四人が兼続の家の前に再集合したのは、それから数時間経ってからのこと。
 
各々何でも良いから兼続にあげるものを持参し集合だ。その指示通り政宗が律儀にも兼続の家の前で待っていると、まず幸村が現れ、続いて三成と左近が到着した。
 
「皆、きちんと用意してきただろうな。左近見せてみろ」
「ええ?見せるんですかい?」
 
実はまさか本当にここまで付き合わされるなど露にも思っていなかった左近。「出掛けるぞ」と当たり前のように連れ出されそうになり、慌てて炬燵の上にあったものを持ってきてしまったのだ。
 
「これは…蜜柑か。ふん、左近にしては上出来だ」
「な!上出来じゃないじゃろう?クリスマスプレゼントってそういうものか?!」
「そういうものだ、政宗。贈っても形に残らぬ食べ物は後腐れなくて良いではないか」
 
因みに、俺が持参したのはこれだ。三成は酷く横柄な態度で政宗の鼻先に饅頭を突きつけた。
 
「あ!それ左近が取っておいた最後の饅頭!酷いですよ〜殿〜」
「何が酷い。剛田とやらの名言を拝借すると、俺のものは俺のもの。左近のものは俺のものだ」
「最終的には兼続殿のものになるんですけどね」
 
寒空の下、直江家の前で饅頭を取り合う馬鹿主従などに真剣に突っ込みたくはない。もうそれで良いわ。
 
「私も食べ物関係なのですが、後腐れが残るようなものでしたら申し訳ないです…」
 
そう言いながら幸村が取り出したのは、棒。先っちょに四角いものが付いた、棒。
 
「…何じゃ、これ。幸村」
「はい。私も名前は存じ上げないのですが、心太を作る時に押し出す棒にございます」
 
何の淀みも衒いもなく、幸村が笑顔で答える。
 
「ええと、何でか聞いても良いか、幸村」
「柄の部分が取れかかっていて使い物にならぬのです」
 
使い途がなかったので捨てようか迷っていたのですが、このような機会があって本当に良かったです。
突っ込みたいことは色々あったのだが、三成も左近も頷いただけで何も言わぬ。いいのか、これで。もしかしてお主ら、儂なんかとは比べ物にならぬくらい兼続のこと嫌っとるのか?つか、いつの間にか儂、これではお人好しキャラじゃぞ。
そう頭を抱える政宗がコートのポケットから取り出したのは、小さな包み。飾り気も何もない、一番安い卓上カレンダーだ。こんなのわざわざ買った自分が馬鹿みたいだ。ついでに包装までして貰って。
 
「何だこれは。わざわざ買ったのか。とんだ阿呆だな、貴様」
 
もうそれは深く自省したのだ。言わないでくれ。
 
「政宗さん、意外に優しいんですねえ」
「ええ本当に。政宗どのはお優しいですなあ」
 
左近はさて置き、幸村、その笑顔はやめろ。怖い。何故そんな目で儂を見るのじゃ。大体儂は、何も間違ってなどおらぬぞ。
 
 
 
幸村の刺すような視線を浴び、一人ガクガク震えていた政宗を尻目に、三人は玄関の扉を突破する。
何故針金一本でああも容易く幸村がドアを開けたのかについては、もう考えるまい。当然、兼続の寝室から「ぎぎギ義義ぎ義毘ギィ」などいう歯軋りが聞こえてきたことも、スルーだ。
 
枕元から三成が靴下を指先で摘み上げ、次々に贈り物とやらを詰め込む。饅頭に蜜柑に心太の棒、そしてカレンダー。
多分饅頭は蜜柑の重みでその形を歪めた筈だし、心太の棒は無様にはみ出し今にも落ちそうだ。そもそも普段から使用している靴下に食べ物を詰めるなんて。
だがぶっちゃけ、そんなことすらどうでもいい。
あれだけの大騒ぎと、そして他人の家に忍び込んで枕元にゴミのようなものを置いてくるという犯罪紛いの行為(尤も、真っ先に問題行動を起こしたのは当の兼続なのだが)は、すんなり幕を閉じようとしている。
唯一つ、明らかに不機嫌と分かる雰囲気を幸村が醸し出している、という問題を残して。
 
 
 
 
 
やる気の欠片も感じられない三成の「解散」という合図で二手に別れたものの、政宗の数歩後ろを歩く幸村は一言も口を利かない。本気で腹を立てているのであればさっさと一人で帰ってしまうであろうから、微妙に苛々して自分でも制御出来ないのだが、放って置かれるのも嫌といったところか。
さてどう切り出したものかと思案するのも面倒で、無理矢理手を繋いでみた。
 
「何が気に入らん。さっさと吐き出してしまえ」
 
そう言ったらてっきり小憎たらしい口調で詰め寄ってくると思いきや、手をきつく握り返される。「私も後腐れあるプレゼントを頂けば良かったです」小さく吐き出された声はまるで泣き声のようだったので、政宗はぎょっとして歩みを止めた。
 
「食べ物は後腐れないって三成殿が仰ったじゃないですか。私はもう食べてしまったので確かに残っていません」
 
気に入らないことなどありません。少しだけ兼続殿が羨ましく思っただけです。
そんな風に言われたら自分はもうどうしたら良いのだ。せめて思い切り抱き締めてやりたかったのだが、いくら真夜中とは言えここが天下の公道であることに気付き、それは我慢した。
 
