※ダテサナ求婚ネタ

 

 

伊達政宗が、筒状に丸めた紙を片手に、珍しく緊張した面持ちで真田屋敷を訪れたのは、長閑な初夏の昼下がりのことでした。
 
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました、政宗どの」
 
奥州にその人ありと言われた政宗がたった一人の共も連れずに玄関先にぽつんと立っているというのに、出迎える幸村は全く動じません。どころかにこにこ笑いながら自ら屋敷の中に誘うのです。
それもその筈、政宗と幸村はちょっと人には言えない(それでも大勢の人が了解していることなのですけど)良い仲で、昼につけ夜につけ、この奥州の大大名が幸村のところに忍んで来ることなど、半ば日常茶飯事なのですから。
 
 
 
今日も今日とて可愛らしい幸村の笑顔に迎えられ上機嫌の奥州王。勝手知ったる真田屋敷にどっかと上がり込むと、茶菓子を齧ってみたり必要以上に恋人にべたべたくっついてみたり。
全く世の大名とはそんなに暇なものなのでしょうか、良い御身分ですね。
さて、幸村の膝を枕に惰眠を貪っていた政宗でしたが、ふと大変なことに気付きました。今日はいちゃいちゃしに来た訳ではないのです。人取橋も小田原遅参も、そして長谷堂なんかよりも比べ物にならぬ、ずっと大きな覚悟を決めて政宗は真田屋敷を訪れた筈だったのでした。それが恋人の笑顔一つでこの体たらくです。いやいやそんな政宗の駄目…もとい、性分はこの際問題ではありません。
 
時は戦国、世は乱世。家来が主君を謀殺したかと思えば、血を分けたはずの親兄弟すらも互いに武器を振りかざし、野望と権力を誇示しあう時代。政宗も、正にそんな時代の風雲児として生きてきた筈でした。実の母親に毒殺されそうになったり、若さゆえの過ちで奥州撫で斬りなんかしちゃったり、水玉模様の陣羽織を誂えたこともありました。
 
しかし政宗だって一人の餓鬼、いえ人間にございます。
 
あーあ、儂もそろそろ落ち着こうかなあ、彼がそんな風に思うのは致し方ないことでありましょう。城の近くに小さくてもいい、庭付きの館を建てて幸村と二人で暮らすのじゃ。疲れて帰ってきた儂に、エプロン姿の幸村がかわゆく尋ねる筈。「おかえりなさいませ、ご飯になさいます?それともお風呂ですか?」「うむ、そんなのは聞くまでもない、幸村じゃ」「政宗どの、駄目です、…あ…や、お鍋が…」とこうなるわけじゃ。
朝は朝でいってらっしゃいのちゅー…いや、待て。「早く帰っていらしてくださいね」頬を染めてそう囁く幸村をおいて城などに行けるか、馬鹿め!ましてや戦なんぞ仮病を使って休んでやるわ。しかし小十郎は目ざといからのう。どうしたら四六時中幸村と共に新婚生活が送れるのじゃ。
 
政宗の妄想が無駄に長くなってしまった上に、所々駄目人間っぷりを全力で推して参っている気がしますが、そうです!政宗は幸村に求婚を申し込みにきたのでした。所謂プロポーズです。地位も政治的な打算も、性別ですら関係ありません。こんな悲しい世の中だけど、儂とそなたが一緒ならきっと楽しく暮らせるはずじゃ。そんな風に思いついたら即実行。
これが独眼竜の生き様です。
 
政宗は名残惜しげに幸村の膝から頭を離すと、ゆるゆると起き上がりました。そういえば昨夜はプロポーズの言葉を夜通し考えていたのです。朝から館中を大騒ぎしながら走り回って準備もしたのです。
政宗は持参してきた紙を幸村の目の前に広げました。
 
「政宗どの、これは?」
 
「儂の領内の地図じゃ。こっちが石高。そしてこれが儂の城じゃ。城の間取りもある」
「…はあ、さすがに政宗どののご所領がどちらかはくらいは、私とて存じ上げているのですが」
「馬鹿め、そうではないわ。これが儂の収入やら持ち物やらの全てじゃ。そして同時にこれは伊達家に嫁ぐお主のものとなるのじゃ、わかるな?」
 
なんと阿呆な遣り取りでしょう。大体、きっぱりはっきり言ったところで「血痕ですか?すみません後できちんと拭いておきます」と返事を返しそうな幸村が、こんな分かりにくい求婚を見抜ける筈ないではありませんか。全く長いつきあいの癖に、政宗は幸村の何を見ていたのでしょう。
 
しかし阿呆は政宗一人ではございませんでした。幸村は政宗の広げた地図や何やらを暫くきょとんと眺めていましたが、突然険しい顔をすると政宗にこう言ったのです。
 
「政宗どの!確かに政宗どののお城は一見難攻不落な堅城に見えまする。しかしここ!この一点をつかれれば、仙台城とて危のうございます!ここに大きく迫り出した砦のようなものをお作りになれば…はっ!政宗どのはこの私にその役目をお任せすると仰っておられるのですね!分かりました、この幸村、すぐにでも仙台に発ち、不肖ながら全力で真田丸を作らせて頂く所存!」
 
珍しい幸村の長台詞でしたので、政宗は一生懸命喋る幸村を見詰めることに夢中で、話の内容なぞ全く耳に入っておりませんでした。が、幸せな脳味噌のおかげで、幸村が自分の城に来ようとしてくれるというところだけは分かりました。
幸村馬鹿に戦馬鹿の会話はすれ違いながらも続いていきます。
 
「幸村、本当に良いのか!儂は…儂は…!」
「はい、何を厭うことがございましょう。政宗どのの為でしたら、私は」
「そうか、嬉しいぞ幸村!そうと決まればすぐ手配じゃ!盛大で派手な…」
「いえ、派手にする必要などございません。きちんとお役目を果たせるようなものであれば充分にございます」
「お主ならそう言うと思っておったぞ。だが他でもない儂と幸村の、じゃ。そうはいかぬ。伊達家を挙げて行うのじゃ!」
 
 
 
 
 
この二人の悲しいすれ違いが発覚したのは、数ヵ月後、真田丸が完成したその瞬間でございました。
 
「幸村、…まさかとは思うがこれは新居か?」
「こちらは真田丸にございます!これで家康めと一戦交えますれば!」
「は?家康?何のことじゃ?儂は幸村と結婚してお主の手料理を食ったりお主を食ったりして幸せに暮らすんじゃなかったのか?」
「血痕にございますか?私の血痕…政宗どのはこの私を手にかけるおつもりか!」
 
 
 
近くで聞いていた者がつい遠い目をしてしまいそうになる馬鹿げた遣り取りはその後もずっと続き、あまり微笑ましくもない痴話喧嘩の後真田丸が初起動したこと、そして伊達家当主が暫く酷い怪我を負って臥せっていたことなど最早どうでもいいお話なのでございます。

 

 

 

元ネタは友人の話から。給与明細を見せて「このくらいでどう?」と聞いたそうで、それって真田は絶対なんのことか分からないよな、と。
通じてないけどらぶらぶなんです。通じてないけど。
(〜08/06/30初出 09/01/06加筆)