クリスマスは如何致しましょう、なんて幸村が言うものだから、つい有頂天になってしまった。だって賑々しいクリスマスソングが耳に届き始めた頃からずっと、考えに考えていたのだ。
何処がどう、とは政宗にも上手く説明出来ないのだが、兎に角一筋縄ではいかないこの恋人と、どうやったらすんなりクリスマスを共に過ごせるのか、と。
頭を下げて頼み込むか、いっそ泣き落とすか、そんなことを熱心に企んでいた政宗にとって、幸村のこの台詞は正にカモネギだったのではあるが、悲しいかな、己に都合の良い夢でも見ているのでは、と彼がまず自身の頬を殴打してしまったのも致し方ないことであろう。
「政宗どの!何をなさっておいでですか?」
「痛っ!夢ではなかったようじゃ…」
じんじんする痛みにそれでも呆気に取られて呟くと、大丈夫ですか、と幸村が顔を覗き込みながらそっと赤くなった頬をさすってくれる。
外気に晒された幸村の指の冷たさに一瞬うっとりしかけたが、まだまだ油断ならぬ。政宗は頬に添えられた幸村の指を掴むと、意を決して尋ねた。
「クリスマスって、あのクリスマスじゃぞ?!」
「あの…って何か他にクリスマスってありましたっけ?」
「いや、ない!イルミネーションを見たり鶏を食ったり、プレゼントが枕元にあったりするそのクリスマスじゃ!」
そんな仰々しいことしなくて良いですから。幸村が笑う。
一緒に過ごしませんか?兄上はデートだと仰いますし、父上は忘年会で、その。
徐々に小さくなる幸村の声に被せるように政宗が叫んだ。そこまで幸村に言わせたら男が廃るってなもんだ。
「ううううちに来るか、幸村!」
「政宗どの、手を…」未だ固く握り締められたままの指先を見下ろして幸村が小声で注意したが、政宗はそれどころではない。ついでに嫌じゃなかったら泊まっていけ!政宗の必死な形相に、幸村も僅かに頬を染めると、やや俯きながらぼそぼそと囁く。
「一晩ご厄介になります、政宗どの」
「あんな人通りの多い所で何をやっているのだ、あいつらは」
「全くだな!今更一晩や二晩、恥らうような関係でもあるまい!」
公衆の面前で何という事を、と口を開きかけた三成だが、その公衆が兼続の大声に一斉に振り向いたのを感じ、歩みを速める。背後から必死に叫ぶ政宗の声が聞こえてきた。
「さっきからクリスマスクリスマス言うておるが、泊まる日はイブじゃぞ?24日だからな!」
あいつはそんなことまで確認せねばならぬほど普段からすったもんだなのか。結局のところ人が良い三成の同情心ゲージはこうして一気にマックスに昇りつめるのである。
とりあえず俺は貴様を応援するぞ、政宗。
「もし睦み合っている最中にサンタ殿が来たら、どう申し開きをするつもりだ!なあ、三成!」
喚き歩く兼続を従えながら、三成はひっそり心の中で政宗にエールを送った。
そんな三成の親心(のようなもの)が通じているのかいないのか、政宗も幸村もどこかそわそわしながら迎えたクリスマス。
何だかんだ言ったって、やっぱりこの日は特別なのだ。いつもは厄介者扱いされる雪だって歓迎されるし、戦争だって終わってしまうこともあるだのないだの。それなのに。
「美味しいですねー政宗どの」
炬燵に入り、ふにゃふにゃと気の抜け切った笑顔で話し掛ける幸村。
いや、幸村は何も悪くない。むしろ可愛いくらいだ。
だからあの時有頂天になった自分が悪いのだ。うきうきしている暇があったらきちんと段取りを整えておくべきだった。いや、整えすぎたのか?
