※ギャグだったのに、途中からえらく三ねねになったんですが、それでも宜しければ。まじすいません。

 

 

 

「さて、いよいよ最後の種目の前に点数を発表しよう!一位、山犬さんチーム!総合得点は六十四点!そして注目の最下位は狐さんチーム!何と十二点!不甲斐無い!」
 
分かっていた。分かっていたからわざわざ言うな、兼続。明日からの俺の所領は一体どうなるのだ。
いくら最後の種目だろうが何だろうが、勝ち目など全く見えぬ。
何だかんだで足が一番速いのは政宗だし、幸村のあの勘の良さと反射神経は半端じゃない。そう、運動神経なんて所詮、身体を動かす勘と要領の良さなのだ。どすどす走る左近と、運動神経が極端に悪い訳ではないのに、例えば障害物競走なんかでは、律儀に障害物に四苦八苦してしまう俺とでは、所詮どうすることも出来なかったのだ。
ああ、折角秀吉様が俺を見込んで授けてくださった佐和山十九万石だったのに。
 
「最終種目はお約束の借り物競争だ!一着には何と、百万点を進呈しよう!」
「…最後にどんでん返しの為の高得点は分かるが、幾らなんでも百万点は多過ぎじゃぞ。百点くらいで良いじゃろうが」
 
甘いな。
余裕を見せる政宗に、俺はこっそり毒づきながら、よし!と心の中で小さくガッツポーズをした。
 
あの兼続が考える借り物競争だぞ。間違っても「眼鏡」とか「ボール」とか「好きな子」とか、そういうお題ではない。もうこれは凄い無理難題、例えば「義」とか「火鼠の皮衣」とか「愛」とかが書かれているに違いなのだよ。
足の速さなど然して問題にはならぬ。運と、兼続のあしらい方がモノを言うのだ。
そして俺は、運は悪い方かもしれぬが、不本意ながら奴の一番の友人だ。兼続のあしらい方なら、この中の誰よりそこそこ心得ている筈。単純に走るだけの競技より、借り物競争の方が勝機は充分にある。
 
スタートの合図の後、案の定真っ先に札を掴んだ政宗が、お題を読み上げ、早速その場に立ち竦んだ。ほうら、見ろ、きっと凄い無理難題だったに違いない。
 
「政宗どの、何と書いてあったのですか?」
「………目玉…」
「は?」
 
「目玉じゃと!ば兼続め!絶対わざとじゃろう!そんなもの一体誰から借りてこられるというのじゃ!というか貸し借り出来るものなら、誰ぞから借りパクして儂の目玉は今頃しっかり二つ、揃うておるわ!」
「あ、でも小十郎殿とか持ってませんかねえ。昔、政宗どのの目玉を切り落としたのは小十郎殿なんでしょう?」
「そんなもの、そのまま生ごみの日に出してしもうたわ!」
「目玉は生ごみか…」
 
所領とプライドを懸けた競技にそれどころではないと思いつつ、ついうっかり口を出してしまう。が、激昂した政宗と目玉の行方を本気で案じる幸村の耳には届かない。
 
「なんで捨ててしまったんですか!食玩とかはあんなに色々取ってあるのに!部屋が狭くなるから捨てろと言ったって捨てない癖に!」
「な!だって仕様がないじゃろうて!目玉など後生大事に取っておいて一体どうしろっちゅーのじゃ!」
 
「あのー…」
 
途端に始まった痴話喧嘩に左近が恐る恐る口を開く。
 
「何だ左近」
「俺の札にですね、変なことが書いてあるんですが」
「そんなもの予想済みだ。なにせ一つは目玉だったのだからな。で、何と書いてあったのだ。義か、愛か?」
「…それが、天下、と」
 
皆の動きが一瞬止まる。天下、天下だと。そんなものどうやったら借りられるのだ、いや問題は。
 
「ほう、左近。貴様いい度胸だな。秀吉様から天下を簒奪することでも考えているのか?」
「ちょ、殿!そんなこと考えたこともありませんよ!借り物競争でこんなこと書く方がおかしいでしょ!」
 
俺が鉄扇を取り出し左近の不埒な野望を打ち据えている間に、我に返った幸村が札を拾った。
なんせ五万石の賞品だ。案外現金なところがある幸村は、まだ落ち込みつつも怒鳴っている政宗を無視しても、良心の呵責などちっとも感じないらしい。
 
「あ、私の普通です。みみかき、って書いてあります」
「何じゃ!そんな当たり札があるのか!義の耳かきとかではなくてか!」
「もう政宗どのなど当てになりませぬ!私が耳かきをどなたかから借りて参ります!」
 
