※なんか伊達の片思いです。いつも通りみんながお馬鹿さんです。
けたたましい叫び声の後に、どすんと何か大きな物が引っ繰り返る音。欠伸をしながら教室の扉に手をかけた三成は、中から響いてくる轟音に一瞬動きを止めたが、何事もなかったかのように再び大きく伸びをすると、開きかけていた扉から数歩後ずさった。全く朝っぱらから元気なことで、そう呟き腕組みをしてその場に佇む三成。
教室からの音が止んだと思ったら、今度はドアを蹴破って幸村が飛び出してきた。「いい加減にしてください!もう知りませんから!」頬を上気させてそう叫ぶや否や、目の前の三成の脇をすり抜けばたばたと走り去る。ふむ、もう少し避難が遅かったら幸村に轢かれていたな。色々な意味で忙しそうな幸村の後姿を暫し眺めついでに扉を直した三成は、やっと室内に足を踏み入れた。
机や椅子が散らばった教室内。念の為もう一度言うと、鞄や本などの小物が散らばっているのではない、散乱しているのは机や椅子そのものだ。だが三成は動じない。横倒しになっている自分のものと思しき机をよいしょ、と持ち上げると、定位置に移動させ脇に鞄を引っ掛ける。
「全く。毎度毎度よく飽きないな」
「ふん、そう簡単に飽きるようならそもそも言い寄ってなどおらぬわ」
教室内で最も被害が深刻そうな地点の机がもごもご動き、中から政宗が姿を現した。まさか咄嗟に机をこんなに投げてくるとはな、さすがの儂も危なかったわ。からから笑いながら自分に投げつけられた机を直す政宗が、随分前から幸村を追い回しているのを三成は知っている。
どんな時にも幸村のことは最優先、そうでなくても常に横にべったり張り付いて好きだの何だのと繰り返す。そんな政宗を見ていれば、三成でなくても彼の並々ならぬ思いには気付こうというもの。だが神経が何処でどう繋がっているのか三成にも皆目見当付かない程鈍い幸村は、それを政宗の好意だと、下心などまるでない只の好意だとずっと思っていたらしい。
「あのな、幸村。そろそろちゃんと儂のものになれ」
痺れを切らした政宗が、幸村の目を覗き込んで真面目な顔でそう言った時にも、幸村は全く動じていなかった。同席(何故人前でそういうことを言うのか三成には政宗の気も知れなかったが、どうせ急に思い立ったとかそんな理由だろう)していた三成や兼続の方が焦ったくらいだ。
兎に角幸村は、お馴染みの「まるで意味が分かりませんがとりあえず笑ってみました」とでも言いたげな曖昧な笑みを返し、そんな幸村に対して政宗と、そして何故か三成と兼続は、一体どういうことなのかを小一時間程説明したのである。
「いいか、幸村。山犬はそなたを恋い慕っているのだぞ?それは分かるか?」
「要するに付き合いたいと言っているのだ。此処までは大丈夫か?ついてきているな?幸村」
我ながら余計なお節介だとは思ったが、仕方がない。見ていられなかったのだ。
「ええい、貴様らは黙れ!良いか幸村、儂はずっとお主を好いておると言っておったじゃろう?」
「はあ」
「儂はお主と共に居たいのじゃ。手を繋いだり、いちゃいちゃしたりしたいのだぞ!いやもういっそ素知らぬ振りして儂の部屋に連れ込み、深い口づけの後そっと押し倒しながら服を…痛っ!」
政宗の一世一代の筈だった告白の風向きがおかしくなってきた所で、兼続が背後から拳で強制終了をかけた。身も蓋もない台詞に顔を顰める三成。だが残念なことに、三成や兼続の奮戦空しく、幸村に真意が最も伝わったのはこの最悪ともいえる政宗の言い回しであった。
やっと自分の置かれた立場を理解した幸村は混乱し、後はまあご想像の通りである。政宗が報われたという話はあれからとんと聞かない。
