※下品且つ、微妙にダテサナダテ的ですが、ダテサナになります。
ダテサナダテなど駄目!って方はご覧にならないほうが良いかと…ごめん…
隣にちょこんと正座する幸村の頬を両手で挟みこみ、上を向かせた瞬間唇を重ねた。戯れの名を借りて何度もしてきたことだったが、幸村の腕は膝立ちになった政宗の腰をしっかり抱えていて、よし!と政宗は心の中で叫んだ。
いつの間にか崩された幸村の足の間に身体を進め、政宗の腰を抱く幸村の手に自分の指を絡める。
ここまでは、完璧だった。
兼続も三成もいない(当たり前といえば当たり前だが)、部屋には二人きりで、自分だけではなく幸村も同じ気分、つまりその気だ。完璧なシチュエーションだ。と思ったのだが。
「…お主、どういうつもりじゃ」
「これは此方の台詞です」
惜しむらくは、政宗と幸村が同じ気分に過ぎた、ということである。
「いいから大人しく押し倒されよ」
「ですから、政宗殿が倒れてください」
さっきまでは確かに劣情のままに指を絡めていた筈だったのだが、今はその指先どころか掌全体に、両者力を込めている。
幸村の頬を辿っていた政宗の右手は、いつの間にか幸村の肩をぐいぐいと押しており、緩やかに腰に回されていた幸村の左手は己を押し倒さんとする政宗の意思に抗っている、凄絶に。(つまり幸村はすごい力で政宗の腹の辺りを押し戻している)
政宗が幸村の左手を払おうとすれば幸村も負けじとその腕を掴み、組み手なのか何なのか、さっぱり分からない様相を呈してきた、本人達は真剣なのだけど。
腕力だけなら幸村の方が少しだけ優勢であるが、膝立ちになっている政宗も高所の利を生かして応戦するから互角も互角、かなりの拮抗状態だ。
「何故儂が倒れてやらぬといかんのじゃ。それともいきなり騎乗位が希望か。積極的で儂は嬉しいぞ」
少しだけ上がりかけた息を幸村に気付かれぬよう、低い声で政宗が呟く。
「寝言は寝てからどうぞ。政宗殿が倒れてくださらないと、私もやることがやれませぬ」
肩で息を始めた幸村が、それでも素早く腰を浮かし政宗の肩を力任せに押し戻す。しかし政宗は身を捻ってそれをかわしつつ、幸村の両手をがっちり掴んだ。
畳の上にいる二人にこういう形容はおかしいが、がっぷり四つ、という奴である。
「ほう…それは聞き捨てならぬな。じゃが儂も全く同じことを考えておった」
この瞬間を政宗は何度夢に描いたことだろう。
愛しい愛しいその身体をきつく抱き締め、未知の経験に怯えながらも欲に濡れた目で此方を見上げる幸村をそっと開く瞬間。もう飽きたと笑われるくらい睦言を聞かせてやろう。それでも自分が抱える想いには全く足りぬのだと思い知らせてやる。
想像の中の幸村はいつだって官能的にやんわりと笑むだけで、殆ど抵抗らしい抵抗などしなかったというのに。
「この私を抱こうなど戯れが過ぎます。大人しくなさってください、政宗殿」
だが、幸村だって似たようなことを夢想していたのだ。政宗のことだから照れ隠しに多少抵抗するだろうが、その実彼が変なところ素直で、しかも自分に惚れていることは承知の上である。鈍い自分には気の利いた言葉で安心させてあげることは出来ないと分かっている。せめて性急にならないように優しく抱いて差し上げねば、なんてとんでもない決意を固めていた。
無論、身体を重ねたことはない。(だから今揉めてるのだ)
が、手をとったり、勢いに任せて口を吸ったことも一度や二度ではなかった。そしてそれは、じゃれあいの範疇だった。
だから問題にならなかったのだ、どちらがどういった役割を担うかなど。
政宗は勿論のこと、幸村も、突如直面したこの事態に少々混乱せざるを得ない。しかし、元来頑固者の二人だから、己の信念をがんとして曲げぬ。まあ、気楽に曲げられるものでもないのだけど。
「戯れは貴様の方じゃ!抱くのは儂!抱かれるのはお主!昔からそう決まっておったのじゃ!」
「そんなこと初耳です!大体いつ決まったんですか!地球が何回回ったときですか?!」
