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※また花嫁の父だよ?!もう訳が…!ごめ…。
家族ぐるみのお付き合いというのは案外難しい。何もかも分かっている癖にとぼけたり、或いは思いがけない攻撃をしてくるあの糞親父、もとい昌幸はさておき、幸村の兄・信幸を見ると、政宗は割合本気でそう思う。兄弟のように育ったという言葉に偽りはないが、兄と呼ぶほど気安くない。かと言って友達と言うのもまた違う。
そんな信幸が自分と幸村の関係を知ったらどうするのか、政宗にはとんと見当がつかない。
「幸村と出掛けるのかい?呼んで来ようか」
だから幸村を迎えに来た政宗と、丁度家を出るところだった信幸が真田家の玄関先で鉢合わせ、優しく声を掛けられた時、らしくないとは思ったのだが政宗は無言で頷くしかなかった。更にその後の信幸と幸村の会話を聞いて、片手で弄っていた携帯電話を思わず政宗が取り落としそうになったのも、無理ないことであろう。
「政宗どのですか?すみません、今参りますから」
「あんまり彼氏を待たせちゃ駄目だろう、幸村」
如何にも一歩引いたところから微笑ましい兄弟の遣り取りを聞いている、といった風情丸出しだった政宗が固まった。かかかかかかれし?儂が?儂が幸村の彼氏?
「え?違うのかい?じゃ、まさかとは思うけど、か、彼女?」
いいえ、関係性としてはその言葉で概ね間違ってはいません。つーか何だ、彼女って。
余りのことに馬鹿正直に答えた政宗に笑顔を見せると、じゃ、幸村を頼んだよとか何とか言い残して、信幸は爽やかに去っていった。そう、あくまでも爽やかに。
これがあの糞親父だったら、少なくとも目が笑っていないとか、全身にざくざく刺さりそうな棘を含む言葉や、足元に地雷火が埋められているくらいは必至であって、悲しいかなそうやって真田家での経験値を稼いできた政宗としては、昌幸の方が対処し易いのである。他愛無い受け答えの中に、その実、飽和限界量ぎりぎりまで嫌味やら牽制やら…まあ有難いことに荒っぽい励ましやらが含まれている昌幸との会話は、頭も体力も使うが、それ故逆に気心も掴みやすい。
自分の可愛い息子に手を出そうという輩(もう出したのだが)を誰が手放しで歓迎するか。政宗だってそこに異論はない。反面、絶対互いに口にはせぬが、これはこれで悪い奴ではないと思われはいるのだろう、と思う。政宗が昌幸のことを本心ではそう思っているくらいには。
故に(多分)何の裏もなく、普通に「幸村の兄として挨拶した」信幸の態度に、政宗は却って慌てざるを得なかった。親と兄弟の最終的な違いはそこか、なんて自分に言い聞かせてみたりもするのだが、どうもしっくりこない。しっくりこないのは信幸の態度ではなく、既に信幸が政宗と幸村のことを自然に理解していたということで、そうか、自分は己の与り知らぬところで真田兄弟が既にそういう話をしていたということに、情けなさとか憤りとかを感じていたのだろうなと推測する。
「申し訳ありません、お待たせしました」信幸の姿が見えなくなってから、そう言って呑気な笑顔で登場した幸村の手を取ると、そのまま政宗は逃げるように真田家を後にした。
「お主、兄に儂のことを話したのか?」
アイスを口一杯に頬張って、何が嬉しいのかこめかみを押さえ笑っていた幸村だったが、政宗が至極真面目な顔で問い詰めると、ええ、よく話しておりますが、とあっさり返事が返ってきた。
「いや、儂の話題をしているということではなく、儂と付き合うておることを信幸は知っておるのじゃな?」
真田家での会話に自分が登場していることが嬉しいような怖いような。あの父や兄が一体どんな顔で幸村の報告を聞いているのかと想像すると、この真夏日の炎天下でも背筋が凍りそうなので、とりあえずそこは深く考えるのはやめた。幸村が自分のことを話してくれているという事実だけを有難く受け取ろう、いや、問題はそこではなく。
「はい、兄上も知っておりますよ。私が話したのですから」
「お主が自分で言うたのか?」
「ええ。幸村は彼女はいないのかと聞かれたものですから、彼女はおりませぬが政宗どのと付き合っておりますと」
そう言って幸村はほわんと笑みを浮かべた。そこで話を切るな。そうしたらどうなったのだ、信幸は何と言ったのだ。親には言えぬが兄弟なら秘密も共有し易いとかそういうことではないだろう?