「贈り主や受け取る側が覚えていなければ、プレゼントなんて意味はないのじゃぞ」
 
これだけの騒動に巻き込まれたのだ。簡単に忘れる訳はないだろうが、それ以上に儂はお主のケーキの食いっぷりの方が忘れられぬと思うぞ。適当な店のレジの横に置いてあった見切り品の卓上カレンダーより、幸村へのケーキを選んだ瞬間の自分の方が明らかに真剣だったのだし。
そもそも随分前からずっとずっと二人でのクリスマスに浮かれ、自分でも可笑しくなる程うつつを抜かしていたというのに、何故こんな事態に陥らねばならぬのじゃ。
 
「そういうものなのですか?」
「そういうものじゃ」
「本当ですか?」
 
何が信じられん、と目だけで尋ねると、うつつを抜かしていらっしゃったことです、と至極真面目な声色で返ってきたので、それでもう幸村の機嫌が直ったのだと政宗は知る。「そんなもの、分かるじゃろう」「分かりませぬ」「察しろ」「嫌です」「そうやって儂を困らせて面白いか?」幸村が繋いだ手をぶらぶらさせた。ね、政宗どの。
 
「もう一回、言ってください」
 
悪戯っぽい顔を覗かせた幸村とたっぷり数秒見詰め合って、それが前日の自分の台詞をもじったものだとやっと察した政宗が、幸村から目を逸らし歩みを速めた。それでも手は離せなかったので、引き摺られた格好になった幸村が後ろでくすくす笑う声が耳につく。
なんてタチが悪い。分かってやっている分、余計に悪い。兼続に付き合うと碌なことにならぬわ。ああ、だが儂は少しだけ奴に感謝しておる。幸村が首を傾げた。
 
「今日もこんな時間まで共に居れたじゃろう。ゆっくりは出来なんだが」
 
間も無く日付は変わりそうで、つまりイブからたっぷり一日半も一緒に過ごせたのだな。
さっきのお返しとばかりに臆面もなくそう言ってやる。てっきりいつものように赤面し、わたわたと焦るかと思いきや、そうですね、という静かな声と共に、唇の端に暖かいものが触れた。今ではもうすっかり慣れてしまった幸村の髪の香りが鼻先を擽って、そうだ昔はこの髪を手で梳いた時ですらいちいち感動した、そんなことを思い出す。クリスマスの終わりに、そんな気分に浸るのも悪くない。
此方を見たまま未だ笑みを崩さぬ幸村に、もう一回と頼んだら、今度こそ本当に笑われるだろうか、それとも。
 
「のう、幸村」
 
それでも一旦望んでしまえば、指先から伝わる感覚だけではちっとも足りぬのだ。甘えるように名を呼んだら、急に真面目な顔に戻った幸村がそっと目を閉じた。
 
 
 
 
 
クリスマス騒動から一夜が明け、満面の笑みで訪ねてきた兼続の話を聞いて三成は面食らった。
 
「そしてこの見るからに暖かい上杉色の義のマフラーこそ、私がお船から貰ったものだ!サンタ殿の評価が少々遅れたが、皆からの私の義への心遣い、今年も有難く受け取って、早速来年の義について考えていこうと思う!」
「ちょっと待て、兼続」
 
何処からどう見ても兜の形状なのにニットで構成されている帽子は謙信から、首元を飾るマフラーは最愛の彼女から贈られたもので、両親からは小遣いに希望していた書物が数冊。
 
「それだけではないぞ!上杉部の面々とプレゼント交換をしてな!私には小島殿が用意した、入浴剤詰め合わせが当たったのだ!炭酸何とかで疲れが驚く程取れると言う!全く世の不義と忙しく戦う私にはうってつけの贈り物だとは思わぬか?!槍の腕だけだと思っていた小島殿だが、このような気遣いも出来たとは。正に謙信公のお導きだ!」
 
そうか、つまり貴様は兜(いや、帽子か?)もマフラーも小遣いも本も入浴剤も手に入れた上でまだ、サンタから貰ってないなどと命を懸けて駄々をこねたのだな、俺の前で。
クリスマスの日に偶々左近から饅頭を一つくすね、それをプレゼントだと言い張った俺の前で。世間が浮かれ騒ぐイブに、よりにもよって左近と郷舎と舞兵庫とケーキを食いながらうっかりウノなどに興じてしまい、一層寂しくなったが持ち前の矜持でそれをおくびにも出さず頑張っていた俺の前で。
 
「しかし今年のサンタ殿からの贈り物は、忌憚なき意見を言わせて貰うのであれば、義の心意気が少々感じられなかった!来年の彼の活躍に期待したいものだ、なあ三成!」
 
クリスマスプレゼントは良い子、即ち義士のみが手に出来るものと信じている兼続にとって、誰から何をどのくらい貰えたかは、正に義の踏み絵のようなものなのだろう。
両親や謙信、彼女に友人(?)ついでにサンタから、自らの義のお墨付きを貰ったとはしゃぐ兼続に、まさか「俺はそんなに貰っていないし、そもそもクリスマス自体を満喫していない」と愚痴ることも出来ぬ三成は、せめてお年玉はしこたま左近から搾り取ってやろうと悲しい決意を燃やすのだった。

 

 

 

ありがちですが許してください、クリスマスですし。(もう終わったよ!)
私も忘れかけていましたが、兼続は学校の部活動で上杉部に所属しています。詳細は謎。
(08/12/26)