三成が遊園地に行こうと言い出した時、幸村は、ちょびっと変な顔をした。
多分、幸村の隣に座っていた政宗も、変な顔をしていたと思う。
三成の発言を受けて、兼続が奇声と共に一も二もなく賛同したから、おかしいと思ったのだ。四人での行動を提案するのはいつだって政宗か兼続で、とりわけ異論はないからそれに頷いて見せるのが幸村の役割だとしたら、三成は大抵最後まで文句を言っては巻き込まれる立場だと思っていたから。
とは言え、その違和感はそこまで明確に説明出来るものではなく、幸村は、三成の勢いに押されてとりあえず頷いた。
政宗も、三成と、それから兼続の「もし行かぬと言うのであれば、私はこれまで以上に貴様に不義の烙印を押すことになるぞ、山犬!」というごり押しに、傾げた首を縦に振らざるを得なかった。
三成や兼続と別れ、政宗と二人だけになった幸村は、こう切り出す。
「三成殿はそんなに遊園地に行きたいのでしょうか?」
遊園地と言っても休日平日問わず人で溢れ返っているような流行りのテーマパークなんかではない。地方の小さな遊園地だ。
「男四人で行って面白いところだとは思えぬがな」
どうせなら二人で行きたかったな、と満更でもなさそうに、しかしぶつぶつ文句を言いながらもそっと指を絡める政宗に、幸村は苦笑する。
積年の思いが実って、政宗と幸村がそういうことになったのは、三成と兼続には何だか内緒のままだ。
単純に言う機会を逃してしまって今に至っているだけで、秘密にしていることに深い理由などないのだが、鈍い三成は察することなく、また基本的に自分と義にしか興味がない兼続も気付いていない。
四人でいる時の態度と、二人だけになった時の仕草の違い。それは天と地ほどの開きがあれど、幸村にとって、また政宗にとってはごくごく自然なことだったので何だかそのまま秘密になってしまっていたのだ。
隠し事を推奨する訳ではないけど、そういうのって少しだけ面白い。
まあ、それ故他人の目の届かぬところの政宗と幸村がどれだけいちゃついているか、に関しては、二人揃って無自覚だったりするのだけど。
それは兎も角として、とりあえず今日の三成殿は何だかおかしかったなあ、と幸村は首を傾げたのだが。
「兼続…とりあえず二人を誘うことには成功したぞ」
「そうだな、三成。よくやった!少々勢い込んで不自然になってしまった気もするが、これで『気概を込めた義と愛のらぶらぶ大作戦!もういい加減二人をくっつけてやろう!』計画は偉大な一歩を踏み出した、と言う訳だ!」
そんな二人の会話をもしも幸村が耳にしていれば、疑問も解けたのだろう。
幸村と政宗の想いについては何となく分かっていながらも、既にそれが成就していることは知らない二人は、政宗と幸村の仲をこの機に進展しようと画策しているらしい。いや、順番が違う。二人の仲を進展する機会を作ろうと画策している、と言った方が正しい。
お節介にも程があるが、煮え切らぬ二人(と信じられている)を前にした三成達がそう思い詰めても仕様がない。
思い込んだら細かいことを気にしないのは、三成と兼続の残念な気質の一つだ。
「よし!では計画をもう一度おさらいしよう!恐怖を煽り立てるアトラクションは外せぬ!即ち、お化け屋敷やジェットコースターの類だな!これぞ正に吊り橋効果!」
「分かっている。俺が兼続と行動を共にすることで、あの二人を常に一緒に乗せるように仕向けるのだな」
「そう、それにより愛を育ませる、という寸法だ!いいか、三成!怖いなどとは言っていられぬぞ!」
「俺も腹を括ったのだよ…宙吊りにさせられようが猛スピードで落下させられようが、あの二人の為、何とか耐えてやる…」
「おお!それこそ石田三成の義!これは私の義も負けてられぬな!」
この頃、別の、もう少し正しい方法で愛を育んでいる政宗と幸村のことなど予想だにしていない三成達は、己の裡に燻ぶるお節介さを義と決めつけ、すこぶる士気を高めていた。
約束の当日は、いっそうんざりするほどの晴天で、そんな中駅前で待ち合わせる政宗の機嫌は既に最悪だった。
「…あの二人…何を遅刻しておるのじゃ…」
待てど暮らせど三成と兼続、二人の姿が見えない。待てど暮らせど、と言いつつ、待ち合わせ時間は五分も過ぎていないのだが、普段は遅れぬように前もってやってくる三成、そしてどういう手段でやってくるのかは知らないが、気持ち悪い程に一秒の狂いもなく待ち合わせ場所に姿を見せる兼続のことである。
