真田幸村が石田治部の挙兵を知ったのは、父・昌幸を通じてであった。
正確に言うと幸村は、上杉征伐に出兵した家康の隙を突く形で三成が挙兵するという計画を、昌幸の口から聞かされた。そして家康が既にそれを知り、のらりくらりと進軍しながらその時を待っているであろう事も。
「では!それでは家康は上杉と三成殿により挟み撃ちに!」
「そう易々といくと思うか、幸村。確かに上杉は防備を固め万全の構えじゃな。しかし徳川が踏み込まねばその堅固な守りも全く意味がない」
もともと家康には今上杉を叩き潰すつもりなど毛頭なかったのだ。仮に上杉と交戦状態になったとしよう。しかし。
「わしなら伊達を当てるがな」
息子の右手がぴくりと動いたのを昌幸は見逃さない。不憫な子だ。
策謀の為なら幾らでも表情を消せる子だというのに。一度戦場に立てば、この子はその右手で迷わず槍を振るうのに。ただ、名が出ることで動く僅かな感情が隠せない。それが何より不憫だ。
「しかしまだじゃ。まだ徳川には付き従わねばならぬ」
今朝方、三成から届いた書状は既に炎にくべてしまった。斥候を使って作らせた上杉領内の見取り図は上々の出来で、幸村はそれを黙って見詰める。この防御を切り崩すには多大な犠牲が要ることだろう。
思わず、持っていくか、と言い掛けた。三成方につくのであれば、差し当たりこの地図は必要ない。だが。昌幸は首を振る。
「明日信幸にも話そう。今日はもう休め、幸村」
幸村は静かに頷いた。
兄より先に、この話を聞かされたことが何を示しているのか、幸村には充分分かっている筈である。
「何じゃ、出迎えてもくれぬのか」
陣――といっても仮に建てられた小さな小屋のようなものだ――に落ち着き、既に寝所の支度まで整えられた室に響く男の声。幸村は姿勢を崩すことなく、唯一開け放たれている戸口に向かって一礼してみせた。と、そのまま上がり込んで来た男に勢い良く抱きすくめられる。
「まっ、さむ…」
思わず声を上げた幸村だが、すぐ口を塞がれた。先程、外より聞こえたものとは比べ物にならぬ艶めいた声で何度も名を囁かれながら。
「…ゆきむら」
こんなのは珍しい。前もって知らせも寄越さず、身一つで尋ねてくることも多い傍若無人な情人ではあるが、それでも今までこのような性急さは終ぞ見せたことはなかった。
恐らくは政宗も分かっているのだ。
「…お待ち申し上げておりました…」
何度か繰り返された口づけの後、そっと息を吐きながら幸村が言葉を紡ぐ。
政宗自身はは此度の上杉征伐に従軍してはいない。それはつまり、国許で為すべき何かがあるということを如実に物語っている。
そんな政宗がこの陣中に向かっているという噂は、幸村も何度か耳にした。伊達軍としてではなく、あくまで徳川の機嫌伺の為の個人的な訪問である。それは噂に過ぎなかったが、幸村には予感があった。だからこうして戸を薄く開け。
「ずっと、お待ち致しておりました」
「…誰に聞いた?」
薄く笑う幸村の手を取り、指先に舌を這わせながら政宗が聞く。
「誰、ということなく。お噂になっておりました故」
「ほう。狸の腹の中も大方知れた、ということじゃな」
いくら相手が家康とはいえ、奥州の覇者である政宗が従軍していない陣中にわざわざ足を運ぶとは考えられぬ。徳川と伊達の間に何か密約が交わされていると思うのが自然であろう。
だから、来たのだ。
政宗は咽喉の奥でさも愉快気に笑ってみせた。
「そのような言い方をなさって。それでは機嫌を伺いにいらしたのか、損ねにきたのか分かりますまい」
「ああ、そんなものはどうでも良いことだ」
儂はお主に会いに来たのじゃから、隻眼が真っ直ぐ幸村を捉える。幸村の指が政宗の頬を辿り、傷口を撫でた。右眼を覆った布の下にある傷の感触。それを幸村が触っても政宗は微動だにしない。
「あなたは全てを私に見せてくださいました」
知らず、自分の言葉が過去に向かうことを幸村は少し悲しく思う。
「そうじゃな。そしてそれはそのまま、そなたのものだ」
幸村は黙って眸を閉じた。明日の朝、目を開けてもう此処には居ない貴方を思い出す時、私はどんな顔をするのでしょうか。
関ヶ原から本格的に去ったのは、まず島津勢だった。
既に戦いの様相すら長雨に拭い去られた関ヶ原では、小さな諍いすら行われることなく、その場にいる誰もが戦は終わったと感じていた。
だが戦場にいるという一種異様な高揚は根も葉もない風評を呼び寄せる。それは小早川・毛利の内応だったり、上田における東軍敗北だったり、また秀頼出馬や徳川本隊の将の討死など内容は多岐に渡り、噂を流す本人すら信じていないであろう類のものも多かった。
そんな中での島津撤退の報は、戦況としては全く影響を及ぼすことではなかったが、それでも幾許かのざわめきをもってして西軍本陣に伝えられた。
「島津が撤退した。不味いな」
三成としては豊家の為に戦っているつもりではある。が、その実、形式上は東軍も秀頼を擁していることも彼は分かっている。この戦自体が、豊臣の権威を失墜させる機会になるということも。
それでも島津が真っ先に動いたのは何かを象徴してはいまいか。
そう、例えば、生死の遣り取りすら博打だと豪語する義弘にとっては、今がその布石を打つ瞬間なのだったとしたら。今、国許に戻って何とする。答えるまでもない、今後に備えるのだ。最早、天下様ではなくなった豊臣の代わりに天下を狙う為に。
片や。三成は気忙しなく陣中をうろつきながら考える。家康にとってはこの戦は何だ。
あれ程の軍勢を動かせる天下に最も近い大大名の印象は確かに与えただろう。だが、目の前に布陣した俺ですら奴は討てなかったではないか。僅か十九万石の小大名、しかも治部少風情に引き分けた。
去就を決めかねている東軍連中の目に、貴様はどう映っただろうな、家康。
乱世が、再び幕を開けるのだ、と思った。
裏切りや内応を抱え込み、それでもここまで何とか西軍としての形を保ったことには成功した。だが、俺のやったことは結局豊臣と徳川の力を削いだだけに過ぎぬのではないか。
俺は乱世を終わらせたいのか?終わらせるのが、世を平らかにするのが義、なのだとしたら。
それでも島津は暫くは動くまい。問題は先まで布陣していたとはいえ、未だ無傷の徳川。上杉は故太閤の恩を大義名分に何処まで動く?そしてその上杉を狙うは伊達――次の戦は東か。
三成はしばし思索に耽っていたが、やがて全軍に撤退の命を出す為立ち上がった。
何を迷う。俺は豊臣の人間だ。
ふと見詰める己の掌にも、霧のような雨が降り注いでいる。
三成と兼続と幸村は、唯の友達じゃなくて、なんとなく交誼があった、そこそこの恩義がある、くらいのイメージです。
早く兼続出したい。
(09/04/07)