※義トリオ+梵天のこども四人組があれこれします。佐吉編。

 

 

何度も連れられて来たことのある店内だが、意外と俺は色々なことを知らない。佐吉はそう思う。
 
母上と来た時にも、左近と来た時にも、兵庫助と来た時ですら、皆どこからか「カゴ」だか言うものを持ってきてそれに商品を入れていた。その「カゴ」とやらがどこにあるのか、皆目見当がつかない佐吉である。
しかし(その年齢にしては)怜悧と評される頭は伊達ではない。こういったものは入り口付近にあるのだろうと目星をつけきょろきょろ辺りを見回すと。
 
(あった)
 
佐吉がようやく手の届く辺りの高さに積まれたカゴが目に入った。懸命に背伸びをしてカゴに手を伸ばす。
 
「殿がカゴをとろうとあんなに必死に!左近殿、しっかり録画しておるのであろうな!」
「してますよ!っと、画面に映り込んでますってば、郷舎殿」
こっちはこっちでもう色々大変だ。
 
「たかだが牛乳を買うのにカゴなぞいらんだろうに」
兵庫助がそう呟いたのに凄い勢いで反論したのは左近である。
「それは違いますな。買い物と言えばカゴ、この融通の利かなさこそ殿の良いところではないですか」
「それもそうだな」
あっさり左近に言い含められる兵庫助。そうこうしているうちに佐吉はカゴを手にして青果コーナーに入って行った。
 
 
 
野菜嫌いの佐吉にとって、青果コーナーはあまり楽しいところではない。
ただ山と積まれたバナナには少しうっとりしたし、スーパーの一角を覆っているかのような強い苺の香りには胸をときめかせた佐吉である。
(ふむ。いちごをかうのも、わるくないな)
よりにもよって一番高い苺に伸ばしかけた(勿論それをこっそり見ていた三家老は皆気が気ではなかった)佐吉の手が、ふと止まる。
 
(えっと、おれは、なにをかうべきだったか)
カゴを持って立ちすくむ佐吉の異変に三家老が気付いた。
 
「どうなされた、殿!腹でも痛いのか?」
佐吉持病の痢病が出たのかと手に汗握って見守る三人だが、勿論今出て行くことは出来ない。
しかし陰ながら何かしてやれることはないかと佐吉の一挙手一投足を見守っているのである。例えばトイレの場所を前もって探してみたり、そうでなくても「おいたわしい!」と叫び只々涙ぐんでみたり。
 
そんな家老達をぶっちゃけ気持ち悪いと思いつつ背後から様子を窺う人影。
「…貴様ら、このようなところでいい迷惑ぞ。何をしておる?」
うっかり人攫いか変質者と間違えそうになったわ、とぼやきながら左近を足蹴にし登場したのは梵天丸であった。
 
「な、人聞きの悪い!変質者ってどういうことですか?!」
「どういうこともこういうことも、その面、鏡で見てみろ!いい大人が餓鬼の後を付け回しおって、貴様ら立派に変質者じゃ!」
これが佐吉のみに向けられていると分かっているからこの程度で済んでいるのである。もしもこれが弁丸だったら三家老など問答無用であの世行きだろう。まぁそれはさておき。
「何ぃ!この我々の殿への忠義、分からぬか!」
「ええい、分かりたくもないわ!大体佐吉めは何をしておるのだ?」
佐吉への忠節を語りだした兵庫助と、それに反論する梵天丸の口を塞ぎ(その間、買い物中の主婦の方々には胡乱な眼差しを送られたが、左近がへらへらとうすら笑いで乗り切った)趣旨を説明すること数分。
 
その間、佐吉は苺の前に突っ立ったままである。
「ふん、佐吉のお使いの監視か。御苦労なことだな」
家老達の目的が分かれば(実は結構本気で変質者説を支持していた梵天丸である。一応、佐吉のことも心配しているのだ)どうということはない、さっさと退散するに限る。そう言いたげな梵天丸に左近が絡み付いた。
「殿が!殿が何かお困りになっておられるでしょう?あんた、助けようって気はないんですかい?!」
「ないな」
「何という恐ろしいお子じゃ!」
「うむ、我らが殿の危機を目の当たりにしても心動かされぬとは!鬼子!正に鬼子じゃ!」
あっさり答えた梵天丸相手に繰り出される、大人気など微塵もみられない三家老による非難。
暫く聞いているうちに、儂そんなに悪いことをしているかのう?などと思ってしまうから不思議だ。
結局根負けした梵天丸が、佐吉に状況をそれとなく聞いてくることで話は落ち着き、そうと決まると家老三人は急に掌を返して梵天丸の手を握り締め爽やかに頷いたのだった。
 