待たされるのが嫌いな政宗は、待ち合わせの三分程前から、早速苛々し始めた。
「珍しいですね」
「珍しいというのは遅刻を許す理由にはならぬ」
「まあ、もう少し待ってみましょう?」
幸村に顔を覗きこまれ、政宗の怒りが若干収まる。
何の解決にもなってないのに、そうじゃな、と幸村に手を伸ばしかけたら、遠くからゆっくり歩いてくる三成の姿が視界に入った。
「すまない。少々遅くなった」
「すまぬではないわ。儂がどれだけ待ったと思うておるのじゃ」
十分も待っていない。そして言うまでもなく、これは兼続と三成の計画の一部である。
兼続風に言うのであれば、「出掛けに二人だけの時間を作って、雰囲気、即ち愛を高めるのだ!」ということになるのだが、実は昨晩から二人っきりの時間を満喫していた政宗と幸村だ。
三成達の行動は痛々しいまでに空回って、滑稽にも程がある。が、勿論三成はそんなことに気付かない上、計画の一環とはいえ遅刻をした自分が許せない。
しどろもどろの言い訳を始める三成の目は泳いでいる。
「なんだ、その…出掛けに左近が…大変だった…」
三成は嘘が下手だ。
嘘が下手ならそもそも吐かなければ良いのだが、真面目な三成は計画的遅刻にすら妙な罪悪感を覚えてしまっているらしく、言わずとも良いことを言ってしまう。
「何がどう大変だったのじゃ?」
「左近殿が?どうされたのですか?」
どうもこうもない。殿、行ってらっしゃい、と手を振られただけだ。それに三成も土産を買ってきてやる、と頷き返し――そんな平和過ぎる遣り取りを遅刻の言い訳にするのは、三成にとって至難の業だ。
「け、怪我をした…とかにしておく」
消え入りそうな声だったから、最後の部分は政宗と幸村に聞かれずに済んだ。
「どうしたのじゃ!大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫だ。左近は丈夫だからな」
「しかし心配です。一体何があったのですか?」
兼続を待たねばならないから、この場所を離れる訳にはいかない。
そんな中左近が怪我をしたらしいというショッキングな誤報を聞かされて、嫌が応にも二人の関心は三成に向く。
「こ、転んで、滑って、ひっくり返って…頭とかを打った、のだ?」
転んだも滑ったもひっくり返ったも、概ね同じ言葉なのだが、三成は気付いていない。吐き慣れぬ嘘の所為で語尾は疑問形だ。
が、政宗と幸村はあっさり騙された。真面目だと思われている三成の人徳が悪い意味で発揮されているのだ。
「それはおおごとです!遊園地なんて行ってる場合じゃないですよ?お見舞いに行きましょうか?」
「それは困る!」
だって左近はぴんぴんしてて、今頃は布団でも干してるのだろうから。
「三成、頭を舐めるな!酷く転んだのであれば検査を受けさせた方がいいぞ?!」
こういう時だけ気遣いを如何なく発揮してくる政宗もうざい。が、言い出したのは自分であるから、三成も引き下がれない。
二人に見守られ、三成は心中左近に土下座しながらメールを打った。
『頭は大丈夫か。病院で検査でも受けてみたらどうだ』
三成の話が本当であるならば、これ以上ない労いの言葉であろうが、意味がちっとも分からぬ左近にすれば、失礼なことこの上ない文面である。
案の定すぐに来た左近からの返信は『大丈夫ですが…俺、殿に何かしましたっけ?』という疑惑に満ちたもので、とりあえず何とか隙を見て左近に謝罪のメールを送らなければ、と三成は決意する。
無駄に悠然とした態度で兼続がやってきたのは、丁度その時の話で(三成との計画通り、兼続はかっきり二十分遅れてやってきた)兼続がこんな面倒な策を考えるから俺は左近に謝らねばならなくなったではないか、と三成は自分の嘘の下手さを棚に上げて思う。
とはいえ、兼続の登場により左近の話題が消えてなくなったのは三成にとって幸いだったが。
一度は書いてみたい遊園地ネタで、三成と兼続による、全く無駄な作戦。まだ遊園地にも到着してないけどな…。
ダテサナだけど多分主役はあわあわする三成なんだろうと思います。
場合によっては怒られても仕方ないお節介な行動ですが、この四人がやったら可愛いと思われ。
遊園地の名前は、以前日記で話してた「しばたかめわりランド」にしようと思ったんですが、名前なんかどうでもいいってことに気付いた。
(10/07/22)