何か欲しいものはあるかと前もって尋ねたのだが、一緒に居てくれればプレゼントなんて要りませんなどと殊勝なことを言う。まあ、その直後、舌の根も乾かぬうちにケーキを買ってくれとおねだりされたのであるが、そのくらいはと喜んで叶えてやった。
ついでに美味いものを作ってやろうと提案したら、水炊きがいいですと素直に希望を教えてくれたのが嬉しくて、クリスマスに鍋かと思ったものの、既に準備は万端だ。鍋物では準備にそうそう時間もかからない。
正直気は進まなかったが、駅前にイルミネーションでも見に行くかと誘ったが、それじゃあ二人でゆっくり出来ぬとあっさり断られ、結局こうしてもぞもぞと炬燵に潜る破目になる。
どのタイミングで箸をつけるのが正しいのかは分からぬのだが、幸村が所望したケーキは既に炬燵の上。
「丸ごと食べてみたい」などと駄々を捏ねた幸村は、箱から出した瞬間切り分ける間も政宗に与えずに、豪快にフォークをぶっ刺した。えらくご満悦なその顔に、何だか良いことをした気分になった政宗だったが、あれからかれこれ一時間。幸村は順調にケーキの全体の三分の二を腹に収めたところだ。
「よく入るな」
「ゆっくり食べてますから」
大食いの答えになっているのかいないのか。二、三口頬張っただけで満足した政宗には到底分からぬが、そろそろケーキにも飽きてこぬか。
なあ、クリスマスってこんな日じゃったか?
たらふく食って思う存分やって、挙句の果てに疲れて寝る。生物の三大欲求を満たすだけの日だなんてことは、なかった。ように思う。
「全部食うつもりか」
「…はっで、うええんほで」
あー呑み込んでからにしろ。あとフォークを咥えるな。
台詞を途中で制された幸村が、目を瞑ってわしわしケーキを咀嚼する。ごくん、と大きな音を立てて塊を始末した幸村が、おずおずと口を開いた。
「…やっぱ何でもないです」
「は?」
そんなに難しいことは聞いとらんぞ。今更幸村の腹に消えていく食べ物の量に驚く政宗ではないが、それでもさすがにケーキ1ホールは荷が重いかな、と尋ねただけだったのに。腹を壊すなよ。笑いながらそう言ったら幸村が俯いた。
全部食べちゃっても、良いですか?
まるで重要な秘密を打ち明けるかのように、幸村が囁く。
「全然構わぬがどうした?丸のまま全部平らげてみたかったのじゃろう?」
「だって政宗どのが、プレゼントだって買ってくださったケーキじゃないですか」
だからいっぱい好きなように食べたくって止まりません。そりゃケーキ、好きですけど。政宗どのが私の一番好きなケーキをさっさと選んでくれるから。ご自分ではプレゼントなんかいらないって言う癖に、いつも寄越すばかりでずるい。
でもすっごい美味しいから、嬉しいので、全部食べようと思います。
支離滅裂なことを早口で捲し立て、幸村は誤魔化すようにケーキにフォークを突き立てた。
「…のう、幸村」
「なんですか!」
炬燵の縁に沿ってもぞもぞ移動しながら呼び掛ける。身体をぴったり寄り添わせているというのに、幸村は気付かぬ振りを決め込んでこっちを向こうともしない。
「儂が選んだケーキは美味いか?」
「今言ったじゃないですか」
もう一回、言ってくれ。
まだフォークを放そうとしない右手を無理矢理引っ張って此方を向かせる。観念して口を開きかけた幸村の胸倉を掴むと、政宗はそのまま深く口づけた。
「ケーキを用意してやったのじゃ。褒美の一つも寄越せ」
「褒美じゃなくて、プレゼントでしたら、どうぞ」
そう言って幸村はそっとフォークを置く。
結局鍋は食べ損ねたと気付いたのは、真夜中を過ぎてからのことだった。
まークリスマスですしね。(だから何だ)
続きます。ここから先は相変わらず大暴れです。多分。
(08/12/24)