※政宗と弁丸の話です。正確には兼続兄ちゃんと弁丸の話です。弁丸は何故か政宗に引き取られて暮らしてます。
政宗や兼続が普段何やってるのとか、弁ちゃんが幾つかだなんて私には聞かないで…!

 

 

政宗がやんごとなき理由でどうしても家を空けねばならない時はいつも、弁丸は両手にいっぱいの玩具と絵本を抱え、ついでにおやつをたくさん詰め込んだ鞄を提げて兼続の元を訪れる。
初めのうちは、あの兼続にすこぶる懐いた弁丸に誰もが驚いた。
三成や左近、二人揃ってあれやこれやと世話を焼き、時間が赦す限り日がな一日弁丸を構い倒す自分の家より、弁丸が本当に居心地が良いらしいのは直江家の方だと知った三成は、愕然とした表情を隠しもせずに「貴様に子供の面倒が見られるのか」と呟いたものだ。政宗なんかは「貴様、弁丸にどうやって取り入ったのじゃ!」と必死の形相で掴み掛かってきた(勿論、兼続の義溢れる見事な話術で煙に巻いた)。
兼続には三成達がどうやって弁丸を扱っているかが手に取るように分かる。左近があれこれ細々とした世話を引き受け、それに文句を言いながら三成が懸命に弁丸の寂しさを紛らわそうと、お相手仕っているのだろう。
 
世界で一番信頼している庇護者と離され、心細くない子供などいない。少し考えれば分かるではないか。
その寂しさは、弁丸と政宗以外の誰も埋められぬものであるのだし、年端もいかない幼い子供だって、いやそんな子供だからこそ、その寂しさを受け入れるのが良いのか、紛らわすのが良いのか、必死で考えているのだ。そんな時に周囲が挙って自分を子供扱いしたら、弁丸はもう甘えて泣くことしか出来ぬであろう。
「時々弁丸は声を張り上げて泣くので、俺はどうしたら良いか分からなくなる」そうだ、寂しがっている子供を泣かせているのは、三成、お前達の態度そのものが原因なのだ。
だが、兼続はそんなことは言わない。
時として、無条件に甘やかす大人の存在は弁丸にとって大事なものだと思うし、何より――この健気で可愛らしい子供にとって、「世界で二番目に好きなお兄ちゃん」という地位は、やはり捨て難いではないか。
 
 
 
お約束通り、まるで今生の別れのような風情の政宗と(夜には弁丸を勢い込んで迎えに来る予定であろうに)、それとは対照的に「べんまるはまさむねどのなどおらずとも、よいこにしているのです!」ときゃらきゃら笑う弁丸を見守りつつ(そして、良い子宣言をする弁丸を、言葉で少々応援もしつつ)兼続は今日一日の予定を頭の中で組み立てる。
 
当然、弁丸の面倒も見るが、それは必要最小限のこと。
兼続にいつもの悪態を吐くことすら忘れ、「儂など…儂などって言われた…」と肩を落とす政宗に「おみやげはたくさんですー!」と追い討ちを掛ける弁丸を、見せ付けるように抱き上げてやる。
 
「かねつぐどの!きょうはなにをしてあそびましょうか?!」
 
そうはしゃぐ姿を、恨めしそうに隻眼で睨み付けると(睨んだのは弁丸に、ではなく、当然今現在の弁丸の関心を一身に集めている兼続に、だ)政宗の姿は通りの向こうに消えた。
 
「ふむ。今日は私は書を嗜もうと思っている。弁丸も絵本を読んだら如何かな?」
「はい!べんまるはたくさんたくさん、ごほんをもってまいりました!」
 
そう言うと小さな掌から幾つかの玩具を零しながら、兼続の前に数冊の絵本を並べてみせる。
「ほらほら、玩具が落ちましたよ」「そんなもの貴様が拾ってやれ、左近。…では本は俺が読んでやろう」多分石田家ではそういった会話がなされるのであろうが、兼続は「なかなか良い本だな」と至極真面目な顔で言うだけだ。
 
「いずみがもりは!からすの!まちでした!」
たどたどしい弁丸の朗読を聴きながら、兼続も黙って自分の本を開く。
その姿を横目で見ながら、弁丸が兼続の真似をして姿勢を正した。それに小さく笑みを返し、兼続は満足そうに頁を捲る。真似をすることが幼い子供にとって好意の示し方の一つであることを、兼続は覚えている。
 
 
 
