休日の午前九時。伊達家の呼び鈴がけたたましく鳴った。
春眠暁を覚えず、という言葉がそろそろ季節外れになっては来たが、さりとて布団の中が心地良いのはどんな季節も変わらない。
昨夜は幸村がお泊りで少し(どころではないが)夜更かしをし、自分の脇で幸村がもこもこ寝ているのを夢うつつに抱いたりしながら至福の時を過ごしていた政宗である。
「!」
それが休日のこんな朝っぱらから迷惑極まりない呼び鈴で叩き起こされたのだ。
「だ、誰じゃ!」
それも只の呼び鈴ではない。正確に秒速三回の速さで鳴り続けている。
「兼続か!?あの馬鹿め!玄関と共に吹き飛ばしてくれるわ!」
一方、幾ら寝起きがいいとは言え、このような起こされ方をされたら迷惑なのは幸村とて同じ。
ちらと時計を確認し、本当に玄関ごと吹き飛ばしかねない程に激昂している政宗をなだめると、慌ててドアに駆け寄る。
「やあ幸村!今日も清々しい朝で何よ」
「ゆゆゆゆゆ幸村!何故ここに!こんな朝から何を!政宗ぇぇ!」
「おはようございます。三成殿、兼続殿」
この上、三成にまで騒がれては堪らない。少々強引ではあるがにっこり笑って挨拶をしてみる幸村。こうすると三成の勢いが多少削がれる事は経験則上知っている(何故かは分からないが)。
「してこんなお早くにどうなされたのですか?お二人共」
何だかんだと文句を言いながらも、奥では政宗が今頃二人を部屋に上げる準備をしているのだろう。タイミングを計りながら、幸村は黙り込んでしまった三成と、何か話したそうにうずうずしている兼続とを家に招き入れたのだった。
お茶の支度をした幸村が政宗の部屋に戻ってみると(幸村も伊達家にとっては客なのだが、その辺りは当人達全く気にしていないらしい)、兼続を挟んで政宗と三成が不毛な言い争いをしている最中だった。
「三成、貴様兼続の口車に乗せられおって。のこのこと儂のところまで来ることはあるまい」
「俺も先程叩き起こされたのだ。半分引き摺られながら来たのだぞ。貴様のことまで考えていられるか」
似たような事態が石田家でも繰り広げられていたらしい。
勿論三成は無視しようとしたのだが、明らかに顔に迷惑の二文字を浮かべた左近が丁重に部屋まで兼続を連れて来たのだ。左近め、帰ったらどうなるか覚えておけよ。唇を噛み締める三成である。
「ふむ、皆揃ったようだな!では発表しよう!
いやその前に、私の義の精神がこのような幸運を招いたということ、努々忘れぬなよ?特に山犬!
これを機会に不義な己への猛省を私は望むものである!」
「な!」
何故貴様にそこまで言われねばならぬのだ!と言い掛けた政宗だが、その服の裾を幸村に引っ張られ咄嗟に口を噤んだ。「長くなりますから」と政宗の耳元でこっそり囁く幸村は、本当に兼続を友だと思っているのかどうか、時々政宗にも分からない時がある。
「うむ、反省したぞ。先を聞かせろ、兼続」
それでも幸村に言われれば、兼続に膝を折る振りをすることなぞ政宗にとっては容易いことだ。いけしゃあしゃあとそう言ってみせる政宗に、今度は三成が不審な眼差しを向けたが、結局何も言わなかった。
「これでいいか、幸村」
「はい。お見事にございまする」
不義なやりとりをしながらいちゃつく彼らの姿は兼続には見えていないらしい。満足気に頷き、懐から何やら封筒を取り出す。
「ここに温泉旅館のペア宿泊券がある!昨日私が商店街のくじで引き当てたものだ!
