なんか視線が合うな、と思ったのはいつからだったか。
視線というのは、互いに合わせようとしなければ当然合わない。
自分が幸村を目で追っているという自覚はある。だから今まで政宗はそれについて格別疑問にも思わなかったのだが。
この年頃の男子は、食べるという行動にかかるエネルギーを更に食べることで賄っているようなもので。
つまりは、放って置けば一日あれこれ食べて騒いでまた食べて。膨大な嵩の食糧を消費する生き物なのだ。
中でも幸村は結構、いや普通に凄い。
数時間前に食べた筈の弁当(と数個のパン)はあっという間に消化されたのだろう、下校途中の買い食いの量は他の追随を許さない。
今日も今日とて、政宗と、そして三成や兼続と他愛無い話をしながら、幸村の胃に消えていく食べ物といったら。
思わず政宗が食べかけのハンバーガーを幸村に差し出してしまったくらいである。
いや、食べ物の話はどうでもいいのだ。
「幸村、足りなんだら儂のも食うか?」
「よいのですか?ありがとうございます、政宗どの」
政宗を見て心底嬉しそうに笑って言う。
せいぜい数百円のハンバーガーにその笑顔とは何事ぞ。
だがここで全く遠慮をしないところが幸村のいいところじゃ。口の端にケチャップが付いておるのも愛いのう。
そんな政宗の心中を知ってか知らずか、今度はフライドポテトを頬張る幸村。
「あまり食うと夕飯が入らぬぞ」
政宗が揶揄うと、顔を上げて幸村がこちらを見る。
「大丈夫です。まだ夕食時までには時間もあります故」
「時間があるとは言うが、もう五時近いぞ。幸村」
幸村の視線が三成に移った。話しかけている者に目線を移すのは当然だ。
「家の夕飯は大抵七時過ぎになりますよ?」
だから問題ないと言いたいのだろう。
三成にそう答えると、幸村はごく自然に政宗の方を向いて小首を傾げ笑みを浮かべた。
口には出さないが「ね?」とでも言っているつもりなのであろう。
政宗が真田家の夕食事情を代弁するのもおかしな話だろうし、そもそも何故そこで幸村が自分に同意を求めるのかが分からない。
分からないが、それはそれ。幸村にそんな風にされたら、特に意味など無くても頷いてしまう政宗である。
「そうだ!先日大変興味深い義の体験をしたのだが、聞いてくれるか、諸君!!」
話は、ぽんぽん飛ぶ。
「兼続、まずは口の中の食べ物を飲み込め。迷惑だ。
あと幸村、ここにケチャップが付いてるぞ」
「それは私がふと本屋に入ったときの話だ!
目当ての本は無かったのだが、店内に流れていた音曲に、私の義心は非常に揺さぶられた!聞いているか?三成!」
「…聞いている、人の名を叫ぶな」
兼続の話に耳を傾けながら幸村は口の周りを拭っている。と、また政宗の方を向いて今度はじっと見つめた。
台詞を付けるのであれば「とれました?」という表情だ。
「ええい!余所見をするな!山犬め!」
自分が怒られたわけではないのだが(馬鹿め、そもそも何故儂が兼続ごときに怒られねばならぬのじゃ)首をすくめ横目で政宗を見る幸村。
少々ばつが悪そうに笑っているので「怒られてしまいましたね」というところか。
「私の義の心を歌ったかのようなその曲をやっと店で発見したのだ!
正に私の義が導いた結果だと言えよう!やはり義の力と謙信公の加護は素晴らしいものだな!うむ!」
政宗がふと腕時計に目をやる。幸村はすぐに少しだけ不安そうな目を向ける。
多分「もう帰られますか?」と尋ねているのだ。
なんでもない、と緩く頭を振ると、幸村がほっとしたように視線を戻す。兼続の演説を聞く態勢に再び入ったのだ。
つくづく律儀な奴だ。儂は全然聞いておらんかったぞ。
で、何故お主は儂を見るのじゃ?
断じて嫌というわけではない、むしろ嬉しい。
しかし幸村が何を求めているのか分からない。
政宗の顔色を窺っている訳でもなし、ただ見るだけなのだ。わざわざ言葉にするまでも無いちょっとした気持ちを乗せて、見るだけ。
「本日ここに、その義のアルバム、名は『反骨☆ソウル』というのだがな!それを持ってきた!
皆で聞けるように既にMDにダビング済みだ!
