豊臣が降る。
 
その報を受け幸村は、それまで詰めていた息を細く吐き出した。今や完全に伊達の将とはいえ、大恩ある豊臣に弓引くのは忍びない。それに豊臣が降れば、残る西国の国々も次々と従属してくるに違いない。
 
だが和議に奔走する家で内紛や騒動が持ち上がるのは常のこと。降るを良しとしない者達が城に篭り気炎を上げているという。
何処の城かと尋ねた幸村は、返ってきた答えに言葉を詰まらせた。
 
「政宗様、佐和山…三成殿の居城にございます」
「そうか、やはり三成か」
 
顔色を失う幸村を一瞥すると、政宗は集まった諸将に檄を飛ばす。
 
「豊臣の和睦はそれとは別に話を進めよ。大坂と佐和山は最早何の関係もない」
「石田治部めは如何致しましょう」
 
誰かがそう尋ねるのを幸村は俯いたままで聞いた。
何故、三成殿が。政宗様は豊臣家をきちんと残してくださいます。約定を違えるような方ではございませんが、篭城などなさればどちらも後には引けない。
 
「無論踏み潰す。恐らく奴は城を枕に討死するつもりじゃ――」
「政宗様!」
「黙れ、幸村!」
 
思わず腰を浮かしかけた幸村を政宗が一喝する。
 
「石田勢は少数、だが結束は固く士気は高い。努々油断するな。あの家康と仮にも引き分けた男、全力で当たれ!」
 
かつてないほどの政宗の気迫に、諸将の表情も険しくなる。そんな中幸村は瞬きもせずに握り締めた自分の拳を見詰めていた。
仕様のない、ことだ、だが。
唇を噛み締める幸村を隻眼で睨みながら政宗が叫ぶ。
 
「よいか、相手は石田三成だと思うな。豊臣の…かつての太閤の軍だと思え!」
 
その言葉に弾かれるように幸村が顔を上げた。
太閤の、軍。ああ、それは疾うになくなってしまった豊臣の最後の栄光の為の。
 
槍を握り締める幸村の横で、兼続が固く目を閉じて小さく頷いたのが分かった。
 
 
 
 
 
「手加減は、出来ぬ」
 
軍議が終わって二人だけになった陣で、政宗は吐き捨てるようにそう言った。出来ぬのではなく、したくないのだろう。
だがあえてその言葉を遣ってくれる政宗に感謝せざるを得ない。その先にある事実が何を含んでいるとしても。
 
「故にお主にも出て貰う。場合によっては兼続にも。お主らの心情を汲み取る余地など、何処にもないわ」
「心得ております」
「うむ。頼むな」
 
短い応えではあったが、それでも政宗の語気が僅かながら穏やかなものに変わる。政宗と三成、さして交流のない二人であったが、こうして政宗が分かってくれることが嬉しいし、自分の所為でいらぬものまで背負わせてしまったことが申し訳ない。
立ち尽くす幸村の肩に顔を寄せて政宗が言う。
 
「儂はあの猿は好かなんだが、それでも奴は天下人である前に武士じゃった」
 
さすが太閤の懐刀よ。いずれこうなるとは思っておったが。
 
「幸村。生を投げ出すことを厭わぬ戦いをする者が武士ではない。己の周りに居る全ての者の矜持を背負って、それでも立てる人間を武士というのだ」

 

 

そして最期の何かが、何割かでも誰かに伝われば、それはその後を生きていかなければならない人にとって、救いになるのではないでしょーか。
三成の覚悟は、きっと政宗にしか分からないし、政宗も全部分かっているわけではないと思います。
でも、三成には届かなくても、政宗の言葉が三成への最高の賞賛になればいいと思うのです。

秀吉様とおねね様が手塩にかけて育てた最高の武士は、三成です。

(09/07/06)