「儂がお主に惚れた瞬間そう決まった!地球の回転数なぞ知るか!」
「それを仰るなら私もずっと前、政宗殿のことを好きになった時から決めてました!」
「ええい、知るか!いいから大人しく寝転がって足を開け!」
「政宗殿こそ、そうなさったら如何か!往生際が悪いですぞ!」
遂に恥も外聞もかなぐり捨て、信念に忠実になったが故の舌戦が幕を開けた。なのに、互いに両手はしっかり握ったまま。(といえば聞こえはいいが、ぐぎぎ、と歯軋りまで漏らしつつ押し合いへし合いしている始末で、何が何だかもうさっぱりだ)
「儂がタチじゃ!文句あるか!儂は竜、独眼竜政宗じゃぞ!」
埒が明かぬと政宗が力任せに幸村の腕を捻り上げる。火事場の馬鹿力という、アレである。
政宗は、見苦しいほどに必死なのだ。
「痛っ」
が、眉を顰めてそう漏らした幸村に我に帰り、すぐさま力を緩めた。それを見逃す幸村ではない。政宗に掴みかかり何とか畳にねじ伏せようと間合いを詰める。そこを政宗は間一髪で逃れた。
思くそ睦言を聞かせてやるだの、優しく抱いてやるだの、二人の殊勝な決意は既に遥か彼方に消え失せている。
「腕が痛いんじゃなかったのか、貴様」
「嘘です」
「ずるいではないか」
「駆け引きという奴ですよ」
「だがな、案ずるな。貴様の姑息さは知っておる。そしてそんなところも愛しておるぞ、幸村。折角じゃ、姑息さだけではのうて、この際全部儂に曝け出して見せよ。それが貴様にはお似合いじゃ」
「私の姑息さまで受け入れてくださるのでしたら、私の要求も受け入れたらどうですか。貴方様にはネコの方がお似合いです」
「この儂を見縊りあまつさえネコだと言い切ったことを後悔させてやるわ!」
政宗が(何処からともなく)愛刀を持ち出し銃を構えた。
不敵な笑みを見せる政宗を睨めつけると、幸村も槍を構える。(無論、何処からともなくだ。気にしたら負けである)
互いの腕は嫌というほど知っている。迂闊に斬り込むことは出来ぬと、政宗が静かに間合いを取り、幸村が呼気を整えたその時。
「貴様ら、何を遊んでいる!五月蝿いのだよ!」
物凄いタイミングと勢いで三成が障子を開けた。
きっとこれが兼続だったら、もっと確信犯的なタイミングで障子を開けるだろうし、左近であれば二人のやり取りから何事かを敏感に察して係わり合いにはならないだろう。
純粋さ(というか無知というか)は時に最強の武器になる。
三成が罵声と共に躊躇なく開けた障子の隙間から、政宗と幸村、両者の間に漂っていた、戦場かと見紛うばかりだった雰囲気が、漏れるように消えて行った。
「ケンカか?手合わせか?!どちらにしても外でやれ、外で!部屋の中でそんなものを振り回していたら、おねね様に叱られるのだよ、俺が!」
プライドと意地と、ついでに上下を懸けた二人の勝負も、半ば一方的にねねを思う三成には敵わなかった。
壁や障子に傷はないな、糞、何か壊したらおねね様が悲しむであろう、とぶつぶつ言いながら、三成は二人から武器を剥ぎ取る。
政宗にはともかく、普段は幸村に滅法甘い三成だが、優先順位はおねね様が一番。
それが三成の義であるからして、こういう時には容赦ない。
「いいか、何が原因か知らんが、室内で暴れるな」
「暴れていたわけではのうてな、儂らは…」
「返事!返事はどうした!」
おねね様は母親ではない!と豪語する割に、腕力にものを言わせて反省を促すところはそっくりだと、政宗も幸村も思う。
「…はい、すみませんでした、三成殿」
「ええと、儂が悪かった、三成」
「分かれば良い。この武器は俺が暫く預かっておこう」
がちゃがちゃと小脇に大覇狩と炎槍索戔鳴を抱えた三成は、生活指導の教師のような体をなし退場していく。
これで勝負は振り出しに戻ってしまった。
得物だけでなく、訳分からん闘志のようなものまで三成に奪われ、政宗と幸村はまだ間合いを取ったまま、ぺたんと腰を付いた。
