※続きですが、ぬるいですが、大人のお嬢さん向けだぞ!
嫌な予感がしたら敗走、否、明日への進軍をお願いします。
…敗走した方がいいのは私の方だよ!

 

 

政宗が足を抱え上げると、抑え切れぬ溜息のようなものがつい漏れる、ということについて。
 
事の最中で頭の働きが大分鈍っているとしても、あの瞬間は、ただごとじゃないほどに幸せだ、と幸村は思う。溜息にも嬌声にもなりきれぬそれを辿るように唇を重ねた政宗にも、間違いなくあの充足感は伝わっているのだと、今はやっと、そう思える。
 
 
 
あの運命のじゃんけんから一月が経った。
 
身体を重ねた回数を数える趣味はないので良くは分からぬが、「そろそろ良いと思うのじゃが」「ちょっと試してみます?」という会話(勿論自分の息は上がっていてスムーズに話せなかったと思うし、政宗の声はちょっと掠れていたのだけど、内容としてはそういうものだった)を交わした初っ端の自分達の馬鹿さ加減を考えると、最近ではなかなかどうして、随分私も進歩したものです。何事も鍛錬、なのでしょう。幸村は大真面目にそんなことを考えていた。
生まれて初めて感じる政宗の口腔内のねっとりとした暖かさにどんな反応をして良いか分からず、つい布団を握り締め過ぎて、爪が少し割れていることに気付いたことが懐かしいような気もする。(痛くはないが気になるわ恥ずかしいわで、当然政宗には内緒にした)
 
何だかなあ、と溜息混じりに思い出す様々なことは、日数にすればつい先日と言ってもいいことだろうに、年単位で昔のことのように感じるから不思議だ。
なんて思うと同時に感じる(政宗は怒るかもしれないが)拍子抜けさというか、期待外れ感というか――自分の好意が所謂、恋というものであり、政宗も同じように想ってくれていると胸を張って言えるくらいには自惚れているのに、何度抱かれても然程変わらぬ、何処か軽い二人の関係。
役割云々については、多少予想と違うものになってしまったのであるが、それは別にしても、もっと。
 
こうなる前の自分が予測し期待していた、身を震わせるほどの幸福や、眩暈を覚えるほどの快感なんて、所詮は夢物語なんでしょうか。
 
 
 
政宗がはじめて奥の穴を探るように舌を押し付けたのは、幸村がそんな風に考えていた矢先のこと。余りのことに幸村は、女のような高い悲鳴を上げて飛び退った。
横になり、政宗に押さえつけられていたというのに、案外変な体勢でも思いがけない力が出るものである。
 
かさかさと別の生き物のように移動した幸村は、追い詰められた者のように壁に背中を押し付けつつ、政宗を見上げた。
 
「な…何をなさるおつもりで!」
「は?何って、舐めようと思うたんじゃが」
「なめるのですか!?そんなとこを!」
「濡らさねば致し方なかろう。いきなり突っ込んだら痛いぞ?」
 
いや、そんなこと言われずとも、幸村だって充分分かっている。全くの初めてではないのだし。
が、何も直接濡らすことないのに!そもそも昨日までのやり方では駄目なのか。満点、とは言えなくても自分たちは楽しく事に及んでいたのだし、こんなことしたからって何が充たされる訳でもないのに。(そこまでは言えなかったが)
 
何じゃと、お主儂の楽しみに文句をつける気か、何が楽しみですかこの変態!と政宗は肌蹴た衣を肩のみに羽織ったまま、幸村なんか身につけていたものは全て政宗の手によって剥ぎ取られてしまっていたから、背中に押し付けた壁の冷たさに少し身を震わせながら、そんなことを言い争う――冷静に考えれば、何だかなあ、どころではない。別の意味で恥ずかしいのだが、今はそれどころではない。
貞操が守れなかった今(目の前の人の所為だ)、その一線くらいは守っておきたいと思う。
 
