歯の浮くような台詞をべらべらと喋る幸村も確かに嫌じゃが、あ奴は奥ゆかしすぎる!
政宗は大声でそう叫ぶと目の前の文机に拳を思くそ叩き付けた。
 
政宗どの好きですー愛してますーとか偶には口走って欲しいだけだろう。そうならそうと本人に言ってみれば良いのだ。
変なところで度胸がないから(そもそもそんなこと頼むのも自尊心が邪魔するだろうし、頼んでばっさり断られたらと思うと言うことも出来ぬのだろう)結局政宗は今日も今日とて三成の部屋に押しかけ、まだ仕事中の三成の文机をばんばん叩いて詮無き主張をすることになるのだ。
 
いい迷惑だとばかりに三成は全身の力を眼力に変え目の前の政宗を睨めつけてみたが、隻眼の所為で視界が狭いから効果が半減なのか、それともそもそも幸村のことしか見えていないのか(多分、こっちが正解だ)、全く効き目はなかった。
 
全く、恋とは盲目とはよく言ったものである。
 
あと、文句なら文句で、分かり易く言え。「奥ゆかしい」はどちらかと言うと褒め言葉だ。
 
「当たり前だ!儂が幸村の悪口など言うと思うたか!」
「だが不満なのだろう?」
 
間髪入れずにそう返せば、政宗がぐっと言葉に詰まる。そんな政宗の間抜け面に、先程の衝撃で卓上の墨が飛び散った溜飲を少し下げてしまった三成は、いい気になって語り出した。
 
「貴様はそう言うが、幸村は割合恥ずかしいことを言うぞ」
「は、恥ずかしいってどういうことじゃ!何故貴様が知っておる!」
 
政宗の脳内には、それはもうあんあん喘ぎながら恥ずかしい台詞を口にする幸村の媚態が一瞬にして浮かんだのであるが、さすがに三成といえど政宗の頭の中までは覗けぬ。
不審げに、しかし「例えば、だが」と、かつて幸村がその生真面目な性質故に口に出した様々な台詞を思い出す三成を、政宗は固唾を呑んで見守った。
 
「小田原攻めの時は事もあろうに兼続と義を貫くなどと叫んでいた。兼続どころか幸村まで阿呆の子のようで、非常に居た堪れなかった。呆気に取られていた敵兵にまで俺は謝ったのだぞ」
「ああ、何じゃ、そっちの恥ずかしいか…それは可愛いな」
 
恥ずかしいにそっちもこっちもあるのか?
眉根を寄せた三成に「つまりあっち関係の恥ずかしいかと思ってな。儂の早とちりじゃ」政宗がそう耳打ちした瞬間、隣の部屋から「政宗さん、殿にあんまり変なこと吹き込まないでくださいよ」という左近の教育的指導が飛んできた。
おかげで、恥ずかしいのそっちとこっちとあっちは、つまり何なのだという三成の尤もな疑問が解消される機会はなくなったのであるが、それはこの際どうでもいい。
 
「そういえば先日など、三成殿は本当に純粋な人ですねと、真顔で言われた」
「は?純粋?佐和山の狐が純粋?」
「だから俺もそう返したのだ!」
 
ぷすーと噴出す政宗に三成が怒鳴りつける。友の恥ずかしい行動は笑い話にもなろうが、それが自分に向けられたというだけで、恥ずかしさは己にも降り掛かってくるものである。
むしろこの場合、一番恥ずかしいのは三成だ。
 
「そうしたら近くで見ていればすぐに分かりますなどと言うのだ!糞、純粋なのは幸村の方だ!」
 
羞恥を隠す為、その後の会話を詳らかにしたのがいけなかった。てっきり「そうじゃ!純粋なのは儂の幸村の方じゃ」とか何とか、にまにましながら返すかと思った政宗が突如立ち上がり喚く。
 
「何じゃと!儂もそんなこと言われてみたいわ!」
「待て、政宗。貴様のキャラではどう考えても純粋という言葉は似合わん」
「ええい、そんなことは儂が一番良く分かっておるわ、馬鹿め!例えば『近くで見ていると政宗どのへの愛しさが益々募ります…』とか言われたいんじゃて!」
 
