ。内心、もしかして財布を忘れたとかで幸村が戻ってきたのではと期待もしたが、そんなことあり得ないことは政宗自身が一番分かっていた。


「なかなか良い所に住んでおるではないか」
玄関をくぐった昌幸は、開口一番そう言った。幸村は今買い物に、そう言いかけた政宗に頷いてみせる。
「幸村が帰ってくるまで、政宗どのにお相手願おうか」
そう事も無げに話す昌幸だが、その飄々とした口調の裏に急に寂しさを感じて、政宗は慌てて昌幸を家に招き入れた。
まだ時間的に早いかとも思ったが、どうせ呑むのだ。とっておきの酒を出してきて、手早くつまみを作る。幸村がある程度下拵えをしてくれていたようで、それを使わせて貰った。
「幸村がそなたの料理は美味いと申しておったのう」
そう言って杯を手にした昌幸は目の前に並んだ料理に目を見張った。政宗からすればもう少し手が込んだものを作るべきかとも思ったが、それは幸村が帰ってからで良いだろう。大体何を買いに行ったかも分からないのに勝手にメニューを決めるのも良くないだろうし、その間昌幸を放って置くのも不味い気がする。
「お口に合うか分かりませぬが」
昌幸の酌を受けながらそう言うと
「なに、料理に関して言えば手早さと味は大いに関係あるからのう」
と返ってきた。確かに手間をかけた料理は美味いが、時間をかければ良いというものではない。そんなことまで知っている昌幸に驚いたがすぐに思い直した。この人は、正に男手一つで二人の息子を育ててきたのだ。
「…まあ、料理は手早くても、あっちの手は早くなかった訳じゃが」
酒を干しながらぼそりと呟く昌幸。幸村に手を出したときのことを言っているのだと分かり、政宗が、ぐ、と声を詰まらせる。いや確かに、幾分かゆったりとした、というか完全にヘタレ丸出しの速度ではあったが、それが早いのもどうかと思う。それにまさか今更そんなこと言い出されるとは思わぬではないか。
昌幸に酒を注ぎながら僅かに睨む政宗の視線に気付いたのだろう。昌幸は怯むでもなく小さく笑うと言う。
「今更でなければ言えんこともあるわ。ま、年寄りの愚痴みたいなものじゃ、気にするな」
そうしてまた二人でゆっくり杯を口に運ぶ。幸村はまだ帰ってこない。


「あれは。…幸村は」
ふと昌幸が思い出したように口にした。
「本当に頑固じゃろう?」
質問の意図は量りかねたが、それはその通りであるし、昌幸に取り繕っても余り意味がない。政宗は素直に頷く。
「次男だからと甘やかした訳ではないが、甘え下手の癖に甘えたがりだしなあ」
親相手にこういうのもおかしいが、さすが良く分かっている。多分三成辺りからは、奴ご自慢の頭を逆さにして振っても出てこない幸村への評価だろう。
「そなたには…我侭も結構言っておるようだしのう」
「否定は致しませぬが、それくらいはして貰わねば此方も張り合いがありませぬ故」
きっぱり言い切る政宗に、苦笑いを返す昌幸。
「本当にそなたは、幸村が絡むと馬鹿じゃな」
「笑ってくださっても構いませぬぞ」
「誰が笑うか。わしはあれの親じゃ。あれを慕うてくれる気持ちを笑うほど阿呆ではないぞ」
――それにそなたのことも、もう随分前から息子のように思っておるのじゃ。
急に真面目な顔でそう言った昌幸に、政宗は思わず頭を下げた。そうすることしか出来なかった。何だか無性に幸村を抱き締めたかった。


「すみません、遅くなってしまって。お二人で何を話されていたのですか?」
少し息を切らせながら戻ってきた幸村は、政宗と自分の父が差し向かいで酒を飲んでいることに驚いた様子だったが、それでもにこにこしながらそう尋ねた。
「天気の話よ」
「天気の話じゃ」
間髪いれずに、しかも見事にハモった返事を皮切りに、義理の親子二人は急にわたわたと落ち着かなさ気に動き出す。
「幸村、あー後は儂がやる。お父上の相手をしてやれ。これで何か酒の肴になりそうなものを作れば良いのじゃろう?」
「あの、でも…」
「おお。そうじゃな、それが良い。政宗殿の料理は美味いのであろう?」
「それはそうですが…」
「台所は儂にまかせよ」
「うむ、そうじゃぞ。幸村」
二人揃って目も合わせずに、何があったかは知らないがこの変な雰囲気を隠しきれていると思ってるんでしょうか…思っているからこういうことするのでしょうね。そう思うと可愛らしくて追求も出来ない。政宗が慌てて杯を持ってきて、昌幸が零しそうになりながらそれに酒を注いでくれる。噴出しそうになるのをこらえて、幸村は酒を口に運ぶ。


ふむ、危なかった。らしくもないしんみりした話をしていることが幸村に危うくばれるところだった。
別にばれても全く問題ない話なのだが、何かこそばゆいものがあるのか、それを誤魔化すように台所でせっせと手を動かす政宗。二人、政宗を入れても三人では到底消費できるとは思えない量のつまみがすごい勢いで作られていることに、まだ彼は気付いていない。
「政宗どの」
背後から突然声を掛けられた。幸村だ。と急に後ろから抱きつかれる。台所での作業中にそれは危ないぞ、そう思ったが注意するのは止めた。多分自分には内緒の親子の会話をしてきたのだろう。その直後にこうして甘えてきてくれるのが何より嬉しい。
「どうした?幸村」
「もう良いから三人で呑もうと、父上が」
「それもそうじゃな」
名残惜しげに離れた幸村の腕を再び引き寄せて軽く口づける。続きは後でな、口の動きだけでそう言うと、頬を染めた幸村が案外素直に頷いた。



〜おまけ〜


携帯の着信音が響き、政宗は寝惚け眼で枕元の携帯を引き寄せた。目覚ましが鳴るまで三十分弱。この時間に目が覚めるとどうしてこんなに損をした気分になるのだろうと思う。
『Sub:昨夜はお楽しみでしたね』
なんじゃこれ。迷惑メールか?アドレスも登録されたものではない、それにつけても何とタイミングの良いタイトルだ。
昨日、昌幸は始終楽しそうに振舞っていたし、それに付き合う幸村も何だか嬉しそうだった。改めて幸村が共にいる幸せを思い、そう素直に感じた自分に吃驚した。が勿論悪い気分ではない。
幸村はどう思っていたのか、きちんと聞いた訳ではないが、二人になってからはいつもよりずっと素直に応じてくれたことで自ずと分かろうというものだ。こんな迷惑メールさっさと削除して幸村を抱いて一眠りじゃ。と思ったが指が当たってメールを開いてしまい。
『Sub:昨夜はお楽しみでしたね
 Text:ってドラ○エいくつの台詞じゃったかのう? 昌幸より』
「が―――!あの糞親父!さっきまでの儂の感傷を返せ!」
…と叫べたらどれほど楽であろうか。隣でぐっすり眠る幸村を起こさないように、政宗は泣きながら『ド○クエ1です、1。初代です』と送信するのだった。




この手の話はいちゃらぶの数倍恥ずかしいことが分かった!只の婿と舅の対決話だったのに…とんだ誤算です。
わたしの中の結婚ブームはまだ続いているようですね。
くだらねえと思ったけど、逃げたかったのでおまけをかきました!(正直!)
(08/07/01)