三成と兼続の計画通り、政宗と幸村はその後観覧車に乗せられた。
観覧車だったら酔うこともないだろうし、お化けも出ない。地上を見下ろすその高さに多少ぞっとしたとしても、大したことではないだろう。
何処となく嬉しそうに自分達を見送る三成を見ながら幸村がそんなことを考えていたなんて、三成本人はきっと夢にも思っていない。
兼続と二人、差し向かいで観覧車に乗り込んだ三成は、扉が閉められるなり兼続に珍しくも満面の笑みを見せた。
「なかなか良い雰囲気ではないか…!」
「そうだな、三成!一先ず我々の計画は成功したと言っても良いだろう!お化け屋敷からこっち、あの二人は何だか寄り添うかのように一緒に行動しているしな!」
政宗が(ついでにちょっと幸村も)面倒になった所為である。が、兼続はそれを自分の手柄だと信じて疑わない。
「そしてとどめにこの観覧車だ!山犬め、いっそここで幸村に想いの丈を打ち明けてしまえば良いのにな!いやしかし、少々のハプニングはあったが、徹夜で立てた計画が成功して良かった!本当に良かった!」
こんな計画を徹夜で練る方も練る方だが、三成はそれに軽く頷くと背後を振り返る。
一つ隣のゴンドラに揺られている二人の声は聞こえないが、此方を向いて座っている幸村が政宗に何か話しかけたのが見えた。
ベタな展開ではあるが、二人だけの空間で腰をおろしてゆっくり話せる観覧車が愛される訳だ、と三成は思う。相手が友人だろうが恋人だろうが、「今日は楽しかった」と面と向かって口に出せる人間は少ないだろうし、そういう者達にとって観覧車は正にうってつけなのだろう。
「こら、三成!気になるのは分かるがそんなに二人を見てくれるな!仮に良い雰囲気になってもお前が凝視していたら、山犬といえど手を出せまい!」
「それもそうか」
観覧車の中で政宗に何処までさせる気だ、とすら思わない三成は、兼続の言葉に従うかのように姿勢を戻した。
「だが三成…本当に今日のそなたの義は輝いていた…改めて三成の義の深さを痛感したよ」
「どうした、急に」
「あのように苦手なジェットコースターに何度も挑み、無様に酔い潰れた上にコーヒーカップで吐くまで回され、情けないことに作りものの化け物にさんざん悲鳴を上げた挙句、高所恐怖症を振り払いながらも観覧車に揺られるなど、なかなか出来ぬ」
兼続は、これでも三成を心底褒めている。
「そうか、俺も微力ながら二人の仲を取り持つことが出来て、満更でもないのだよ」
「何という義だ!そなたこそ私の次に義人という称号に相応しい!大丈夫だ、三成!きっとあの二人は上手くいくだろう!そなたの義と私の義が、彼らの愛を導いたのだ!義と義が集えば何事をも成せよう!」
「そうだな、兼続。全ては義、かもしれぬ」
「景色もご覧にならないで、あの二人は何をお話しなさっているのでしょうね」
「大方、奴らの義で儂らがくっついただとかそんな馬鹿な話であろう?」
「やっぱり早く報告しておくべきだったんでしょうか」
「そうじゃよな…いっそここでお主を押し倒しでもしたら分かってくれるやもしれぬな」
「こんなところで押し倒されても困ります」
「冗談じゃ」
観覧車の中の二人はそんな話をしていたのだが、三成達には聞こえない。
兼続には見るなと言われたが、どうしても気になって、三成は時折ちらちらと後ろを覗き見る。
観覧車の小さな窓から見える幸村は、楽しそうに笑ったり、時折困ったような顔を見せたり、心なしか政宗に甘えているように見えて、三成はほっと息を吐いた。
今日中に二人がどれだけ進展したのかまでは分からないが、とりあえず俺の使命は終わった、とばかりに、三成は左近への土産を選んでいた。
行きがけにあれだけ失礼なメールを送ったのだ。左近は一応分かってくれたようだが、報いねば気が済まぬ三成は、左近の好きそうな土産を選ぶのに余念がない。と、そこに兼続が近寄ってくる。
「分かっているな、三成。仲良さそうに土産を選んでいるあの二人の邪魔をしてはいかんぞ」
プリンと饅頭を見比べて難しい顔をしている幸村に、政宗が財布を取り出しながら何か話している。
そうか。家に帰るまでが遠足、つまりは家に帰るまでが、兼続曰く『気概と義と愛が何とかのらぶらぶ大作戦』という訳だな。
