※伊達が片思いっぽいです。相変わらず扱いは酷いです。私は伊達が大好きです。昌幸ぱぱはいつも通りです。許して。
幼少の時分からつるんでいる筈の政宗と三成だが、美しくも熱い友情で結ばれていることはほぼないと言っても過言ではない。(と本人達は思っている)
政宗が文字通り幸村の尻を追い回して幾星霜、あいつも頑張るものだと三成は心中密かに感嘆したり気味悪がったり。そう言葉にしてみれば実に気楽なポジションを確保しているかのように聞こえるのだが、そういう立場にいる者ほど得てして最も貧乏籤を引き当てているもので、そう考えてみれば今日も今日とて政宗に呼び出された三成が、初っ端から大層不機嫌だったのも致し方ないことであろう。
「で、どうした。自慢したくなるほど上手に隠し撮りの写真が撮れたのか。それとも使用済みの割り箸でも手に入れたか。はたまた下着を盗むのに成功したか、そうかそれは良かったな政宗」
「馬鹿め!一息に棒読みで喋るな!あと、最後のはやろうとすら思っておらぬわ!」
「そんなことに手をこまねいているとは!山犬は不義というだけでなく、ストーキングの腕も悪いのだな!この私の義と愛をもってしても処置なしだ!」
見事な発声と滑舌で繰り出された兼続の台詞に、三成の機嫌が更にどっと下がる。
こいつまで呼び出したのは貴様か、とばかりに政宗を睨みつけたら、全く同じ意図を含みつつ此方を見遣る政宗の隻眼とぶつかった。
それで兼続がこの場にいるのは誰の所為でもない、自然発生的な何かだと分かったのではあるが、三成にとっては至極どうでもいい政宗による幸村関連の相談に加え、兼続の相手までせざるを得ないことが判明したのだ。三成の語気が少々荒くなるのも当然だ。
「だから今日は何があったのだ。下らぬことだったら許さんぞ」
三成の言を受けて政宗が神妙に頷く。隠し撮りや使用済み割り箸は冗談だが、挨拶と一緒に向けられた笑顔が可愛過ぎて胸が痛いだの、隣のクラスの武蔵と楽しそうに話していたので武蔵をぶっちゃけ討とうと思うだの、政宗の話は三成にとって毎回下らなさ過ぎるのである。
だが、今日は勝手がまるで違った。
「あのな、これが家に届いたのじゃ」
覇気の欠片もない声でそう言いながら政宗が取り出したのは、飾り気のまるでない茶色い封筒。いつになく大人しい政宗に驚きながら中身を空けた三成は再び仰天した。
「おい、何だこれは」
「何だ、って見れば分かるじゃろう。幸村の半径百メートル圏内に立ち入るなというお達しじゃ」
「…まさかお前…本当にそこまで…」
汚いものでも見るような侮蔑の眼差しを浮かべながら三成が一歩後退る。
俺は冗談のつもりだったのだが、本当に覗きや隠し撮りや無言電話や、あとはええと、ゴミを漁ったり不法侵入してみたり。「勝手に人を犯罪者にするな!」指折りながら具体的なストーカー行為を挙げる三成に政宗が叫ぶ。
そりゃちょっとは付け回してみたり飛び掛ってみたり押え付けてみたりしたがな。それですら大事には到ってない筈じゃ。「大体儂の力で幸村に敵う訳なかろう!」
政宗の悲しい主張は「これはいい!後学の為だ、私にも見せてくれ!」と兼続の(何故か)歓喜の声に掻き消された。
「ほうほう、成程、このような文書は噂には聞いていたがはじめて見る!一部コピーさせて頂きたいものだな、山犬!」
「…とりあえずもう幸村のことは諦めたらどうだ、政宗」
「ふん、たかだか百メートル。儂の鼻は二百メートル先から幸村の匂いも感知できるし、この眼は五百メートル離れた幸村の可憐な笑顔をくっきり映しおるわ!こんな距離、障害にもなるか!」
いや、距離云々ではなく。その幸村がもう追い回さないでくれと願ったから、こんなことになったのだろう?
三成の素朴な疑問は置いてけぼりにされたまま、だが涙交じりの政宗の声にさすがの三成も「一つしかないその視力の良い目、大事にしろよ」と通じぬ嫌味を言うことくらいしか出来ぬ。
「畜生、儂は諦めぬぞ。いつか丘の上の白い家に二人で暮らすのじゃ。幸村がそうしたいと言うのなら犬も飼うぞ!」
山犬が犬を飼うとは面妖な!不義!そう叫ぶ兼続の口を三成は黙って塞いだ。
「真田丸を作りたいというのならそれも作ってやろうぞ!それでも近寄るなというのであれば、四六時中携帯で喋っていれば良いだけのことじゃ!」
そうじゃ、いっそ幸村を嫁に貰って家族になって家族割じゃ!政宗の無謀すぎる夢語りを黙って聞いていた三成が、口を開いた。
「近寄ってはならぬのなら、共に暮らすことなど不可能ではないか」
いや、本当はもっとたくさん突っ込みたいところは別にあったのだが、正直気持ち悪いし核心に触れるのも怖かったので、一番当たり障りのないところを突っ込んで正気に戻そうとしたのだが。
「そうじゃ!何てことじゃ!これでは儂の将来設計が台無しではないか!」
何とも迷惑なことにその場に突っ伏して泣き出した政宗。そういうのは兼続のキャラだろう?げんなりする三成を尻目に今度は兼続が猛然と立ち上がる。
「ふむ、山犬!貴様のその深い愛にこの兼続感じ入ったぞ!ようし、この私が義の英知を授けよう!」
「何か名案があるのか、兼続」
「謙信公の薫陶を受けた私を見くびるな、山犬!そんなものこの兼続にかかれば不義の赤子の手を捻るが如し!」
「何だ、早く言え兼続」
「勿体ぶるな、とっとと吐け」
朗々と語り出した兼続に、政宗は勿論、げんなりしていた筈の三成までも先を急かす。別に政宗の将来がどうなろうと知ったことではないのだが、ここまで自信ありげに腹案を発表しようとしていれば、嫌でも気になるではないか。
「百メートルの距離などものともしない広大な家を建てろ、山犬!」
それで幸村と一緒に暮らすが良い!どうだ、私の策はいつも素晴らしいな!
