政宗の部屋に入るなり、幸村は手に提げたコンビニの袋をがさがさと探って中から菓子を取り出した。
「はい、どうぞ」
「うむ。今年もこれか」
随分あっさりした遣り取りではあるが、今日はバレンタイン。巷では恋人達がチョコをダシに(兼続風に言えば)愛を深め合う日である。
しかし幸村が差し出したのはポッキー。チョコレート菓子に分類はされるが、バレンタイン的にはどうよ?なそれを、政宗も普通に、まるで当然のように受け取る。
「お主、いくつ貰うたのじゃ」
「五つ、あ、兄上経由で稲殿から頂いたものを入れて六つです」
幸ちゃんはいつも頑張っているからね、はいご褒美だよ。そう言ってねねから手作りの生チョコを貰った。世話になっている者にチョコを配っているのじゃ!とガラシャからは駄菓子のようなチョコの詰め合わせを。
卑弥呼には、妲己ちゃんにあげたいんや、味見してくれへん?とチョコのような物体を食べさせられた。一応、これもカウントして良いと思う。
立花は礼節を忘れぬ、とギン千代から貰ったチョコは可愛い猫を模ったもので、思わず笑みが零れた。
くのいちなんかは相変わらず、お返しは何かにゃー、などとチョコを渡す前に言ってきた。今年も彼女へのお返しには頭を悩ませることになるのだろう。去年はまるで御使い物のようなクッキーの詰め合わせをあげたら「幸村様は女心がぜんっぜん分かってないんだから!」とそのクッキーをばりぼり食べながら叱られた。女心は複雑なのよん、もっと可愛くて豪華な奴が良かったにゃーとぼやく彼女に「つまり結局値段ってことか?」と尋ねたら「ご明察!あ、あと味も大事!」と返された。
三百円程度の小さなチョコで三倍どころか十倍返しを堂々と狙うくのいちには苦笑せざるを得ない。
「今年はあのちびっこと一緒に選んでよ。あいつなら結構美味しいもの知ってるだろうし」
そんなことまで言われ、立つ瀬が無い幸村である。
「そういえば今年は逆チョコなるものがあるそうで、何故か兼続殿からも頂きました…それも入れたら七個ですね」
「…そうか、あいつ全然意味分かっとらんのじゃな。卑弥呼のは旨かったか?」
「ええと、まあ…チョコの味はしました。ただ少々固くて、歯が欠けるかと思いましたが」
折角懇切丁寧に教えてやったのにやはり適当に作ったのか。前日まで卑弥呼に付きっ切りで教えてあげたというのに、全然その効果が発揮されとらん!儂もあ奴に味見を散々させられ食べるのに難儀したわ、と政宗は他人事ながら頭を抱える。
「大丈夫ですよ。少し固いくらいで」
「歯が欠けそうなのは少しとは言わん」
「政宗どのはどのくらい頂けたのですか?」
「お主と似たようなものじゃ。勿論兼続の馬鹿からは貰っとらんがな」
そう言いながら無造作に開けたポッキーをほれ、と差し出す。
「折角ですので私は此方を頂きます」
ねねからの包みを開けてもりもりチョコを口に運ぶ幸村の反応も去年と同じ。違うのは、確か去年ねねがくれたのはチョコを練りこんだクッキーだったくらいだ。
「毎年儂にはポッキーなのじゃな」
「なんか趣向を凝らしたほうが良かったですか?政宗先輩、好きです!とか言って欲しいですか?」
「何じゃその先輩って」
「いえ、何となく。いっそ菓子じゃなくて粥にチョコを混ぜるとかの方が面白いですかねえ」
「いや、面白要素はいらん」
バレンタインに心躍るという訳ではないのだが、もう少し、例えばそう、綺麗にラッピングされたチョコでも買ってやろうかなと思わないでもない。その場所がコンビニのレジの前というところが、もう気合がまるで入っていないことがバレバレではあるが。
でもどうしてもこれを買ってしまう。
