当然、というか、もう言わなくても良いくらいに分かり切った結果なのだが、やはり三成は大変なことになった。
幸村の容赦ないハンドル捌きに、政宗も少しだけ気分が悪くなったが、トイレに駆け込んだまま出て来ない三成には、比ぶべくもない。それでも十数分後、よろよろしながら個室から出てきた三成は、目を真っ赤にしながらこう言った。
「…次はお化け屋敷だ…いいか…」
少し休憩したらどうか、という政宗と幸村の提案も、三成には聞こえない。
鬼気迫る表情に押され幸村が小さく頷いたのを良いことに、三成はお化け屋敷への道のりをずんずん進む。お化け屋敷内を進む二人乗りの車は、乗り物としては大人しい方かもしれないが、絶叫マシンどころかお化け屋敷も苦手な三成にとっては、苦行の連続のようなものだろう。
当然のように兼続と一緒に入ろうとする三成を、幸村は呼び止めた。
「そういえば私、さっきから政宗殿としかご一緒してない気がするのですが」
政宗もそれに続く。
「折角じゃし、じゃんけんで乗る組み合わせを決めてみるか?」
「不義いいいい!」
お化け屋敷の中から聞こえてくるおどろおどろしいBGMに既に及び腰だった三成に代わって、兼続が叫ぶ。
「このように弱っている三成を見捨てて、幸村或いは山犬とお化け屋敷に入ることなど、私には出来ぬ!」
「ならば三成を休ませてやったらどうじゃ?」
「しつこいぞ!俺は大丈夫だと言っている!」
「それに…そうだ!私と入ると、私の義に共鳴した本物が出るかもしれぬぞ!それでも良いのか!」
「意味は分かりませんが、でしたら尚のこと、お化け屋敷が苦手な三成殿と入る訳にはいかないのでは…」
兼続の奇妙な理屈に幸村が口を挟む。が、三成は矜持を振りかざしてそれを止めた。
「俺は…俺は、本物よりも偽物の方が怖い!だから本物が出るかもしれない兼続と入りたいのだよ!」
「その意気だ!よし、行くぞ三成!私とそなたの義に共鳴した本物がきっと出るであろう!」
どう考えてもおかしい三成と、普段からおかしいがそれ以上におかしい兼続を見送った幸村は、政宗と共にお化け屋敷の小さな車に乗り込んだ。
まだ殆ど進んでいない筈なのに、早速先を行った三成のつんざくような悲鳴が聞こえる。
「…政宗殿、絶対あのお二人、おかしいですよね?」
「心当たりがないわけではないがな。お主も何となく分かっておろう?」
先程三成が絶叫した箇所を悠々と通りながら、政宗と幸村はそんな話をする。勿論大声で話したら前を行く二人に聞こえてしまうかもしれないから、ひっそりと寄り添いながら。
「ちょっと露骨過ぎますよね」
「言わずとも分かっておると思うておったが」
「ちゃんと言うべきでしたか?」
「でも今言うたら、あ奴らの努力を無駄にする気がするな」
そう言う政宗は、含み笑いを絶やさない。
「実は分かってて、コーヒーカップには乗らない、三成殿と一緒にいるって仰ったんでしょう?」
「お主もそうじゃろうが。あんまり兼続兼続言うから、儂は少し嫉妬したぞ?」
不本意ながら頬が熱い。暗がりのお化け屋敷の中で良かった、と幸村は思う。
それにそんなことを言うなら、あまりに三成の体調を気遣う政宗にむかついたのは此方の方だ。政宗の行動がわざとらしかったから、何か思うところがあるのだろうと考えてはいたが。
大体あの二人だって、余計なお世話と言えば余計なお世話であって、私だって少しイラっときてたんです。
そう白状しようと思ったら、再び前方から三成の悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃああああ!左近!左近は何処だ!左近に命じてあいつを成敗させる!」という声と共に「三成!しっかりしろ!あれは偽物だ、三成!義をしっかり持て!」という兼続の叫びも。
何だか二人に怒るのも、政宗に八つ当たりするのも馬鹿馬鹿しくなって、幸村はこっそり言う。
「ちょっと、怖いですね」
「嘘を申すな。お主がこんな子供騙しで震え上がる訳なかろう」
そう言った癖に、政宗は幸村の手をしっかり握ってくれた。
確かにちっとも怖くはなかったけど、心強くはなるのに、と言おうとしたが、言い出せぬまま遥か前方に明るく光る出口が見えたので、幸村は口を噤んだ。
「まさか、最後の最後にあんな大物が出るとは思わなかったのだよ…」