 
 
「…佐吉ではないか、何をしておるのじゃ」
耳慣れぬ声に、佐吉はずっと見詰めていた苺から視線を外して振り返る。
 
「お主も買い物か?」
「そうだ。きさまこそなにをしている」
挨拶も前置きもなく、梵天丸に食って掛かる佐吉。相当機嫌が悪いようだ。
「何って買い物する気もないのにスーパーにくる馬鹿がおるか」
そう言いながらちらちら左近達の隠れている後方を振り返る梵天丸の不審な行動は佐吉には気付かれていない。
 
「梵天丸はなにをかうのだ?」
「いやまだ決めておらぬ。うろうろしながら決めるが、それがどうした?」
「いや、なんでもない」
そう言いながら唇を噛み締め下を向く佐吉。どう考えても「なんでもない」表情ではない。
が、そのようなことを梵天丸が指摘したら、佐吉はますます意固地になって今度は何も話さなくなってしまうであろう。何でもない風を装って、佐吉から問題点を聞きださねばならぬ。
 
財布は首から提げている。となると、買うものの場所が分からないか、あるいはそのものを忘れたか。
 
普段から弁丸の世話を(頼まれもしないのに)焼いている梵天丸にはそんな推測容易いものだ。
「貴様は何を買いに来たのだ?」
必要以上に心配するでもなく、突き放しすぎる訳でもなく、さり気なく質問する(それを聞いて左近は、先程の郷舎の台詞回しを思い出し、その演技力を少しでも分けてあげればと詮無いことを思ったのだが)。
梵天丸を見上げる何処か後ろめたそうな表情には覚えがある。どうしたら良いのか途方に暮れた時に弁丸がする眼差しにそっくりだ。
 
「………」
案の定佐吉は何も答えない。
「…忘れたのじゃろう?」
ぼそりと呟く梵天丸の言葉に佐吉は肩を震わせた。やはりな。
確信が持てたところでもう一度大きめの声で繰り返す。今度は影から覗いているあの鬱陶しい三家老にきちんと聞こえるように。
「買うものを忘れたのであろう?」
「おれはっ!そんなことは!」
慌てて佐吉が否定するが、まあ多分左近にはそれが強がりだと分かっている筈だ。
 
「まあ店内をうろうろすることだな。案外簡単に思い出すやも知れぬぞ」
自分にしてやれるのはここまでだ。三家老が隠れているであろう棚の辺りに一瞬視線を移すと、梵天丸はその身体には少々大きすぎるカゴを悠々と振りながら鮮魚コーナーに消えていった。
 
 
 
呆然と梵天丸を見送る佐吉に比べて、棚の裏側で様子を見守っていた三家老の狼狽振りはいっそ清々しいほどであった。
 
「殿が!あれ程までに利発であらせられる殿がまさか買う物を忘れてしまうなど!」
「そうじゃそうじゃ!こんなこと誰が予測できたじゃろうか?!」
まるで遠回しな嫌味にも聞こえるが、郷舎も兵庫助も全くもってそのつもりがないところは明記しておかねばなるまい。
「買うべきものを忘れられてどれ程心細くあられたことか!」
「左近殿!涙は殿が無事に帰られるまでとっておきましょうぞ!」
男泣きに泣く左近を慰める兵庫助の目には、何か光るものが浮かんでいる。もちろん、黙って頷く郷舎の眸にも。
 
今更ながら人目も何も憚らず、社会的地位(この三人にそういうものがあるなら、だ)も丸投げで号泣する左近達の声はかなり大きい。
 
(…?いまのは…兵庫助か?)
 