さあ、遠慮などせず持ち帰れ!一人一個だぞ!感想は明日でいいからな!!」
「そこまで言うなら借りてやろう」
まず三成が溜め息と共にMDに手を出した。
こういう時は大人しく言うことを聞いた方が被害が最小限に抑えられるということを彼は熟知している。
「ええと」
幸村がやっぱり政宗を見る。ついに政宗は堪えきれず聞いてしまった。
「だから何故そこで儂を見るのじゃ、幸村」
「?」
幸村はどうやら政宗の質問の意味すら分かっていないらしい。きょとんとこちらを見つめている。
本人は無自覚だったのか、きっとこれはもう癖のようなものなのだろう。
何か行動を起こそうとしたり、そうでなくても、何か考えたり思ったり。そういう瞬間に幸村は政宗を振り返る。
近くにいることを確認したいのだ、そうしていつでも視界に入れておきたい。
下らない他愛も無い単純なやりとりを繰り返して、何より相手が自分に何か反応してくれることにほっとして。
きっと、幸村は、そう思っているのではないだろうか。
そう思い付いた瞬間、自分の視線がごく自然に幸村に注がれたことに政宗自身おかしくなった。
そうか、そういうことか。こんな簡単な幸せがあるなんて。
恋焦がれる人を見ていたいと思うのは当たり前のことだと思っていた。
視線が頻繁に合うということはそれだけではないのだ。
見ていたい、視界に入れたいと相手を探すタイミングまでお互いぴったり合うってことで。
「いや、何でもない。そろそろ儂は帰るぞ」
幸村が慌てて帰り支度をしようとするのをやんわり押し留め。
「お主はまだゆっくりしていろ。偶にはこ奴らに付き合うてやれ」
途端に複雑そうな顔を浮かべる幸村。
何を考えているのかなんて手に取るように分かる。確かに、今までだって充分分かっていたつもりだった、それでも。
何となくでもそれを分かってやれる自分の存在すら嬉しく思うのだ。きっと自分は笑っている筈。
しかし、こと幸村に関しては、儂も大概分かり易いとは思っておったが。
「それにしてもお主は分かり易過ぎじゃ、精進しろ」
あたふたしている幸村の脇を通り抜けながら、政宗は愉快そうにそう言って素早く幸村の髪に口づけたのだった。
他意あって先に帰るわけではないと安心させる為に、それから少しの悪戯心とで。
可哀想なのは残された幸村である。
「山犬め!挨拶もなしに退座するとは何たる不義!幸村もそう思わぬか?!
むう!更に私の絶賛お勧め中の義MDまで忘れていくとは!断じて許せぬ!」
兼続の非難を右から左へ受け流し、というよりむしろ暫く固まっていた幸村だったが
「のわああああああ!!!」
意味不明な言葉を叫んで、そのまま机の上に正に崩れ落ちるように突っ伏した。
前もって三成がテーブルを片付け、幸村の手からハンバーガーを取り上げていなかったら大惨事になっていたであろう。
「どうした、幸村!店内でそのような声を上げるのは迷惑だぞ!!」
「お前の方が迷惑だ、兼続」
「もしかして先程の山犬の行動を気に掛けているのか?!
大丈夫だ!一瞬のこと、誰も見た者はいないだろう!そう恥ずかしがるな、幸村!!」
そう言われて、はいそうですねと顔を上げられる兼続のような厚い面の皮を持ってはいないのだ、幸村は。
というよりこれでは、幸村が恥ずかしいことをされたと宣言したも同然である。
「あれだ!犬にでも噛まれたと思って、ん?奴は山犬だから犬に噛まれたであながち間違いではないのだな!
これは面白い!なあ、幸村、三成!!
しかしそれなら幸村は正に何度も山犬に噛まれてお…ぐむうぅぅぅ!」
兼続は、幸村の槍の露と消えた。
「…わ、私は、あの、分かり易いって…何を精進したら?あの、政宗どの、は…?」
ここまでされても、恋人の残した台詞の意味を考えようとする幸村の健気さに心が痛んでしまい、幸村から目を逸らした三成は、今度は床に倒れ伏している兼続の惨状をうっかり目の当たりにし。
左近、俺は…俺はどうしたらいいのだ!!
一人は真っ赤な顔で、もう一人は真っ青な顔で頭を抱える二人(と死体一体)。
幸村の問いにも、三成の問いにも、しばらく答えは与えられそうに無い。
この後、直江は真田の軍略的な何かで生き返りました。
真田の軍略はすごいです、何でもできます。集めなくてもいいドラ○ンボールみたいなものです。無敵じゃん。
バカップルな二人が書きたかったのでした。
だいすきな人と何かがかぶるのは嬉しいかな、と。趣味でも笑いのツボでも視線でも。
それが他愛も無いものになればなるほど幸せ度は上がってく気がするのです。
どさくさにまぎれて登場したアルバム『反骨☆ソウル』はMOTOCHIKAのデビューアルバムです。
どうぞ応援してあげてください…下らない設定がまた増えた…まぁここだけの設定ですから!
あ、今気付いたんですが、ウルトラなソウルと反骨なソウルは何の関係もありませんから!
(08/04/09)