幼馴染みで誰より近しい友人と、そのまま恋仲になる。こうなると相手の性格どころか癖だって、本人以上に見事に指摘できる恋人が突如誕生する訳で、いきなり遠慮も何もない。いつ如何なる時でも寄り添う影の如く(それにしては随分五月蝿いと幸村は言うし、そういう幸村だって時折結構我侭だと政宗は思っている)行動を共にすることは、最早当たり前過ぎてストレスにすらならない。
もしかしたらそれはある種、最も手間も面倒もかからぬ人間関係なのかもしれぬ。
だが、そんな関係の思わぬ弊害に最初に気付いたのは、政宗の方だった。当たり前になり過ぎた日常に、特別が介在する余地はない。
「ハロウィン?ハロウィンって今日でしたっけ?」
一体何処の誰に向かって喧伝する気なのかは知らぬが、メディアがこぞってハロウィンなどと取り上げるものだから、さすがの幸村も名前くらいは知っていた模様だ。
ケルトの方々が南瓜でランタンを作って喜ぶ祭りですよね?
余りに端折られた認識を正そうと口を開きかけたのだが、自分だって付け焼刃のにわか知識。南瓜が本当は蕪で云々だとか、最も有名な筈の菓子か悪戯かという二択をすっ飛ばしていることだとか、そういうことは気にしないことにした。問題はそんなことではない。
ハロウィンにかこつけて一緒に過ごしたいと考えたのに、そう思い立って誘ってみればこの食いつきの悪さ。どころか、もう十一月ですか、そろそろ炬燵ですね、などと呑気に返される。だから今日はまだ十月、炬燵ではなくランタンじゃ、ハロウィンだと言うておろう。
そりゃ確かに自分だって悪かった。
「何か菓子でも買って帰るか。今日ハロウィンじゃし」何気無さを装って家に誘ったのに、実際口から出た言葉は本当に何気無さ過ぎて、そんな自分にがっかりした。挙句、菓子を買う為に寄ったのは近所のスーパーで、そこで「白餡ですよ」とはしゃぎながら饅頭四つで198円の和菓子詰め合わせなんて買う幸村にがっかりした。
ハロウィンだからどうだという訳ではない。菓子をくれぬと悪戯するぞ、勿論菓子を貰うても下世話な意味での悪戯はさせて貰うがな、と戯れる気も(全くとは言わぬが)殆どなかった。
だってわざわざ誘わなくても幸村は今日も政宗の家に寄るだろうし、それが自分達の日常だ、良くも悪くも。
ただ、二人で過ごすということを微妙に演出してみたくなっただけで、そう思ったらカレンダーの今日の日付のところに小さくハロウィンと書かれてあった、だからそれを理由にしてみた、そんなとこだ。
政宗の淹れた茶を片手に、幸村はもふもふと饅頭を頬張っている。そうだ、ハロウィンだけじゃなかった。クリスマスだって正月だって所詮は日常の延長で、子供の頃からそうしてきたように暇さえあれば寄り添って過ごすのは当たり前だった。
だが、そんな当然のことをほんの少しだけ特別なものにしようとして何が悪い?大体去年のクリスマスイブに、三成と兼続めを連れて儂の家の呼び鈴を押したのは何処の誰じゃ。その前日に共にケーキでも食うかと誘ったら、一瞬嬉しそうな顔を見せたのに。あれはケーキか?ケーキが嬉しかったのか?
一年近くも前のことを思い出し文句を言うのは甚だ女々しく格好悪い。悪いから口にはせぬが、だがしかし。ケーキに負けたのかと思うと正直納得いかない。
二つ目の饅頭に躊躇なく手を伸ばす幸村の横顔を恨めし気に眺めたら、何を勘違いしたのか「はい」と饅頭を渡された。心の底から嫌そうな顔で。
少し、可愛いと思った。
馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、饅頭には勝ったとさえ思えた。
そんなことで僅かに気を良くする自分は、つくづく幸村に甘い。
クリスマスイブに三成と兼続を連れてこようが、本当は構わぬのだ。幸村の為に腕を振るった料理もケーキも四人の腹を満たすくらいはゆうにあったのだし、三成らに「政宗どののご飯は美味しいでしょう」と我が事のように胸を張る幸村に嬉しくなったのも本当だ。もしもハロウィンに饅頭を所望するなら、陳列棚を漁って奥の、なるべく新しい、人の手に触れていなさそうな商品を自ら取ってやるくらいのことは朝飯前なのだ。
鼻歌交じりに饅頭を弄る幸村は本当に可愛いと思う。見た目が、ではなく。
横に座っている自分の存在を当たり前過ぎて忘れてしまっているところなんかが。全身全霊で饅頭の包みを剥いているところが。
幸村の周りの空気に溶け込むことを許された自分。
特別なことはしたいし、偶には行事にかこつけて後で恥ずかしくなるような甘い雰囲気も味わってみたい。だが、警戒心の欠片もなく素を曝け出す幸村を見れる誇りは、そんなものとは比べ物にならぬのだ、本当は。
「あー、もう。仕様がない方ですね」
さっきまでのもやもやをあっさり捨て去って、今度は静かな愛しさを全力で醸し出しながら幸村を見詰めたにもかかわらず、再度幸村は勘違いと共にもう一つ饅頭を目の前に置いた。やはりこの上なく嫌そうな顔で。
政宗どのも買えば良かったんですよ、とぶちぶち文句を垂れる。とはいえ、食い意地が酷く張っている幸村がこんなことするなんて珍しい。
「ハロウィンですから、お饅頭あげます」
そうか、これがお主の特別か。クリスマスと比べて恋人と過ごすハロウィンなんて聞いたこともないし、そもそも一緒に何をしたら良いのかなんて分からぬ。その結果、肩を並べて饅頭なんか頬張ることになるのだ。なんて馬鹿げた奇妙な光景、三成は顔を顰めるだろうし、兼続は大笑いするだろう。
だが、自分と幸村にとっては紛れもない特別な日常だ。
「饅頭の礼に南瓜の菓子でも作ってやるか」
有難く饅頭を平らげた後そう言って立ち上がったら、幸村もひょいひょい後を付いて来た。料理は下手ではないが人に指示するのもされるのも却って面倒臭い、一人の方が手早く出来るじゃないですか、と決して一緒に台所には立たない幸村が、今日は大人しく自分の隣で神妙な顔で茹でた南瓜を裏ごししている。
全く、饅頭を分け与えてみたり料理を手伝ったりと、お主の特別は量りにくいぞ。だがあれだ、饅頭にもケーキにも自分は端から勝っておったのだ、勝負にもならなかったな。幸村め、いつもは驚く程はったりも作れぬ癖に、こういう時だけ表情を崩さぬからややこしいことになるのだ。
まあ良いわ、それを一つずつ暴くのは儂の特権じゃ。
そうほくそ笑んでいたら手元が狂って砂糖を入れすぎてしまった。一瞬動きを止めたが、もう知るか、と思い切り良くざっくり混ぜ合わせる。何をする日なのかはやっぱりいまいち分かってないのだが、今日はハロウィンなのだし。
こじつけにも程がある理由を思いながら、儂は未だ南瓜と格闘する幸村の横顔を盗み見たのだった。
しまった、これハロウィンネタ違う!私が饅頭食べたかっただけだ!
幸村だって分かりにくいけど楽しみにしたりわくわくしたりするんですよ、恐らく。
(08/10/31)