「で、幸村の方はどうなのだ?」
先程まで政宗の馴れ初めを聞いていたいつもの面々。結局あまりに昔の話で幸村も覚えておらず、それどころかそれに纏わる切ない過去まで思い出してしまって、ふて狸寝入り(ややこしい)をしていた政宗の肩がぴくりと動く。
「は?どう、とは?」
問いかけた兼続をきょとんと見やる幸村。隣にいる三成は、これ以上爆弾発言が飛び出したら政宗が憐れ過ぎるのではないかと少々気が気ではない。
「幸村はいつから山犬のことが好きだったのだ?」
「分かりません」
投げ出されたままの政宗の拳が震えた。
もうちょっと考えろ、幸村!俺なんぞに言われたくないだろうが、ものには言い方というものがあるのだぞ。俺はこんなところで修羅場に巻き込まれたくないのだよ!
「そうか、では質問を変えよう」
「はい、兼続殿」
お前らは何だ。何の面接だ、それ。腕組みをして朗々と語る兼続と、姿勢良く腰掛けている幸村を見ている限りでは、とても友達同士恋バナで盛り上がってますなどという感じではない。
三成はがっくりと肩を落とした。まだ俺はこいつらに付き合わねばならぬのか。
「幸村は山犬のことを好きだとは思わぬのか?」
いつもは喧し過ぎるほどに口が回る兼続も、何故か今日に限ってそれ以上喋ろうとはしない。おそらくわざとでもなんでもなく、只の気分なのだろうが、妙な威圧感がある上、聞くことがいちいち直球なのが痛い。
突っ伏したままの政宗は、多分両手で耳を塞いでしまいたいのだろう。擦り切れた矜持を振り絞って辛うじて今ここに存在しているといった風情だ。
そんな政宗には目も呉れずに幸村が答える。
「いえ、それは思います」
政宗が一瞬、顔を上げた。もう狸寝入りの真似事は諦めたようだ。が、目を輝かせたのは本当に一瞬で、再びのろのろと前の姿勢に戻った。幸村に過剰な期待をしてはいけない。何度これで泣かされてきたことか、その全ては知らぬまでも想像は容易くつく三成も、政宗から顔を背ける。本当に見ていられない。
「ほう。どのような時に思うのだ?」
「…ええと」
はじめて幸村が口ごもる。
「い、一緒にいる時に、とか?」
「とか、では分からぬぞ、幸村!」
何故兼続がここまで居丈高になるのか、三成や政宗には訳が分からない。幸村も幸村だ。答えたくないなら黙るなり、はぐらかせばいいものを。
…って、あれがそういうことを上手くはぐらかせるような人間なら、儂はここまで落ち込んでおらぬわ。再び先程の惨劇を思い出し、こっそり涙を拭う政宗。
「昨日とか、一緒にいる時に…し、幸せだなあと思いまして、それで…」
今度こそ、勢い良く顔を上げる政宗。昨日?昨日何があった?恥ずかしそうに答える幸村に見惚れながら、政宗は必死で記憶を辿る。昨日は一緒に帰って、家に寄って遊んでそれから、ああそうだ、いちゃついていたら何だか――。
「昨日か?今も共にいるではないか?」
「あ、そうなのですが、昨日は…その…久しぶりにゆっくり…」
「のわ―――――!!」
政宗が突然立ち上がり奇声を上げ幸村の口を塞いだ。
「何をする、山犬!人の話の腰を折るのは不義だぞ!」
「兼続風情が尤もらしいことを言うな!それと幸村!」
政宗に口を押さえられながら幸村が目だけで返事をする。
「そういうことは、話すな!いいか、話すなよ?!儂は手を離すが絶対喋るなよ?!」
こくこくと頷く幸村を見て、そっと政宗は手を離した。苦しかったわけではないだろうが、幸村がほっと息を吐く。
「もう帰るぞ、幸村!」
苛々を隠そうともせず大股で歩く政宗の後を慌てて追う幸村に、兼続が声をかける。
「良かったな、幸村?まあ、私もああ言った手前、責任があるのでな」
それを聞いて幸村は、すぐに何事か思い付いたらしい。くすぐったがるように少し笑うと、軽く頭を下げ、ぱたぱたと走り去った。
政宗と付き合い出した時のことを、幸村ははっきりと覚えている。
今考えると可笑しいのだが、部屋で二人で向かい合って座り、随分長い間、相手の手を握っていた。政宗は好きだとしか言わなかったし、幸村も何も答えなかった。