そうか、ポイントは近くで見ていれば的な台詞か。地団駄まで踏んで激昂する政宗を無視して三成は嘆息する。
ああ、話が元に戻ってしまった。
 
「何故三成にはそんなこっ恥ずかしいことが言えるのに儂には言えぬのじゃ!」
「知るか。俺に言うな」
「しかも兼続とはギーギー叫べるのに、じゃ!」
「ふむ、俺もそれについては尋ねてみたいと思わんでもない」
「畜生、こうなったら直談判じゃ!見ておれ、幸村!」
 
ついに政宗がプライドも何もかもを投げ捨てた。ばたばたと走り去っていく足音にほっとし三成が筆を握り直したのも束の間、再び近寄ってくる足音。それも三人分。
何故戻ってくるのだ、しかも一人、多くないか、政宗。舌打をしながら咄嗟に身構える三成。
 
「いいか、幸村!そこに直れ!」
「おっとこれは騒々しい!何を始めようと言うのかな、山犬?!不義を行うというのであれば、この義と愛の戦士、直江山城と、ついでに毘沙門天が許さぬぞ!」
 
幸村の腕を引いたまま、三成の部屋の襖を開けながらの台詞としては大分おかしいが、政宗は真剣だ。すわ何事ぞ、と姿勢を正した幸村の顔を覗き込むようにしゃがんだ政宗は、ものすげえ勢いで愛の戦士・兼続も吃驚な睦言を叫び出した。
 
「儂はお主を好いておる!否、愛しておる!お主の為なら天下だって取ってやっても良いくらいじゃし、目の中に入れても痛うない!」
 
天下、の件で三成は顔を顰めたが、政宗にも、呆気に取られている幸村にも(ついでに愛!と叫んだ兼続にも)そんなこと見えはしない。
 
「おお!これは何たる愛であろうか!山犬の愛にはこの私も全くもって頭が下がる思いだ!これで貴様が不義を改めれば義と愛の世、遠くはないぞ!」
 
言葉を失った幸村の代わりに、兼続が感極まって叫ぶ。
 
「ええい、貴様は黙っておれ!儂は幸村に言っておるのじゃ!で、どうじゃ、幸村!」
「どうじゃ…と仰られましても…」
 
幸村のその返しは確かに正しい。
儂の思いの丈が分かったか?しかしお主は儂に一言もそれらしい言葉を吐いたことなどないであろう?どうじゃ、少しは言うてくれる気になったか?
これが多分政宗の理屈であろうが尤も肝心な二段階目の過程をすっとばしたものだから、幸村には全く意味が分からないに違いなのだ。それだけ政宗が動揺していることの証拠かもしれぬが。
 
中腰で掴み掛らんばかりに詰め寄る政宗と、姿勢も崩さず首を傾げたままの幸村は暫く見詰め合っていたが――やがてその均衡を破ったのは政宗だった。どっかと胡坐を掻くと幸村から視線を逸らしたまま、これ見よがしに大きく息を吐き出してみせる。
冷静に見れば、例えば三成なんかからすれば、あの噛み付くような政宗の告白(で、いいのか?)で確かに幸村は身体を震わせ、それこそ音が聞こえそうな勢いで頬を染めたのであるが、政宗に気付く余裕はない。まあ、俺もわざわざそんなこと指摘してやる義理はないしな。三成は思う。義理云々というか、正直かなり面倒臭いし。
 
「儂もお主の想いに全く気付けぬほど阿呆ではないがな。つか本当に気付けなんだらあんなことやこんなことまでするか!じゃが少しは報われたと思いたいのは人の性じゃろうて。前なんかな、歌までつけて文を書いたら『よく分かりませぬが語呂が良くて標語みたいでした』じゃと!標語ってどういうことじゃ!儂は交通安全推奨目的で作られたゆるキャラか!それとも何か?道路脇に立っとる看板か!」
「政む…」
 
面倒だと思っていたが、そこは流されやすく情に脆い(この中では)三成のこと。
うっかり同情しかけて声を掛けようとしたのだが、それより先に大音響を響かせた者がいた。それが誰であるかは言うまでもないが。
 
「山犬ううう!貴様…何といういじらしい、そして限りない愛!この不肖、直江山城、そなたの愛に感動を禁じ得ない!」
 
(恐らくは自分自身の台詞に)感極まった兼続は政宗の腰辺りにがばりとしがみ付いた。(ここで幸村はむっとした顔をしたが三成は呆気に取られるばかりでどうすることも出来なかったし、振り払おうとした政宗はあっさり兼続の力に絡め取られた)
 