確かに兵庫助の声だった気がする。しかもその声は「左近」と言ったような気も。
佐吉が慌てて周囲を見渡しはじめた。
只でさえ今まで見つからず尾行できたのが奇跡だったのだ、このままでは明らかに不味い。三家老はそっと涙を拭うとレジの脇をすり抜けて、佐吉より先にスーパーの奥へと進んでいった。
 
 
 
お菓子コーナーで三家老は今日何度目かの作戦会議である。
 
「いくら殿が敏いお子といえ、ノーヒントで牛乳を思い出すのはちと辛いのではないか?」
ノーヒントも何も、佐吉はクイズをやっているわけではないのだが。
「そうですな、ここはヒントを出すべきでしょう。牛乳と言えば…」
「牛じゃな!」
郷舎が元気よく答える。
「そう、牛だ。しかし牛を持ってくるわけにはいかないですからねえ」
郷舎の答えを受けて牛について真剣に吟味する左近は、これでも石田家の軍師の筈で、そう思うと少し切ない。
 
「牛…牛か。草!牛は草を食うぞ、左近殿!」
「待たれよ、兵庫助殿!草より、白と黒繋がりで鯨幕というのはどうだ?!」
「や、そんなものスーパーに持ち込んだら叱られますって!」
左近達の写真撮影もビデオ撮影も黙認してくれている心の広いスーパーといえど、これ以上迷惑をかけるのはやはり大人としていけないだろう。
 
「そういえば鯨って最近見ないな」
「そうじゃな、最近とんと見ぬのう」
「鯨じゃなくて牛乳でしょう?お二人さん」
「おお!そうだったな!危うく殿に鯨のヒントを出すところであった。礼を言うぞ、左近殿」
ご長寿クイズ的な様相を呈してきた三人の会話は留まるところをしらず、もはや佐吉に牛乳を思い出してもらおう作戦会議は失敗かと思われた、その時。
 
「やはり…さきまら、あとをつけてきていたのだな…」
 
三家老の会議場と化していた菓子コーナーの裏の棚からかすかな声がした。鯨肉の懐かしさに議題を移した三家老にその声は届かない。
 
あの後、兵庫助によく似た声の正体を気にしながら、それでも梵天丸の忠告通り店内をうろうろしながら買うべきものを必死に思い出そうとしていた佐吉である。
(ここは…にちようざっかか…そういうものではなかった…とおもうが…?)
念の為、棚を隅々までチェックしようと立ち寄った洗剤コーナーの裏から聞こえてきたのは、石田家家老三人衆の声に間違いないではないか。
 
「だから鯨ではなくてですね、殿には牛乳を思い出してもらわなきゃ仕様が無いでしょう。で、牛乳と言えば…」
「牛じゃな!」
しかも馬鹿丸出しの会話。
それはもうさきほどいったはずだぞ、郷舎。きさまはなんど「うし」とさけべば、きがすむのだ?
 
「牛か…タンをはじめて食った奴は本当に無双の武だな。俺は尊敬する!武士として!」
いまだいじなのは、うしのしたなどではないだろう、兵庫助。あと、きさまのもののふとしてのそんけいは、いろいろまちがっているぞ。
 
「いいですなあ、牛タン。さ、それはそれとして、また声色を変えて牛乳とでも叫びましょうか?」
左近、さきまのぐんりゃくは、いったい、いつさえるのだ?しかも「また」だと?
すでにおれは、こいつらのてだすけを、どこかでうけているのか?
 
三家老同士の会話が知り合いとして恥ずかしいやら屈辱的やら。奴らの会話で、牛乳を思い出してしまった自分にも腹が立つ。
いっそここで怒鳴り込んで三人揃って蟄居でもさせてやろうか、そんな思いに駆られた佐吉だったが。
 
「しかし、そこまでわしらが殿に手を出していいものか?」
打って変わって悲壮な覚悟を秘めた声色で郷舎が口を開く。
「でも殿が牛乳を思い出さなきゃ、はじめてのおつかいは失敗に終わってしまいますよ?」
「そうは言うが左近殿、俺らは殿に完璧におつかいをこなして欲しいわけではあるまい」
「……ええ、まあ」
 
左近が頷いたのが、見えないところにいる佐吉にも分かった気がした。怒鳴り込もうと大きく吸った息を、そうっと吐き出す。
 
「良いやり方ではないが後はつけようと思う。もしも殿に何かござったら、申し訳が立たぬ、が…」
「俺も殿が楽しく買い物できればいいですよ。ただ、成功させて喜ばせてもやりたんです」
「そうなるとやはり殿に牛乳を思い出していただかぬことには」
 
