※遠呂智Zって、こういう話だと思ってました。
勢力も何もかも滅茶苦茶です。笑って許せる方のみ、どうぞ(今回はまじで切実)。
いくら乱世と謳われる世界であろうが、魔王・遠呂智が作り上げた世界だろうが、その只中で人々は存外平和に、かつ呑気に暮らしているものである。
深夜だというのに煌々と灯りを灯しながら古志城の一室で蹲っていた男が俄かに立ち上がり、叫ぶ。
「よし!完成じゃ!我ながら惚れ惚れするような出来よ!」
格好良いとはこういうことじゃて!
何やら布切れを握り締めながらにんまりと笑みを作った男、言うまでもない、奥州にその人ありと恐れられ、独眼竜の異名を持つ伊達政宗である。ま、奥州とか何とか、遠呂智の世界では全く関係ないが。
「うっかり敵味方に別れ、会うことも侭ならんと思うておったが…これならいける!大丈夫じゃ!」
儂天才!そんな叫びは「ちょっと政宗さん!今何時だと思ってるのよ!さっさと寝なさいよ!」という軍師気取りの女の叱責に掻き消されたのであるが。
政宗は然して気にするでもなく、「貴様こそさっさと眠らんと明日の化粧乗りは最悪じゃぞ」と至極上機嫌な声音で返事をすると(当然、逆撫でされた妲己のヒステリックな叫びと、それを何とか宥めようとする鉄鼠の声が暫く古志城内に響き続けることになったのは言うまでもない)相好を崩したまま、夜具に身を包んだ。
この世界に連れてこられて以来、碌に会話を交わすことも出来なくなってしまった愛しい者の面差しを思い浮かべながら。
さて、幾ら武将と言えど年中戦をしている訳ではないし、宰相と言えど四六時中後ろ暗い、もとい、義に基づいた謀に精を出している訳ではない。
暇を持て余した兼続が「民の暮らしを間近に見ることも義の行いの一つだ!」とか何とか、尤もらしい言い分と共に三成と幸村を城下に連れ出した時に、事件は起こった。
「あ、あれ?お金…」
「どうしたのだ、幸村」
仕える側としては天下人として君臨していた主の方が遣り甲斐はあったが、織田の一武将に戻り楽しそうに日々を過ごす主を見るのも悪くない、何より俺自身の仕事が格段に少なくなった。そんな愚痴とも、遠呂智への奇妙な感謝とも取れる会話を楽しみながらのんびりと茶屋で団子などを食べ、さてそろそろ、そう立ち上がった時、幸村は事もあろうに財布を忘れてきたことに気付いた。
「金がないのか?」
「はい、あの、恥ずかしながら財布を忘れてきてしまったようで…三成殿、申し訳ありませぬが、立て替えておいては頂けないでしょうか」
「無論そうしてやりたいのは山々だが…こいつの所為で俺もな…」
三成が指差す先には、我関せずと未だもちゃもちゃと美味しそうに団子を口に運ぶ兼続の姿。
「ん?私の噂かな?人を指差すのは不義だぞ!それはそれとして、天も嘉する高潔な義士であるところの私は、ご存知の通り、金などという不浄なもの持ち歩かん主義でな!ということで馳走になった、三成!」
「兼続が阿呆の如く団子を食らった所為で、俺も手持ちもすっからかんだ」
「そう…ですか…」
「はっはっは!天下の上杉の宰相であるこの私に治部少殿、そして軍略で鳴らした真田の次男坊、揃いも揃って団子の代金も払えぬとは!これは面白い!」
「笑い事ではないぞ、兼続。仕様がない、店の者に事情を話して後で…」
それしかないですよね。財布を忘れたと正直に申し出れば、店の者とてそう無体は言うまいが、こういったことを打ち明けるのに躊躇せぬ人間などいない。
幸村が溜息混じりに店の主人の許に歩み寄ったその時。
「待て!その必要などないわ、幸村!」
突如そんな声と共に降り注ぐ陽が一瞬翳ったかと思うと、太陽を背にした大きな黒い塊が実に華麗に、文字通りくるくると舞い降りた。
「むぐっ!義か、不義か?!」
「何者だ!遠呂智の手の者か?!」
闖入者に義か不義かを問おうとしたものの、札の代わりに串を握り締め団子を頬張っている兼続とは対照的に、素早く槍を取り出した幸村が、三成と兼続を守るように立ちはだかる。
とても人間業とは思えない空中での宙返りを数回決めた男は、軽やかな音と共に地面に着地し、僅かに立ち込めた砂煙の中、悠然と立ち上がった。
長閑な町並みに少し浮いたようにも見える、緑と黒、そして金を基調にした具足に、口許には不敵な笑み。
何だ、政宗ではないか。
今となっては政宗とて遠呂智軍の主力である筈なのだが、命と、ついでに団子の危機ではないなと一気に興味を失いそうになった三成。
こいつが幸村に惚れているのは百も承知で、幸村も政宗に仄かな好意を抱いているのは、周知の事実なのだ。何処をどう勘違いしているのか、自分達の想いは他人どころか相手にもばれていないと思っているのだが。
