決意通り隙を見て、左近にかいつまんで事情を説明し、謝罪のメールを送った三成がやっと胸の閊えを下ろした頃、四人は遊園地に到着した。
意気揚々と門を潜る兼続に、幸村と政宗が続く。
「何だか年甲斐もなくわくわくしてきたな!これも私の義が進めと命じる所為であろう!さて、何に乗るとしようか!」
兼続はそう叫びながら一番後ろからついてくる三成に、ちらりと視線を送った。実は兼続のこの台詞すら、計画の一環である。
兼続の言を受けて三成がこれでもかと絶叫系のアトラクションを勧め、疲れた頃にお化け屋敷を推し、最後は観覧車だ。
ありがち過ぎる上に非常に大雑把な展開だが、それでも兼続は遊園地のパンフレットと首っ引きで懸命に計画を練ったのだ。
「やはりジェットコースターだろ…」
三成の言葉が終わらぬうちに、幸村がぼそりと言った。
「ジェットコースターは三成殿がお嫌ですよね?」
「なっ!そんなことはない!」
「無理するな。貴様、どう考えてもあれらは苦手であろう?酔われても此方が困るしな」
乗ってくれないと此方も困るのだ!とは返せぬ三成である。
「お、俺は、本当は、ジェットコースターとかが好きなのだ!」
そう言いながら兼続に視線を送る。まさか自分の所為で計画が頓挫するなど、申し訳なさ過ぎる。(頓挫しても問題ないということは、三成は夢にも思っていない)
「じゃがな、車如きで酔う貴様がジェットコースターに乗れるとは思えぬ」
「そうですよ、乗れなくても誰も笑いませぬよ?」
別に三成が乗らずとも、政宗と幸村を隣り合わせて乗り物に乗らせる方法など幾らでもあるのだけど、融通の利かぬ三成はそこまで思い至らないし、兼続もそれが最善の策だと信じているので、咄嗟に切り替えが利かぬ。
「…だがな、幸村。怖がる人間を無理矢理絶叫マシンに乗せる。これこそ遊園地の醍醐味であり、即ち、義ではないかな?!」
不穏な流れを受けて無茶苦茶なことを言い出した兼続は、実はかなりテンパっているらしい。義やら愛やらに気を取られて、方便の一つも言えぬツケがまさかこんなことろで回ってくるとは。
「義には思えませぬが」
「儂には不義に見えるぞ?」
不義に満ち溢れた兼続の言葉をフォローしたのは、何と三成だった。
「いや、それこそが義なのだ!良く言ってくれた兼続!皆、俺の無様さを笑うと良いのだよ!」
半ば捨て鉢になった三成がそう叫び、幸村と政宗は、兼続に引っ張られながら何が何だか分からぬうちにいくつかのコースターに乗せられる羽目になった。(勿論、政宗と幸村は隣同士で)
案の定、遊園地内の最後の絶叫マシンを降りた三成は、その場に崩れるようにへたり込んだ。
「だから申し上げたではないですか。無理なさったら駄目ですよ?」
幸村が背中を擦ろうとするのを、三成は転がりながら避けた。何とも無駄な緊急回避である。
俺に構うな!政宗に構ってやれ!そうでもしないと俺達の計画は水泡に帰するのだよ!そう叫びたい気持ちでいっぱいだったが、三成は叫ぶことも出来ない。口を開くと言葉ではない何かが飛び出しそうなのだ。
「儂、何処かで茶でも買うてく…」
「それはいい!山犬だけでは心許ない!幸村、ついて行ってやってくれぬか?私はここで三成の様子を見ていようではないか!」
「え?しかし三成殿お一人では動けないでしょう?私も兼続殿と一緒に三成殿をベンチに運びますけど」
「茶くらいは、儂、一人で買うて来られるが」
「何を言う!山犬が選んだ茶など、不義過ぎて飲めるか!」
「…じゃ、私が買ってきましょうか?」
「駄目だ!私一人でここは充分だ!武士の情けがあるのであれば、三成の無様な姿をこれ以上見てはくれるな!いいから二人で茶を買ってこい!頼んだぞ!」
「武士の情けって…三成を笑うのが醍醐味だと言うておったのは貴様じゃろう、兼続」
「不義いいい!いいからさっさと行け!これ以上不義を重ねるのであれば、私の護符が火を噴くぞ!」
三成も必死だが、兼続もこれ以上ないくらい必死な剣幕で二人を追い払う。
(多大な不審と共に、であるが)政宗と幸村を二人っきりにさせることに何とか成功した兼続は、三成を背負いベンチまで運んだ。
「すまない、兼続…俺が酔いやすい体質なばかりに…」
「それを言うな。私こそ三成に謝らねばならぬ。いくら幸村の為とはいえ、友を嘲笑うような不義を働いたのだ」
「兼続…」
「それだけではない。私と三成、二人共絶叫マシンが苦手、ということにしておけば、幸村は政宗と二人で楽しめたかもしれぬ、とつい先程思い付いてしまった」
「それは…先に思い付いて欲しかったな…」
「ああ…私の義が足りなかったようだ。すまない」
辛うじて辿りついたベンチから、四人分の飲み物を抱えた幸村が見えた。