勢いに任せてとんでもないことを口走った気がする、いや気のせいではない。思いの丈であれば、まだ事態はマシだったが、劣情の丈をぶちまけたのだ。居心地は最悪である。
一人であれば転がり回って反省したいくらいの感情の渦に巻き込まれたまま、だんまりを決め込む二人。
口火を切ったのは政宗の方だった。
「腕は大丈夫か?」
腕?と幸村は首を傾げたが、先程の遣り取りを思い出し、ああ、と答える。
「あれは嘘ですから」
政宗は暫く幸村を睨んでいたが、やっと警戒を解いたらしい。
ずりずりと膝立ちで移動してくると、幸村の左手をそっと取る。大人しくされるがままになった幸村は、仄かな罪悪感に耐え切れず、謝罪の言葉を口にする。
「あのことは本当に、策略と申しますか、つまり、申し訳ございません」
「だが儂も、結構力を入れて握ったぞ」
「あのくらい、大したことでは」
「しつこい」
しつこいのは政宗の方だろうと思ったが、心配されていると思うとそうも言えない。
「このくらいだったら、別にどちらがどうということでもなかろうて」
何の異常もない幸村の腕を、政宗は仰々しいまでに真剣に見詰める。
傷はないか、腫れはないか、確かめているだけだと思うが、必要以上に大事にされているようで、それが幸村には複雑だ。大事にされていることは、守られているのにも似ていて、それ自体が複雑なのではなく、それで喜んでしまう自分に複雑、ということだ。
もしもこの手を取ってそのままキスでもされたら、あっさり流されてしまうのではないかと思う。
幸村はあわてて手を引っ込めると、政宗に思い切って提案した。
「政宗殿、じゃんけんです!こうなったらじゃんけんで決めましょう!」
動揺の所為か少し声が裏返ったが、政宗は気付いてなさそうだった。
「は?じゃんけん?いや、そんな重要なことを遊びで決めたら遺恨が残るというか、な」
「どうせ決められない気がします。それでしたらいっそ、じゃんけんでもいいじゃないですか!」
そんなにこ奴はやりたいのかと政宗は一瞬呆れそうになったが、それならば自分だって同じである。どころか、手合わせで決めるより勝算がありそうだ。
いや、完全に運なのだが、だからこそ幸村だって小細工は出来ないだろう。
「………三回勝負か?」
「いえ、恨みっこなしの一回勝負です!」
あー、こ奴無駄に男らしいな、と政宗は思う。
何だかうっかりときめくほどに男らしい。
三回勝負などと愚図愚図言っている自分が抱かれてやった方が幸せになれそうな気がしてくるから不思議だ。いかんいかん、勝負の前にそんな弱気なことでどうする。
政宗は勢い良く首を振り姿勢を正して向かい合うと、拳を突き出した。こればっかりは負けられない。幸村に惚れて垂れ流した妄想その他諸々に懸けても。(もっと他に懸けるものがありそうだが、その時の政宗にはこれしか思い付かなかった)
傍から見たら奇妙なほどに真剣な表情で向かい合う二人。今や己の右手のみが武器だ。
「あああああ!!!」
グーを出した政宗に対して、幸村は、チョキ、だった。
一瞬にしてタチとネコ、いや勝者と敗者に別れた二人は、暫く自分の手と相手の手を交互に見比べていたが、次の瞬間、政宗は立ち上がり、幸村は奇声を上げて畳に突っ伏した。
「よし!ようやった、儂!」
「無念です………」
「夜毎お主が乱れる姿を思い描いて思春期の餓鬼のように悶々しておったのじゃ!この結果も当然じゃて!大丈夫じゃ、幸村。始めは優しくするぞ。いくら儂でも、妄想の中でしてたあれこれをいきなり試そうなんてせぬからな!」
歓喜の余りばんばん畳を叩く政宗を、恨めしそうに幸村が見遣る。
「…そんなに嬉しいですか、政宗殿」
足だけ正座したまま、上半身は畳に投げ出している格好の幸村が政宗を見ると、自然見上げる形になる。
そんな変な格好なのに、と政宗は思うのだ。このまま、背後から圧し掛かったら怒られるかな、怒られるであろうな。
けど、拗ねた声でもう一度名前を呼んで欲しくて、政宗は屈みこんで幸村の髪に触れる。ぷう、と頬を膨らませて幸村はそっぽを向かざるを得ない。
