机の上に重ねられた書物が何処か不自然に思えて政宗は視線を留めた。主の性格というよりは単に物が少ない故にきちんと片付いて見える部屋。それは机の上とて例外ではなく、数冊の書物が置かれているだけである。どうせ軍略書の類じゃろう。物語やましてや歌などを嗜むような輩ではないことは重々承知している。政宗は先程の会話を思い出して一人苦笑いを浮かべた。
「だからそのようなもの私には無理です」
「無理な訳あるか、儂はお主からの文を、それこそ首を長くして待っておるのじゃぞ」
「そうは申されましても…」
政宗がどんなに心を尽くした文を送っても幸村は返事一つ寄越さぬ。風流どころか情を全く解しない己の恋人に、それはそれで愛おしくもあるが文句の一つも言って遣りたいと思うのは致し方あるまい。
とは言っても気だるい空気の流れる褥の中での緩やかな言い争いのこと。やがて幸村の瞼がゆっくりと閉じ、寝息を確認した政宗がその髪にそっと口づけを落とした時点でこの遣り取りは終わりとなった。
さて、そうごねてはみたものの、実際文の数が思いの深さを決めるものでもなし、実は余り気にしてはおらぬ政宗である。ただ、あれだ、折角こんなに月が綺麗なのだから寄り添って眺めてみたりだとか。そういう気の利いたことを少しくらいしても罰は当たらぬだろう。
安心しきった顔で寝息をたてる幸村を少々恨みがましく見遣る。まあ無理させた儂も悪いが。
元より深く寝入るつもりはないが、それでも何だか寝付けない。むくりと身体を起こした政宗が手慰みに机上の書物を一冊手に取る。不自然に思われたのは、その内の一冊。中を開こうとした刹那、その間からばらばらと零れ出たのは。
「文?」
政宗は思わず小さな声を上げた。膨大な数の文、それも書き掛けの。
体調を気遣う言葉、日記のような報告、何処か余所余所しい季節の挨拶、恐らくは「会いたい」とでも書こうとしたのだろう、その文字は途中でぐちゃぐちゃと塗り潰されてはいたが。その子供っぽい所作に思わず口元が緩む。
そして宛名は全て。
「儂…だろうな」
政宗の指が静かに書面を辿った。この一文字を書くのに幸村はどれだけ時間をかけたのだろう。この机の前でじっと座って。そしてそれ以上の時を費やしてこの文と睨み合った後、小さな溜め息と共にそれをそっと脇に追い遣ったのだ。これは失敗です、とか何とかこっそり呟きながら。政宗にはまるで手に取るように分かる。
美しい言葉だけでは到底語り切ることの出来ぬ思いを、あの律儀で不器用な愚か者はそれでも正確に文字で伝えようとしたのだろう。そんなこと疾うに、政宗ですら疾うの昔に、諦めたことであったのに。


幸村が目覚めたのは、日も高く昇ってからのことだった。既に政宗の姿は何処にもない。気持ち良さそうに寝ているので起こすのは忍びないと政宗はいつも笑うが、だからと言って目覚めて一人なのも味気ないのに。そう溜め息を吐くと、ふと目の端に白いものが映った。
枕元に書簡?こんなところに、誰が?
『お主からの文を儂は諦めた訳ではないぞ』
挨拶も何もない不躾な文は、そんな内容で始まっていた。そういえば昨夜はそんな言い合いをしたような気がする。兎に角何でも良いから書いたら寄越せ、出来云々はとやかく言わぬ、と。全く此方の気も知らず我侭なことで、そう小さく笑った幸村の顔が、次の一文で凍りついた。
『最後まで書き上げて寄越すまで、書き損じは儂が預かっておく』
そうだった。
いつもは絶対見つからないような処に隠してあったのに、昨日に限ってそれを整理しようと外に引っ張り出したのだ。だが捨てるに捨てられず、目の前に広げて思案に暮れていたら政宗が現れた。慌てて本の間に隠して。
幸村は跳ね起きると勢いよく机に歩み寄った。机の上をばさばさと引っ繰り返して見てみるが、脇に積んであった書物の間に挟んであった筈の大量の文は跡形もなく。
…あんな、あんな拙い文章がよりにもよって政宗どのの目に!
恥ずかしく感じているのはあくまで文章の下手さであって、それでも何故か少し嬉しいのは行き場のなかった思いを政宗が拾い上げてくれたように感じたからで。だが一人ばたばたと暴れる幸村がそこに思い至るにはまだまだ時間がかかりそうなのだった。




ダテサナ祭りに投下したものです。幸せなお祭りでした!!
(08/08/11)

ちなみに、本当はこんな続きが。暗いですよ→