身体にじっとりとした空気が重く纏わり付くような夢を見て飛び起きた。
心臓がばくばく言っている。呼吸は浅く、震える指先に滲む汗。
左手に、暖かいものが触れた。
それが幸村だと分かるまで随分時間がかかった。
昨夜は幸村が泊まりに来て、あれこれ話をしているうちに眠ってしまってそれから。
そろそろと手を伸ばす。ただ、幸村の手を取って、きつくきつく握りたかった。


幸村は身動ぎ一つせず、ぐっすり眠っている。
まるで、死んでいるみたいだ。


政宗は幸村の寝顔を見るのが好きだ。
寝起きはいいが寝つきも抜群な幸村は、真夜中過ぎると途端に横になって寝てしまうし、昼間でも日当たりのいい場所でうとうとしている姿を見ることも、偶にある。
政宗が近付くと、少し寝惚けながらもほわんと笑って再び眠りにつく。
そのあどけない顔が大好きで、更には毛布を掛けたり髪を撫でたり、幸村が穏やかに安心して眠れるように甲斐甲斐しく世話を焼くのも、実は政宗は大好きだ。


物音一つしない、目が痛くなるような真っ暗な闇と、ぐっすり眠っている幸村。
寝息は聞こえる。気配だって、ここにある。現に儂の手は幸村の手を握っているではないか。
でも、幸村はまるで、死んでいるみたいだ。


明日の命も知れない戦国乱世じゃあるまいし。
本当に、そうか?
朝になったら幸村は目を覚ます「おはようございます、政宗どの」それから一緒に朝飯を食べて。
そんなこと、誰が決めた?
明日も明後日も来週も来年も、幸村がここにいるなぞ、己の勝手な妄信に過ぎぬのではないか?


「ゆきむら」
返事はない。


自分は、幸村から何の反応も引き出せないことが嫌なのだ。怖いのだ。
こんなに手を握っているのに。名を呼んでいるのに。
人が離れる理由なんてそれこそ星の数ほどあって。
いつか幸村の姿を見ることも、声を聞くことも、手を握ることも許されない日が来るのだろうか。
手を握らせて、と泣く幸村を許せなくなる時が自分にもくるのか?
「幸村」
幸村がいなければ、こんな風に思うこともなかった。
幸村が傍にいなかった頃のこと。自分はどうやって毎日を過ごしていた?
もう思い出せない。
「ゆきむら、幸村」
「…ん?ま、さむね、どの?」
幸村の掌を、己の頬に押し当てる。
「幸村」
「政宗どの?」
「幸村」
「はい、政宗どの」
幸村が身体を起こす。
「ゆきむら」
「政宗どの。幸村は、ここにおります」
目が慣れたのか、カーテンの隙間から月明かりでも差し込んだのか。
ともかく、もうそこは闇などではなかった。


「全く。怖い夢をご覧になったのでしたら、さっさと起こしてくださればいいものを」
ベッドの上に座らされ、更に政宗に背後から抱きすくめられる格好になった幸村は、先程からぶつぶつ文句ばかり言っている。
「馬鹿め!儂は子供ではないぞ!それに…」
「子供では、ないからです。誰だって不安になるんです。…政宗どのは子供みたいには泣けないでしょう?」
根本的な解決にならなくても、泣いて喚けば楽になることなど幾らでもある。
胸に回された政宗の手をそっと握る。
こんな理不尽な世の中で、絶え間なく不安なことはやってくるし、悲しいことはきっと尽きない。
それでも、あなたはこうしてここに居てくれるではないですか。
「それに、私が不安に思う時にはいつも、政宗どのは」
急に幸村が口を噤んだ。
こんな夜中に、ベッドの上で、しかも政宗に身体をもたれ掛けさせていて。
いつも抱き締めてくれる、なんて口にしたら自分がこの後どうなるか。
恐る恐る政宗の顔を振り返れば、にやにや笑いながらこちらを見つめる視線とぶつかる。
「幸村は可愛いのう」
ああ、しまった。
政宗が本格的な臨戦態勢に入る前に、幸村は慌てて政宗をベッドの下に放り投げて頭から布団を被ったのだった。


「頼むからそう怒るな。お主の近くに居れぬのは儂も辛い」
ベッドの下から懇願する政宗。はっきり言って凄く格好悪い。
「ゆーきーむーらー。のう、ゆきー?」
「………………」
「…幸村、すまんかった。顔くらいは見せてくれ」
急に覇気の無くなった声に幸村がそっと布団から目だけを出してみれば。
憎たらしいまでに不遜な笑みを浮かべた政宗が、布団を握る幸村の指先にキスをした。
「!」


今日のところは、政宗の勝ち。




どうしようもない不安なこととか、寂しいこととか色々あってのらぶらぶです、って話を書きたかったんですが…。
うん、みなまでいうな。分かってる。寸止めですいませんでした!
でも起きた後愛い人が横にいるのはもう幸せだと思うのですよ、多分な。
(08/04/12)