自分でも難なく作れそうな簡単なメニューの昼食を摂り(兼続はきちんと弁丸に手伝わせる。三成達のように、弁丸の大好きな牛乳をコップに注いでやることすら手を出すなどという野暮なことはしない)手を繋いで散歩をする。帰宅して、弁丸の持参したおやつを一緒に食べる。
兼続の洗ったコップを拭いていた弁丸が小さく欠伸をしたので、兼続は布団を敷き昼寝を勧めた。枕元で義と愛を語っていた兼続に、弁丸が首を傾げる。
 
「ぎとあいは、どちらがだいじなのですか?」
「良い質問だな、弁丸。義は大事なものを守りたいという気持ち、そして愛は大事なものを大事だと思う気持ち。その二つは切っても切り離せぬものなのだ」
「きりはなせぬ?」
「そう、大事なものが分からなかったら守ることも出来ぬだろう?弁丸には大事なものはあるかな?」
「…ありまする」
 
掛け布団を引っ張りあげながらこっそり笑う弁丸の頭を撫でてやる。あの不義の山犬にしては上出来過ぎる程、この子を良い子に育ててくれた。
弁丸の頭の中には、ブロックや絵本や野良猫や、或いは政宗や三成や左近や、そして自惚れかもしれぬが自分の姿が描き出されているに違いない。
 
大事なものを数え上げ、それを面映く思い出しながらも笑みを浮かべられることこそ、必要なことなのだ。
いつか、その大事なものが膨れ上がって、自分の手では到底足りぬと思い悩むことも、その大事なものが裏切るかもしれぬと恐れを抱くことも――そんなことはずっと先の話で良いのだけど――免れ得ぬことであろう。だが、かつて自分が確かにそれを大切に思っていた事実は、彼の中でずっと消えぬ。
それがそっと、春先にひっそり振る雪のように人知れず積もって、やがて弁丸の礎になれば良い。
 
寝息を立て始めた弁丸の柔らかい髪をもう一度撫でると、兼続は枕元の絵本を手に取った。
 
三成が弁丸の誕生日に贈ったその本は、ところどころ擦り切れ落書きだらけではあったが、弁丸のほこほこと暖かい体温がまだ仄かに残っているようだった。
ひとりぼっちで寂しいと嘆く仔兎のイラストの周りには、弁丸が懸命に描いたのであろう、拙い動物達の姿が所狭しと並んでいる。「まだまだ子を持つのには私は早いと思うのだが」弁丸は良い子じゃ、優しい子じゃと自慢して回る政宗の親馬鹿さに同調したくもなるのだ。そうだな、政宗。義だの、愛だの、そんな言葉を知らぬ筈の弁丸は、いつの間にか兼続よりずっと正確に、それをすっかり体得してしまった。
 
 
 
不本意じゃが今日は遅くなる、真夜中になるやもしれぬが弁丸は迎えに来るからそのつもりでおれ。苦虫を噛み潰したような顔で政宗が言っていた。
普段であれば夕方には政宗に連れられて帰る弁丸ではあるが、今日は二人分の夕飯も用意しなければならぬ。午睡から覚めた弁丸を連れて兼続は買い物に出掛けた。
 
「きょうのごはんは、なんですか?」
「ハンバーグにしようと思っているのだが、実は私も作るのは初めてだ!」
「はんばーぐをこねるのは、べんまるのやくめです!」
「ほう、ハンバーグは捏ねるのか」
 
実は兼続は料理が得意ではない。簡単な食事であれば労せず作るくらいの腕はある、それなりに栄養価も考えてはいるし、好き嫌いだってない兼続だが、わざわざ自分の為にハンバーグを作ることなど、まずしない。
料理の本から写し出した材料を走り書いたメモを握り締める兼続を、弁丸が物珍しそうに見ている。
 
「玉葱は一つで充分なのだが…むう、わざわざ四つもネットに入れて売るとは」
「あしたつかえばよいのではないですか?」
「成程、弁丸は頭が良いな!ではこれをカゴに入れるとするか!」
「べんまるがかごにいれます!」
 
そんな調子だったので「合挽き肉200グラム」というメモに忠実であろうとした兼続は、陳列棚に頭を半分突っ込んでその分量に限りなく近い肉のパックを探すことになったし(義の名の下に商品は元の通り綺麗に直した)、この日の為に買ったばかりの兼続の料理の本には、弁丸の掌にこびりついた肉の油がこれでもかという程付着した。欲張って大きく作り過ぎたハンバーグは、引っ繰り返す途中で兼続が真っ二つに割ってしまった。
 