幼い頃バレンタインの意味を教えてくれたのは目の前にいるこの人だ。
「好きな奴や、日頃世話になっている者にチョコを贈るそうじゃ」そう言われながら(あんな子供だったのにもう義理チョコなんていう概念を持ち出して、それはそれで随分世知辛い世の中だと今にしてみれば思う)偶々梵天丸がおやつに持っていたポッキーを分けて貰って以来、バレンタインにはポッキーという図式が幸村にはどうしても覆せない。恐らく政宗は、もう忘れているのだろうけど。
自分の記憶が確かならば、その次の年は父に買って貰ったポッキーを持って遊びに行って、やはり二人で食べた。
まああの頃はまさかこんな関係になるとは夢にも思っていなかったのだが。
ぼんてんまるどのといっしょにたべるのです!そう言いながら菓子を片手に全力で政宗の家に走っていってから。
「もう十年です」
指折り数えたらそんな言葉がふと口をついて出た。
人生が八十年だとしたら高々八分の一。でもまだそんなに生きてない自分にとっては、人生の大半をこの人の隣で過ごしていることになる。一体いつからこの人のことを好きになったんだろう。
そんな物思いに浸ってしまう程、幸村にとって十年という歳月は途方もなく、長い。
「儂は十一年じゃ」
まさか返事が返ってくるとは思わなかった。相変わらずポッキーを齧りながら真顔で政宗が言う。
「何がですか?」
「儂がお主に惚れてからもう十一年じゃ」
「うわ、長!キモ!」
「きもいとか言うな!ていうか、そういう話ではないのか?」
だから儂はあの時菓子をやったのじゃぞ。お主もそう思うておったから毎年ポッキーを呉れるのかと思うておったのじゃが、違うのか?
政宗の記憶力を侮っていた。二人の思い出なのに、政宗がきちんと覚えていた事実が何故か悔しかったので、とりあえず空惚けてみる。
「そうでしたっけ」
「誤魔化そうとするな、馬鹿め」
覚えているなんて思わなかったのです。家の前でしゃがんで食べた菓子があんなに嬉しかったことだとか。それは確かにまだ恋ではなかったのだが、好いてはいたのだと思う。
毎年この日だけ、普段買わないポッキーをわざわざ買うくらいには。
「一本、ください」
バレンタインに政宗に一旦あげたものを自分から強請ったのは初めてだった。一瞬政宗が嬉しそうな顔をしたが、黙って箱を差し出す。
十年ぶりに口にした菓子は記憶のまま、旨いかとも、もっと食えとも言わず、注意深く此方を見る政宗が好きだなあと珍しく素直に思った。
「そういえば儂、くのいちから早速お返しの話をされたわ。あの女狐め『幸村様に選ぶくらい気合入れてねー』じゃと」
「私は兼続殿にもあげないとまずいのでしょうか?」
「…それは…実に残念なことじゃが、やらぬと五月蝿いぞ」
「そうですよね、不義不義罵られたくないですし」
「卑弥呼は首尾よく渡せたのじゃろうか」
「さあ、でもきっと大丈夫です。固いだけで味は良かったですよ、多分」
「三成は今頃、おねね様からのチョコを大事に食っておるのじゃろうな」
「なら兼続殿は今頃、大騒ぎしながらチョコを受け取っているんでしょうね」
野暮なことだとは分かっているが、ついついそんな話にならざるを得ない。だって今日はバレンタインなのだし。
「政宗どの、もう一本食べてもいいですか。来年こそは奮発しますから」
「そうか、期待せず待っとるわ」
軽い調子で笑う政宗が、本当は心の底では期待してくれればいい、そう思いながら幸村は薄く口を開けてポッキーを小さく齧ってみたのだった。
当人達にしか分からない蓄積された時間は萌えます!あいかわらずな、ぼくら。
(09/02/12)