三成はこれ見よがしに嘆息しながら、鼻歌雑じりに机を戻す政宗を見遣った。あれからお前らは何も変わらんではないか。普段はべったり一緒にいる癖に、急に政宗がセクハラ紛いの行動をとっては殴られたり逃げられたり。
「しかし今日はまた一段と酷いな」
そこまで口にして三成はふと考え込んだ。最近はあの幸村といえどもそれなりにこの状況に慣れてきた筈だった。騒々しいのは相変わらずだったが、幸村は時折(あくまで時折だ)満更でもなさそうに見えたし。
端で見ている三成も、もしかしてこれは何だかんだで上手くいくのではとこっそり応援していたのだ。それが。
「政宗、貴様幸村に何をした?」
「…ほう。佐和山の狐めが。珍しく察しが良いな」
まるで三成を挑発するかのように口の端を歪めて笑う政宗。その姿は先程まで机に埋められていたのと同一人物だとは到底思えない。
「もしも幸村が本気で悲しむことになったら…」
「ふん、三成風情がどうするという、でっ!」
不敵な笑みを浮かべながら三成に詰め寄ろうとした政宗の身体が急に吹っ飛んだ。先程三成が直した扉を再び蹴破って現れたのは何を隠そう。
「三成!そう熱くなるな!不義の山犬は私が滅したぞ!!」
…隠すも何も、まんま兼続だった。高らかに笑いながら構えた護符からビームのような何かが出るのを、三成はその目ではっきりと見た。
「全く幸村を泣かせてどうするのだ!この山犬の暴れん坊め!」
「な!幸村泣いておったか?!」
「いや、嘘だ」
兼続のビーム的な何かによって酷く壁に叩きつけられたにも拘らず「幸村」の一言であっさり復活する政宗を見て、三成の力が少々抜ける。ああ、政宗はどう転んでも所詮は政宗だ。
「兼続め!変な嘘を吐くな!驚いたではないか」
「何を言う!三成と不穏なことを話し合っていたのでな、私も混ぜてもらおうとして捏造しただけではないか!全く山犬は心が狭くていかん!そんなことでは幸村も落とせぬぞ!」
「そうか。ならば儂はもう少し心を広く持とうぞ!」
「うむ、その意気だ、山犬!してその幸村と一体どんなラブちっくイベントが発生したのだ?!」
「それがじゃな、聞いてくれるか兼続」
嬉々として話し出す政宗に、三成は今度こそ本気で頭を抱えた。義の誓いも何もかも打ち捨ててそうっと遠ざかろうとしたのだが、目敏い兼続に笑顔で手招きされ、嫌々円陣に加わる三成であった。
政宗がその朝教室に向かう廊下で幸村に出会ったのは、尾行でもストーキングでもなく、本当に偶然だった。こんな朝っぱらから会うなんてもう運命じゃな、お主は完全に儂のもの、つまり所有物じゃ、身も心も幸せにするぞ、で祝言はいつにする?と声をかけるべく近寄った政宗が何もないところですっ転び、幸村にぶつかったのも、だから偶然だった。
政宗に巻き込まれる形で地面に衝突した幸村は、強かにぶつけた鼻を押さえながら起き上がり、まだ転がっていた政宗を慌てて助け起こした。
「あの!大丈夫ですか?すみません、ぼんやり歩いておりまして」
何一つ落ち度のない幸村が深々と下げた頭を戻すと、政宗と視線がぶつかる。その瞬間の幸村の顔を見て政宗は思わず口を開けた。
「…あれ?なんだ、政宗どのだったのですか」
幸村は確かに自分を見て一瞬ほっと息を吐いたのだ、さも安心したように。まるで待ち合わせ中の人にやっと会えた、そんな顔だった。まさか自分を見てそんな表情を作るなんて思わなかったのだ。
だってそれじゃ、まるで幸村は―――。
「あ、じゃなくて。申し訳ございません、政宗どの。お怪我はございませんか?」
幸村の声は、随分優しかった。それだけではない。先程の謝罪に比べてずっとずっと慌てている気がする。痛い所はないですか?と顔を覗き込まれ、気付くと目の前に幸村の顔があって、それで。
「…我慢できなかったのじゃ」