何で儂、幼少時のトラウマを弄ばれた挙句(トラウマと申告するほど貴様は気にしてはおらぬだろう、と俺は少しだけ思った)、幸村にあんな言い草を受けねばならぬのじゃ。
そう不貞腐れる政宗を尻目に札を拾った俺は、政宗以上に盛大に固まった。
 
『好きな子』
 
すきなこ?好きな、子、だと?
ええと、それは俺が好意を抱いている者、という意味で良いのか。借り物競争的には余りに普通のお題に、俺はその場で立ち竦む。
つか、こういうのは幸村か政宗が引くのが定石だろう?そのまま二人、手に手を取ってゴールを目指し、「で、何と書いてあったのじゃ幸村?」「駄目です、政宗どのにはお見せ出来ません!」とか何とか、やっていれば良いではないか。
なのに何故俺がよりにもよってこんな札を引かねばならぬのだ。
 
そう思いながらも意外に正直者の俺の視線は、応援席で呑気に「皆、ガンバってね!」と手を振るおねね様に釘付けだ。
 
どさくさまぎれにおねね様の手を取って走ったら。いや、それは不敬というものか?どうせ報われぬのだ、こんなお遊びに付き合って貰うくらいだったらいいのではないか?彼女にさえ札を見せなければ、或いは見られたとしても言い包めれば。いっそ「俺の好きな子は貴女ですよ、知らなかったんですか」とか言ってしまう良い機会ではないか、待て、それは幾らなんでも不味い、夢を見過ぎだ。落ち着け、俺!
 
「うわ、ちょっと殿には酷なお題ですなあ」
「じゃが目的のものがあんなに近くに居るのに、みすみす見逃すつもりか?」
「ここでおねね様に駆け寄って、打ち明けるなり言い包めるなり出来るような殿じゃないんでね」
「情けないのう。ならばその辺を歩いとる奴を適当に引っ張ってくれば良いではないか。あ、幸村は駄目じゃぞ。儂のじゃ」
「それはさておき、そんなこと出来る人なら、そもそもこんな実のない横恋慕、してませんって」
「それもそうじゃな、左近。で、貴様の天下はどうするのじゃ?」
「諦めましたよ。というか天下なんて借りてこられないんでね」
「儂も諦めたわ。あー早う幸村来ぬかのう」
 
俺の札を覗き込んで好き勝手な二人の言い分も、勿論俺のぐらぐら揺れる心中も知らないで、おねね様は呑気に声援を送りながら、小腹が空いたのかお手製の稲荷寿司など頬張っている。
 
「何やってるの、三成!何だか知らないけど早く借りてこないと、幸ちゃんが戻ってきちゃうよ!」
 
優勝出来たらあたしが作ったお稲荷さん、お腹いっぱい食べさせてあげるからねー、あたしに出来ることがあったら言うんだよ!ひらひら手を振るおねね様を、半ば泣きそうになりながら、でも目が離せない自分が、痛々しくて憎い。
 
「あーあ、罪なお方だね」
「何だか儂、幸村と付き合う前とか思い出して、もらい泣きしそうじゃて」
 
 
 
くどいようだが、負けたら一人五万石だ。
兼続への報酬はさておき(何故俺が奴にそんなものを渡さねばならん)ここまで懸命にのし上がったというのに、こんな馬鹿げた運動会で何もかもをおじゃんになどしたくはない。
いや、仮に負けても、天下の仕置きをなさっている秀吉様の許可など取っていないだろうから、そんなものは後から幾らでも反故に出来るのだ。でもやっぱり、主が信じて託してくれたものくらいは、自分の手で守りたいだろう?ついでに自分が大事に思っている人だって守りたいだろう?
本当はついでなんかじゃないけど。
だから間違っても好きだなんて、おくびにも出せないのだけど、手を引いて走るくらいなら――もしかしたら許されるのではないか?
 
「殿ってば、本当に今行かないと負けちゃいますよ」
 
負ければお前も二万石から二石だぞ、そういえば今更だがそれを話すのをすっかり忘れていた。
事の真相を知らぬ左近は、如何にも他人事のように言いながら、でも俺の背中を遠慮がちにそっと押す。
 
「儂はその気持ち、よう分かるぞ、三成!こんな座興じゃ、後で言い訳など何とでもなる!いざとなったら白装束も金の十字架も貸してやる!手を繋ぐくらい、儂が許したるわ!」
 
