「偶にはお主から誘ってくれても良いものを」
 
 
 
はじめの頃は二人で横になることにすら随分気を遣ったものだった。
相手の方に寄せ過ぎた布団の為、寒さで目が覚めたことも、端に行き過ぎた幸村がベッドから落ちそうになったことも一度や二度ではない。
翌朝、無意識に首をぽきぽきと回す政宗を見て申し訳なくなったりもした。無理な体勢で寝かせてしまったのだ、そう口にすれば、お主が気に病むことではないと返ってくるのは分かりきっていたので心の中だけでこっそり謝ったものだ。そういえば最近、政宗がそうやっているのを見たことがない。昨夜だって自分の頭を政宗の肩に乗せてそのまま眠ってしまったのだけど。
「キスする時は首くらい傾けろ」昔そう笑われたことが信じられないくらい、政宗の顔が近付くと自分の首は自動的に右に傾くようになったし、まあ、その何だ、あれやこれやな最中に「身体の力を抜け」と囁かれるタイミングも分かってきた。これだけは言われても力が入ってしまうので、毎回わざわざ手間をかけるなあとは思うが仕方ない。
 
 
 
「のう、幸村。お主が誘うのもまた一興だとは思わぬか?」
 
だから二人でだらだらしながらそんな馬鹿な話も出来る。「さささささそうって!」と叫んで槍でぶっ刺したりなど、もうしない。「そうですねえ、機会があったら考えてみましょう」とか何とかさらりと流して。
炬燵の上に顎を乗せ見てもいないテレビから目を離して、すぐ横で胡坐を掻いている政宗を見上げたら「今考えろ」と偉そうに命じてくる。大袈裟に不貞腐れてみせたその顔が案外可愛らしかったので、考えてあげることにした。
偶に誘うのも一興なら、稀に甘やかすのも一興だ。
 
「要するに私がやりたいって分かればいいんですかね?」
「身も蓋もない言い方だが、そうじゃな」
「政宗どの、宜しければやりませんか?とかじゃ駄目なんですか?」
 
幸村の言葉に政宗は腕組みをして目を閉じる。いやいや、そんな難しい顔をして真剣に考えることじゃないし。
 
「…駄目じゃ。そう言われたらひょいひょいやってしまう自信はあるが、儂が今求めているのはそういうことではのうて」
 
自信、あるのか。ならいいじゃないですか。
精一杯呆れた声でそう言ったのに政宗はめげない。ぶんぶん首を振りながら「嫌じゃ!儂が言うておるのは、そこはかとなくエロくて色っぽいお主がな!」と叫ぶ。面倒臭いなあ、もう。歯に衣着せろということか、こっちの衣はがんがん脱がす癖に、今更そんなこと。
そう言ったら睨まれた。
 
 
 
 
 
今更、そう本当に今更なのだ。
 
親兄弟ですら知らない、正にあられもない姿を自分達は互いに熟知しているという訳で、そのことを自覚する度に面映いような、それこそ叫び出したくなるような心持ちになったりしたこともあった。それはそれで確かに幸せだったのだろうけど。
朝、腕の中でゆっくりゆっくり覚醒する幸村を、政宗は只じっと見ている。「恥ずかしいので余り見ないでください」と小声で頼むとすかさず「嫌じゃ」という返事が静かな笑い声と共に降ってきたあの頃。
 
そう遠くはない昔のことだけど、今振り返ればそれがどれだけ傲慢なことだったかが分かる。
視線を逸らして、あるいはくるりと背を向けて、そんなことをしたのは政宗が追い掛けてきてくれるのを確信していたから。行き着く場所が決まっている駆け引きはぬるま湯のように優しくて、それが自分優位で展開されるのなら尚更。
後ろから力強く回される腕が嬉しかったのだけど、そうやって幸村を抱く政宗は誰に抱かれるのだろう。ふとそんな疑問が脳裏を掠めた時、はじめて幸村は驚愕した。
 
照れに任せ全ての責任を政宗に被せて安穏としているのは卑怯ではないだろうか。有体に言えば――自分にだって政宗を抱き締めることは出来るのだ。
 
そう考えてみれば、朝目覚めて一番最初に目に映るものが政宗その人であるということは譬えようもない幸福なのだった。たった一つしかないその眸が酷く愛しげに自分を映していることを確認することは、戯れの追い掛けっこなんかとは比べ物にすらならないのだとやっと気付く。
だから首筋に唇をつけて、そっと名前を呼んでみたら、政宗の身体が小さく震えた。
「幸村」
正面からきつく抱かれながら注ぎ込まれたその声は今でも耳の奥に残っている。
 
 
 
 
 
「どうした?臍でも曲げたか?」
 
思案にくれ黙り込んだ幸村を、からかうように覗き込む。生意気そうな色に縁取られたその眸が、本当は少しだけ不安に揺れていることを、もう幸村は知っている。
 
全く。甘えたくなったのならそう素直に言えば良いじゃないですか。
 
そうやって、あなたはいつも私をいい気にさせる。逃げ出したらすぐに追い掛けられるように。ちょっとした感情の変化にも瞬時に対応できるように手ぐすね引いて。「誘って欲しい」だなんて何て馬鹿なことを。押し倒された私が一瞬でも本気で嫌な顔をすれば、すぐに身を引いてしまうのでしょうに。賢しくって臆病なあなたがきちんと私を愛せるように心を砕いてさしあげるのは、誘っているのと同じことではないですか?
それに分かってます?私が欲しいのは、私の為だけに存在しているあなたではないのですよ。
 
それでも決して口には出せぬが、不本意ながらそんなところが愛おしくって仕方ない。でもだって、自分の恋人が見えない尻尾を千切れんばかりに振って近付いて来れば頭でも撫でてやりたくなるのは、もう仕様がないことじゃないか。
 
「自分じゃ格好つけているつもりなんでしょうねえ」
 
気付かれぬようにそっと独り言ちた筈だったのだが、当然幸村に関しては必要以上に目敏い政宗が見逃すことはなく、「何じゃ、言いたいことがあるならはっきり言え」と詰め寄られる。やっぱりその顔が結構気に入ったので、腕を伸ばして笑顔で言ってあげた。
 
「政宗どの。抱いてください」
「…それは誘っておるのか?」
「さあ?」
「こうして抱けば良いのか?それともこのままやっても構わぬということか?」
「さあ?どうぞ好きなように解釈なされませ」
 
真意を量りかねているのだろう、背中に回された腕がもだもだと戸惑いがちに動くのを感じて、まだまだもう少しだけ政宗が作ってくれる優越に甘えているのも悪くないと思う。そうして浮かぶ幸村の含み笑いは、今度こそ政宗に気付かれずに、それに満足した幸村はいよいよ笑いを堪えるのに苦労する破目になるのだった。

 

 

 

誘い受について考えてたら途中で分かんなくなったですよ。伊達がへたれ過ぎですが、伊達だからいいかな、って…。
(08/11/06)