いつも豪快に佐吉を抱き上げ遊んでくれる郷舎も、にこにこと黙って話を聞いてくれる兵庫助も、そして母親よりも口喧しく世話を焼く左近も。分かっているのだ、彼らに自分がいつも心配をかけていることが。それをちっとも苦労だなんて思ってくれないことが、また佐吉の気に触るのだけど。
(いま、おこるのは、やめよう)
このまま、そっとこの場を離れれば、左近達に佐吉がいたことはばれないだろう。幸い、買うべきものも彼らの会話から思い出すことが出来た。足音を立てないように、こっそりこっそり遠ざかる佐吉。
(でも、はらがたったのはほんとうだから、もうあとなど、つけさせてやるか)
 
後ろを振り返り三人がいないのを確かめると、牛乳の群れの中から一つ選び出しカゴに入れる。そのままレジに直行し
「148円、ぞ」
首の財布から五百円玉を取り出す。それを誇らしげに渡し、お釣りとレシートを財布に入れてもらって。
 
(…かったぞ。おれはぎゅうにゅうをかったのだ。みていてくれたか、弁丸、与六、まあ梵天丸もいれてやろう……あと、いちおう、左近とか)
牛乳を入れてもらった袋をしっかり握り締め、とてとて、と出口に向かう。あとは、これを無事家まで持ち帰るだけだ。
 
スーパーの自動ドアをくぐると、佐吉は一度だけ後ろを振り返り、そして猛然と走り出したのだった。
 
 
 
 
 
佐吉がいなくなった店内で、三家老による無駄な会議は暫く続き。佐吉の姿が店内に無いことに気付いた三人が奇声を上げてスーパーを飛び出してくるまでに、佐吉は家まであとわずかというところまで来ていた。
 
(あとすこし、だ。しかし)
袋を握っている右手はもう真っ赤だ。左手に荷物を持ち替えると、右手を口元に当て息を吹きかける。
(くそっ、ぎゅうにゅうがおもくて、てが…ぎは、ついえるか)
 
よたよたと牛乳を運ぶ佐吉にやっとの思いで追い付いた三家老。
「殿が!」
「殿が、あんなに健気に牛乳を!」
「おお!殿!」
左近が、郷舎が、兵庫助が口々に叫ぶ。
 
左近は盛大に顔を顰めて目頭を覆っているし、郷舎は溢れ出る涙を隠そうともしない。兵庫助は大きく鼻を啜り上げた。
と、一抱えもある牛乳で前が見えなかったのだろうか、佐吉がバランスを崩し、こてん、と転んだ。
「「「と、殿―――!!!」」」
 
「もう駄目だ!殿!殿―、大丈夫ですかい!」
後から郷舎に羽交い絞めにされながら左近が叫ぶ。
「左近殿!ここは待たれよ!ここで助けたら殿は殿は―――!」
「離してください、郷舎殿!もしも殿に何かあったら…!」
「しかし殿はここまでご自分で成し遂げられたのだ!殿を信じられよ!」
「…郷舎殿…兵庫助殿…」
 
三家老がそんな阿呆丸出しな小芝居を繰り広げている間にも佐吉はすっくと立ち上がると、小走りで先を急ぎ始めた。
牛乳を持つ手は痛くてじんじんするし、少しだけ擦り剥いた膝が痛い。
ただ、後から聞こえてくる恥ずかしいことこの上無い叫び声の対象が自分だと隣近所に知られることに比べれば、このような痛み然したる問題ではない。
 
(おれはたにんだ、あいつらとは、たにんだ)
そのことのみを考え、ただ黙々と歩みを進める佐吉。
子供には少し重過ぎる牛乳を抱えたままで家に辿りつけたのは、ある意味三家老の功績と言えなくもない。
 
 
 
 
 
「…ただいまかえりました」

玄関をくぐった佐吉はすぐ、両親の待つ台所へ向かった。父親に抱き上げられ、母親に頭を撫でてもらい(ついでに膝にばんそうこうまで貼ってもらった)ご満悦の佐吉である。
「ふう。じぶんでかったぎゅうにゅうは、ひとあじちがうな」
牛乳に舌鼓を打つ佐吉の耳に、既にお馴染みの家老達の声が聞こえてきた。どうやら玄関先に集まってぼそぼそ話し込んでいるらしい。
 
「あ、殿の靴!もう帰ってきてるじゃないですか」
「いや、それは俺らの所為ではなかろう!左近殿がああも取り乱したのが悪いのじゃ!」
「そんなことより、カメラは一先ず見つからぬよう庭先の物置にでも入れて置けばよいか?」
 