「仕方がない。お主がそこまで言うなら、今日は止めておくわ。いずれ、おいおい、な」
 
諦めたように呟き中指を咥え自分の為に濡らす政宗を、幸村は気恥ずかしいやら申し訳ないやら、だが譲れぬというか何というか。どうすることも出来ず、唯ぼんやりと見ていた。ムードもへったくれもないこんな状態には諦めていたし、政宗のその行為も何処か機械的で――何かが違う、そう思った。
心細くなって思わず政宗を覗き込み、目が合った瞬間、彼が笑う。それは普段のふてぶてしい笑みや、時折見せる屈託無いそれではなくて、その途端我知らず幸村の口の中に溜まる唾液。こんな関係になってからじっくり彼を見るのは初めてだった。
いつもは硬く目を瞑っているか、苦しい息の中でそれでも軽口を叩き合うくらいで――溜まった唾液をこくりと音を出して呑み込むのは何だか居た堪れなかったから、己の興奮を隠すかのように少しずつそれを飲み下そうとして、幸村は見事に失敗した。つまり、酷く咽た。
 
「…何をやっとるんじゃ、お主は」
 
呆れたような溜息と共に政宗が左腕をするりと忍び込ませて背中を擦る。
それは彼の台詞からは考えられないくらい優しい仕草で、幸村は再びぎょっとする。何故かはじめて自分の腕を掴んだ政宗の感触を思い出した。
 
あの時は、思いがけない強い力に吃驚しただけだと思ったのに。鼻の奥がつんとして視界が滲むのは、咳き込んでいる所為なのか何なのかが良く分からない。
寂しいのです、と叫びたかった。
けどそれが、どうしてのなのかちっとも分からなかったから、こんなものかと諦めて思い込もうとした。
何事も鍛錬なんて、嘘だ。そりゃ勿論槍の腕でも何でも、繰り返せば上達するものだけど、そこから先に進むのは一瞬の閃き。思い込みによる微妙な齟齬とかじゃんけんとかあったけど――あの時感じたのは、じゃんけんに負けてしまったという慣れ親しんだ幼い屈辱感なんかじゃなかった。本当は、自分は、心の底から抱かれるのも構わないかな、なんて一瞬のうちに思ってしまっていたのに。
気恥ずかしいというちっぽけなプライドの為に見て見ぬ振りをしてしまった所為で、こんなに寂しいのです。
そしてまた、優しく背中を擦る指に縋り付きたくて仕様がないなんてことに気付いてしまった。もしも、前もって、じんわり、緩やかにそれを感じ取れることが出来たなら、こんな風に自分を誤魔化さないで済んだのに、なんて幸村は詮無いことを思う。
急激に自覚させられるそれらの事実は、啓示、と呼んでも差し支えないくらいに衝撃的で、咳は収まったのにぽろぽろと涙を流す自分を呆気にとられたように政宗が見詰める。
 
「そんなに」
 
嫌だったのか?と尋ねたいのだろう。
けど尋ねるのも嫌で、戸惑いつつ言葉を呑み込んでしまう政宗が、本当に愛おしいと思った。
 
やり場をなくして漂う政宗の右手の中指は、滲んだ視界の所為で随分ぼやけて見えたのだけど、幸村は手を伸ばしてそれを手繰り寄せる、きちんと。
そう、槍でも何でも大事なのは閃きで、あとはそれを忘れないように繰り返すこと。
裡に潜んだ羞恥から目を背ける為にわざと馬鹿げた物言いをしてみたり、巫山戯た態度を取ってはみたけど、その所為でちゃんと抱き合えない渇望を感じるくらいなら、気恥ずかしいことくらい糞喰らえだ、と思う。
確信があった。寂しいと叫んだって、思い切り抱いてくれと頼んだって、この人ならきっと笑わないだろう。
 
「…まさ、むねどの」
 
無理矢理唇に押し当てた彼の指は、冷たかった。
然して自分と変わらぬ大きさのそれを両手で抱え込み。幸村は舌を伸ばす。
政宗は黙って右手を差し出したまま。背中を撫でてくれた左手の動きはもうすっかり止んでいて、ぴくりとも動いてくれない。凭れた壁は、もうすっかり暖かくなっていた。
自分の体温を移したものが政宗じゃなくて壁だなんて、悔しくて堪らないから、せめて今からでも、自分の体温を分けるかのように政宗の指先に何度か舌を這わせる。指先があっという間に熱くなったのが嬉しくて堪えきれずに噛み付いたら、やっと政宗の指が口の中で動いたのが分かった。
自分の歯がこんなに何かを脳に伝えるなんて。今まで何百回も食べ物を噛んだって感じたことなかったのに。
酷くおかしくて、小さく笑う。政宗がこくりと咽喉を鳴らした。
自分が誤魔化そうとしたその音を、何の躊躇もなく聞かせてくれる政宗が好きだと思った。壁と幸村の間に置かれていた政宗の腕に力が篭る音まで、聞こえたような気がした。
 
