←別に厳密には続きじゃないですが、一応繋がっている気がする
昼につれ夜につれ政宗と幸村が共に過ごしているのは何だかもう当たり前のことだったのだが、いつも通り幸村の部屋の襖を開けようとした政宗は、少しばかり面食らった。
そりゃそうだ。昨日までは穏やかな笑みをもって迎えてくれていた恋人が、今日ばかりは自分が部屋の前に立った瞬間自動ドアの如く内側から勢い良く襖を開けたのだから。
「政宗どの、私はその、貴方のこと、を、あ!」
「何じゃ!どうした幸村!熱でもあるのか?!」
「貴方のことを!あれ?貴方様のことを?だっけ?その…あ!愛して!おります!」
「…とりあえず部屋に入っても良いか?」
幸村の奇行に一瞬は身体の調子でも悪いのかと勘繰った政宗だが、すぐに我に返った。
普段は小難しいことを考えることなど面倒だと言わんばかりにのほのほと過ごしているのに、時折どうしようもなくずれたことを気に病み、悩みまくった挙句、傍から見たら奇妙とも言える行動を取る。つまり大まかに言えば天然、ということで、多分幸村のちょっとした欠点だ(そこがまた政宗にとっては堪らない。だって大概は儂のことじゃしな、そう自惚れたりなんか、する)。
だから始めのうちは戸惑いこそすれ、ああ、またこ奴は阿呆なことを考えてるのだな、そう考えた政宗は幸村を部屋に押し戻した。
自分の部屋ではないけれど勝手知ったる恋人の部屋、幸村を座らせ正面に自らもどっかと腰を下ろす。
「で、何ぞ言いたいことでもあるのか?」
何とか落ち着かせようと幸村の両手を包み込むように取り、顔を覗き込んだのだが、幸村は政宗の手を振り払って立ち上がると再び奇声を上げた。
「政宗どの!私は貴方様の、こと!」
「それは立ち上がらねば言えぬのか?」
なるべく笑いを堪えながら突っ込むと、幸村はすとんと腰を下ろす。
「政宗どの、私は!貴方の」
「様が抜けたが良いのか?」
「まっさむねどの私!は!」
「始めから何度やり直すつもりじゃ。愛してます、まではしかと聞いたぞ?」
「…貴方様のことを思うと夜も、眠れず、侭ならぬ、この…身?ああ!魂を焦がすかの如く侭ならぬ想い、でしたっけ?」
「いや、儂が知るか。あと侭ならぬっておかしいぞ。ばっちり侭なっておるじゃろうが」
棒読みと疑問符の散りばめられた幸村の台詞を暫くにやにやと聞いていた政宗だが、ふと幸村の胸元に白いものが覗いているのを発見した。何じゃ、これは。さっと取り上げると幸村が顔色を変える。
「それは大事な!もう覚えたつもりだったんですが、自信がなくて!」
幸村の抗議を無視して広げてみた紙は、書状だった。
「貴方様の竜の如く気高いそのお姿が」「私の心は千々に乱れ」「心よりお慕い申し上げております」
全く心の篭っていない美辞麗句と睦言の数々。しかも無駄に長い。「憐れと思うてくださるのならどうぞ今宵一時のお情けを」なぞという、到底自分と幸村の間では有り得なさそうな常套句まで書かれている。今更今宵一時も糞もあるか。
しかも最後に一言(いや、一言にしてはやっぱり長いが)。「こんなもので如何かな、私に出来るのはここまでだ。頑張るのだぞ!あの山犬の鼻を明かしてやれ!」そして忌々しいあの花押。
こんなふざけた文面に花押なんて仰々しいものを書く者など一人しかいないではないか。つか、そもそもこんな馬鹿げたことする人物など。
「…兼続の差し金か」
これで真相はほぼ分かった。
恐らくは先日、甘い言葉の一つも掛けてもらいたいと拗ねた政宗を見て反省した幸村が何とかそれらしい睦言を捻り出そうとして、面白がった兼続が手を貸した、という寸法だ。あの義馬鹿が絡んでいるということには多少なりともむかついたが、それにしても。
「覚えたのか、これを?全部?」
「…はい、何度も練習しましたのに…」
つっかえてしまって上手く話せません。幸村はそう俯くが、いやいやそういうことじゃなくて。
「五?いや六尺はあるぞ…兼続も暇なのか?」
政宗の両手を広げても尚余るほどの長さの紙にびっしり書き込まれた文字。なのに幸村はそれが何だと言わんばかりに唯頷くのみ。
「しかもこんな馬鹿げた内容じゃぞ…?」
「馬鹿げてなどおりませぬ!」
初めて幸村が声を荒げる。
私が、一生懸命、政宗どのの好きなところをお伝えして、書いてもらったのです!