人の心を読むな。あと、貴様の許しなど、いらん。
そもそも金の十字架など、そんな恥ずかしいもの背負えるか。
 
だが俺に食って掛かる政宗は、自分のチームのことも忘れたように真剣だ。
これはこれで何と言う裏切りだとも思ったが、きっと耳かきを探して走り回っている幸村のことだって、こいつは真剣に応援しているのだろう。そして幸村も「折角私が頑張っておりましたのに」とは脹れてみせながら、仕様がない方ですね、と笑って許すに違いないのだ。糞、俺も大概動揺しておかしくなっているのだ、お前らが羨ましいだなんて。なあ、どうしたらそんな風になれる?そんなことを尋ねたくて仕様がないなんて。
 
「お前も幸村に振られ続けていた時は辛かったか?」
「…一応言うておくが、儂は一遍も振られてなどおらぬぞ」
 
お前「も」と至極正直に口に出してしまったことに政宗は一瞬、目を見張り、けど、すぐに素知らぬ顔で俺からもおねね様からも目を逸らし、幸村が走っていった方向を見遣った。儂と貴様では、立場が違い過ぎるわ。そう呟きながら。
でも政宗が、出会ったばかりの幸村に付き纏い、はっきり振られこそしなかったものの、散々かわされていたのを、俺はずっと見てきたのだ。無様だとも思ったけど、少しだけ同情した。辛いだろうな、と思ったのだ、けど俺だって。畜生。
 
「それでも聞きたいと言うなら、ゴールしてから教えてやるわ」
 
珍しく普通に小さく笑む政宗に背を向けると、俺は駆け出した。
おねね様!そう叫ぶと小首を傾げて、何だい?と尋ねながらもすぐさま立ち上がる。こういうところが、好きだと思う。
 
「すみませんが、俺と走ってくれますか?」
 
多分、声が裏返っていたと思う。本当は手を差し出しながら言いたかったのに、彼女の手は取れなかった。
「ええい!何やっとるのじゃ!」「まあまあ、政宗さん。殿も頑張ってるんでね」そうだ、これでも俺にしては上出来なのだよ。視界の端に幸村の姿が見えた気がした。
 
「三成の為なら、あたし、ガンバるよ!」
 
兼続にあれだけ走らされたから、腿は痛いし膝は悲鳴を上げている。借り物である筈のおねね様が、自分の先を走ってゴールに向かっているのもおかしな話。でもそれが心底嬉しかったのだ。
俺の為に全力で走るおねね様。
そういえばまだ幼かった俺は、この人が自分達の為に家中を文字通り走り回っているのをずっと見ていたのだった。嬉しいのなんて、当たり前じゃないか。
 
「さて、一着は三成だが…なんと!借り物はおねね様ということか!」
 
今日初めてゴールのテープを切り、へろへろの俺が差し出した更にへろへろの札を兼続が受け取る。「おっと好きな子とはおねね様のことかな!このおませさんめ!」とか何とか騒ぎ出すかと思って身構えたが、兼続は大きく二、三度頷いただけだった。
代わりにまだまだ元気なおねね様が、這い蹲っている俺を押しのけて兼続の手元を見遣る。
 
「あら、こんなお題だったのかい」
 
「三成は本当におねね様を慕っているのだな!これぞ義!おねね様、この直江山城、三成の友として改めて三成のことをよろしくお願い致す所存にて!」
 
わざとなのか、それとも本当は全く分かっていないのか。真実など知りたくはないか、地べたに足を投げ出して座る俺の頭に手を置きながら、兼続がそう叫ぶ。
 
小さく頷く俺と、普段以上に偉そうな兼続を見比べて、おねね様が声を上げて笑った。
 
 
 
 
 
「皆よくガンバったね!えらかった子達には、ご褒美だよ!」
 
おねね様が開けた重箱には、予告通り、ぎっしり稲荷寿司が詰まっていた。(いや、おかずも普通にあったが、あのぎっしり感は凄かった)
 
運動会といえばお稲荷さんだよ!おねね様が俺の鼻先にぐいぐい重箱を押し付けてくる。優勝したらお腹いっぱい食べさせてあげるっていったでしょ?
そういえば百万飛んで十二点で優勝したのだったな。俺は黙って箸を取る。
 
「全くおねね様の稲荷寿司は絶品ですな!そうは思わぬか、三成!」
 
もしかしたら、これは恋ではないのかもしれない。
唯のお遊びなのにあらゆることで雁字搦めになって、左近と政宗に背中を押されてようやく懸け付けることが出来るなんて、しかも間違っても手なんか取れぬまま、兼続のフォローに(だと思うが、正直自信はない)ほっとしているなんて、恋ではないのかもしれない。けど。
 
「稲荷寿司だけではないぞ。俺はおねね様の料理が、好きだ、と思う」
 
自分でも自信がないし、我を忘れて突っ走ることも出来ぬから、多分一生伝えられない。伝えられないまま風化して凝り固まった奇妙な憧れだけがいずれ残るのだろうとも思っている。そしてそれを満更でもないと思ってしまう辺りも。
でもこのくらいだったら罰は当たらぬだろう。
 