「幸村にそれほど情緒が欠けていたとは!上杉にいた時分、武芸にばかり精を出す幸村に、私の溢れんばかりの才知を持ってして恋の手解きの一つでもしておくべきであった!すまない!本当にすまない!だが幸村は本当は義の子なのだ!どうか見捨てないでやってくれ!」
「いや、見捨てるも何も…儂そこまで本気だった訳ではのうてちょっと拗ねてみただけでな…っていいから、放せ!イカがうつるわ!」
「今からでも遅くはない!この私が全身全霊を持ってして幸村に身悶えするような恋の切なさを教えてやる故、暫し待ってはくれぬか?!」
「な!何故貴様如きが幸村にそんな手解きをせねばならぬのじゃ!」
「大丈夫だ!私の手管にかかれば幸村とて」
 
貴様、この気に乗じて幸村に手を出す気か、許さぬぞ!そう叫ぼうとした政宗を止めたのは、妙な方向に勢い付いた兼続でも、我に返りかけた三成でもなかった。
くい、と袂を引っ張られた政宗が振り返ろうとした瞬間、消え入りそうな幸村の声が届く。
 
「…困ります…」
「幸村?」
 
「幸村!発言は堂々と!それが義だ!して何かな?!私の手腕に不安でもあるのかな?!大丈夫だ、力を抜いて私に身を委ねるのだ!悪いようにはせんぞ!」
 
幸村は不穏なことを口走る兼続に目もくれず、暫く何の表情も読み取れぬ顔で政宗をじっと見ていたが、やがて蚊の鳴くような声でぼそりと呟いた。
 
「…これ以上切なくなるのは、困ります」
 
そしたらきっと、息も出来ない。
 
そう言って泣き出しそうな顔で幸村は笑った。自分と全く同じ表情を浮かべている政宗から、やっぱり目を逸らさずに。
 
 
 
 
 
「兼続、いい加減ああいうのは止めろ。貴様の暴言とテンションは心臓に悪い」
 
今回は結果的に丸く収まったがな、幸村をどうこうしようと目論むのは不義ではないのか。
先程の喧騒が嘘だったかのような部屋で湯飲みを握り締めながら三成が顔を顰める。それを物ともせず茶を啜っていた兼続は涼しい顔でこう返した。
 
「何事もきっかけが必要でな」
「貴様、もしかしてわざと…!」
「愛情の伝え方など人それぞれだろう。だが自分に合わせて欲しい、それは愚かかもしれぬが当然の願いではないかな?」
 
あんぐりと口を開ける三成に、人の悪い笑みを覗かせながら兼続が言う。
 
「少々力技だったがあの子にしては上出来だっただろう?いくら互いに絶対的な信頼を置いているとはいえ多少の危機感は必要だぞ。その為なら私が少々不義の誹りを受けるくらい甘んじて受けようではないか。あと鳥肌も」
「は?鳥肌?」
 
「あんな不義の物体と愛をもって抱き合えるなど幸村は凄いな!私など奴の不義に反応して鳥肌が立ってしまった!やはり義と不義は相容れぬ!」
 
何処まで本気か分からぬし、不義の物体だの鳥肌だのは酷い言い草だと思うが――凄いのはお前だ。
途端に憮然とした顔で政宗の不義を糾弾しだした兼続には聞こえぬよう、口中でもごもごと呟いたのだが。
 
「ん?何かな、三成!先程も言った通り、発言は堂々と!特に私を誉めそやすような内容であるなら尚更だ!恥ずかしがることなどないぞ!」
 
やはり、お前は馬鹿か。そう言ってはみたものの、今日だけはそれ以上兼続を責める気には、三成はどうしてもなれない。

 

 

話が続いてるか微妙ですが、続き的ななにか

「困ります」という幸村が書きたかっただけの話。そしてまた暴走。(誰が、とは言わないよ!)
けど自ら嫌われ役、ヨゴレ役になれる兼続は何だかんだで義の人だとおもう。政宗も幸村のためなら喜んでなれるけど。
去年の12月くらいから今年の6月くらいまで拍手にあげてたものですわい。
(10/10/22)