いやいや兼続、お前は色々無茶苦茶だと思ってはいたが、まさかそこまでだとは。だが、兼続の言葉を受けた政宗は、尋常ならざる決意を抱いた隻眼を輝かせて立ち上がった。
「見直したぞ兼続!よし、そうと決まれば早速目ぼしい土地を探さねばな!」
だからいつの間にそんな話になって、政宗は一体今から何をするつもりなのだ。腕を組み大きく頷きながら政宗を見送る兼続の隣で、三成が大きな溜息を吐いた。
「なあ、兼続」
家だ何だと話がどうでもいい方に流れていってしまったが、そもそもあの文書は大問題なのではないか?
確かに政宗は非常識なくらい幸村のことを慕っているし、追い回してもいたのだけれど、本気で嫌がられていたとは。蹴られても殴られてもちっともめげない政宗を、一応三成も応援していたのだし、幸村だってそれはそれとして(時々は)楽しそうに話なんかしていたことも少なくなかったのに。
「幸村はかなり本気で政宗のことを嫌っていたのだな」
「うん?何を言う、三成」
幸村だって満更でもなさそうなのはお前だって知ってるだろう。兼続はそう言って笑う。
「いや、あんな法的手段に訴えてまで」
「あれは偽物だ。気付かなかったのか?三成」
「は?」
「押して駄目なら引いてみろ、という言葉がある!あの文書を真に受けて山犬は暫く大人しくなるだろう!そうしたら幸村はどうすると思う?」
私は賭けても良いぞ!と勝ち誇ったように兼続が叫んだ。相変わらず騒がしい男だ。だがそれならさっさと、そう言ってくれ。三成が脱力する。
「ではあの文書は誰が?」
「予想はつくが、正確なことは私にも分からん。そして世の中には知らなくて良いことがたくさんあるのだ、三成!」
そうだ、全くその通りだ。ああ、賭けはせんぞ。そもそも賭けにはならぬからな、だが。
「…あれってやっぱり親心なのか?それとも幸村には手を出すなという脅しか?」
「私の義をもってしても、そればかりは分からぬな」
槍を握らせたら誰より強い恋人(予定)よりも、公的文書よりも恐ろしいあの父親と戦って政宗は命があるのだろうか。とりあえず骨は拾ってやろう、それがせめてもの情けだ。三成は暮れかけた寒々しい冬空を見上げながら、政宗の幸せをお座成りに祈る。
「幸村、ここにあった封筒知らぬか?」
昌幸にそう尋ねられ、夕食の支度をしていた幸村は包丁を持つ手を止めて一瞬考える仕草をした。封筒。ああ、そういえばテーブルの上にあった封筒は。
「買い物のついでに切手を貼って出しておきましたが」
「出した?いつじゃ」
「昨日、でしたかねえ」
「宛名は見とらんのか?」
出したらいけなかったですか?そう首を傾げる息子は、中身どころか宛名すら本当に見ていないらしい。暇に任せ、ついでに煮え切らぬ息子達を揶揄おうとして軽い気持ちで公文書偽造なんぞしてみたのだ。だがあまりの出来の良さに、伊達の小倅が本気にしたら不味いかと思って渡すのを躊躇し、そのまま置き忘れていた。どうしたものか。少なくともまだ幸村は気付いておらぬようだが、政宗はもう見ただろう。
あれこれ考えを巡らしていた昌幸だったが、面倒臭くなったらしく「まあ良いじゃろう」投げやりに独り言つ。
既に封筒云々のことはすっかり忘れて「父上、お暇でしたらこれ持っていってください」そう煮浸しを押し付けてくる幸村は、まだまだ子供に見えるので。
これで政宗がどう出るか、暫くは素知らぬふりをして楽しませて貰おうと思う。
「まあ、あれじゃ。あと少し待ってやってくれ」
目の前に居もせぬ相手にそう呟いたら、何を勘違いしたのか台所から「でももうご飯の支度は出来ますよ」という幸村の声と共に美味しそうな夕餉の匂いが漂ってきて、昌幸は我知らず目を細めて頷いた。
ごめ…ちょ、すいません。伊達が勝てる気がしない…。暇だからってやっていいことと悪いことがありますよね。
どうでもいいことですが、真田家では食事当番は持ち回り。
あと、百メートルとかそういうのは適当ですよ。
(08/12/03)