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十一、

 

 

夜の闇に紛れるようにして――この世界の月は余りに心許ないのだ――眼前に自ら姿を見せた女に政宗は呆気にとられた顔をしたが、それも一瞬だった。もしかしたら妲己が現れたという報告が本当であったということより、彼女が幼い娘を連れていたことに驚いたのかもしれなかった。
 
「もう、時間がないの。太公望だけじゃない、伏犠も女カも現れたって聞いたわ」
 
遠呂智が倒れた時ですら高慢な笑みを崩さなかった妲己の声には、本物の悲壮感が漂っていた。彼女が守るように抱きかかえている幼い娘は、全く状況が分からないらしく、暫く辺りを見回した後、政宗とその隣に立つ幸村を交互に見比べた後「妲己ちゃんを泣かせたら許さへんで」とまるで小動物が威嚇するように、小声で呟いただけだった。
この仇敵に縄をかけるべきか幾分か迷ったらしい政宗は、それでも黙って彼女を城内の一室に案内し、僅かばかりの不審を緊張した面持ちに隠しながら腰を下ろした。
もしかしたら、妲己の背に回された少女の小さな掌が震えていることに政宗は気付いたのかもしれないと幸村はこっそり思う。
 
政宗が欲しているのは仇ではない、世界の真実だ。
 
 
 
「この子が世界を作ってくれるわ」
 
政宗と幸村、それに妲己が黙りこくったまま僅かとは言えぬ時間が過ぎた頃、長旅の疲れの所為だろうか、自分に凭れかかって眠ってしまった卑弥呼の背を擦りながら妲己が静かに語り出した。
人ではないものが作り出した大地、いつしかそこに生まれた生き物、駆除しようとしたその生き物が予想外にしぶとかったから、創造主は戯れにその男女一対の生き残りに神という地位を与えた。伏犠と女カの生み出した人の祖は地に満ち国を作り、そうして歴史が始まった。
 
「その頃、世界にはまだ秩序なんてなかった」
 
世界には、女の腹から生まれ出る者と、大地から誕生するもの、唐突に大気から生まれるものが満ちていた。何の法則にも因らずに生まれた者の中には、人からすればおぞましい姿を持つものもいたし、長寿を持つものもいた。
凄まじい力を持つものすら。
 
「それが遠呂智か」
「話が早くって助かるわ、政宗さん」
 
自らが生み出した伏犠と女カという神を、創造主はとりわけ省みることはなかったが、二人が生み出した人間達が作り上げようとしている秩序に、それは甚く興味をそそられたようだった。
そんな秩序を後押しする為に、創造主は不要なもの――それは例えば醜悪な姿をした物怪だったり、今では怪力乱神と呼ばれる類の生き物だったり、或いは人でありながら罪業を重ねた者だったりしたのだけど――それらを摘み上げては地の果ての混沌に惜しげもなく捨てていった。
 
「混沌ってどういうことか知ってる?何にもないの。なーんにも。地面どころか方向すらないのよ。世界の始まりは闇だったなんて言うけど、それが本当なら闇は真っ暗じゃないのね」
 
そこを彷徨い続けて、ううん、もしかしたら歩いてるって思ってたのは自分だけで、歩けてすらいなかったのかもしれないわ。
妲己はそう言って卑弥呼を撫でる手を止め、低い声で呟いた。
 
「そうして私は遠呂智様に会ったの」
 
唯々訳も分からずにある日世界から排斥された者と、人でありながら罪業を負った者として、何の前触れもなく二人は出会った。
 
「遠呂智様はどうだったか知らないけど」
私にはもう、追放されたあの世界を恋しく思う気持ちも、戻りたいという願いすらなかった。
「一旦死んじゃった私をわざわざつまみ出して世界から捨てたのはあいつよ。間違いない」
 
妲己には姿こそ見えなかったが、あの存在に再び断罪されることが死だというなら、既に死は安らぎではなかったし、己をこんな場所に打ち捨てたものに憎しみを覚えるほど「それ」は小さい存在ではなかった。
ただぼんやりとしたあの世界の中で互いの言語を解する者に出会えたのは彼女にとって僥倖だったのかもしれないが、政宗や幸村達にとっての最大の不幸の種はその瞬間に蒔かれたのだ。
 
遠呂智は人ではなかった。
無論、魔王ですらなかった。
妲己が世界から排斥された理由が、人の作りし秩序の中で罪業を背負った為だったとするならば、遠呂智はもっと簡単な理由で捨てられたのだ。
 
彼には、世界を生み出す力が備わっていた。

 

 

短くて申し訳ないんですが、キリが良かったので。
遠呂智様のこと魔王魔王っていうけど、つまりあの人がやったのは世界を作っただけじゃんかね?と思ったというか。
あと、卑弥呼を出さなかったらとうこじゃないと思うので、出しました。卑弥呼が幸せになれば良いと思ってます。

少し補足的な話をしますと(筆力がないので許して)
遠呂智様達が居たところが、世界の果てにわざわざ設けられた混沌なのか、そもそもそんな場所あるのか、精神世界的な話をしているのかについては
全くもって考えていません!!!!なんと!!!www
少なくとも近世くらいまでは、もう少し世界って、色々なちっちゃい世界たちの集合だったんじゃないかなーというイメージだけの話です。
いろんなちっちゃい世界と世界の間がどうなっていたのか、私には想像もつきません。
(10/12/25)