明るい太陽の下に出たからか、それとも幸村と政宗の為に考えたコースの内、とりわけ苦手なものはとりあえず制覇してやった、という気持ちがそうさせたのか、三成は遂に弱音を隠すことなく曝け出した。
まあ、仕様がないだろう。最後の最後に蒟蒻が飛んできて(感触から蒟蒻だと思うが、暗がりだったので正確なことは分からない)が首筋を撫でる趣向があるなんて思わなかった。幸村でさえ、思わず悲鳴を呑み込んだくらいだし。
「蒟蒻は驚きますよね」
偶然にも乗り物の左側に乗っていた兼続と政宗は、蒟蒻の洗礼を受けていない。
二人乗りのお化け屋敷の内、片方だけにそんなものが飛んでくるなんて、何て悪趣味なアトラクションだ、と三成が毒づきながら続ける。
「幸村は平気だったのか?」
「…ええ、まあ」
幸村が上げかけた悲鳴は恐怖と言うよりも驚きによるものだったのだが、それを主張することは三成のプライドに傷をつけることなんじゃないか、と考えた幸村は言葉を濁す。
「だが三成程でなくとも、幸村の声は出口のところで待っていた私にも聞こえてきたぞ!お化け屋敷で怖がることは恥ずかしいことではない!山犬がいて、さぞ、心強かったことであろう!」
確かに兼続の言う通り、一度だけ悲鳴、のようなものを幸村は上げてしまったが、それは蒟蒻とは一切関係ない叫び声だったのだ。幸村は反芻して少しだけ頬を上気させた。
それに気を良くしたのか、何か勘違いしたのか、兼続がぐいぐい追及してくる。
「身を寄せ合い、手を取り合って挑めば、お化け屋敷など恐るるに足りんぞ!」
実はそうしてもらっていた、とは言い難い。それは恐怖の所為ではなかったが。
「暗闇の中で化け物に怯えながら感じる他人の体温は、特別なものだからな!」
兼続にしては珍しく、政宗と幸村をくっつける、という目的を忘れていないらしい。
それはもう構わないのだけど、本当はそれ以上のことがあったんです、なんて言い出せるわけがない。
あの時、少しだけ驚いた幸村を見た政宗は、「もっと怖がってくれれば儂も楽しいのじゃが」なんて軽口を叩いた。それだけであれば何の問題もないのだが、あろうことか政宗は、笑みを浮かべながら握ったままの幸村の指先に、そっと唇を押し当てたのだ。
前方の仄かな灯りの中に、兼続と三成の姿(三成が出口でよろめいている姿まではっきり見えた)が浮かび上がっている、そのくらいの距離で。
幸村が悲鳴を上げたのも無理はない。
「だが驚いてはおったよな」
当の政宗は、あっけらかんとそんなことを言う。
何に驚いたと思っているのだ、と思わず睨みつけた幸村を覗き込んで、政宗は愉快そうに笑った。
「ずっと手を握ってやっていたのに、のう?」
政宗の言葉に兼続が色めき立つ。頭を抱えたまま微動だにしなかった三成さえ、顔を上げて此方を見た。幸村は何だか居た堪れない。
「繋いだのか!手を!よくやったぞ、山犬!正に義だな!」
「そのくらいは儂とてしてやるぞ?他でもない、幸村だしな」
意味ありげな政宗の台詞に幸村は肝を冷やしたが、良かった良かったと手を取り合って喜ぶ兼続と三成は、そこまで考えていないらしい。というか、くっつけようとしている当人達を前に、あからさま過ぎるこの反応はおかしい。それ以上に、これでばれていないと思っているであろう三成達は、どう考えてもおかしい。
それを尻目に、幸村はこっそり政宗に耳打ちする。
「政宗殿、気付いてない振りはやめたんですか?」
「儂らをどうこうしようとしているということは、即ち儂らで遊んでおる、ということじゃろうが。だから儂もこ奴らの阿呆な企みを揶揄って何が悪い」
言っていることは分かるが、つまり政宗は面倒になったということだろう。政宗の性格なんか、自分が一番良く分かっているのだ。
気付いていない振りをするのを止めるのであれば、それはそれで事前に言って欲しいが、くっつけようという目論見に怒り出さなかっただけ良かったと思うべきなのかもしれない。
「…だが所詮他人事なのに、兼続は必死過ぎるし、三成は頑張り過ぎじゃと思う」
別にそれは、優しさでも何でもない、馴れ合いのようなものなのだけど、だから三成達に向かって怒れない政宗は、結構好きだ、と幸村は思う。
一応、二人がいちゃいちゃしているとこを入れてみた。(い、一応)
私が子供の頃よく行った遊園地には、お化け屋敷の出口で蒟蒻が飛んできて、
なんとゆうことをするものだ、と憤慨したものです。あれは怖かった。
(10/07/27)