「政宗、貴様それで幸村に…!」
「なんと!そういう訳だったのか!まずはおめでとうと言っておくべきかな、山犬!」
「うむ、礼を言うぞ。兼続」
兼続と政宗はがっちり握手を交わす。いやいや、そうじゃないだろう。それじゃ幸村が可哀想過ぎるだろう。大体これだけ机を投げつけられたのだし。
「恥ずかしかったらしくてな、此処まで一目散に走ってきてちょっと暴れただけよ。近寄らないでください!この変態!と罵る幸村も中々可愛かったぞ」
「……それは本当に近寄らないで欲しかったのではないか…?」
「いや、もうあれじゃ。儂とぶつかって完全に恋に落ちたのじゃ。きゅーんっていう効果音が聞こえた気がしたしのう」
「義いぃ!という効果音は聞こえたか、山犬?!」
「それは聞こえんかった。じゃが兎も角、儂は自信がついたわ。昨日まではもしかして嫌われてたらどうしようと思っておったが、あれはもう絶対儂に惚れておるのう」
あー、しかし幸村は最高じゃった、ご馳走様じゃ。細部までじっくり思い出すように(何を思い出しているのか三成にはもう想像もしたくない)目を閉じ、締まりのない笑顔でうんうんと何度も頷いていた政宗だったが、ややあっておもむろに隻眼を見開くと、教室のドアに向かって歩き出した。
「どうした?政宗」
「幸村を迎えに言ってくるわ。あれのことじゃ、まだ儂にめろめろで動けんでおるやもしれぬからのう」
「…机を投げつけた張本人が動けぬとはお笑い種だな。大体…」
幸村が政宗を好いているという大前提が当たっているなんて保障は何処にもないのだ。政宗の洞察力はそれなりに信頼しているが、幸村が絡むと途端にそれすら役に立たなくなることを三成は痛い程知っている。もしも本当に幸村が怒っていたら、今度こそ命が危ないぞ。
制止しようとした三成の声は、例によって兼続の叫びに掻き消された。
「では私は此処で貴様を応援しよう!山犬は義と愛をもって速やかに幸村の許へ向かうがいい!」
声のでかい兼続が、更に無駄にでかい音で政宗を送り出す為の拍手をしているので非常に騒がしい。ちょっと落ち着け、政宗、早まるな。手を伸ばしかけた三成の目の前で無情にもぴしゃりと扉が閉じられた。
始業の予鈴ギリギリに戻ってきた幸村の姿を見て、三成と兼続は言葉どころか顔色を失った。
「兼続、幸村絶対怒ってるぞ。貴様が適当に政宗を煽るからこうなるのだ。俺は知らんぞ…!」
「何を言う。そもそも不義を行ったのは山犬だ。私も知らん!よし、こうなったらひっそり山犬の冥福を祈るぞ!」
「縁起でもないことを言うな、兼続。いくら幸村でもそう易々と人の命までは奪わんだろう…多分」
「…お二人とも、随分楽しそうに何のお話ですか?」
ゆらり、と背後に凄まじい殺気を感じて、三成の全身が粟立った。
「いや、あの、幸村。なんだその、政宗とは会えたのか?」
「…政宗?誰ですか、それは」
肌寒い日にプールに入った小学生の如く、唇を紫色にして歯をがちがちと鳴らす三成と兼続を見下ろして、ゆっくり笑みを作った幸村は、その笑顔からは想像も付かない凄絶な声で吐き捨てるようにこう言ったのだった。
「ああ、あの躾も満足に出来ていない駄犬のことですか。私は存じ上げませぬが、何か?」
何かに操られたようにぶるぶると首を振る三成と兼続は知らない。そのまま踵を返した幸村が自分の唇を押さえながら「もう少しだけ時と場所を弁えてくだされば」とこっそり呟いたのを。
ずたぼろになった政宗が這いつくばりながらも教室に戻ってきたのは、その日の昼休み終了間近のことだった。
強い幸村は本当に手に負えなかったので、最後だけちょびっと両思いにしてみました。
でも脳裏に「手遅れ」という単語が過ぎりましたよ!残念でした!
(08/07/30)