私の義が指先からくじに伝わった結果であろう!無論謙信公の御加護も含まれている!」
「温泉ですか、それは結構ですね」
兼続の言葉に反応したのは幸村だけだ。
政宗は「だから何じゃ、勝手に行ってこい」とばかりに鼻を鳴らし、三成は「またよりによってそういうものをこいつに当てることはないだろう」と騒動の原因となった兼続のくじ運に文句をつけている。
「さて、この義の宿泊券を昨夜じっくり検分したところ、何と二名しか行けぬようなのだ!」
「さっき自分でペア宿泊券と言っただろう」
つい我慢できずに三成が突っ込む。
「したがってこの中から私と共に行ける幸運な者を一名を選ぼうと思う!」
「いや、儂はいい」
すかさず政宗が口を挟んだ。それはそうだ。
「あの、私も特には…三成殿と一緒に行かれては如何でしょうか?」
「何を言い出すのだ、幸村!」
三成が物凄い形相で幸村を振り返る。それを受けて兼続も幸村に詰め寄った。
「そうだぞ、幸村!そうやって遠慮するのはそなたの悪い癖だ!見ろ!三成も憂いているではないか!」
「…はあ、そうでしょうか」
「義のじゃんけんで勝ち残った者を連れて行く!後出しなどは禁止だぞ!」
むしろ後出ししても負けたい面々である。
「さあ行くぞ!じゃーんけー…、山犬ぅ!貴様もやるのだ!」
「何故儂がやらねばならんのじゃ!貴様と二人で温泉なぞ反吐が出るわ!」
「いいからやれ!この不義め!じゃーんけーん」
ぽん、と出された三人の手を見比べて、まず胸を撫で下ろしたのは幸村だった。
「ええと、残念ですが私は不参加ですね」
満面の笑みで残念も何もあったものか。政宗と三成は睨み合って舌打ちをする。こんな緊張するじゃんけんは今までしたことがない。
「行くぞ、政宗」
「ふん。どうあがいても勝つのは貴様じゃ、三成」
兼続が声高に音頭を取る中、二人の手が振り下ろされた。
政宗がグー。三成がチョキ。
「っしゃ!俺こそが天下無双の武士だ!」
小さくガッツポーズを取りはしゃぐ三成。滅多にお目にかかれない光景だ。
「馬鹿な…勝ったのは…儂じゃと?」
一方、床に崩れ落ちたのは政宗。余りに痛ましいその姿は同情を禁じえない(が、誰も肩代わりなどしてくれない)。
…どうせ行くなら幸村と二人でしっぽり行きたかった。
そんな政宗の心を見透かしたのか、幸村がそっと寄り添う。
「政宗どの、幸村は大人しく待っておりまする故、お土産を忘れないでくださいね」
何ともむごい恋人の言葉に益々打ちひしがれた政宗だったが、「でも少し寂しゅうございます」と恥ずかしそうに笑む幸村を見て俄然やる気を取り戻したらしい。
すっくと立ち上がると、兼続に猛然と詰め寄る。
「兼続、見損なったわ!これが貴様の義か?
儂と幸村を離れ離れにし、幸村に寂しい思いをさせて、それでも義なぞとどの口がほざくか!」
「何と!それもそうだな、山犬!この兼続、貴様の義への思いに感じ入った!」
あっさり寝返る兼続。矛先が三成に向いた。
「よし!ではじゃんけんに勝った山犬には悪いが、温泉は三成と共に行こう!」
「良かった、政宗どのは行かれないのですね!」
「何故俺を選ぶ?!」
「ん?三成には離されて寂しがる者がいるのか?」
無邪気な顔で尋ねる兼続。
「ぐっ…」
これには三成、返す言葉もない。色々な意味でダメージを受けた三成に助け舟を出したのは意外にも(一旦は見捨てた筈の)幸村だった。
「あの、二人分の料金を払って皆で行くのでは駄目なのでしょうか?」
三人の視線が幸村に集まった。幸村は宿泊券に付いてきたパンフレットを見ながら続ける。
「お部屋でのんびり海の幸。だそうですよ。舟盛も付いてくるんですね、美味しそうです。ほら、政宗どのもご覧になってください」
「そうじゃな。偶にはのんびり温泉もいいのう、幸村」
「…ふむ。四人で割ればそう高い金額でもないな」
三成までパンフレットを覗き込み、計算を始める。
温泉も美味しい料理も気にはなるのだ。ただ兼続と二人っきりで逃げ場がない状態が少々しんどいだけで、皆で行けるのならそれが一番良いに決まっている。
「どうやら決まったようだな!よし!予約は頼んだぞ、三成!」
こうして皆で温泉計画は、やっとのことでここに幕を開けたのだった。
ちがっ、違うんだ、温泉でいちゃこらダテサナが書きたかったのに!温泉行くだけでどんだけかかってんだよ!
余りに長くなってしまったので一旦切ります。多分下らない感じで続きます。
あ、直江は嫌われてるわけじゃないですよ。何かに巻き込まれること必定なので、面倒臭がりの三人はちょっと、という感じなだけです。
(08/04/27)