これでまだ自分にばれていないつもりなのだから本当に恐れ入る。佐吉は玄関に近付くといきなり扉を開けた。
「あっ!これは殿!」
「殿!ご無事でしたかい?!」
「此度は見事おつかいを成し遂げられましたなあ!」
よくもまあ臆面もなくそんな台詞が吐けるな、正直佐吉はそう思ったのだが、心底嬉しそうな家老達の顔を見ると何も言えず。
「…まあ、はいれ」
 
食器棚からコップを出して(高いところだったので、左近がとってくれた)それに少しずつ牛乳を入れると三人に差し出す。
「きさまらにも、のませてやろう…ちゃんとあじわってのめよ」
兎にも角にも、自分はおつかいを成し遂げたのだ。それは嬉しい。すごく嬉しい。左近達が付いて来なかったら、きちんと牛乳を買って帰れたかも怪しいのだ。それには報いねばならぬ。
ただ、少々不本意だったことを差し引いて、牛乳はコップの底から僅か3センチほどしか注がなかったのだが。
 
「殿の牛乳、五臓六腑に染み渡りますなあ!」
「只の3.6牛乳とは思えない味わい深さですよ、殿」
「おつかいだけでなく、コップに牛乳を上手に注ぎなさるとは!さすが我らが殿でござる!」
それでも三家老は飛び上がらんばかりに喜び、ちびちびと牛乳を呑んでいる。
 
「ああ、殿。牛乳は左近が冷蔵庫にしまっておきますよ」
「いや、おれがしまいたいのだ」
左近に抱え上げられて牛乳パックを冷蔵庫にしまうだけで、やんやの喝采が三家老から漏れる。
「左近、郷舎、兵庫助も。世話になったな」
床に降ろしてもらいながらそう呟くと、左近は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに笑って頭を撫でてくれた。佐吉も笑顔を返そうとしたが。
「あ、殿!そのまま!そのお姿を写真に収めますぞ!」
「そうじゃな!はじめてのおつかい成功記念じゃ!」
郷舎らの大声に一瞬固まる佐吉。だがすぐに我に返ると仏頂面を残して自分の部屋に走っていった。
 
「殿…本当にご立派になられて」
はじめてのおつかいくらいで大袈裟に呟く左近の声を背中に受けながら、佐吉は、明日になったら皆を家に招いて自分が買ってきた牛乳を振舞ってやろうと楽しい計画を練り始めたのだった。
 
 
 
 
 
〜おまけ〜
 
 
 
深夜。寝静まった石田家に三家老の声が響く。
 
「しかし今日の殿は素晴らしかったですなあ!」
焼酎を舐めながら左近が感極まった様子でそう叫ぶ。何だか手元はおぼつかないし呂律も回っていない。何度も何度も素晴らしい!殿!と叫んでいるあたり完全な酔っ払いである。
 
「殿の雄姿を肴に呑む酒は格別ですなあ!」
三家老が囲んでいる卓の上には、焼酎以外何もなく。文字通り、佐吉を肴に酒を呑んでいるらしい。機嫌よく佐吉を褒め称えている兵庫助の身体が大きく傾いでいるのも頷けよう。
 
「そうじゃ!焼酎にちょっとだけあの牛乳を混ぜて呑んでみようかのう」
郷舎がいそいそと冷蔵庫から牛乳を取ってくる。そう美味いものでもなかろうに、酒と佐吉への忠義(?)で完全に味覚はおかしくなっているのだろう。自分の焼酎に次々牛乳を混ぜ呑み干していく三家老。
 
「やはり殿の牛乳は格別ですなあ!」
「殿にかんぱーい!」
「乾杯!」
 
本日七回目の乾杯をしている左近達は、まだ知らない。
佐吉が買ってきた牛乳を自分達が全て飲んでしまったことも、明くる朝、真っ先に冷蔵庫を空けた佐吉が大泣きすることも、その怒りが暫く解けずに一週間もの間佐吉が口を利いてくれなくなることも。

 

 

 

左近が段々酷くなっていくのがなんともはや。
牛乳焼酎、私は駄目なんですけど(そもそも焼酎が駄目)最近よく見る気がします。
佐吉編はこれにて終了。
確か本当は「成長した三成が佐吉の様子を録画したDVD(当時ならビデオか?)を発見しもう一度怒るというオチも考えたのですが
どうせ一緒に見るであろう幸村や政宗や兼続が好き放題喋り始めるので、断念しました。とくに直江。
(〜08/05/23初出 09/01/06加筆)