短気な三成はそんな二人のもどかしさに苛々しながらも、正直ほっとする。この世界に飛ばされてからずっと会うことすら出来なかった二人だが、やっと政宗が重い腰を上げて会いに来たのか、精々、頑張れ。
そこまで考えた三成は、そこに奇妙なものを見つけて思わず眉を顰めた。
三日月をあしらった特徴的な前立――だった筈の政宗の兜には、何やらアルファベットのZを模ったような何かが無理矢理貼り付けられている。ついでに眼帯にも同じ文字、ひらりと翻るマントの刺繍はいつもの派手派手しい竜ではなく、前立と同じマークにすり変えられていた(因みに、政宗が自ら縫った。が三成には知る由もない)。
何の真似だ、これは。遠呂智軍では今そんなものが流行っているのか?余り格好良くは見えんぞ。
そんな三成の心の裡を無視するように政宗は、幸村に向かって歩を進めると、槍を構えたまま呆気にとられている幸村の手を取り、こう言った。
「金なら此処にある!遠慮せずにこれを使え、幸村」
政宗の嬉々とした叫び声に不覚にも再び唖然としてしまった三成だったが、握らされた金を慌てて押し戻そうとした幸村の台詞に、今度は見事にすっ転んだ。
「いえ、そんな、見ず知らずの方にお金を借りるなど!」
ちょ、待て!見ず知らずなどではないぞ!何処からどう見てもそれは政宗で…。
だが槍を収めわたわたと手を振る幸村がふざけているようには見えない。
「良いから取っておけ。お主が美味い団子を食う手助けが出来れば儂も嬉しいのじゃ、な?」
この状況下において金を借りられたのは単純に助かるのだが、何だこの小芝居は。三成は、兼続が立てる、むちむちと団子を咀嚼する音の中、余りのことに頭を抱える。
いやしかし、そうは申されましても、と尚も困惑する幸村の手を大層愛おしげに取ると、政宗はそっと再び金を握らせた。
「しかし何故見ず知らずの方が私如きに団子代など?」
「そうじゃな、お主がまた団子を食べる時、儂のことを少しでも思い出してくれれば嬉しい。理由などそれで充分であろう?」
目の前で繰り広げられるとんでもない光景に、可哀想に三成は遂に顔を覆ってしまった。
茶屋の前、往来のど真ん中で手を取り見詰め合う大の男二人。台詞だけ聞けば、政宗が何だか格好つけたことを言わんとしているのは分かるのだが、それにしても状況が寒い。
違うのだ!こいつら金の貸し借りしてるだけで!三成にもう少し分別がなかったら、遠巻きに、だがどよめきながら二人を眺める民相手にそう叫んでいたに違いない。
ああ、そう、これはきっと何かの間違いだ。すんげえ世間の注目を集めていることだとか、勿論、幸村が当惑した、だが何処か熱に浮かれされたような顔で、頬まで染めて政宗(で、良いんだよなと三成は少しだけ自問して、そんな自分が嫌になりかけた)に大人しく手を握られている事だって。
「では幸村、また会おうぞ。それまで息災で居れよ」
「あの!せめてお名前を!」
だからそいつは政宗だと何度も言っておろうが!三成のそんな叫びは綺麗さっぱり黙殺された。
「名乗るほどの者ではないが――そうじゃな、仮に遠呂智Zとでも呼ぶが良い!幸村を守る為、天より舞い降りた竜の化身、遠呂智Zじゃ!」
あ、ほら、自分で竜とか言ってしまっているではないか!良く聞け、幸村!竜といえば誰かを思い出さないか?!
だがやはり三成の声など幸村には届かぬまま。胸の前で両手を組み、何だかきらきたした眸で政宗を見詰めているだけだ。
「あ、お待ちください、遠呂智ぜっと様!」
「さらばじゃ!儂はいつでもお主を見守っておるぞ!」
それから、出掛ける前には必ず財布を確認するようにな!
ぴしり人差し指を突き出しながら、あたかも決め台詞を口にするかのように会心の笑みでそう叫んだ政宗は、幸村の目一杯伸ばされた腕から逃れるように、登場時と同じく無駄に空中で回転しながら(チャージ1みたいなものだ)人ごみの中に消えて行った。
後には行き場のなくなった手を切なげに握り締める幸村と。
「おお!遠呂智Z殿!今時珍しい義士であったな!私もあの者に負けぬよう、義の精進を続けていかねば!」
幸村と同じくらい節穴な目を持つ兼続が残されたのみ。
ともあれ、これが幸村と遠呂智Zの出会い、そして長い長い二人の物語のはじまりであった。
まずは、謝ります。ごめんなさい。そして続きます。重ねてごめんなさい。皆阿呆です。返す返すもごめんなさい。
ベタベタな少女漫画テイストなダテサナを目指そうと思います。知っているかと思いますが、私は病気です。
(09/10/22)