「っ、あ…」
 
折角舐めていた指を急に引き抜かれた所為で漏れた抗議の声は、我ながら随分甘い声だった。
よがり声とやらはこうやって出すのだろうと幸村はやっと気付く。
 
今日は何だか初めて分かることばかりで、昨日まではあんなにけたけた笑って抱き合っていたのに。それどころかさっきまで、舐められるのは嫌だの何だの、騒いでいたくせに(指とあそこだったら大違いだと今でも思っているが、それはさておき)。
なのに悔しいけど、もうちっとも寂しくなんかないのだ。
自分で丹念に濡らした政宗の指が近付く気配がして、幸村は何とかして政宗に縋り付こうと腕を伸ばす。今までもそんなところに神経を集中させたことなどないのに、近付く気配まで分かるのは何でなんだろう、そう思った途端、頭の中が真白になった。
咥えられる快感も触られる感触も、とっくに政宗に教えられ知っていた筈で、それに比べたら今はまだ指、それも少し触れただけなのに、明らかに昨日までとは違う。
 
「んっ…まさ」
 
折角小さな声を上げたのに、すぐに口は政宗によって塞がれた。角度を変える度に吐息と一緒に声が漏れたが、もう気にしている場合ではなかった。
ぴちゃり、と音を立てて幸村の唇を舐めながら、政宗が尋ねる。
 
「息、出来るか?」
 
きっと政宗は、唇を重ねる度に直後に大きく息をしていた自分のことを揶揄ったのだと思ったが、答えることは出来そうになかった。昨日までの自分は唇を離した後、息を吸い込んでいたのか吐き出していたのか、それすら思い出せない。
頷くなり、首を振るなり、もうそれがどういうことかを意味するものなのかさえ分からなくなりそうだったけど、それでも必死に答えようとしているのに、政宗はそんなもの知らぬとばかりに幸村の首筋を痛いほど吸う。
思わず、いや、と口に出しそうになって、嫌なんて言ったらまたこの人は困惑するだろうか、駄目って言ったほうがまだ正しいのだろうかなんて考えてしまう。
常であれば一瞬で判断できるそんなことですら、頭を全力で使わなければ答えが出てこぬ所がもどかしくて、それが嬉しいなんてどうかしてるんじゃないか、と思う。けど、やっぱりそれは、嬉しいのだ。
 
「あっ、あん…やあ…」
「お主がきちんと濡らしおったから、ほれ」
 
嫌、なんて言ってしまったな、とか、政宗はどう思ったんだろうか、とか、そんなことを考える余裕はもうなかった。
指なんかより、政宗の声の方が濡れていて、それが好きだと言おうとしたけど、何処まで伝えられたか幸村には分からない。
 
政宗が足を抱え上げて、幸村は腹の底から溜息を漏らした。
 
「……ん、ああ」
 
そろそろ良いと思うのじゃが。ちょっと試してみます?
いつぞや、初めての時に交わしたそんな会話より、その溜息はずっとずっと政宗への訴えと肯定を含んでいるのだということに、幸村は気付く。
ちゃんと抱き合うっていうのは、気付いてしまえば思いの外簡単で、つまりは、気恥ずかしさにかまけて中途半端な関係に甘んじたりしないで覚悟を決めるだけの話で、それは想像以上の幸福と快感だと言おうとするけど、幸村には伝える術がない。
仕方がないので、まさむねどの、と呼びかけようとしたら再び口を塞がれた。
何度も何度も吐き出す吐息のような溜息が政宗の中に消える度、幸村は泣きそうになる。指先や爪先や頭のてっぺん、身体の隅々に少しずつ溜められ凝縮していく快感を漏らさないように力を込めようとするのに、政宗の指がそれは許さぬと言わんばかりに高く抱えられた腿を撫でるから、幸村にはどうすることも出来ない。
せめて政宗の顔が見たくて薄く目を開けたら、全く同じ表情をしている彼と目が合った。
いい子じゃな、政宗が幸村の大好きな隻眼を細めながら囁く。それはまるで優位に立っている大人が然したる深い意味もなく子供をあやすのにも似ていて、今にも泣き出しそうな自分にぴったりの言葉を彼は何て上手に探し当てるんだろうと思った。彼が声を掛けるたびに中途半端に繋がった場所は僅かに深まって、どうすることも出来ずに幸村は小さく頭を振る。
じんじんと熱を孕む身体の先端という先端は全て痛いほどで、自分の輪郭も定まらないような気持ちで、力いっぱい政宗の腕を握ったが、指先の感覚は戻らなかった。
 