「政宗どのってあの?と尋ねられて、確か…あとは笑っていました」
ああ、気になる。どんな風に笑ったのじゃ。まさかお主の父が時々浮かべる(幸村も時々するような気がするのだが、そこは政宗気付かなかったことにしておきたい)例えば策が為ったとでも言いたげな、ちょびっと邪悪な笑みではないよな?縋り付いてそう聞きたいが、まさかそんなこと幸村に直接聞ける訳ないではないか。
「駄目でしたか?」
頭を抱えて悶絶しそうな政宗に、今度は幸村がそう尋ねる。幸村の声に僅かに緊張が含まれているのを感じて、政宗は幸村に向き直った。
駄目ではない、だが。反対されるのが不安か?そんな覚悟疾うに出来ている筈ではなかったか。それとも自分がきちんと出向いて言いたかった?それも違う気がするのだ。だから何なのだ、この落ち着かない感じは。
「言っては駄目でしたか?ならばもう言いませぬ」
悶々とする政宗とは反対に、幸村はそう言って静かに笑った。
いつものように幸村と別れて家に帰ってきて、それから政宗はずっと携帯を眺めていた。
恐らく自分が幸村をいたく傷付けたのだ、とは思う。だが何と言って謝ったら良いのか分からない。いっそ目に見えて機嫌が悪くなってくれれば謝り易いのだろうが、幸村は努めて普段の態度を崩さないようにしているように見えた。
そこまで考えて政宗は頭を振る。自分の都合だけで幸村の機嫌の悪さを願うなど、最悪だ。声が聞きたい、それだけじゃ駄目だろうか。思わず手にした携帯を操る。
「幸村?儂じゃ」
数度目のコールの後、受話器をとる音と同時に勢い込んで話した政宗の耳に飛び込んできたのは、信じられない声だった。
「おお、幸村は今居らぬぞ」
携帯を握り締めたまま思わずがっくりと膝をつく政宗。真打ち、いやラスボス登場という単語が頭の中を駆け巡る。こんな状態で出来れば話したくなどなかった。
というか息子の携帯に何故わざわざ出る?!居ないなら居ないで着信など放っておけば。
「居間に携帯が置きっぱなしでな。わしが出ぬと何度も掛かってきそうで、うざいじゃろうから出てやったわ」
心の中を読んだかのような絶妙な返し。正直勝てる気がしない。
「昌幸殿ですか?ご無沙汰しております、政宗にございます」
「分かっておる。画面に出るものなあ。便利な時代になったものじゃ」
わしが若い頃は誰が出るか分からぬ電話を掛けるのに随分緊張したものじゃがな。普段は難なくかわせそうな軽いジャブ程度の昌幸の先制攻撃も、今日はいちいち耳に痛い。
なるべく感情を押し殺して事務的な内容を口にする、押し殺して?一体儂は何をこんなに動揺しておるのじゃ。昌幸が口にせずとも既に、政宗と幸村の関係を知っていることは自明の理であるし、そうなってからも何度も会話した相手である。幸村と気まずくなったから?貴方の息子を傷つけて申し訳ないとでも謝るつもりか、儂は。馬鹿馬鹿しい、それは儂と幸村の問題じゃ。
「また改めてこちらからご連絡差し上げ…」
「大方、喧嘩かすれ違いか、幸村がこんなところに携帯を放りっぱなしなのは珍しいと思っておったが、やっぱりそういうことか。ふん、自分の気持ちも分からんで意味もなく謝ってどうする気じゃ」
「な」
何でそれを。自分の気持ちも分からぬなどと言われる筋合いは。そう思う政宗を余所に昌幸は話し続ける。
「信幸のことか?幸村の口から聞くのと、そなたの口から言われるのはわしらにとって訳が違う。あんな顔でそなたことを話す幸村に、誰が反対などするか」
この分かりにくい話し方が小憎たらしい。昌幸は核心に触れないように遠回しな言葉を選ぶ、それは今だけでなくずっと前から。恐らくは政宗と幸村が只ならぬ仲であると気付いた時から。
「じゃが、そなたには反対するぞ。そうされるだけの覚悟もあるのだろう?」
「それは儂は、いえ私はそれでも」
