※戦国なのかパラレルなのか私にも分かりませんが(おい)片仮名はぎゃんぎゃん喋ってますよ!



幸村の一体何処がそんなに好きなのだ。そう三成に尋ねられたのは、やはり今日みたいに暑い日で、遠くで蝉が鳴いていたのを覚えている。揶揄や呆れを散々に含んだ口調で聞く三成に、全部と答えようとしたら、全部はなしだと先手を打たれた。
「ならば、手じゃな」
「手?」
「そう、手じゃ」
黙って会話を聞いていた幸村が、そっと自分の手を広げて視線を落とした。それを覗き込んで三成も首を傾げる。厳密に比べたことはないが多分政宗よりもやや大きな掌。槍を握る所為か、硬くなった肉刺が其処此処に確認できる。
そういう嗜好をもつ者であれば、幸村の掌の美しさを語ることも出来ようが、そんな執着などもたない三成は、幸村の掌を見遣ると、ふうん、とばかりに視線を政宗に戻した。目で政宗の台詞を促す。
「…あのな、儂だって手フェチとかではないぞ」
造形が美しいのではない。掌はその人の生活を映し出す指標の一つだとは思っているが、それは掌に限らぬ。こうも肉刺ができるまで槍を振り回しているその真面目さを象徴し云々などと言うつもりも毛頭ない。
「ぴたりと合わさる感覚は、他の何にも換え難い」
今度は自分の手に視線を移しそう呟いた政宗に、三成が眉を顰めた。貴様には分からぬじゃろう、別に構わぬ。どんな些細なことだとしても理解できぬことがあるという事実に不機嫌を隠しきれない三成の肩越しに、抑えきれない、といった笑みを浮かべた幸村が軽く握った自分の指先に唇を寄せるのが見えた。
そうだ、その手も指も儂のものじゃ。仮に触れたとしても儂以外には只の手に過ぎぬ。


手が好きだ、そう言われた時から幸村にとって自分の掌は特別なものになった。とは言え、もともと見てくれにはまるで拘らぬ幸村のことである。ふとした合間に、何気なく自分の掌を見詰める動作が増えただけだ。
侭ならぬことがあってつい溜め息が洩れそうな時に、誰かに報告するでもないちょっとした愉快なことを思い出す時に。
或いは、会いたいと口にしてしまいそうな夜更けに。
政宗は上手いことを言う、幸村はそう感心せざるを得ない。
言われて見れば確かにその通りであって、志を同じくする友や敬愛するかつての主と比べても政宗は特別で、更にその手はもっと、特別、なのである。そうは言っても、当然ながら全ての物事に精通している訳ではない幸村は、目の前のものが特別かそうでないかを正確に判断することなど出来ない。それでも「他にはちょっとなさそうな」ものを見極めることくらいは出来るのだ。その勘には自信があり、それは政宗の手が自分にとって多分特別なものだと告げている。
つがいを亡くした鳥が死ぬように。或いは刀がたった一本の鞘にしか納まらぬように。これらを無理に擬人化した挙句己に当てはめて、安いロマンチシズム宜しくどうこう言う気は幸村には更々ない。運命の人、なんてのはあくまでも思い込みであって、短いようで長い人生、運命の人なぞごろごろ登場したって何もおかしくはないのである。
ただ、いつか息を引き取るその瞬間、もしかしたら自分は掌を見詰めながらかつてその手を愛した彼の人のことを思うかもしれない…まあ、その時自分の枕元に座っているのは、抜け抜けとそう言い放った当人なのかもしれないのだが。
兎も角、そんな下らない感傷に騙されても良いと思える程、政宗の言葉は衝撃だった。ああ、それは確かにぴたりと合わさる感覚。
静電気で張り付いたビニールがしぶとく離れずにいるような。かといって不快感はまるでない。間の空気すら押し出されたかのように、何の余剰も不足もなく合わさった掌。
掌がぴったり合う人と合わない人が世の中にはいる、そしてそれを一般的には相性と呼ぶ。それだけのことなのだけど。
他人の気配すら愛するというのは、時々酷く難しい。決して見えぬ筈のそれは、大き過ぎたり小さ過ぎたり、熱かったり冷たかったりして、否応なしに自分以外の者が傍に控えているということを自覚させられるからだ。やっかいなその気配は、耳元で響く息遣いにまで含まれ、どうしたって逃げ場がない。それを頭から追い出す方法はたった二つ。気配諸共、その他者を自分の傍から追いやるか、その気配すら自分とぴったり合わせて寄り添わせるか。
幸村が僅かな覚悟と共に、だがそれでもあっさりと選んだのは後者で、多分政宗があの手―――まるで誂えたかのように幸村の掌をすっぽり包み込む手を持っていなかったら、二人の間の色々なことはもっとずっと変わっていたと思う。


「手を繋いでください」
呼吸するのも面倒臭く思えるような暑さの中で、幸村はそう言って自分の腕ごと政宗の目の前に差し出した。
政宗は贈り物を受け取るかのように恭しく幸村の手を押し頂くと、まずはさらりと自分の掌で幸村の掌を撫でる。何のことはない只の癖なのだろうが、まるでその掌に付いた様々なもの―――そう例えば空気とか体温とか気配とか、そういうものすら―――を払い除けて、掌をぴたりと合わせる為の儀式のように、幸村には思える。こうして自分の掌と政宗の掌はやっと重なることが出来るのだ。一旦繋がれた手には何処にも隙間はなくて、丁度良い大きさで、それで幸村はようやく安心する。
「この手は儂の専用じゃ」
そうです。言葉にすればこんなに陳腐になってしまうけど、それは全く間違っていない。しっかり繋がれた手をほどかないよう、政宗は慎重にそれを引き寄せて指先にキスを落とす。
「…溶けてしまいそうです」
「そうか?」
「ええ、でもこうして手を握っていてくだされば溶けませぬ」
溶けて混ざってなくなってしまうより、ぴったりはまった二つのものの方が、私は好きです。猫が狭い箱に無理矢理入って満足そうに鳴くのと一緒ですよ。
「そうじゃな、そっちの方が安心かもな」
我ながら上手い喩えだと思ったのだが、幸村の言葉に政宗は笑みを零した。だって猫はそうやってぴったりの場所を探すじゃないですか。
「私はわざわざ探さなくても、政宗どのの方から見つけてくださいました」
猫より簡単に居場所が見つかってしまうなんて、何だか余り努力の跡が見られない気がしてどうかと思うのですが、でもやっぱりそれはそれでいいのかもしれませんね。そういえば家の庭先によく遊びに来る猫が最近子供を連れていて。
繋がれたままの手に頬を寄せながら幸村が話す。いつの間にか話題は仔猫のことに移ってしまい、政宗は苦笑しながら幸村に顔を寄せる。「もういいから、黙れ。幸村」そう囁きながら軽く首筋を舐めると、幸村が小さく震えてやっと口を閉じた。それでも手は固く握られたまま。
政宗どのが口を付けたところは確かに熱くて溶けそうなのですけど、多分この手だけは、ほどけることも溶けることもないのでしょう。そうしたらそれはそのまま貴方に差し上げますね。「どうか大事にしてください」陳腐な言葉をそれでも満足そうに口に出すと、幸村はそっと眸を閉じた。




政宗殿、誕生日おめでとうございます記念に。
どこにも誕生日云々は入ってないのですが、まあ、幸村をプレゼントっつことでひとつ。
(08/08/03)