そこまで叫んで幸村ははたと口を押さえた。あのな、それを遊ばれておると言うのじゃ。
真面目腐った顔で話を聞いて、ほうほう、ならばこう言ってみてはどうかな?私が義と愛を込めてそなたの想いを代筆してやったぞ、あの馬鹿は尤もらしくそうほざいたに違いない。あ奴、詐欺師か何かに転職したらどうじゃ。
加えて何故か兼続を疑うことをしない幸村は(人質時代の最大の弊害だ)多大なる感謝と共に受け取って一生懸命覚えたのだろう。
お主は馬鹿か。そう言いたかったが口を出たのは全く違う言葉だった。
「好いたところって、あの馬鹿にどんなことを伝えたのじゃ…」
ぐ、と幸村が言葉に詰まる。
「儂がもっと上手く代弁してやる」
さらり、と指先だけで髪を辿れば、観念したように幸村が口を開いた。
「………指とか」
指?いきなり指か?!というか指などあの書状の何処にも書いてはおらなんだぞ!
「匂い、とか?」
「幸村?」
ピンポイントで匂い(せめて香りと言って欲しかったが)とか言われるのもどうかと思うが、そんな具体的な単語一つとして記されてないではないか!あのバ兼続に耳は付いておるのか?そう喚きたいのを何とか堪え、言い澱んでしまった幸村を促すようにそっと声を掛ける。
「その、声、とか」
僅かに湿った掌が、髪を弄んでいた政宗の手の甲にそっと触れる。幸村が静かに顔を上げた。自然見詰め合う格好になる。
「手とか、目とか、も」
ああ、そうか、きっと本当にそう告げたのではないのだろう。
政宗は幸村の手を握り返しながら思う。
「指とか」
「…もうそれは聞いた、つまり」
幸村は唯、その瞬間に感じている自分の一部を挙げているだけなのだとようやく気付く。
「全部か?」
全部だと、ちゃんと考えてないみたいですから。吐息のように紡がれる言葉に誘われるまま、政宗は幸村の手を離すことなく一つ、口づけを落とす。
「こうしているとこの辺りがすうすうなって、息が吸えないのにお腹いっぱいで空気も入らないような気分になります」
空いている方の手で自分の腹を押さえ、幸村は何かを待つように此方をじっと見上げる。そうだった。代弁してやると豪語したのは自分だった。
「切ないとか…苦しいとかか?」
「痛いのも、そうですか?」
あの甘美な痛みに何という言葉を付けたら良いのか分からなかったので、政宗は仕方なく小さく頷く。幸村がほっとしたように息を漏らした。
「でも痛いのも苦しいのも、嬉しいです」
それを愛おしいというのじゃ。だが声にはならなかった。
そんな常套句より幼く拙い幸村の言葉の方がずっと正しい気がした。
「ああ、嬉しいな」
自分の言葉に笑み崩れる恋人の身体を受け止めるように抱きかかえ、政宗は、侭ならぬと言葉に出せない溜息をそっと漏らす。侭ならぬ――が、言葉に出来ぬのは悪い気分ではない。
去年の12月から6月までの拍手で…今いつよ?って感じですね。
幸村は政宗ことが大好きそうで、良かったです。
(10/10/22)