懐かしいフレーズを頭の中で繰り返しながら、三成はその場をそっと離れた。それまでは良かった、が。
「糞、いつまであいつらはあそこにいるつもりだ」
土産の菓子を置いてあるコーナーから、幸村がちっとも動かないのだ。政宗が幸村の隣にいる以上、三成がしゃしゃり出て行く訳にもいかない。(別に良いのだけど、三成の融通の利かなさは最早日ノ本一くらいだ)
少しでも美味しそうな菓子を選ぼうと思ったのに、目の前にあるのはどう考えても左近には似合わないキャラクターのストラップである。
そうこうしている内に帰りの電車の時間は迫っている。
早くしろ、と兼続に急かされ仕方なく三成はストラップを鷲掴みレジに走った。
きっと土産の袋を開けた左近は、変な顔をするだろう。俺はまた左近に事情を説明せねばならぬ、いやそれはどうでもいいが。
左近に心中深く詫びながら三成は、俺の遊園地は左近への謝罪に始まり謝罪に終わるのか、とちょっと悲しくなったのだった。
後日、三成は幸村から政宗とのことを打ち明けられた。
「そうか…本当に良かったな、お前ら…」
三成の脳裏にあの苦しかった遊園地の思い出が浮かぶ。
二人の幸せの為に乗り物に酔い、悲鳴を上げたことは無駄ではなかった。
早速兼続に教えてやろうとして、三成はふと尋ねた。単純な好奇心からだ。
「で、いつから付き合い始めたのだ。昨日か?一昨日か?」
あー、と変な呻き声を上げたまま、幸村が暫く絶句した。政宗も何だか話し難そうに顔を背ける。
「………さ、最近です」
「そうか、最近か!して具体的にはいつなのだ?」
「…ああ、もう面倒じゃ!本当のことを言うとな、かれこれ半年くらいは付き合うとるわ!」
「政宗殿!」
「半年だと?!どういうことだ!」
幸村が非難めいた声を上げたが、立ち竦む三成にはどうでも良いことだった。
「あのな、これからも三成との交誼は続くんじゃぞ?こんなことで嘘を言ってどうする?ずっと騙し続けるのか?」
「それはそうですけど…」
「…一体…俺は何の為にあんな辛い思いをして…」
三成がよろよろとへたり込む。あんなに必死だったのに。
しかも遊園地から帰った次の日は、体調を崩して丸一日寝込んだと言うのに。
「俺の義は…義は潰えるか…」
「あ、あのな、三成!貴様には感謝しておるぞ?おかげで幸村と楽しく過ごせたのじゃ!」
「そうです、三成殿!無駄だったなんてことなくて、その!」
「こら、幸村!無駄とか言うな!」
「…いいのだ。元はと言えば俺達が勝手にやったこと、気にするな…」
気にするな、と言われても、へたり込みながら言われては気にならぬ筈もない。
おろおろする二人に囲まれながら暫く打ちひしがれていた三成だったが、やがて立ち上がると幸村と政宗、二人を見据えて毅然と言い放った。
「頼むから、兼続には言わないでやってくれ。お前らが想いを伝えあったのは遊園地の後、ということにしておいてくれ。あいつは夜も寝ずにあの計画を練ったのだ。俺は…俺は、兼続を悲しませたくはない」
「三成殿…」
「それに…あんな機会でもなければ、ジェットコースターに乗ることはなかったし、お化け屋敷に入ることもなかっただろう。俺のことは良いのだ。だが、兼続だけは…!」
「三成、貴様…貴様の志は兼続なんかよりよっぽど義じゃ!」
「そうですね、義ですよ!」
「そうか…俺は義か…ならば良かった…」
義ー義ー叫びながら万歳をする三人の声を聞きつけ(聞きつけたのは声というより、義という単語だろうが)兼続が寄ってきた。
例の良く通る声でひとしきり「義!」と叫んだものの、全く事情が分かっていない兼続に、政宗が上手いこと嘘を吐き、幸村が頷き、三成は何処か寂しそうな笑みを浮かべていたのだが。
更にその後日「あの二人は驚くほど仲が良いな!」と漏らした兼続に、「付き合いが長いのだから当たり前だろう」とつい本当のことを言ってしまった三成が、兼続に真相を追及され、しどろもどろに真実を語ってしまったのは、また別のお話である。
でもきっと兼続は気にしない。
そんなことより三成は本当にいい子だよ!義だよ!
この四人の友情は三成の義に支えられているところが大き過ぎると思う。
(10/08/05)