「ああ、今は言わんで良いわ。そなたがそれを言うてしまったら、もうわしらの幸村ではのうなってしまうからのう…どうせそうなるのだとしても、あと数年くらいは待ってくれ」
慌てるな、と言われたような気がした。
しかるべき基盤が出来て、こんなことでは動揺しないくらいの大人になったら考えてやる、そう言われた気がした。確かにそれにはあと数年は必要だ。
「ああ、そうじゃ。言うておくが、そなたと喧嘩したなぞ、幸村は話してはおらぬからな」
分かっている。幸村は人に、ましてや父親にそんなことを話すような輩ではない。どういうつもりか、自分の感情に余り執着しない幸村は、己の考えすら口にすることを宜しくないと思っている節がある。
それを知っているから余計に、幸村の口をついて出た言葉はいじらしい。飲み込んで飲み込んでその後やっとで吐き出された音が自分の名前だったりなんかしたらそれはもう。
「だが口にするのは大変じゃ、どんなことであろうがな。ま、黙っとるのも大変じゃがな」
昌幸の言葉に政宗は噴出した。笑いながら、もう良いでしょう、そう言うと昌幸は喉を鳴らす。
「もう良いでしょう。気付かせてくださったことには感謝しますが、ここから先は幸村と話させてくださいませぬか?」
「…何故分かった」
「私から電話が掛かってきそうな状況で、幸村が携帯を置いて何処かへ行くなどあり得ません」
「ほう、小僧が言うようになったわい」
ちょっと待っておれ、舌打ち付きでそう言うと、昌幸は携帯を置いたようだった。微かに幸村を呼ぶ声が聞こえる。「幸村、携帯ここにあったぞ」「どこですか?」「わしが踏んでおったわ」それは政宗も知らない飾り気ない親子の会話だ。幸村の声も心なしか幼く、いつか、それは少し先の話だろうけど、いつか自分がこの家からそれを奪ってしまうのかもしれないと思うと少しだけ胸が痛む。「あれ?通話中って…」「おお、さっき伊達の小倅から電話があってのう。わしが出てみたわ」「出る前に言ってください、父上!」
幸村の足音に続いてバタンという音が響き、多分自室のドアを閉めたのだろうな、そう思った矢先「もしもし!」と幸村の行き急き切った声が耳元で聞こえた。
「いいから落ち着け、幸村」
「すみません、父が携帯に出たそうで。何か変なことは言ってないですよね?」
そんなこと今まで釣りが来るくらい言われておるわ。勿論そうは言わないが、これしきで慌てふためく幸村が、一体どんな顔して信幸に自分と付き合っていることを告げたのだろうと思うと、知らず笑みが零れる。それは信幸も笑うしかないじゃろう。
そう、どんなことでも口にするのは大変だ。何を思って幸村が話したかは知らないが、それをしてくれたというだけで充分ではないか。
「お主に礼を言わねばと思うたのじゃ」
「お礼?」
「ああ、信幸にきちんと話してくれてありがとな」
何だか儂は浮かれておったようじゃ。そう言ってしまうと、思っていた以上にその言葉は自分の中にすとんと落ちた気がした。幸村が、家族に儂のことを包み隠さず話してくれたということが嬉しかったのじゃ。
それを勝手に動揺して勘違いして、挙句の果てにうっかり昌幸辺りに「幸村を嫁にくれ」とでも言うところだった。いや、嫁云々は色々間違ってはいるが。
「何のお話ですか?」
「もうちょっとだけ先の話じゃ。儂が本気でお主の父親を相手にせねばならん時のな」
多分、どう頑張っても今は勝てないので。
「?」
受話器の向こう、幸村がそっと首を傾げるのが見えた気がした。
「よく分かりませんが、でも私も、話したかったですから」
父と兄には、私の選んだものを知ってほしかったのです。幸村はそう言うと、やっぱり静かに笑ったのだった。
彼氏とか彼女とか言うな、兄ちゃん!ってもう突っ込んどいたから勘弁してください!
真田の日なので、父も兄も勢ぞろいさせたかったのよう。私は本当に父と嫁が好きみたいですね。
(08/08/08)