幸村が運んでいたペットボトルを政宗が二つ、手にとって何事か囁き合っている。きっと幸村は軽く礼でも述べているのであろう。政宗は至極嬉しそうな顔で、幸村に惜しみない笑顔を見せていた。
「…何だか俺は、凄く報われた気分だ」
「そうだな、私も三成を無理矢理ジェットコースターに乗せたことが無駄にならなさそうで、ほっとしているところだ」
本当はもう今更、報われるも何もないんだよ、という真相を告げる人は誰もいないから、三成と兼続はぼんやりと二人を見ている。
三成がやっと回復し、少々早めの昼食を摂った四人は(勿論席の場所決めで一悶着あった)兼続の計画通り、お化け屋敷に向かう。
が、途中のコーヒーカップの前で幸村がおもむろに立ち止った。
「…あれは…幸村は乗りたがっているのかな、三成」
「そのようだ。しかし次はお化け屋敷だろう?」
あくまでも三成は、兼続が立てた計画から反れまいとそんなことを言う。
「いや待て三成。流れゆく景色を恋人と一緒に楽しむ、というのも義溢れる良いものだろう。よし、乗るぞ!いや、二人を乗せるぞ!」
こそこそ策を練っていた兼続らのところに、ターゲットたる二人の会話が聞こえた。
「あれに乗りたいのか?」
「ええ、面白いじゃないですか」
「儂はお主と乗るのは嫌じゃぞ。思い切り回すつもりじゃろうが」
「だってコーヒーカップなんて全力で回さないと楽しくないですよ?」
これはいかん、とばかりに、三成は二人に駆け寄った。
走るとまだ胃の辺りがぐらぐらするが、今は構っている場合ではない。
「いいから、一緒に乗ってやれ、政宗」
「だがな、儂、回転系は苦手なんじゃ」
「でしたら兼続殿、一緒に乗りませんか?」
「いかん、幸村!それは不義だ!私の中の義が幸村と共に乗るなと命じる!」
「何を言うとるんじゃ、兼続?それで良いではないか。儂、三成と乗るぞ。それなら馬鹿みたいに回さんで良いしな」
困ったのは三成と兼続である。
あくまでも政宗と幸村を一緒に乗せないと意味がないのだ。コーヒーカップに一緒に乗ったからといって想いを分かりあえることなどないだろうが、三成は政宗なんかと乗っても意味はないと思っているし、兼続だって幸村には是非政宗と乗って欲しいのである。
「お、俺は駄目だ!」
「何じゃ、まだ酔うとるんか?ならば儂は三成とそこで待っておるわ。さすがに心配じゃしな」
「では兼続殿、参りましょうか」
「だ、駄目だ!それは不義だ、幸村!ええと、私も回転系は苦手でな!私は三成と一緒に待つことにしよう!」
「何を言うか兼続。貴様が一番得意じゃろうが。いいから三成は儂に任せよ」
兼続の渾身の嘘は、あっさり看破された。さっきまでけたたましい笑い声と共にぐるぐる回る絶叫マシンに乗っていたことを、兼続は後悔する。が、もう遅い。
幸村はぐいぐい背中を押してくるし、政宗は三成を引き連れベンチに向かおうとするし、絶体絶命だ。
訳の分からなくなった兼続は、遂にこんなことを叫ぶ。
「わ、私は三度の飯より義より、コーヒーカップを凄く回すのが好きなのだ!」
「ですよねー。吹っ飛ぶくらいまで回してこそのコーヒーカップです!兼続殿、是非一緒に乗ってくださいませ」
「いや、それ以上だ!義が千切れ飛ぶくらいに回すのが好きなのだ!よって幸村と乗ることは出来ぬ!遠心分離機も目を回すほどだぞ!それによって幸村の義が吹き飛んだら申し訳ないからな!」
「そうなのですか?でも私は兼続殿と乗りたく思うのですが」
尚も兼続を誘おうとする幸村の言葉を遮ったのは、三成だった。薄い胸を叩きながら、こんなことを言う。
「そうだぞ、幸村!兼続の義の大回転に耐えられるのは俺くらいのものだ!」
三成も、もう何が何だか分からなくなっているのだろう。
先程のダメージも相まってこのまま乗ったら吐くこと必至であろうに、三成は腹を括った。覚悟を決めた三成は、無駄に男らしい。
「良く言った、三成!その溢れんばかりの義!私の回転にも充分に耐えうるであろう!よし、共に乗るぞ、三成!」
慌てふためきながらもコーヒーカップに向かう三成と兼続。二人を見送りながら、幸村は政宗にこっそり話しかける。
「政宗殿、あのお二人」
「ああ、おかしいよな。何企んでおるんじゃろうな」
顔を寄せ合ってひそひそ話す二人を見れば、既に出来上がっていることなど分かりそうなものだろうが、込み上げる胃液を呑み込んで顔面蒼白なままコーヒーカップに乗り込む三成と、三成をこっそり心配しながらも真剣な面持ちでハンドルに手をかけた兼続は、全くもって何も気付いていないのだった。
三成が可哀想です。けど私は、こういう時無駄に男前な三成が、大好きです。
決して嫌いじゃないですが、いつも気持ち悪くなるのに
遊園地行くと必ずコーヒーカップに乗っちゃうのは、何でだろうと自分でも思います。
(10/07/24)