好き、という言葉を遣ったのは、初めてだった。
 
「嬉しいよ、三成」
 
素早く作られたいつもの笑顔ではなく、じんわり、何だか泣きそうな顔でおねね様が微笑んでそう言う。「でも、柿とか、俺の嫌いなものを無理矢理口に押し込めるのはやめてください」思わず慌ててそう言ってしまったのは許して欲しい。
滅多にお目にかかれないそんな顔をきちんと受け止めるのは、俺の役目ではない。それだけは知っているので。
 
「好き嫌いは駄目だよねえ、兼続」
「そうですな!不義!汗水垂らして田畑を耕してくれる民に失礼だとは思わぬか、三成!私は好き嫌いなどないぞ!ただ椎茸はいかん!なあ、左近!」
「いえ、俺は好き嫌い、ないんでね」
「何言ってんの!何でも食べなきゃ駄目じゃない!」
「如何におねね様といえど、これだけは譲れませぬ!椎茸は菌類!菌といえば不義の香りが致します!」
「じゃあ、松茸もシメジも食べないんだね?好き嫌いがない、なんて嘘をいう子はお説教だよ!左近はいい子なのに、見習いなさい!」
「俺までいい子呼ばわりですかい」
 
いつもの顔に戻って兼続をなじるおねね様(さすがだと俺は思った)に聞こえないように、政宗が耳打ちする。「もう聞かずとも良いじゃろう?」
一瞬眉を顰めたが、さっきの話か、俺は口に稲荷寿司を運びながら頷いた。
 
辛いとか辛くないとか、そんな簡単な話ではなかったのだな。誰と一緒にいたって、苛々したり時折辛くなったり、まあ偶に嬉しかったりするのだ。それは例えば左近とだって。
つまりは、そういうことだろう?
 
辛いのは、本当だ。辛くて辛くてなんて可哀想な俺。格好悪くともそうやって自分に思い切り同情してやった後、それでもおねね様の顔を見て笑えれば良い、そういうことだ。
 
「さっき政宗どのからお聞きしました。言ってくだされば私だって、ゆっくり戻って参りましたのに」
何処まで聞いたかは知らんが、無茶を言うな、幸村。俺が札を引く前にお前は飛び出していっただろう。しかも割と本気だっただろう。
あの最後の追い上げ、俺は忘れんぞ。
 
「好きになった方が負けとか言いますけど。でも負けるのも結構悪くないですよね?」
 
散々政宗を待たせた幸村を思い出し、噴出しかけたが、もうきっと幸村は、本当はこの気分を知っているのだ、そう思った。
 
 
 
 
 
「ところで私の五万石はどうなったのかな?三成!」
「待て兼続、俺はその話を呑んだ覚えはない」
「ん?五万石って何だい?」 
 
あの時は頭に血が上っていたが、冷静に考えれば運動会如きに所領を懸けるなど不義だ。不義というか、普通に有り得ない。あの、おねね様、それはもう関係ない話で。
手を振る俺を押しのけて兼続が解説し出す。ああ、俺は知らんぞ!
 
「運動会の優勝賞品五万石は、三成と左近のものだな!つまり佐和山はほぼ今まで通りというところか!しかし運動会を企画・運営した私の報酬五万石をお忘れではないかな?!」
「だから何故それを俺が貴様にくれてやる必要があるのだ!」
 
大体貴様、山城杯とかほざいていただろう。ならば賞品は貴様が出すのが筋ではないか?
 
「え?どういうことですか、殿」
「つまり!自分とこの五万石を懸けて皆で遊んだんだね?勝手にそういうことしてもいいと思っているのかい?」
 
これは本格的に不味い。
阿呆面下げている左近は、全く状況が飲み込めていないようだが、腰に手をやって颯爽と立ち上がったおねね様の姿に見覚えのある俺と幸村は、既に及び腰だ。
 
「皆、お説教だよ!そこに座りなさい!」
 
私はもう座っておりますぞ!全くそんないらんことを兼続が叫んだ所為で、おねね様は益々絶好調だ。
恋でも、恋じゃなくても、辛いだけだなんて一言にはとても言えぬのだけど。
 
「これだけは、辛いな」
 
五人並んで正座させられながらぼそりと呟いた俺に、幸村と政宗が揃って噴出したものだから、おねね様のお説教は暫く止まる気配がない。

 

 

ごめん、今頭の中が凄い三ねねブームなんだ…。
三成と政宗は何だか普通に仲良し、というのがものっそ好きなんだ!
(09/09/26)