いつもより少しだけぎこちなく別れ、家に戻って人心地ついたと思ったら、何故か急に胸が苦しくなった。息が出来ないような、熱があるような。ふらふらする頭を軽く振って部屋の隅にへたへたと座り込んだら今度は涙が出た。小さな頃は泣き虫だったと父はよくからかうが、それでも涙を出したのは久しぶりで、もうどうしていいのかすら分からなかった。
「で、兼続に電話したのか?」
意外、という顔を隠そうともせずに政宗が聞く。何故儂に電話をせぬ、といつもより低い声で囁かれ幸村は目を逸らした。
「ま、政宗どのに電話をして、嫌われるのが嫌だったのです」
好きだと言ってくれたのに。しっかり話すことも出来なかったし、それどころか息すら上手くできない。涙も止まらない。訳も分からず怖いのだ。折角、今までの自分を気に入ってくれたのに、これでは嫌われてしまう。
そう訴えた幸村に、兼続は暫く何も言わなかった。
幸村が落ち着くのを待っていたのだろう。兼続が普段より幾分かゆったりとした、何かを思い出しているかのような口調で話すのを、幸村は只ぼんやりと聞いた。
「…ああ、そうだな。全く同じではないが私にも覚えがあるよ、幸村」
大丈夫だ、段々と上手く付き合えるようになる。そういう感情とも、政宗とも。
そうでしょうか、そういうものなのですか?言葉に出来ない幸村の疑問が聞こえたかのように兼続はもう一度、大丈夫だ、と呟いた。
「とてもとても大事なことだ。その気持ちは無かったことにしてはいかん、ゆっくりでいいから自分がどう思っているのか考えるのだ。そしていつか政宗にもそのことを伝えてやればいい」
「嫌われないでしょうか?」
好かれていたいと全身で訴えているのに、この子は未だそれに伴う自分の気持ちもよく分かってないのだ。
どうせ今まで随分待ったのだろう、あと数年が何故待てなかったのだ、山犬。そう思いかけて兼続は苦笑を浮かべた。
恋は思案の外とも言うし。
「政宗は少々利に敏いところもあるが、自分の大事なものが分からないような馬鹿ではないだろう?」
分かったような分からないような、曖昧な返事を幸村が返す。
そこから先は、直接聞いてやれ。今頃そなたと似たようなことを考え頭を抱えているであろう、憐れな山犬に。
幸村が話し終えると政宗の機嫌は一気に回復したようだった。理由は分からぬが、心なしか嬉しそうな政宗を見て幸村も安心する。こういう時に、好きだなあと思う。一瞬、胸が苦しくなって息が詰まって鼻の奥がつんとするような心持ちにもなるのだけれど。
「政宗どの、もう少し一緒にいても宜しいですか?」
「ああよいぞ、家に寄っていけ」
まるで鼻歌でも歌うように、政宗が返事を返す。何か食うものでも買うて行くか、と振り返る政宗に、幸村は優しく頭を振った。
「いいえ、政宗どの、」
今日は、ただ手を繋いでのんびりしましょう?何も話さなくても良いから。
「…そ、そんなことがあったのか…」
「うむ!私の口から言うのもどうかとは思うが、もう時効だろう!私の義があの二人の愛を育んだのだな!これは素晴らしい!正に謙信公のお力だ!」
突如万歳三唱をし出した兼続に、道端にうずくまる三成。
「屈辱だ…何故俺には相談をせんのだ、幸村…」
「どうした、三成!腹でも痛いのか?!それとも幸村が相談してくれなかったので拗ねているのか?!」
「ぐっ…」
言葉は時に凶器となる。
「そなたに相談しても意味がないと幸村が判断したならば、仕様の無い事であろう!そう落ち込むな、三成!」
うずくまったままの三成は、暫く立ち上がれそうにない。
6〜8月半ばまでの拍手でした。
幸村だって伊達のことちゃんと好きだよね?ね?という希望がいっぱいつまってます。希望だけ。
確か報われ伊達が書きたかったのだろうと。つーことは私はある一定の周期で報われる伊達が書きたくなるってことで。…まあいいや。
兼続が完全に贔屓されていて笑えますね。