再びあやすように小さく笑うと、政宗は腕にしがみ付く幸村の指を丁寧に剥がす。
こっちが正解、とでも言うように政宗が導くから、その通りに彼の背に腕を回し、もう一度だけ、意味のない溜息を吐く。意味がない、とは思ったけど、政宗が随分慎重に唇を重ねてそれを全て呑み込んでくれたから、きっと本当は、意味はあったのだと思う。
ただ、わざわざ言葉に出来ないってだけだ。
そういうものを共有することは、驚くほど快感を増幅させる。
 
「負けて悔いなし、って感じです」
 
終わったら、そう言おうと思った。
何のことだろうと首を傾げられるだろうか、きっとこの人はそんな風にはしないと思った。
笑われるでしょうか、笑うのだろうな、一瞬困った後に、それを誤魔化そうとして笑うんだろう。あの時じゃんけんに勝ってしまったという奇妙な罪悪感を、この人は今でも拭えないでいるのだから。
もう寂しくはない。けど境界が曖昧になるほど抱き合った後でそんな顔されるのは、少し切ないのだろうとも思う。きっとそれは昨日までの政宗も感じてた切なさなんだろうと思うから、仕方ない気もする。一方で何度も何度も伝えたら、いつかは分かってくれるのではないかと、期待さえ、している。はぐらかすように抱かれていただけだった自分を、政宗はずっと待っていてくれたのだから。
幸村に考えられたのは、そこまでだった。
 
 
 
「負けて悔いなし、って感じです」
 
珍しく(むしろ初めてだと思う)腕枕なんかされて落ち着かないが、まだ熱い息が政宗の胸を湿らせる。横を向いている所為で自然とぱらぱら零れてくる髪を振り払う余力もない。
政宗の指が髪にかかる。
きっと自分が鬱陶しくないようにかき上げて、キスの一つでも落としてくれるのだろうと思ったから、その前に慌てて、さっきの計画を実行に移してみた。
 
政宗は暫く何も言わなかった。
無言で、しかし音が立つほど勢い良く仰向けになると、空いている方の腕で額の辺りを押さえた。隠し切れなかった口許は笑みを浮かべていたが、幸村が想像したのとは全く違っていた。
 
「儂も、あの時グーを出した儂を心から褒めてやりたい」
 
余りに素直な彼の言葉は随分と不躾で、幸村に切なさを覚えさせる罪悪感の欠片もない。
あるのは人知れぬ愉しみを共有しているという満足感だけで、幸村は再び自分の境界が曖昧になっていく悦びを感じる。
政宗が髪を直してくれる前に口にして良かったと思った。
きちんと抱き合う方法は分かったけど、どうしていいか分からないことはまだまだ多過ぎる。例えば、いよいよ、やっと、そんな時に抑え切れぬ溜息のようなものを漏らす快感はもう知っているけど、感極まって浮かぶ涙をどうしたらいいのか、ということについて、だとか。
 
政宗が姿勢を戻して腕を回したから、幸村は鼻を、彼の胸に押し付けた。
あやすように肩を、背を撫でる彼の手はとても暖かくて、言葉だけじゃない、なんてぴったりな体温をこの人は持っているんだろうと思うから、泣き止む方法が幸村にはさっぱり、分からない。

 

 

なんか幸村って、変に意識して集中できなさそうですよね、ってことです。
やっぱり全力を出さないと、駄目ですよね、何事も。(棒読み)
政宗は分かって待っててあげてたらいいなあという勝手且つ病的な妄想でした。ぬるくてすいません!
(10/05/06)