「まさむねどのはこのまえ、ふらいぱんいっぱいのおおきさのはんばーぐをつくったのです」
 
形の崩れたハンバーグを口に運びながら、弁丸は誇らしげにそう告げる。
 
「そうか、山犬は料理の腕を無駄に発揮しているな!」
「はい!まさむねどのはときどき、こどもみたいなことをしてよろこんでいるのです!」
 
大人顔負けのしたり顔でそう言う弁丸に、兼続は苦笑せざるを得ない。政宗がこれを耳にしたら「誰の為に作ったと思うておるのじゃ」とか何とか文句を言いながらも、あの人の悪そうな笑みを浮かべるに違いない。
弁丸は大事なものを愛する方法をもう知っている。
いや、もしかしたら自分だってこれくらいの年には既に知っていたかもしれない。上手く味付けできなかったハンバーグを咀嚼しながら兼続は思う。信頼と敬意をひっくるめて見くびることがどれだけ愛情を甘く味わわせるか、そんなことは疾うの昔に知っていた気がするのだ。
 
「弁丸は山犬のことが大好きなのだな」
 
くすぐったそうに笑うこの子を見たら、政宗はどれだけ舞い上がるだろうかと思ったが、この弁丸の反応は目の前にいる自分への信頼を素直に出したものに他ならない。そう考えて兼続は、黙っていようと心に決めた。
それが年長者に対する憧憬なのか、家族のような同居人への思慕なのか、時を経ればもしかしたらもう少し生々しい好意に形を変えてしまうものなのだとしても、単純な幼い愛情が拙いだけだという理はない。
 
 
 
夕飯の片付けを手伝い終えた弁丸は、窓際にしゃがんで黙って外を見詰める。
共にすることは一緒に、自分のことは自分で。そう言って食事の支度の手伝いも、玩具の片付けも弁丸にさせる兼続が、唯一この時ばかりは弁丸の為に暖かいミルクを用意して傍らに置いてやる。
早く迎えに来てくれという淡い願いが渇望になり、やがて迎え人の無事を真摯に祈るようになるまでの長い長い時間。大人にだって手に余る膨大なそれを、一人で抱え込もうとしている弁丸に、少しばかりのご褒美をあげたって良いではないか。
 
先に休んだらどうかな、目が覚めれば家の布団だぞ。そう提案しようと思ったが、結局兼続は口を閉ざした。
夢の中で政宗を出迎えることと、眠い目を擦りながら帰りを待つこと、どちらが良いのかは弁丸にしか分からない。
やがて暗闇を見詰め続けていた弁丸がかくかくと舟を漕ぎ出し、兼続がそっと毛布を掛けた頃、無遠慮な呼び鈴が家の中に響いた。
 
「思ったより早かったではないか」
「弁丸が待っておるのに、ちんたら帰ってこれるか」
 
息せき切って駆け込んできた政宗に、静かにしろと命じると意外なほど大人しく頷いた。「もう寝たか?」それには答えず目だけで窓際を指す。
駆け寄った政宗が、目を擦りながら顔を上げた弁丸を毛布ごと抱え上げた。
 
「まさむねどの、おかえりなさい」
「ああ、今帰ったぞ弁丸」
 
やはり自分なんかがわざわざ伝えなくても、政宗は弁丸の思いを知っているのかもしれない。それは勿論弁丸も。親子でも兄弟でもないこの奇妙な関係は、それでもこうやって愛情を築きながら続いていくのだ。そしてこの、微笑ましいと言うには余りに懐かし過ぎる感情に真剣に応えようとすることこそ、義というのではなかったか。
政宗の首に回される小さな、安心しきった掌を見て、兼続は、忙しさにかまけてすっかり足が遠くなってしまった実家に帰る計画を、楽しそうに頭の中で練り始めた。

 

 

 

書いた本人が一番恥ずかしいほどハートフル!(私にとっては)
無条件に甘えさせてくれる三成や左近と、ただ見守ってくれる兼続と、同じ立場に立って見くびらせてくれる政宗。
本当は兼続は、このくらい格好良くていい人だと信じてます。いつもうざいけど、どっちも私の中では繋がってるつもり。
そして、そんなお兄ちゃんたちは弁丸にとってすこぶる大事なもので、多分、彼はそうやって育ったと思うのですよ!
耐え切れなくて時折政弁風味になりましたが、まだ。まだですよ!(何がだ)
 
あ、弁丸が読んでた本は、あの名作の絵本です。カラスがパンを焼くのに奮戦する話です。
(09/03/17)

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