じゃんけんなんて完全に運任せだが。幸村だって思う。あの時、流されてもいいかな、なんて弱気になったのが敗因だ。
そんな反省を心の中で繰り広げていたから、対応が遅れた。
政宗が幸村の腕を掴む、その力の強さに、ぎょっとする。少しだけ、少しだけだけど。
じゃんけんでの敗北、そんなものは幼い頃から何度も味わってきたもので、それ故に親しみがある諦めとか悔しさとかが一気に身体から抜けてしまったのは、少しぎょっとしてしまった所為と、それから。
「のう、幸村。恨みっこなしの一回勝負、じゃろう?」
そんな馬鹿げた台詞なのに、それを紡ぐ政宗の声がいつもよりずっと低いからいけないのだ。
やっぱり辺に男らしい幸村は、まあいいか、覚悟を決めると、ころりと寝返りを打ち天井を見上げ声を張り上げる。自棄になっているのかなと自分でも疑問に思ったが、口から出た声は存外普通の音だった。
「仕様がありませぬ。私も武士の端くれ、覚悟を決めました!」
「………あのな、首を取られる訳ではないのじゃぞ。もう少ししおらしい感じが出せぬのか、お主」
「出せませぬ!そんなことより、何処からでもどうぞ、政宗殿!」
これは酷い。
酷いしムードの欠片もないが、それも今更のような気もするし、かといって「ではいただきまーす」などと覆いかぶさることも難しい。
どうしたもんかと思案しつつ、幸村を見下ろすと、幸村はきょとんと政宗を見上げた。
「あ、自分で帯とか解いたほうが良いですか?気付きませんで申し訳ございません」
「それは儂がやりたい。脱がすのも醍醐味じゃし、ではのうて!」
「では、どうなされました?もしかして」
いつか結ばれることを散々夢に見てはきたけれど、こんなどたばたがあるなんて思わなかったのだ。
想像の中の幸村はもっとたおやかで、怯えているのではないかと思わせるほど儚げで、自分の肩に腕を回してしがみ付きながら乱れた息と共に自分の名前を繰り返し繰り返し。
そーゆーもんだと思ってたのに。それが一番正しくて艶かしい睦み合いだと思っていた。
「臆されたのですか?」
大の字に寝転がったままだというのに。
乱れた裾を押さえもせず、畳に散らばる艶やかな黒い髪を僅かに揺らしながら口の端だけでそう笑った幸村は、政宗の想像を遥かに超えていた。こんな笑みを幸村が浮かべるなど、誰が想像できただろう。
思わず腕を押さえつけ、誰がじゃ、と囁きながら首筋に舌を這わせた。ひゃあ、という嬌声とは程遠い幸村の悲鳴が響く。くすぐったくて楽しくて愛おしくて仕様がない、そんな声だった。
多少ハプニングはあったし、相変わらず幸村には(そして幸村のそんな声を聞いて笑ってしまった自分にも恐らく)色気のいの字もないのだが、こんな始まりも悪くないと政宗は思う。
口を吸い、先程幸村自身が解きかけた帯に手をやったら、呼吸が苦しかったのだろう、幸村が大きく息を吐いた。
こ奴は接吻の最中の呼吸の仕方も分からぬのかと鼻で笑いかけたら(ついでにそんなことも知らぬ奴に抱かれかけたのかと、少々空恐ろしくもなった)、こともあろうに幸村が、腕で豪快に口を拭く。
「…そこで拭うか」
「え?いけませんでしたか?」
「いけなくは、ないがな」
悪びれたところなど一つもない幸村の返事に、政宗は満足気に声を出して笑い、幸村が此方に向かって伸ばしたまだ少し唾液に光っている腕を取ると、音を立ててそれを吸った。
「じゃんけんで負けたことを後悔せぬように、してやるわ」
負けたのは悔しいが、どうしても勝ちたかったら、そもそもじゃんけんなど提案しない。
どっちでもいい勝負の結果を「良かった」なんて思う日がいつか来るんだろうか、と幸村は少し疑問に思ったけど、勿論答えなんか、出ない。
あらゆる意味で、すみません。
うちの伊達は下品だ下品だと思ってましたが、幸村もかなりのもんですね。
実は微妙なことに続くんですが、長くなったので切ります。
(10/04/30)